第二十八話 狩場
休養期間終了。
午前九時。
NULL PROJECT研究棟は静まり返っていた。
誰も喋らない。
誰も動かない。
だが空気だけが違った。
戦いの匂いが戻っていた。
レイは食堂にいた。
最後の朝食だった。
大盛りの白米。
味噌汁。
焼き魚。
唐揚げ。
いつも通りの献立。
だが食欲はなかった。
向かいではリンが団子を食っている。
隣では柔術個体が本を読んでいる。
窓際にはライ。
相変わらず無表情だった。
剛は黙って米を食い、バートルは九杯目の白米へ突入していた。
誰も喋らない。
全員が理解していた。
今日で終わる。
休養期間が。
そしてまた始まる。
その時だった。
施設全域へ電子音が響く。
『生存個体へ通達』
六人が顔を上げた。
『第三回戦を開始します』
静寂。
誰も驚かない。
いつか来ると分かっていた。
その時が来ただけだった。
『中央ホールへ集合してください』
放送が終わる。
六人は静かに立ち上がった。
⸻
中央ホール。
NULL PROJECT最大の空間。
天井は高く、壁面には巨大なモニターが並んでいる。
既に研究員達が集まっていた。
誰もが緊張している。
無理もない。
目の前にいる六人は、二十二人の中を勝ち残った怪物達なのだから。
レイが到着する。
リンも来る。
柔術個体。
剛。
バートル。
ライ。
六人が並んだ。
その瞬間。
ホールの空気が変わる。
奥の扉が開いた。
研究員達が道を空ける。
足音だけが響く。
ゆっくりと現れた男を見て、何人かの研究員が思わず背筋を伸ばした。
神代一光。
NULL PROJECTの創設者。
六人を生み出した男。
創造主。
レイは無言だった。
昨日会ったばかりだったからだ。
だが他の五人は違う。
初めて見る。
自分達を作った男を。
リンは目を細めた。
柔術個体は観察するように見ている。
剛は姿勢を正した。
バートルは首を傾げる。
ライだけは微動だにしなかった。
一光は六人を見渡した。
まるで展示品を見るような目だった。
感情は見えない。
だがレイだけは知っている。
この男は今、誰よりも六人に興味を持っている。
「第三回戦の説明を行う」
巨大スクリーンが点灯する。
白い文字が浮かび上がった。
第三回戦
生存者六名
↓
生存者四名
研究員達がざわつく。
六人は無反応だった。
そして次の表示で、空気がさらに変わる。
試合場
なし
レイが眉をひそめる。
「は?」
スクリーンが切り替わる。
戦闘区域
施設全域
研究棟
居住区
食堂
人工降雪エリア
訓練施設
地下区画
全て開放
研究員達の顔色が変わる。
レイも理解した。
トーナメントではない。
リングもない。
開始位置もない。
終了時間もない。
これは試合ではない。
狩りだ。
「施設全体を戦場とする」
一光が言う。
「遭遇した時点で戦闘は自由」
スクリーンが切り替わる。
逃走 許可
待ち伏せ 許可
奇襲 許可
一対一の義務なし
「共闘を許可する」
その瞬間。
六人全員の視線が動いた。
共闘。
今まで存在しなかった概念だった。
リンがレイを見る。
レイが柔術を見る。
柔術が剛を見る。
剛がライを見る。
ライは何も見ていない。
前だけを見ていた。
二対一。
三対一。
協力。
裏切り。
利用。
全てが可能になる。
レイは思わず笑った。
「めちゃくちゃだな」
一光は答えない。
代わりにスクリーンが再び切り替わる。
脱落者二名
↓
第三回戦終了
四名生存
静寂。
全員を倒す必要はない。
二人脱落した時点で終わる。
つまり。
誰を狙うか。
誰と組むか。
誰を切り捨てるか。
それが重要になる。
六人は無言だった。
それぞれが考えている。
そしてその時だった。
一光の視線が動く。
ライ。
ムエタイ個体。
二人の目が合う。
レイはその瞬間を見逃さなかった。
何かが違う。
一光は他の誰も見ていない。
ライだけを見ている。
長い沈黙。
そして一光が口を開いた。
「証明してみせろ」
短い言葉だった。
だが意味は重い。
ライは即答した。
「はい」
迷いがない。
恐れもない。
まるで昔から決まっていた答えのようだった。
レイの眉が僅かに動く。
何だ。
今のは。
ライは何を証明する。
一光は何を期待している。
嫌な予感だけが残った。
その時。
施設全域へ電子音が響く。
『第三回戦』
誰も動かない。
『開始』
ガコン。
ガコン。
ガコン。
施設中のロックが解除される。
研究棟。
居住区。
地下区画。
人工降雪エリア。
全ての扉が開いた。
戦場が完成する。
だが。
六人は動かなかった。
リンも。
柔術も。
剛も。
バートルも。
レイも。
動かない。
互いを見ている。
名前を知っている。
顔も知っている。
好きな食べ物も知っている。
少しだけ。
人間として知ってしまった。
だから。
簡単には動けない。
ホールは静まり返っていた。
研究員達も息を呑んでいる。
一光だけが六人を見ていた。
そして僅かに眉をひそめる。
二十年前。
康二は言った。
「人間になる」
まさか。
ここまでとは。
その時。
ライが歩き出した。
誰もいない出口へ向かって。
止まらない。
振り返らない。
ただ前へ進む。
その背中を五人が見ていた。
第三回戦は始まった。
そして最初に動いたのは。
最も迷いのない男だった。
ライは静かにホールを後にする。
その姿を見送りながら、レイは小さく息を吐いた。
「始まったな」
誰も答えなかった。
だが全員が同じことを思っていた。
休息は終わった。
ここから先は。
また殺し合いだった。




