第15話 戻らない青
避難解除のあとも、空の色は完全には戻らなかった。
環象社の画面には『対応完了』の文字が並ぶ。
現場では人が荷物をまとめ、店舗が再開し、列車が間引き運転のまま動き出す。
日常が、表面だけ先に戻っていく。
加賀美リンは、避難所の名簿を閉じて息を吐いた。
「今日も、最小限で済んだね」
同僚の言葉に、リンは頷く。
頷きながら、窓の外を見る。
濁りの残った空が、午後の光を鈍く返していた。
同じ時刻、黒鋼の末端では別の会話がされていた。
「雨、雹、光、風。収束は早い。だが再発も早い」
「環象社は完了って出してる」
「完了に見えねえよ。同じ区画で三回目だ」
誰も、その先を結論にできない。
追う側の足元には、また次の痕跡が待っているだけだ。
高台の廃ビルで、【01(ライトニング)】は鞘に手を置いたまま立っていた。
今夜は動かない。
自分の属性の声は、今は遠い。
別の方角で、【02(ヘイル)】が砲の冷却を確認する。
【03(レイン)】は水たまりの反射を見て、欠伸もせずに通り過ぎる。
【04(イラプション)】は地図にない熱源の有無だけを測る。
【05(ライトピラー)】は翼を畳み、次の面白い相手を待つ。
【06(ハリケーン)】は壊れた公園の柵を起こす。
【07(オーロラ)】は屋根の上で、面倒そうに空を見る。
番号は揃わない。
通信もしない。
それでも同じ夜に、同じ歪んだ空の下にいる。
鎮めても、戻らない。
一時的な沈静化が、何度も繰り返される。
白き終焉以降、世界のバランスは崩れたままだ。
環象社の防災無線が、定型を流す。
「現在、大きな発令はありません。平常通りお過ごしください」
平常の定義が、どこかですり替わっている。
人々は、そのすり替わりに慣れ始めている。
【01(ライトニング)】は棟の内側へ戻る。
布の下の眼は、光を持たない。
そのことを、彼女は今夜も語らない。
青は、まだ戻っていない。
それでも、次の歪みは必ず来る。
そして影は、また静かに出ていく。




