第74話 七嵐という名
夜の食卓で、リンは先に杯を置いた。
「東棟の旧端末、残ってた」
カツヤの箸が止まる。
「廃棄予定のやつだろ。触るな」
「触った。
04_ERUPTIONで開いた」
短い沈黙。
リンは、昨日までと違い、根拠を持って話す。
「計画名は、最初八嵐。
08が消えて、七嵐に移行してる。
01から07までの名前も並んでた。
04は噴火。私が助けられた相手だ」
カツヤは、杯を握ったまま動かない。
「……本気で言ってるのか」
「一般のPCでは何も出ない。旧い階層にだけ残ってた。
表層開示禁止、とも書いてあった」
06の言葉と、記録が重なる。
アンドロイド。
歪みを正すために作られた。
それ以上でも、それ以下でもない。
カツヤが、低い声で言う。
「俺たちが追ってる対象に、名前があったってことか」
「ええ。
危険物として拾ってる相手が、最初から計画の側にいた」
部屋の空気が、一段沈む。
イサオの「現場は現場」が、別の意味で響く。
「親父は、どこまで知ってる」
「分からない。
少なくとも、私たちより上の層には触れてる」
カツヤは額に手を当て、長い息を吐く。
怒るでも、否定するでもない。
昨夜アヤの話を聞いたときより、足場が一本増えていた。
「もう、普通の回収じゃねえな」
「最初から、普通じゃなかった」
二人の間で、七嵐という名が共有される。
暴く決意までは、まだ出ない。
出ないまま、知った側の地図だけが更新されていく。
窓の外で、環象社の定型が遠い。
『平常通りお過ごしください』
平常の名で呼ばれる夜に、廃棄予定の端末だけが真実の一端を残していた。




