第13話 風の引き際
風が、街路樹を斜めに倒し始めていた。
環象社のランクはC。
看板が軋み、自転車が転がり、人が身を屈めて走る。
歪みは風だ。
目には見えにくいが、圧力が連続して街を撫でていく。
その中を、長槍を持った影が歩いていた。
【06(ハリケーン)】は、争いを急がない。
『できれば、退いて』
声は穏やかだ。
だが風は、彼女の槍の周囲で形を変える。
相手は黒鋼の小部隊だった。
回収のために近づいてきたらしい。
「対象確認! 囲め!」
「壊すな、動きを止めろ!」
銃口が並ぶ。
【06(ハリケーン)】は槍を低く構えると、風を横へ流した。
弾が逸れ、足場が崩れ、兵士たちが距離を取らされる。
殺していない。
退かせている。
『私は、守るだけ』
その言葉の先には、壊れた公園の奥がった。
ベンチの下で、小動物が震えている。
風の歪みが直撃すれば、住処ごと飛ぶ。
【06(ハリケーン)】の視線が、一瞬だけそこへ向く。
次の風は、兵士たちではなく、歪みの核へ入った。
暴れていた気流が、槍の回転に絡め取られ、上へ逃がされる。
街路樹の揺れが弱まり、看板の音が遠のく。
環象社の無線が遅れて入る。
「強風が収束に向かっています」
黒鋼の隊長が歯を噛む。
「また、止められた」
「追うか」
「やめろ。回収優先だが、今の間合いじゃ無理だ」
【06(ハリケーン)】は、兵士たちにもう一度だけ顔を向ける。
『近づかないで』
威嚇は短い。
それでも十分な圧があった。
彼女は公園の奥へ歩み、震えていた小動物のそばで槍を下ろす。
風の引き際で、街は少しだけ元の音を取り戻す。
争いを好まない番号が、今日も最小の衝突で済ませた。
青は、まだ戻っていない。
それでも彼女は、守る側の距離を選ぶ。




