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ロサ王国ウイミイ州ウイミイ島5018番地のフラットの住人たち  作者: 宮永すゐ


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9/18

帰る故郷を失った少女と帰る人

 「はぁ……」

気を遣わせてしまった……。

目覚めると扉の隙間にあったメッセージカードを見ながら、溜め息を吐いた。

昨日の食べ損ねたデニッシュを保冷庫に仕舞って置いてくれたらしい。

大きく見易い字は、何故かロサ語ではなく故郷のカーティフのものだった。

文をお送りした際はカーティフ語で書いたから、ロサ語も読み書きできる事を彼は知らないのだわ。

お伝えするのをすっかり忘れてた。

「にゃあ」

その声の方を見やると、いつの間に入っていたのか猫が爪でキィキィと扉を鳴らしながら出たがっているのが目に入る。

「ああ。はい、どうぞ」

ゆっくりと扉を開いてあげるとドタバタと足音を立てて僅かに黄色みがかった白く長い髪の女の人が、此方に向かってきたのが目に映った。

この人が、えっと、双葉さんなのかしら?

必死の形相だった彼女は、私と目が合うなり急ブレーキをかけてパッと明るい顔をする。

「君が新しい入居者さん? わぁっ! 嬉しい! 同い年くらいよね? あ、もしかして見た目詐欺系の種族だったりする? それなら、ごめんなさい。私は双葉! 双葉・フェスタって言うの。よろしくぅ〜」

まだシェロンさんが眠っているかもしれないのに、元気潑剌に名乗ったフェスタさんは私の手を取ると握り振り、ぴょんぴょんとその場でジャンプする。

背は私より少し高いかしら。

何故か彼女の髪に狼のような耳が見えた気がして、二度見すると気の所為らしくしなやかな長い髪があるだけだった。

「私はオーレリア・アシュリーと申します。レイとお呼び下さると幸いです」

「よろしくぅ〜。レイちゃん」

呆気に取られながらも、名乗ると彼女は満面の笑みで歓迎して下さった。


 階下からフォーサイスさんが居なくなってから、私はこっそり洗面所へ入り、洗顔をする。

「誰がコソコソとしているのかと思いきや、お前さんか。フェスタの奴かと思ったぞ」

ぬっと音も無く現れたクラインさんに、私は吃驚して体が硬直した。

「ああ、すまん。昔から音を消すのが治らなくてな。お前、昨日輩に襲われたってのは本当か?」

その話は(シア)さんしか知らないのに、如何して……。

私が目を見開くと、彼は溜め息混じりに一歩詰め寄ってきた。

「フランシスには俺から言ってやる。代わりに一つ言う事を聞け。レイ、年頃のレディがンな所を昼はともかく日暮なんざに使おうとするな。二度とだ。分かったか?」

凄みのある顔で、雲一つ無い晴天のような鮮やかな青色の目が私を睨みつける。

その声音は低くて脅かそうという雰囲気なのに、何処か心配するような気配もした。

端正な顔立ちの方に凄まれると、こんなにも迫力があるのね。

身体が強張り、開いた口が閉じない。

「チッ。脅かし過ぎたか? まあ、いい。次からは早めに帰るか、明るい道を使えよ」

そう仰るとクラインさんは溜め息混じりに部屋を後にされた。

ぺたんと床にしゃがみ込む。

思っていたよりも、私は緊張していたらしいと呆けた頭で自覚した。

「あれ? レイさん?」

トレーニングでもしてきただろう汗だくの夏さんが私を見下ろす。

「あ、夏さん。おはようございます」

まだ動けない私はそのまま声をかけると、彼は急に心配そうなお顔になられて屈まれた。

「おはようございます。えっと、大丈夫ですか? 負ぶりますか? あ、でも俺今汗臭いから嫌ですよね……」

「大丈夫です。クラインさんの凄みに吃驚しただけですから。ありがとうございます」

自分の服を捲り上げて筋肉質なお腹を晒した彼からそっと目を逸らしながら、私は口早にそう答えるとゆっくり立ち上がりそのまま急いで口を濯ぎ歯を磨いてしまう。

私の動きに彼は安心したように笑むと、そのまま服を脱ごうとしてやっと気まずい事に気づいてくれたらしい。

「……あっ。すみません! 出直しますね!」

口早にそう言うと彼はあっという間に居なくなった。

寧ろ私が居なくなった方が良かったわよね……。

私ったら、何をしているのかしら。

年の近い殿方の肌を見た事が無かった所為ね。

いえ、よく見るものでも無いでしょうから健全なのかしら……?

