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NULL-最も公平で理不尽な監獄-  作者: gongon


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第二十七話 創造主

休養期間終了まで二十四時間。


レイは居住区へ戻る途中だった。


人工降雪エリアから続く長い通路。


静かだった。


施設全体が妙な空気に包まれている。


誰もが分かっていた。


休養期間は終わる。


そしてまた戦いが始まる。


あと一日。


たった一日だった。


その時だった。


天井のスピーカーから電子音が鳴る。


『No.14』


レイが足を止める。


嫌な予感しかしなかった。


『神代一光が面会を要求しています』


静寂。


レイは天井を見上げた。


そして。


心底嫌そうな顔をした。


「は?」



研究棟最上階。


そこは一度も立ち入ったことのない区域だった。


白い廊下。


白い壁。


白い照明。


人の匂いがしない。


生活の匂いもしない。


ここだけ時間が止まっているようだった。


やがて巨大な扉の前へ辿り着く。


電子音。


ゆっくり開く。


レイは中へ入った。


広い。


異常なほど広い。


壁一面を埋め尽くすモニター。


数え切れないデータ。


戦闘映像。


脳波。


心拍。


筋出力。


NULL PROJECTそのものだった。


そして。


部屋の中央。


一人の男が立っていた。


神代一光。


レイはその顔を見た瞬間。


思わず足を止めた。


似ている。


あまりにも。


康二に。


年齢は違う。


雰囲気も違う。


だが顔は同じだった。


双子。


聞いてはいた。


だが実際に見ると異様だった。


まるで康二が別人になったようだった。


一光が口を開く。


「当然だ」


レイが眉をひそめる。


「何がだ」


「似ていると思ったのだろう」


静かな声。


冷たい声。


感情の温度が感じられない。


「双子だからな」


レイは何も言わない。


ただ目の前の男を見ていた。


そして思う。


似ていない。


顔は同じだ。


だが康二とは何かが決定的に違う。


康二は人を見ていた。


この男は違う。


何か別のものを見ている。



「何の用だ」


レイが言う。


一光は少しだけ考えた。


そして答える。


「見たかった」


静寂。


「俺を?」


「そうだ」


レイは苦笑した。


気味が悪い。


本当に。


その視線は親のものではない。


研究者のものですらない。


顕微鏡を覗く人間の目だった。


生物を見ている。


感情ではなく現象として。



「No.00を倒した感想は?」


唐突だった。


レイは少し考える。


そして肩を竦めた。


「強かった」


「それだけか」


「それだけだ」


本当にそれだけだった。


憎くもなかった。


嬉しくもなかった。


ただ強かった。


だから勝った。


それだけだった。


一光は頷く。


何かを書き留める。


その姿を見てレイは思った。


やっぱり似ていない。


康二ならまずそんなことはしない。



「康二は何を教えた」


その瞬間。


ピッ。


電子音。


レイの腕輪が赤く光る。


警告表示。


レイは思わず吹き出した。


「知らねぇよ」


一光が眉をひそめる。


「何だ」


「聞いたら死ぬんだろ」


レイは腕輪を見せる。


「お前が決めたルールじゃねぇか」


静寂。


そして。


ほんの少しだけ。


一光の口元が動いた。


笑った。


本当に一瞬だった。


レイは目を丸くする。


一光も笑うのか。


その表情だけは。


少しだけ康二に似ていた。



長い沈黙。


一光はレイを見つめていた。


何かを確かめるように。


何かを探すように。


そして。


不意に違和感を覚える。


似ている。


康二に。


その事実が妙に引っ掛かった。


昔から似ていたはずだった。


同じ遺伝子。


同じ顔。


当然だ。


なのに。


なぜ今まで気付かなかった。



脳裏に映像が蘇る。


幼少期記録。


五歳。


No.14。


転んで泣いている。


膝から血を流している。


隣では康二が笑っていた。



『痛いか?』



『痛い』



『じゃあ生きてるな』



レイが泣きながら怒っている。


康二が笑っている。



別の日。



『なんで空は青いの?』



『知らん』



『知らないの?』



『調べるか』



また別の日。



『なんで雪降るの?』



『綺麗だからだ』



『違うだろ』



『じゃあお前が調べろ』



二人とも笑っていた。


その映像を。


一光は知っている。


見ている。


何度も。


何度も。


研究データとして。



だが。


今になって気付く。



見ていなかった。



泣いていたことも。


笑っていたことも。


怒っていたことも。


何も。



ただ。


情緒形成良好。



社会性形成正常。



そう評価していただけだった。



一光の拳が僅かに握られる。


なぜ気付かなかった。


なぜ見なかった。



目の前のレイが言う。



「何だよ」



一光は現実へ戻る。


静寂。


そして。


初めて思った。



育ったのだ。



康二に。



似ているのではない。


育てられたのだ。



その事実が妙に胸を軋ませた。



「お前は失敗作だ」



一光が言う。


レイは目を瞬かせた。


「は?」



「格闘技として分類できない」



「定義できない」



「解析できない」



「だから失敗だ」



静寂。


レイは数秒黙る。


そして。


笑った。


一光の眉が動く。


「何が可笑しい」


レイは肩を震わせる。


「いや」


笑いながら言う。


「康二のおっさんなら」


静寂。


「喜びそうだなって」


部屋の空気が止まった。


レイは気付かない。


そのまま続ける。


「格闘技じゃなくなったんなら」


「人間になったってことだろ?」


静寂。


二十年前。


会議室。



『こいつらは格闘技じゃない』



『人間だ』



康二の怒鳴り声。


忘れたことなどなかった。


その言葉を。


今。


何も知らないはずの少年が言った。



レイは踵を返す。


話は終わったと思った。


その時。



「No.14」



一光が呼ぶ。


レイが立ち止まる。


「何だ」


長い沈黙。


一光は自分でも理解できなかった。


なぜこんなことを言うのか。


やがて。


ようやく口を開く。



「第三回戦で死ぬな」



レイの眉が動く。


「命令か?」



「違う」



即答だった。



「観察だ」



静寂。



レイは吹き出した。


「気持ち悪ぃな」



そう言って歩き出す。


扉が閉まる。


部屋に静寂が戻る。



一人になった研究室。


一光は動かなかった。


モニターを開く。


No.14。


戦闘記録。


脳波。


成長記録。


そして。


幼少期映像。


五歳のレイが映っていた。


泥だらけだった。


笑っていた。


その隣で康二も笑っていた。


一光は画面を見つめる。


長く。


本当に長く。


そして。


誰にも聞こえない声で呟いた。



「なぜ私は」



静寂。



「気付けなかった」



返事はない。


あるはずもない。


だが。


二十年前から止まっていた時間が。


ほんの少しだけ動いた気がした。

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