表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NULL-最も公平で理不尽な監獄-  作者: gongon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/51

第三十四話 観測者

地下区画を離れても、レイは眠れなかった。


居住区へ戻る気にもなれない。


剛の死。


リンとの会話。


第三回戦。


頭の中が妙に騒がしかった。


あと一人。


あと一人死ねば終わる。


だが終わらない。


誰も死なない。


誰も死にたくない。


それが当たり前のはずなのに、どこか可笑しかった。


レイは無意識に歩いていた。


中央ホール。


食堂。


訓練室前。


人気のない通路。


気付けば図書室の前に立っていた。


扉の隙間から灯りが漏れている。


レイはため息を吐いた。


「いるだろうな」


扉を開く。


予想通りだった。


柔術がいた。


机に座り、本を読んでいる。


第三回戦の最中とは思えない光景だった。


「何してんだ」


柔術はページをめくる。


「読書だ」


「見りゃ分かる」


「なら聞くな」


レイは鼻で笑った。


本当に変な奴だ。


柔術はようやく本を閉じる。


そしてレイを見る。


「眠れないのか」


「お前もだろ」


「私は元々あまり寝ない」


「便利な体してんな」


「そうかもしれない」


会話が終わる。


静寂。


しばらくしてレイが言った。


「剛が死んだ」


柔術は少しだけ目を伏せた。


「そうか」


反応は薄い。


だが嘘ではない。


本当にそう思っただけなのだろう。


「剛だったか」


「ああ」


柔術は頷く。


それ以上は何も言わない。


レイは本棚へ背中を預ける。


「何で戦わない」


柔術は首を傾げた。


「何故戦う」


「第三回戦だからだ」


「残り一人死ねば終わる」


「そうだ」


「なら今戦う理由は少ない」


レイは呆れたように笑う。


「合理的だな」


「そうだ」


柔術は当然のように答えた。


そして。


ふと口を開く。


「リンとライを見た」


レイの目が動く。


「雪原か」


「そうだ」


柔術は頷く。


「リンは速かった」


「ライは硬かった」


「どちらも強かった」


レイは黙って聞いている。


「だが止まった」


柔術が言う。


「そこが分からない」


静寂。


「どちらかが死ねば終わった」


「そうだな」


「だが止まった」


「そうだ」


柔術はレイを見る。


「何故だ」


本気で分からない顔だった。


レイは肩を竦める。


「知らねぇよ」


「そうか」


柔術は頷く。


だが納得した顔ではない。


「お前も分からない」


「俺が?」


「そうだ」


柔術は立ち上がった。


「休養期間のお前は誰とでも話していた」


「リンとも」


「ライとも」


「剛とも」


「バートルとも」


レイは苦笑した。


「そうだったかもな」


「私は話さなかった」


「知ってる」


「だから分からない」


柔術は静かに言う。


「何故お前達は」


「死ぬかもしれない相手と話す」


レイは答えない。


柔術は続けた。


「さっきもそうだ」


「何が」


「リンだ」


レイの眉が動く。


「リンはさっきまでお前の隣にいた」


静寂。


「剛が死んだ」


「お前はそこへ行った」


「リンも行った」


柔術は本気で困っているようだった。


「分からない」


「何がだ」


「何故そんなことをする」


レイは少し考える。


だが答えは出ない。


「知らねぇよ」


「そうか」


柔術は頷いた。


そして。


本を机に置いた。


「だから試す」


レイが笑う。


「何を」


「お前を」


「やっぱ気持ち悪ぃな」


「よく言われる」


「言われてねぇだろ」


「今言われた」


レイは首を鳴らした。


柔術は図書室の中央へ移動する。


机と椅子を避ければ十分な広さがある。


レイは構えた。


低い。


深い。


レスリングの構え。


柔術は構えない。


ただ立っている。


それが気に入らない。


「舐めてんのか」


「違う」


「なら構えろ」


「必要ない」


レイが踏み込む。


速い。


一歩。


二歩。


肩を落とす。


左へ入るように見せる。


柔術の重心が僅かに動く。


その瞬間。


レイは右へ潜った。


シングルレッグ。


柔術の右脚を抱える。


柔術の目が僅かに開いた。


速い。


そのまま持ち上げる。


柔術の身体が浮く。


床へ叩き付ける。


ドンッ!!


図書室が揺れた。


本棚が軋む。


柔術が倒れる。


だが。


レイが追撃へ入った瞬間。


柔術の脚が絡んだ。


ハーフガード。


レイの動きが止まる。


「チッ」


初めて触る感覚だった。


柔術は倒れている。


だが有利なのは向こうだった。


腕を引かれる。


首を押される。


重心を崩される。


レイは踏ん張る。


レスリングで培ったバランス感覚。


それだけで耐える。


柔術はじっと見ていた。


「なるほど」


「うるせぇ」


レイが押し込む。


柔術は下から崩す。


脚。


腕。


首。


全てが繋がっている。


まるで身体全体が罠だった。


レイは無理矢理距離を潰す。


胸を押し付ける。


肩で潰す。


柔術の呼吸が乱れる。


その瞬間。


柔術が動いた。


足関節。


ガシッ。


レイの右足が抱え込まれる。


次の瞬間。


捻られた。


激痛。


「ッ!!」


普通なら逃げる。


普通なら回る。


だがレイは前へ出た。


柔術の顔が初めて変わる。


「何故だ」


「知らねぇよ!!」


レイは叫ぶ。


痛みごと突っ込む。


肩からぶつかる。


柔術が本棚へ叩き付けられる。


本が崩れ落ちる。


柔術は離れる。


レイも離れる。


二人とも息が荒い。


柔術はレイを見ていた。


じっと。


観察するように。


「お前は変だ」


「お前ほどじゃねぇ」


「違う」


柔術は首を振る。


静寂。


「お前は相手を見ている」


「当たり前だろ」


「違う」


柔術は言う。


「技ではない」


レイは黙る。


「人間を見ている」


静寂。


柔術は続けた。


「リンも」


「ライも」


「お前も」


「勝てたかもしれない」


「終われたかもしれない」


「だが止まった」


レイは何も言わない。


柔術は本当に理解できない。


だから聞く。


「何故だ」


長い沈黙。


レイは床を見る。


そして小さく言った。


「死んで欲しくなかったんじゃねぇの」


柔術が黙る。


レイ自身も驚いていた。


考えて言ったわけじゃない。


勝手に出た言葉だった。


静寂。


柔術は何も言わない。


図書室に時計の音だけが響く。


やがて。


柔術は本を拾い上げた。


「分からない」


小さく呟く。


「だろうな」


レイが笑う。


「俺も分かんねぇ」


柔術は本を抱える。


「今日はここまでだ」


「勝手だな」


「今続ければ死ぬ」


「怖いのか」


「合理的ではない」


「同じ意味だろ」


「違う」


柔術は振り返る。


「レイ」


「何だ」


「お前は自分が何か分かるか」


レイは少し考える。


そして肩を竦めた。


「知らねぇよ」


柔術は頷く。


「私も分からない」


そう言って図書室を出て行った。


レイは一人残される。


散らばった本。


痛む足。


熱を持つ肩。


だが嫌な気分ではなかった。


腕輪が震える。


『戦闘思想解析』


画面が浮かぶ。


レイは顔をしかめる。


「またかよ」


表示されたのは一行だけだった。


『観測対象との相互変化を検知』


「何だそれ」


AIは答えない。


画面は消える。


レイはしばらく腕輪を見つめる。


そして小さく笑った。


「どいつもこいつも」


「分かんねぇことばっかだな」


図書室の灯りだけが静かに揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