第47話 犬への銃声
包囲は、まだ解けていなかった。
風の歪みはすでに落ちかけている。
なのに環象社側の実戦部隊は、【06(ハリケーン)】から距離を詰めていた。
「動きを止めろ」
「拘束する。抵抗するな」
【06(ハリケーン)】は槍を立てたまま、一歩も踏み込まない。
退かせる風を送るだけだ。
そのとき、壊れた看板の陰から小さな犬が飛び出した。
銃声と風の音に驚いたのか、部隊の足下へ走り出してしまった。
一人の兵士が、反射的に銃口を下げる。
威嚇の射撃音が、乾いて響いた。
犬が短い声を上げて、その場に凍りつく。
弾は外れていた。
意図的な威嚇だったのだろう。
次の瞬間、風が止まった。
【06(ハリケーン)】の気配が、変わった。
『……それ以上、しないで』
声は高くない。
なのに、通り全体の温度が下がったように感じられた。
兵士が何か言い返そうとしたところへ、長槍が動く。
速さは、三傑ほど測れないものではなかった。
それでも、包囲側には十分すぎた。
最初の一体が、風にさらわれるように倒れる。
続いて、銃を構えた兵士の腕が砕ける。
誰かが悲鳴を上げ、誰かが後退を呼ぶ。
【06(ハリケーン)】は表情をほとんど変えなかった。
ただ、犬の方を一度だけ見て、また部隊へ戻る。
『関係ないでしょ』
短い言葉と共に、残っていた抵抗が風に裂かれた。
あっさりと、という表現が一番近かった。
包囲は崩れ、部隊は機能を失った。
犬は、まだその場にいた。
【06(ハリケーン)】は槍を下ろすと、ゆっくりとその子の前に膝をついた。
手を伸ばす。
犬は怯えていたが、噛みつかなかった。
物陰で、リンは呼吸を忘れていた。
カツヤも、銃に手をかけたまま動けない。
危害を加えない、と思い始めていた。
やることをやっているだけだ、とも。
なのに、今しがた見た【06(ハリケーン)】は、人を倒すことに迷いがなかった。
少なくとも、あの威嚇射撃のあとでは。
線がある。
その線の引き方が、自分たちとは違うだけだ。
【06(ハリケーン)】が立ち上がる。
犬を腕の中に抱え、通りの奥へ一歩を踏み出す。
リンの喉が、小さく鳴った。
このまま終わらせるか。
接触するか。
風の残りが、二人の頬を撫でて消える。




