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NULL-最も公平で理不尽な監獄-  作者: gongon


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12/46

第十二話 メッセージ

静かだった。


気味が悪いくらい。


レイは薄暗い部屋の中で、

一人座っていた。


ベッド。


洗面台。


シャワー。


それだけ。


窓はない。


時計もない。


音もない。


「……」


隔離。


その意味を、

身体が理解し始めていた。


誰とも会えない。


話せない。


他の試合も見れない。


知らされるのは、

結果だけ。


まるで。


格闘技そのものを、

密閉して育ててるみたいだった。



レイは頬を触る。


まだ痛い。


ジャブ。


思い出すだけで、

首の奥がゾワつく。


「……速すぎんだろ」


拳。


たった拳。


なのに。


レスリングじゃ届かない場所から、

頭を壊してくる。


怖かった。


認めたくねぇけど。


本気で。



ガコン。


突然。


壁の一部が開く。


レイが反射的に立ち上がる。


低く構える。


だが。


現れたのは黒服ではなかった。


台車。


食事。


それだけ。


「……チッ」


レイは舌打ちする。


近づく。


肉。


スープ。


パン。


そして。


小さな紙。


レイの眉が動く。


手に取る。


そこには。


『第六試合終了』


『試合時間――四分二十三秒』


『決まり手――後頭部打撃による脳震盪』


『勝者――システマ』


「……システマ?」


知らない。


また知らない。


レイは紙を睨む。


後頭部。


脳震盪。


そんなので終わるのか?


いや。


終わった。


現に。


ここでは。



『第七試合終了』


『試合時間――五十六秒』


『決まり手――頸椎損傷』


『勝者――柔道』


レイの眉が動く。


柔道。


投げか?


レスリングに近いのか?


でも。


頸椎損傷。


その単語が妙に生々しい。


レスリングでも、

頭から落ちれば危ない。


だが。


ここではそれで終わる。


死ぬ。



レイは肉を口へ放り込む。


味がしない。


頭の中が、

ずっと戦いのことだった。


ボクシング。


ジャブ。


距離。


八極拳。


胸部破壊。


システマ。


後頭部。


柔道。


頸椎。


知らない。


知らない。


知らない。


「クソッ……」


初めてだった。


レスリング以外を、

考えている自分。


イヴァンは、

こんなこと教えなかった。


いや。


教えられなかったのか。



『育成個体No.14』


機械音声。


レイが顔を上げる。


『戦闘後医療処置を開始します』


「……は?」


壁の一部が開く。


細いアーム。


白い機械。


冷たい光。


レイが眉をひそめる。


「なんだよそれ」


『対象をスキャンします』


赤い光が、

レイの身体をなぞる。


首。


鼻。


頬。


肋骨。


視界に数字が流れる。


『軽度脳震盪』


『鼻骨損傷軽微』


『左頬部裂傷』


『頸部筋損傷』


『生命活動――正常』


機械音声。


感情ゼロ。


気味が悪い。


『処置を開始します』


「ちょっ――」


次の瞬間。


首筋に鋭い痛み。


「ッッッ!?」


細い針。


薬剤。


熱が身体に広がる。


『炎症抑制剤投与』


『神経修復ナノマシン補充』


『脳圧安定化開始』


レイが歯を食いしばる。


熱い。


身体の内側が、

勝手に動いてるみたいだった。


『安静を推奨します』


「……誰が寝れるかよ」


レイは吐き捨てる。


すると。


機械音声が、

一瞬だけ止まった。


『育成個体No.14』


『精神状態――高ストレス』


『恐怖反応継続』


レイの眉が動く。


恐怖。


その単語が妙にムカついた。


だが。


否定できなかった。


拳が怖い。


あの距離が怖い。



その時だった。


壁のモニターが点灯する。


ノイズ。


そして。


映ったのは、

イヴァンだった。


レイの目が開く。


「オッサン……!」


録画映像。


だが。


イヴァンは真っ直ぐこちらを見ていた。


『レイ』


低い声。


聞き慣れた声。


それだけで、

少しだけ呼吸が落ち着く。


『お前は今、

混乱しているだろう』


レイは黙る。


イヴァンは続ける。


『拳を怖いと思ったはずだ』


『距離を怖いと思ったはずだ』


『それでいい』


レイの目が揺れる。


『知らないものは怖い』


『私もそうだった』


静寂。


レイが眉をひそめる。


イヴァンが、

少しだけ目を細める。


『昔、

私は“投げられない人間”を見た』


『どれだけ組んでも、

逃げる男だった』


『理解できなかった』


『だから何度も研究した』


『何度も戦った』


レイは少しだけ息を呑む。


イヴァンが、

レスリング以外を語っている。


初めてだった。


『レイ』


イヴァンの目が鋭くなる。


『恐怖から逃げるな』


『理解しろ』


『観察しろ』


『考えろ』


『そして』


ほんの少しだけ。


イヴァンが笑う。


『最後は組め』


レイの口元が、

少しだけ緩む。


「あぁ……」


その瞬間。


モニターが切り替わる。


サングラスの男。


一光。


レイの顔が険しくなる。


「やぁレイ!」


軽い声。


だが。


目が笑っていない。


「初戦、

素晴らしかったよ」


「特に最後」


「打撃を理解し始めた瞬間」


一光の声が少し低くなる。


「君は、

レスリングではなくなり始めた」


静寂。


レイは黙る。


一光も、

少し黙った。


やがて。


小さく息を吐く。


「……最悪だ」


レイの眉が動く。


「本来なら、

そんなことは起こらないはずだった」


「レスリングは、

レスリングだけで完成している」


「ボクシングも、

八極拳も、

柔道も」


「純粋なまま比較されるべきなんだ」


一光はモニター越しに、

レイを見つめる。


「なのに君達は、

他を知った瞬間に変化し始める」


その声には。


苛立ちと。


ほんの少しの恐怖が混ざっていた。


「理解できない」


「人間は何故、

混ざろうとする?」


レイは黙ったまま、

映像を見る。


一光は最後に小さく呟く。


「……NULLなど、

存在してはいけないんだ」


映像が切れる。


静寂。


レイはしばらく動かなかった。


そして。


ふと気づく。


無意識だった。


拳を。


顔の前に置いていた。


ボクシングみたいに。


レイは、

ゆっくり自分の拳を見る。


「……なんだよこれ」


その構えはもう、

純粋なレスリングではなかった。

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