第十六話 異端審問
静寂。
モニタールーム。
巨大なスクリーンには戦闘終了の文字。
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第二回戦 第四試合
勝者 八極拳
試合時間 4分16秒
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一光は立っていた。
腕を組み。
スクリーンを見上げている。
その顔には笑み。
純粋な喜びだった。
「美しい」
イヴァンは何も言わない。
一光は続ける。
「見ただろう」
「サンボを知った」
「組技を知った」
「関節技を知った」
「それでも八極拳を選んだ」
静寂。
「素晴らしい」
「これこそ格闘技だ」
「揺らがない」
「変わらない」
「侵されない」
「純粋だ」
一光の瞳は熱を帯びていた。
研究者ではない。
信者の目だった。
「格闘技とは信仰だ」
「己の流派を疑うな」
「己の技術を疑うな」
「己の道を疑うな」
「疑った瞬間」
「その格闘技は死ぬ」
イヴァンが鼻で笑う。
「宗教だな」
一光は即答した。
「ああ」
迷いはない。
「宗教だ」
「だから強い」
静寂。
そして。
スクリーンが切り替わる。
育成個体No.14。
レスリング。
レイ。
その瞬間。
一光の表情が変わった。
笑みが消える。
「だが」
低い声。
「レスリングは汚された」
イヴァンの目が細くなる。
「ボクシングを見た」
「学んだ」
「模倣した」
「変化した」
その言葉には明確な嫌悪があった。
「変異だ」
「汚染だ」
「冒涜だ」
静寂。
「レスリングはレスリングでなければならない」
「他競技を学ぶな」
「他競技を真似るな」
「レスリングを信じろ」
イヴァンが言う。
「それで死ぬなら意味がない」
一光は振り向かない。
「死ぬならそれまでだ」
静寂。
「信念を曲げて生き残るくらいなら」
「信念を貫いて死んだ方が美しい」
モニタールームの空気が冷える。
イヴァンは小さく息を吐いた。
やはり。
この男は理解しない。
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数秒後。
一光が黒服へ命じる。
「No.00を起動しろ」
空気が凍った。
黒服の表情が変わる。
「ですが」
「No.00は凍結管理区画へ収容されています」
「起動しろ」
即答。
「異端者の治療に使う」
黒服は動けない。
その名前は禁忌だった。
一光が振り返る。
「聞こえなかったか?」
黒服が直立する。
「失礼しました」
端末が起動する。
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最高権限コード認証
承認
育成個体No.00
解凍シーケンス開始
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モニターが切り替わる。
地下深部。
白い霜。
凍り付いた空気。
巨大なカプセル。
その表面に刻まれた番号。
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No.00
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イヴァンの表情が僅かに曇る。
一光は見逃さなかった。
「懐かしいか?」
返事はない。
一光は楽しそうだった。
「私は好きなんだ」
「彼が」
「最も純粋だから」
スクリーンへデータが表示される。
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育成個体 No.00
レスリング適性率 100%
記憶継承率 99.8%
格闘技純度 100%
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異常な数値。
完璧だった。
少なくとも一光にとっては。
イヴァンが低く呟く。
「……起こすな」
一光が笑う。
「何故だ?」
「彼はお前に最も近付いた存在だ」
静寂。
「レスリングだけを信じ」
「レスリングだけを生きた」
「完璧なレスラーだ」
その言葉に。
イヴァンの目が鋭くなる。
「だから失敗した」
モニタールームが静まり返る。
一光は首を傾げた。
本気で理解できない。
「何が不満なんだ?」
「レスリング適性100%」
「記憶継承率99.8%」
「格闘技純度100%」
「何が足りない?」
イヴァンはスクリーンを見る。
凍り付いたカプセル。
その奥。
眠る男。
そして。
静かに答えた。
「全部だ」
一光が眉を動かす。
「カレリンはそんな人間じゃない」
静寂。
「お前は技術しか見ていない」
「だから理解できない」
一光は笑った。
「理解する必要があるか?」
誰も答えない。
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隔離室。
レイはベッドへ寝転がっていた。
天井を見ている。
暇だった。
とにかく暇だった。
「待機ってなんだよ」
誰も答えない。
「だったら帰らせろよ」
当然。
誰も答えない。
ガコン。
扉が開く。
黒服が三人。
嫌な予感しかしない。
「出ろ」
「嫌だ」
即答。
「出ろ」
「嫌だ」
「出ろ」
「嫌だ」
バチッ。
「いっっってぇ!!」
スタンガンだった。
レイは床を転がる。
「ふざけんな!!」
「痛ぇだろ!!」
「当たり前だ」
「いやそうだけど!!」
そのまま引きずられる。
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地下。
さらに地下。
さらに地下。
レイは気付く。
ここは知らない。
十年間。
一度も来たことがない。
壁が違う。
空気が違う。
冷たい。
そして。
生き物の気配がしない。
「なんだここ」
誰も答えない。
やがて。
巨大な鋼鉄扉の前で止まる。
高さ五メートル。
横幅十メートル。
隔離室など比較にならない。
レイの背筋が僅かに粟立つ。
「……なんだよ」
黒服達が離れる。
監視カメラだけがこちらを向いていた。
ガコン。
重い音。
巨大扉がゆっくり開く。
冷気。
暗闇。
何も見えない。
だが。
誰かいる。
中央。
人影。
微動だにしない。
ただ立っている。
レイは眉をひそめた。
「誰だ」
返事はない。
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モニタールーム。
巨大スクリーン。
そこに映る地下区画。
暗闇の中央。
立ち尽くす男。
解凍を終えたNo.00。
イヴァンは黙って見ていた。
一光は微笑む。
「治療を始めよう」
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地下区画。
照明が点灯する。
白い光。
男の全貌が現れる。
レイは息を呑んだ。
デカい。
異常なほど。
首。
肩。
背中。
全てが人間離れしている。
男はゆっくり顔を上げる。
感情がない。
瞳だけが動く。
レイを見る。
そして。
ゆっくり構えた。
完璧なレスリングの構え。
一歩踏み出す。
それだけで。
空気が変わる。
レイの本能が警鐘を鳴らす。
強い。
今までで一番。
ボクシング個体より遥かに。
男が初めて口を開いた。
「……レスラーか」
低い声。
獣のような声。
レイは唾を飲み込む。
男は続ける。
「違うな」
静寂。
「臭う」
レイの眉が動く。
「何がだよ」
男の瞳が細くなる。
「異物が」
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巨大扉が閉まる。
レイとNo.00。
二人だけが残される。
異端者と。
完成品。
試練はまだ始まっていない。
だが。
逃げ道だけは。
もう無かった。




