第19話 知らない方が身のため
翌朝、リンは現場の規制が残る東端へ戻っていた。
仕事ではない。
傷の手当てを終えた足で、煙の匂いが残る区画を歩く。
環象社の職員が一人、離れた位置で計測をしていた。
「一般の方は入れません」
「避難所の職員です。昨夜の再燃で、誘導漏れがないか確認を」
嘘ではなかった。
完全な本音でもなかった。
計測員がため息をつき、短く許可する。
リンは焦土の縁を歩き、昨夜の位置を探す。
アスファルトの裂け目。
矢が走ったような浅い筋。
『……また来たのか』
声は、後ろからだった。
【04(イラプション)】が、壊れた壁の陰に立っている。
大弓は下ろしたまま。
敵意はない。
だが、近づくなという空気はある。
リンは呼吸を整えて言った。
「昨夜、助けてもらった。あなたは誰ですか」
『答える必要はない』
「環象社の部隊じゃない。動きが違う。装備も違う」
そのとき、リンの目が弓の胴に止まった。
焦土の光の加減で、刻印が薄く浮かんでいる。
【04_ERUPTION】
数字と、読めないようで読める文字列。
部隊章にしては冷たすぎた。
個人の識別にしては、整いすぎていた。
『知らない方が身のためだ』
短い。
逃げでも、脅しでもない。
事実の提示に近かった。
リンは一歩だけ前へ出る。
「意思がある。命令を待って動いているようにも見えなかった。
あなたたち、複数いるんでしょう。
……04」
【04(イラプション)】の視線が、わずかに動く。
否定はしなかった。
肯定もしなかった。
『深入りするな』
「……名前も、言えないんですか」
『言わない』
風が、焦げた匂いを運ぶ。
【04(イラプション)】はそれ以上を語らず、壁の陰へ身を溶かす。
追えば触れる距離だった。
触れても、何も増えないとリンは理解した。
その場に残されたのは、浅い矢の筋と、弓に見えた刻印の記憶だけだった。
リンは拳を握る。
知らない方が身のため。
その言葉が正しいのかもしれない。
正しいとしても、もう遅かった。
彼女は避難所へ戻る途中、端末を開く。
04 と ERUPTION の文字列を、震える指で打ち込む。
過去の異常気象と、収束時刻と、目撃の食い違いを、並行して探し始める。
調べてもそこには何も出てこなかった。




