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NULL-最も公平で理不尽な監獄-  作者: gongon


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第三十五話 重さ

レイが目を開けた。


白い天井。


見慣れた居住区の天井だった。


起き上がる。


身体が重い。


寝た気がしない。


腕輪を見る。


午前七時四十三分。


三時間ほどしか眠れていなかった。


肩が痛い。


昨日、柔術に極められた右肩が熱を持っている。


右足首も少し痛む。


首を回す。


鈍い音が鳴った。


「クソ」


小さく呟く。


ベッドへ腰掛けたまましばらく動かなかった。


静かだった。


何も変わらない。


剛が死んだ。


それなのに施設はいつも通り朝になっている。


誰も悲しまない。


誰も立ち止まらない。


それが妙に腹立たしかった。


顔を洗う。


鏡を見る。


ひどい顔だった。


目の下に薄く隈が出来ている。


「寝不足か」


当たり前だった。


剛が死んだ。


リンと話した。


柔術と戦った。


その後も眠れなかった。


寝不足にならない方がおかしい。


レイはため息を吐く。


腹が減っていた。


食堂へ向かった。



食堂は静かだった。


人が少ない。


第三回戦が始まってからずっとそうだ。


不用意に人が集まらない。


誰もが誰かを警戒している。


レイは入口で足を止めた。


先客がいた。


ライ。


そして。


バートル。


二人は別々の席に座っている。


だが妙な空気だった。


まるで少し前まで会話をしていたような。


レイには分からない。


ライはレイを見る。


数秒。


それだけ。


そして立ち上がる。


トレーを持つ。


レイの横を通る。


すれ違う。


「寝てないな」


突然だった。


レイは顔をしかめる。


「うるせぇ」


ライは少しだけ笑った。


本当に少しだけ。


「そうか」


それだけ言って去っていく。


レイは振り返らない。


だが何となく分かった。


ライも眠れていない。


多分。


リンのせいだ。



食堂にはレイとバートルだけが残った。


静かだった。


レイは適当に食事を取る。


向かい合う訳ではない。


離れた席。


それでも互いの存在は分かる。


食器の音だけが響いていた。


しばらくして。


バートルが口を開いた。


「眠れたか」


レイは箸を止める。


少しだけ驚いた。


バートルから話しかけてくるとは思わなかった。


「いや」


短く答える。


バートルは頷いた。


「そうか」


そこで終わると思った。


だが。


「俺もだ」


レイは顔を上げた。


バートルを見る。


初めてちゃんと見る。


疲れていた。


目の下が少し暗い。


いつもの巨大な背中も。


どこか重く見えた。


怪物じゃない。


ただの人間だった。


レイは少し考えた。


そして聞く。


「剛か」


バートルは否定しなかった。


沈黙。


それが答えだった。



しばらく誰も喋らない。


やがてバートルが言った。


「強かった」


レイは頷く。


「ああ」


「馬鹿だった」


思わずレイは笑った。


「ああ」


本当にそうだった。


剛は馬鹿だった。


一直線だった。


真っ直ぐだった。


だから強かった。


だから死んだ。



バートルは水を飲む。


大きな手。


太い腕。


その姿は相変わらず巨大だった。


だが今はどこか静かだった。


「最後まで前へ出てきた」


レイは黙って聞く。


「一歩も下がらなかった」


静かな声だった。


誇るようでもなく。


見下すようでもなく。


ただ事実を語る声。


「俺は何人も倒してきた」


バートルが言う。


「だが」


そこで言葉が止まる。


長い沈黙。


そして。


「尊敬している」


レイの手が止まった。


意外だった。


本当に意外だった。


バートルは勝者だ。


剛は敗者だ。


そういう構図だと思っていた。


だが違った。


バートルは剛を見下していない。


むしろ。


誰よりも認めている。



「そうか」


レイはそれしか言えなかった。


バートルは頷く。


「俺には出来ない」


「何が」


「最後まで前へ出ることだ」


レイは眉をひそめる。


意味が分からなかった。


バートルは最強だ。


少なくとも今生きている中では。


そんな男が何を言う。


バートルは苦笑した。


「俺は勝つために戦う」


静かな声だった。


「剛は違った」


沈黙。


「何かを証明するために戦っていた」


レイは思い出す。


最後の叫び。


最後の一歩。


最後の拳。


確かにそうだった。



しばらく二人は黙ったまま食事を続けた。


不思議な時間だった。


敵同士のはずなのに。


殺し合いの最中のはずなのに。


今はただ。


剛の話をしていた。



やがてバートルが言う。


「お前も変わったな」


レイが顔を上げる。


「そうか」


「ああ」


即答だった。


「最初のお前はレスラーだった」


レイは苦笑する。


柔術にも似たようなことを言われた。


「今は違う」


バートルは言う。


「レスラーには見えん」


「じゃあ何に見える」


バートルは少し考えた。


だが首を振る。


「分からん」


レイは笑う。


「何だそれ」


「本当だ」


バートルも少しだけ笑った。


「分からん」



静かな食堂。


朝の光。


誰もいない席。


第三回戦の真っ最中とは思えない時間だった。


だが。


その平穏は長く続かなかった。


食堂入口の自動扉が開く。


二人の視線が同時に向く。


そこに立っていたのは。


柔術だった。


柔術は二人を見る。


レイを見る。


バートルを見る。


そして空いている席へ向かう。


何も言わない。


ただ座る。


沈黙。


重い沈黙。


第三回戦。


生存者五名。


そのうち三名が。


今同じ空間にいた。


誰も手を出さない。


誰も立ち上がらない。


だからこそ。


余計に不気味だった。

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