第11話 避難所の朝
避難所の朝は、いつも少し早い。
加賀美リンは名簿を開き、返却された毛布の数を数えていた。
昨夜の指示はC。
雨が強かったが、人的被害は少ないと環象社から連絡が入っている。
「こちら側からお帰りください。荷物はまとめて」
リンの声は、慣れた高さだった。
避難者の一人が、安堵したように言う。
「また対処してくれたみたいだね。エージェントさん」
「いないと、本当にどうなってたか」
リンは頷いて、次の名前を呼ぶ。
彼女も同じことを思っていた。
暴れる気象のあとに、必ず収束が来る。
環象社が動き、特殊部隊が入り、被害は最小限になる。
それが、この数年の普通だった。
端末に、夫からの短い文が届く。
『今日も遅くなる。現場の回収』
カツヤは黒鋼の人間だ。
リンは詳細を知らない。
知っているのは、災害のあとに彼が忙しくなることだけだ。
「加賀美さん、東棟の水、まだ残ってます」
同僚の声に、リンは立ち上がる。
「分かった。今行く」
廊下を歩きながら、彼女は窓の外を一度だけ見た。
空は、もう昨夜の色ではない。
それでも完全な青でもない。
濁りが、薄く残っている。
避難者の子どもが、母の手を引いて言う。
「また雨、来るの」
「大丈夫。ちゃんと指示が出るから」
その言葉を、リンは否定しない。
否定できる材料を、彼女は持っていない。
名簿の端に、昨夜の対応時刻が残っている。
収束は早かった。
早すぎるほどだった。
リンはペンを止め、そのまま数字を見つめる。
違和感、と名付けるほど明確なものではない。
ただ、守られている側の朝にしては、説明が少なすぎる。
「加賀美さん?」
「うん。今行く」
リンは名簿を抱え直し、東棟へ足を向ける。
日常が、何事もなかったように戻っていく。
彼女は、まだ何も見ていない。
見ていないまま、次の指示に備える。




