第十三話 選定
二十年前――
巨大な会議室。
壁一面のモニター。
世界各国から集められた格闘技関係者。
軍関係者。
スポーツ科学者。
医師。
投資家。
誰もが苛立っていた。
「だから最強はレスリングだと言っている」
「馬鹿を言うな」
「ボクシングだ」
「柔道だ」
「軍隊格闘術だ」
「現代戦では銃が――」
「それは格闘技ではない!」
怒号。
怒号。
怒号。
誰も譲らない。
その時だった。
コツン。
グラスの音。
全員が振り向く。
会議室最奥。
一人の男。
まだ若い。
今より髪も黒い。
だが。
目だけは同じだった。
一光。
「終わったかな?」
静寂。
全員が黙る。
一光は立ち上がる。
「では質問だ」
スクリーンが点灯する。
そこには。
レスリング。
柔道。
ボクシング。
空手。
ムエタイ。
世界中の格闘技。
「最強の格闘技は何だと思う?」
即座に手が上がる。
「レスリングです」
「ボクシングです」
「柔道です」
「ムエタイです」
「クラヴ・マガです」
再び騒がしくなる。
一光は笑った。
「全員不正解だ」
静寂。
空気が凍る。
「何故なら」
「誰も証明していないからだ」
スクリーンが切り替わる。
UFC。
PRIDE。
世界大会。
オリンピック。
様々な映像。
「ルールが違う」
「体格が違う」
「育成環境が違う」
「才能が違う」
「運もある」
一光が歩く。
ゆっくり。
「つまり」
「今まで一度も」
「格闘技同士は平等に戦っていない」
静寂。
誰も反論できない。
⸻
「では」
科学者が手を挙げる。
「総合格闘技はどうでしょう」
スクリーンに文字。
MMA
総合格闘技。
会議室の大半が頷く。
当然だ。
現代最強候補。
誰もがそう思っている。
だが。
一光は即答した。
「却下」
会議室がざわつく。
「なぜです?」
一光は笑う。
「MMAは答えだからだ」
静寂。
「レスリング」
「柔術」
「ボクシング」
「ムエタイ」
「全てを混ぜた結果」
「それがMMAだ」
一光はスクリーンを見上げる。
「私は答えを見たいんじゃない」
「答えが生まれる瞬間を見たい」
会議室が静まる。
「だからMMAは不採用だ」
⸻
次の議題。
プロレス。
スクリーンに映像が流れる。
巨漢。
空中技。
受け身。
異常な身体能力。
「プロレスラーは強い」
軍関係者が言う。
「間違いない」
一光は頷く。
「強い」
全員が安心する。
採用される。
そう思った。
だが。
「却下」
まただった。
「理由は?」
一光は淡々と答える。
「観客だ」
意味が分からない。
会議室がざわつく。
「観客に見せるための技術が入る」
「純粋ではない」
「私が見たいのは」
「格闘技だ」
「人間ではない」
その言葉に。
何人かが顔をしかめた。
⸻
その後も。
議論は続いた。
剣道。
フェンシング。
弓術。
銃器格闘。
全て却下。
理由は単純。
武器。
一光は繰り返す。
「私は武器を見たいのではない」
「肉体を見たい」
⸻
中国武術。
ここでは逆に揉めた。
「流派が多すぎる」
「全て採用すべきだ」
「いや代表だけでいい」
数時間。
議論は続く。
最終的に。
採用。
八極拳。
少林拳。
不採用。
形意拳。
八卦掌。
詠春拳。
螳螂拳。
その他多数。
一光は言った。
「必要なのは歴史ではない」
「答えだ」
⸻
会議は終盤へ進む。
採用格闘技。
レスリング。
柔道。
柔術。
ボクシング。
ムエタイ。
空手。
サンボ。
八極拳。
少林拳。
システマ。
クラヴ・マガ。
カリ。
その他。
世界中の格闘技が並ぶ。
そして。
最後の問題。
育成対象。
科学者が尋ねる。
「どう比較するのですか」
「人間には才能があります」
「体格差もあります」
「環境差もあります」
「平等な比較は不可能です」
一光は笑った。
待っていた。
そう言わんばかりに。
「可能だよ」
スクリーンが切り替わる。
DNA。
遺伝子。
細胞。
会議室が静まり返る。
「全員」
「同じにする」
静寂。
誰も意味が分からない。
「遺伝子を統一する」
「顔も」
「骨格も」
「才能も」
「環境も」
「全てだ」
会議室が騒然となる。
「狂っている!」
「倫理委員会が許可するわけがない!」
「不可能だ!」
一光は笑った。
心底楽しそうに。
「だから面白い」
⸻
数時間後。
会議室には誰もいなかった。
残っているのは一人。
一光だけ。
窓の外。
夜景。
その時。
扉が開く。
一人の男が入ってくる。
巨大な体。
潰れた耳。
鋭い目。
レスラー。
世界最強と呼ばれた男の面影。
一光は振り返る。
「待っていたよ」
男は無言。
「協力してほしい」
一光が言う。
「君のレスリングを」
「後世へ残したい」
男は鼻で笑う。
「断る」
即答。
一光は怒らない。
ただ。
小さく笑った。
「そう言うと思った」
静寂。
そして。
男の前に一枚の資料を置く。
そこには。
培養槽。
胎児。
無数の数字。
男の顔が変わる。
「……何だこれは」
一光の笑みが深くなる。
「未来だよ」
「君達の」
「そして格闘技の」
男は資料を睨む。
一光は窓の外を見る。
「最強の格闘技を決めよう」
「人類史上初めて」
「完全に公平な方法で」
男は何も答えない。
だが。
その拳だけが。
ゆっくり握られていた。




