第49話 安心の重さ
翌朝、リンは避難所の鍵を開けながら、自分の肩がいつもより下がっていることに気づいた。
怖さが消えたわけではない。
なのに、胸の奥のとげは抜けていた。
『気象の歪みを正すために作られたアンドロイド。
それ以上でも、それ以下でもない』
あの短い言葉が、昨夜から何度も戻ってくる。
同僚が荷物を運びながら言う。
「解除早くて助かったよ。昨夜は音がすごかったから」
リンは頷いて、名簿を開く。
頷きの意味は、同僚のそれとは少し違っていた。
昼過ぎ、カツヤから連絡が入る。
『今日は早めに上がれそうだ』
『わかった』
以前より、文が短い。
短いのに、平行線の冷たさは減っていた。
夜、食卓でカツヤが先に言った。
「俺はまだ、黒鋼の人間だ。
拾えと言われれば拾う」
「うん」
「でも、少なくとも……無差別に人を害する相手じゃなかった」
リンは杯を両手で包む。
「私たちのために動いているわけでもない。
それでも、結果として誰かの死を減らしてる」
「英雄、じゃないな」
「英雄じゃない。
……それでいいと思ってる」
二人の間に、大きな決意は生まれない。
暴く、訴える、組織を変える、といった言葉は出てこない。
あるのは、知ってしまった側の、静かな肯定だけだった。
窓の外で、環象社の定型が遠い。
『平常通りお過ごしください』
平常の定義は、もう昨日と同じではない。
それでもリンは名簿を閉じ、カツヤは翌朝の配備に備える。
安心は、軽いものではなかった。
重いまま、二人の足元に座っていた。




