第55話 逆理
【05(ライトピラー)】と【04(イラプション)】が戦場を離れようとしたとき、空気の質が変わった。
熱も光も、風も関係ない。
何かが「法則そのもの」に干渉してくる感覚が、二人の現象核を微かにざわつかせる。
『……何これ』
【05(ライトピラー)】が大剣を構え直す。
勝ち気な笑みが消えて、警戒の色が浮かぶ。
廃工場の影から、眼鏡をかけた女性がゆっくりと姿を現した。
長いコートの裾が無風の中で揺れ、緑色の回路が複雑に明滅している。
手元には、異質な形状の兵装。
逆理のノアだ。
「初めて直接お目にかかりますね」
丁寧だが、温度のない声だった。
「私はあなた方を壊したいわけではありません。ただ、理解したい。
あなた方が自然をどう扱っているのかを」
【04(イラプション)】は大弓を低く構えたまま、冷静に応じる。
『話なら、戦場以外でしろ』
「ここが一番、データが取れるので」
ノアは兵装のコアを起動させる。
緑色の光が地面を走り、二人の周囲に薄い干渉場を展開する。
瞬間、【05(ライトピラー)】の大剣から溢れていた光が、わずかに濁った。
『出力が……落ちる?』
【05(ライトピラー)】が目を見開く。
ノアは淡々と説明する。
「現象核に対する仮の逆理です。完全ではありませんが、あなた方の『操る』という行為に、ノイズを混入させています。
物理的な力でねじ伏せるより、ずっと効率がいいでしょう」
【04(イラプション)】の目が、細められる。
ガルスの暴力とも、セラスの精密な牽制とも違う。
七嵐の根幹に触れようとする、異質な敵だった。
『……危険な人間だ』
緑色の干渉場が、二人の周囲で脈打つ。
【05(ライトピラー)】が大剣を振り上げる。
光の斬撃が走るはずだった軌道が、途中で濁り、威力が明らかに落ちた。
刃が空を切った衝撃は残るが、いつものキレはない。
『くっ……本当に邪魔だな、これ』
距離を詰めて直接叩き切ろうとする。
だが踏み込みの瞬間、体勢がわずかに崩れる。
現象核からの出力が安定せず、装甲の駆動にまでノイズが混じっている。
【04(イラプション)】は大弓を構えたまま、動かなかった。
『無理に出力を上げるな。核が噛み合う』
短く制止し、自分の方でも熱の収束を試みる。
いつものように地熱を呼び込もうとした矢先、熱の流れが途中で散った。
ノアの干渉場が、「操る」という行為そのものに抵抗している。
ノアは眼鏡の奥で目を細める。
「やはり、直接的な出力制限より効果的ですね。
あなた方は現象を意図的に扱う存在です。なら、その意図の経路にノイズを入れればいい」
兵装の調整を続けながら、淡々と続ける。
「完全に止めることはまだできません。ですが、十分に鈍らせることはできる。
ガルスやセラスが力で押すなら、私は理で削ります」
【05(ライトピラー)】が再び斬りかかろうとしたとき、【04(イラプション)】が大きく横へ移動した。
『05、下がれ。この場は不利だ』
『はあ? 今さら逃げ——』
『逃げるのではない。立て直す』
【04(イラプション)】の声に、いつもの冷静さが戻っている。
損傷が残っている体で、これ以上ノアの干渉を受け続けるのは得策ではない。
データだけ取られて終わる可能性が高い。
【05(ライトピラー)】は不満そうに顔を歪めたが、大剣を担ぎ直した。
『……チッ。次は絶対に潰すからな』
二人は干渉場の端を突き破るようにして、同時に後方へ跳躍する。
ノアは追わなかった。
兵装の光を収めながら、小さく記録するように呟く。
「反応速度、出力低下率、連携の有無……十分です」
夜の街に、緑色の残光が薄く溶けていく。
七嵐側が初めて「力以外の脅威」を本格的に認識した夜だった。




