第十四話 怪物
静寂。
隔離区画。
レイはベッドへ寝転がっていた。
暇だった。
本当に暇だった。
壁。
天井。
飯。
壁。
天井。
飯。
それだけ。
「帰りてぇ……」
当然。
誰も答えない。
その時だった。
電子音。
壁のモニターが点灯する。
⸻
『第二回戦抽選を開始します』
⸻
レイは身体を起こした。
「やっとか」
巨大なトーナメント表が映し出される。
そこには一回戦を勝ち抜いた勝者達の名前。
柔術。
サンボ。
ムエタイ。
八極拳。
柔道。
システマ。
知らない格闘技ばかりだった。
レイは画面へ近付く。
だが。
次の瞬間。
全ての名前が消えた。
残ったのは一つだけ。
⸻
『育成個体No.14』
『戦闘思想――レスリング』
⸻
レイの眉が動く。
「……なんだ?」
数秒。
画面が止まる。
そして。
新しい文字が浮かび上がる。
⸻
『第二回戦』
⸻
沈黙。
レイは無意識に拳を握った。
相手は誰だ。
柔術か。
八極拳か。
それとも別の何かか。
だが。
表示されたのは。
予想もしない言葉だった。
⸻
『待機個体に指定』
⸻
「……は?」
レイは固まる。
⸻
『第二回戦への出場はありません』
⸻
数秒。
頭が理解を拒否した。
「いや待て」
⸻
『待機を命じます』
⸻
「いや待て待て待て」
⸻
『質問は受け付けません』
⸻
「ふざけんな!!」
レイは思わずモニターを殴った。
だが。
映像は消えるだけだった。
静寂。
再び。
一人。
「なんだよ待機って!」
「不具合か!?」
「俺だけ負け扱いか!?」
「いや勝っただろ!?」
誰も答えない。
レイは舌打ちする。
意味が分からない。
トーナメントだろ。
勝ったなら次があるはずだ。
なのに。
戦わせない。
理由も教えない。
気味が悪かった。
⸻
モニタールーム。
巨大スクリーン。
そこには第二回戦の組み合わせが表示されている。
一光はワインを揺らしていた。
イヴァンは無言で立っている。
「待機か」
低く呟く。
一光は笑った。
「正確には違う」
「……」
「保留だよ」
スクリーン中央。
レスリング。
No.14。
その名前だけが枠外に置かれている。
「レイはまだ使う」
イヴァンの目が細くなる。
「何を企んでいる」
一光は答えない。
ただ。
楽しそうに笑った。
⸻
別の隔離区画。
リンは座っていた。
背筋を伸ばし。
目を閉じ。
ただ呼吸している。
何もしていない。
本当に。
何も。
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『育成個体No.09』
『自主訓練無し』
『睡眠状態正常』
『精神状態安定』
『戦闘思想変化率 0.00%』
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機械音声だけが流れる。
リンは反応しない。
ただ呼吸している。
一定に。
静かに。
まるで石像だった。
⸻
十年前。
NULL PROJECT育成施設。
人工降雪エリア。
白い雪が降っている。
もちろん本物ではない。
施設天井に設置された装置が作り出した偽物だった。
十歳のリンは雪を握る。
冷たい。
「なんで雪なんだ」
目の前には老人。
小柄。
細身。
枯れ木のような身体。
だが妙に怖い。
近付くだけで肌が粟立つ。
まるで拳ではなく。
槍を向けられているようだった。
老人は答える。
「知らん」
「儂は雪を作る係ではない」
リンは顔をしかめる。
「じゃあ何なんだよ」
老人は煙管を咥えたまま答えた。
「八極拳だ」
「お前に八極拳を教える」
それだけだった。
⸻
別の日。
リンは老人へ尋ねた。
「中国ってどこだ」
老人は少し考える。
そして。
「知らん」
リンは目を丸くした。
「は?」
「行ったことがない」
「中国拳法なんだろ?」
老人は煙を吐く。
「記憶では知っている」
「だが儂は行ったことがない」
静寂。
「どういう意味だよ」
老人は少しだけ笑う。
「儂もお前と同じだ」
「作られた」
リンには意味が分からなかった。
だが。
その言葉だけは妙に頭に残った。
⸻
現在。
リンは目を開いた。
電子音。
モニターが点灯する。
⸻
『第二回戦』
『第四試合』
⸻
『サンボ』
VS
『八極拳』
⸻
静寂。
リンは画面を見つめる。
サンボ。
知らない。
聞いたこともない。
だが。
一回戦を勝ち抜いた。
弱くはない。
それだけは分かる。
⸻
『試合開始まで二時間』
⸻
モニターが消える。
リンは立ち上がる。
ゆっくり。
静かに。
だが。
呼吸だけが変わっていた。
わずかに。
深く。
重く。
知らない相手。
知らない技術。
知らない恐怖。
レイと同じだった。
⸻
モニタールーム。
巨大スクリーン。
サンボ。
八極拳。
二人のデータが映し出される。
一光はワインを揺らしていた。
イヴァンは無言で立っている。
「どちらが勝つと思う」
イヴァンが聞く。
一光は少し考える。
そして。
笑った。
「分からない」
イヴァンの目が細くなる。
一光が分からないと言った。
初めてだった。
「だから面白い」
一光は画面を見る。
「サンボは完成されている」
「八極拳も完成されている」
「純粋だ」
その言葉に。
イヴァンはレイを思い出した。
純粋。
その言葉から最も遠くなり始めている少年を。
⸻
『戦闘区域構築開始』
巨大な振動。
地下空間。
壁が動く。
床がせり上がる。
コンクリートの柱。
駐車スペース。
地下駐車場。
広すぎない。
狭すぎない。
遮蔽物もない。
完全中立。
⸻
サンボが入場する。
同じ顔。
だが。
身体が違う。
首が太い。
肩が厚い。
全身が鋼の塊のようだった。
男は静かに周囲を見る。
「八極拳か」
知らない。
だが。
勝者だ。
油断はない。
⸻
反対側。
リンが歩いてくる。
静かに。
ゆっくり。
足音すら聞こえない。
サンボの眉が僅かに動く。
(軽い)
だが。
危険だ。
本能が警鐘を鳴らしている。
⸻
『戦闘開始まで十秒』
電子音。
サンボが低く構える。
リンは動かない。
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『五』
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サンボが観察する。
脚。
肩。
腰。
⸻
『四』
⸻
リンが観察する。
重心。
目線。
呼吸。
⸻
『三』
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サンボが思う。
(組めば勝てる)
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『二』
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リンが思う。
(二の打ち要らず)
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『一』
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『戦闘開始』
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同時だった。
サンボが踏み込む。
リンも踏み込む。
両者。
一直線。
逃げない。
避けない。
最短距離。
次の瞬間。
ドンッ!!
地下駐車場に衝撃音が響いた。
モニタールーム。
一光が立ち上がる。
イヴァンの目が開く。
誰も。
何が起きたのか分からない。
ただ一つ。
分かることがあった。
この試合。
一瞬で終わるか。
あるいは。
誰かが死ぬまで終わらない。




