第31話 白を弄ぶ者
数年前、関東近郊で記録の少ない大規模災害が起きた。
空が白く濁り、街の機能が一時止まった。
詳細は公表が薄く、残っているのは被害規模と、その後から異常気象が頻発し始めたという事実だけだ。
環象社の避難指示や対処体制が本格化したのも、そのあとだった。
人々は、その災害を正確には語らない。
語れないほど、記録が整理されている。
ただ、白いものが牙を向いた、という感触だけが、都市の空気に残っている。
今夜、その感触が街の一角で戻ってきた。
雷でも雨でも雹でもない。
細かい粒子が路面を削り、看板の文字を白く潰していく。
環象社の端末は、既存ランクにうまく載らない異常として点滅していた。
その中心に、男が立っていた。
濃紺と深紅のコート。
結晶の杖。
余裕のある顔。
リェンは杖の先を回し、白い粒子を荒く散らす。
「見ろ。これが、あの災害の片鱗だ」
周囲の黒鋼や環象社の人間が、距離を取る。
制御されていない。
美しいというより、乱暴だった。
「下がれ! 未知の粒子だ!」
「計測が追いつかない!」
リェンは笑った。
「未知? 違う。お前たちが隠してきた白だ。
俺は、それを手に入れた」
粒子が跳ね、車の側面を削る。
人が悲鳴を上げる。
リェンは構わず、さらに出力を上げた。
扱いが荒い。
敬意がない。
触れている対象を、道具としか見ていない。
黒鋼の班長が歯を噛む。
「環象社は何をしてる。これ、普通の歪みじゃねえ」
「ランクが載らねえ。白だ。あの災害の……」
言葉の途中で、粒子が街路樹を白く剥いだ。
リェンは杖を肩に担ぎ、満足げに空を見る。
「怖がるな。俺が制御している。
終焉は、使いようだ」
誰も、それに頷かない。
頷けるほど、足元の白は従順ではなかった。
遠方の高台で、誰かがその気配を測っていたとしても、
この場にいる人間たちには、まだ見えない。
白は、今夜も弄ばれていた。




