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NULL-最も公平で理不尽な監獄-  作者: gongon


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16/47

第十六話 異端審問

静寂。


モニタールーム。


巨大なスクリーンには戦闘終了の文字。



第二回戦 第四試合


勝者 八極拳


試合時間 4分16秒



一光は立っていた。


腕を組み。


スクリーンを見上げている。


その顔には笑み。


純粋な喜びだった。


「美しい」


イヴァンは何も言わない。


一光は続ける。


「見ただろう」


「サンボを知った」


「組技を知った」


「関節技を知った」


「それでも八極拳を選んだ」


静寂。


「素晴らしい」


「これこそ格闘技だ」


「揺らがない」


「変わらない」


「侵されない」


「純粋だ」


一光の瞳は熱を帯びていた。


研究者ではない。


信者の目だった。


「格闘技とは信仰だ」


「己の流派を疑うな」


「己の技術を疑うな」


「己の道を疑うな」


「疑った瞬間」


「その格闘技は死ぬ」


イヴァンが鼻で笑う。


「宗教だな」


一光は即答した。


「ああ」


迷いはない。


「宗教だ」


「だから強い」


静寂。


そして。


スクリーンが切り替わる。


育成個体No.14。


レスリング。


レイ。


その瞬間。


一光の表情が変わった。


笑みが消える。


「だが」


低い声。


「レスリングは汚された」


イヴァンの目が細くなる。


「ボクシングを見た」


「学んだ」


「模倣した」


「変化した」


その言葉には明確な嫌悪があった。


「変異だ」


「汚染だ」


「冒涜だ」


静寂。


「レスリングはレスリングでなければならない」


「他競技を学ぶな」


「他競技を真似るな」


「レスリングを信じろ」


イヴァンが言う。


「それで死ぬなら意味がない」


一光は振り向かない。


「死ぬならそれまでだ」


静寂。


「信念を曲げて生き残るくらいなら」


「信念を貫いて死んだ方が美しい」


モニタールームの空気が冷える。


イヴァンは小さく息を吐いた。


やはり。


この男は理解しない。



数秒後。


一光が黒服へ命じる。


「No.00を起動しろ」


空気が凍った。


黒服の表情が変わる。


「ですが」


「No.00は凍結管理区画へ収容されています」


「起動しろ」


即答。


「異端者の治療に使う」


黒服は動けない。


その名前は禁忌だった。


一光が振り返る。


「聞こえなかったか?」


黒服が直立する。


「失礼しました」


端末が起動する。



最高権限コード認証


承認


育成個体No.00


解凍シーケンス開始



モニターが切り替わる。


地下深部。


白い霜。


凍り付いた空気。


巨大なカプセル。


その表面に刻まれた番号。



No.00



イヴァンの表情が僅かに曇る。


一光は見逃さなかった。


「懐かしいか?」


返事はない。


一光は楽しそうだった。


「私は好きなんだ」


「彼が」


「最も純粋だから」


スクリーンへデータが表示される。



育成個体 No.00


レスリング適性率 100%


記憶継承率 99.8%


格闘技純度 100%



異常な数値。


完璧だった。


少なくとも一光にとっては。


イヴァンが低く呟く。


「……起こすな」


一光が笑う。


「何故だ?」


「彼はお前に最も近付いた存在だ」


静寂。


「レスリングだけを信じ」


「レスリングだけを生きた」


「完璧なレスラーだ」


その言葉に。


イヴァンの目が鋭くなる。


「だから失敗した」


モニタールームが静まり返る。


一光は首を傾げた。


本気で理解できない。


「何が不満なんだ?」


「レスリング適性100%」


「記憶継承率99.8%」


「格闘技純度100%」


「何が足りない?」


イヴァンはスクリーンを見る。


凍り付いたカプセル。


その奥。


眠る男。


そして。


静かに答えた。


「全部だ」


一光が眉を動かす。


「カレリンはそんな人間じゃない」


静寂。


「お前は技術しか見ていない」


「だから理解できない」


一光は笑った。


「理解する必要があるか?」


誰も答えない。



隔離室。


レイはベッドへ寝転がっていた。


天井を見ている。


暇だった。


とにかく暇だった。


「待機ってなんだよ」


誰も答えない。


「だったら帰らせろよ」


当然。


誰も答えない。


ガコン。


扉が開く。


黒服が三人。


嫌な予感しかしない。


「出ろ」


「嫌だ」


即答。


「出ろ」


「嫌だ」


「出ろ」


「嫌だ」


バチッ。


「いっっってぇ!!」


スタンガンだった。


レイは床を転がる。


「ふざけんな!!」


「痛ぇだろ!!」


「当たり前だ」


「いやそうだけど!!」


そのまま引きずられる。



地下。


さらに地下。


さらに地下。


レイは気付く。


ここは知らない。


十年間。


一度も来たことがない。


壁が違う。


空気が違う。


冷たい。


そして。


生き物の気配がしない。


「なんだここ」


誰も答えない。


やがて。


巨大な鋼鉄扉の前で止まる。


高さ五メートル。


横幅十メートル。


隔離室など比較にならない。


レイの背筋が僅かに粟立つ。


「……なんだよ」


黒服達が離れる。


監視カメラだけがこちらを向いていた。


ガコン。


重い音。


巨大扉がゆっくり開く。


冷気。


暗闇。


何も見えない。


だが。


誰かいる。


中央。


人影。


微動だにしない。


ただ立っている。


レイは眉をひそめた。


「誰だ」


返事はない。



モニタールーム。


巨大スクリーン。


そこに映る地下区画。


暗闇の中央。


立ち尽くす男。


解凍を終えたNo.00。


イヴァンは黙って見ていた。


一光は微笑む。


「治療を始めよう」



地下区画。


照明が点灯する。


白い光。


男の全貌が現れる。


レイは息を呑んだ。


デカい。


異常なほど。


首。


肩。


背中。


全てが人間離れしている。


男はゆっくり顔を上げる。


感情がない。


瞳だけが動く。


レイを見る。


そして。


ゆっくり構えた。


完璧なレスリングの構え。


一歩踏み出す。


それだけで。


空気が変わる。


レイの本能が警鐘を鳴らす。


強い。


今までで一番。


ボクシング個体より遥かに。


男が初めて口を開いた。


「……レスラーか」


低い声。


獣のような声。


レイは唾を飲み込む。


男は続ける。


「違うな」


静寂。


「臭う」


レイの眉が動く。


「何がだよ」


男の瞳が細くなる。


「異物が」



巨大扉が閉まる。


レイとNo.00。


二人だけが残される。


異端者と。


完成品。


試練はまだ始まっていない。


だが。


逃げ道だけは。


もう無かった。

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