ああ、今度から気をつけないと……。

耳まで真っ赤になっている事に気づいていないフリをして私は朝食を頂きに向かう。


 「協会支部って本土なのね」

図書館の一角で、マナ使いになる為のハウトゥー本を手にしながら呟く。

昔はそれなりにお高かったらしい受講費用が今は王侯貴族の介入により大幅に安くなっているそう。

但し、ロサの支部は本土の王都にしか無いらしく赴かねばならないらしい。

早くとも来月に回すしか無いわね。

入り用なものが足りないままでは、気が休むことはないだろう。

師事する先生は協会が決める決まりだそう。

ただ例外もあって、身近にマナ使いの方がいらっしゃる場合はその方に師事する事も許されているらしい。

アルーンさんに師事させて頂けないかお尋ねしようかしら?

「あとは、収入よね」

ラウルさんから無理やり送られた仕送りを上手にやりくりするにしても、それに頼っていては何か遭った際に困ってしまう。

あのお方は保障委員会からの申請書が承認されるまでは送るだなんて仰って下さった。

でもそれは、泡沫事件に遭わない且つご自身を含めたご家族が健康でなければならない事という事が欠けているように思う。

与えられる側が偉そうにと仰るかも知れないけれど、私はその当たり前が当たり前で無い事を知ってしまった。

……商業ギルド支部に行こう。


 港から程近い大きな建物。

ウイミイ支部と書かれたその建物は、昼休みから戻ってきた人々でごった返していた。

「あれ? レイさん?」

木箱を片手に運びながら駆け寄ってきた夏さんの姿に、昔飼っていた犬を思い出す。

あの子も、こうして顔を見ると駆け寄って嬉しそうに尻尾を振ってくれたわね。

人である彼を犬に例えるのは失礼だとは思いつつ、つい彼に生えてもいない垂れ耳や尻尾が見える気がしてしまう。

目の調子が悪いのかしら……。

「こんにちは、夏さん。お仕事中ですか?」

「小龍で良いですよ。いや、仕事というかトレーニングの一環でたまにこうして重いものを運ぶ手伝いをしているだけですよ。万が一落としそうになっても、ほら俺は此方でいうマナが使えますから」

ひょいと指一本で支え始めた木箱を今度はマナを使ったのか木箱だけ宙に浮いた。

彼が浮かせていたのを止め、また指先一つで支え始めると、彼は「ね?」と笑ってみせる。

「コラーッ! ロン! 立ち話する暇なんざ無いぞ!」

大きな包みを運びながら彼に向かって怒鳴るスキンヘッドの厳つい顔の殿方が此方へゆっくり向かって来られるのが見えた。

「ロン?」

「俺の名前を呼びづらい人にはそう呼ぶように言ってるんですよ。それじゃあ」

彼はそう説明すると、早足で倉庫らしき部屋に向かった。

 「おや、お若いの。商業ギルドには如何いったご用件で?」

何方にお伺いしたら分からず、かと言って皆さんが急いでいるかのようにしているものだから声をかけるにかけられなくて困っていると、仕立ての良いスーツを着こなした老人が杖をついて声をかけて下さった。

「お仕事を頂けないかと思いまして参りました。何方にお伺いしたら宜しいのでしょう?」

「ほうほう。仕事とな。そうじゃなあ、少し前なら祭りの準備に人手が要る所が多かったがのう。お若いのにはちぃっとむつかしいものしか今は無いかも知れんのう」

如何やらタイミングが悪かったらしい、彼は眉根を下げて申し訳なさそうにする。

そうよね。お祭りの前ならいざ知らず、今はただの平日だものね。

日を改めるしか無いかしら。

「おおっ! 丁度いいところに!」

私が諦めて帰ろうと思った矢先、老人が誰かを見つけて声をかけた。

その先を見ると見たこともない肌の女の方が此方に気づいたのが見える。

……カエル?

二足歩行のカエルというのがとても分かり易いその容姿に驚いていると、彼が近づいた彼女に話しかけた。

「所長。お呼びですか?」

涼やかな声音のその人は、私をチラッと見てから彼に声をかけた。

「お前さん、この間若いのが故郷に帰ったとか言うておったろう? この若いのとかどうじゃ? 器量がよいし、店に映えるじゃろうて」

この方は所長さんだったのね。

お偉い方なのだとは思っていたけれど、まさか所長さんが応対して下さっていたなんて思わなかったわ。

「まあ、彼女を?」

お店に映えるという言葉に少し警戒してしまう。

もしかして、花を売る店とか?

ああでも、ロサではその方面のお仕事は本土の貴族区画でのみ営業を許されていないと耳にしたから違うわよね。

「こんにちは。(わたくし)ウヅキキョウカと申します。どうぞウヅキとお呼び下さいまし。小さなバーのしがない店主をしておりますの。お名前を伺っても宜しいかしら?」

「オーレリア・アシュリーと申します」

失礼ながら、カエルが話しているようにしか見え無い所為で随分と挙動不審になってしまった。

申し訳なくて声をかけようとしたのを遮られる。

「私はカエル人という種族の末裔ですの。生まれは東の木ノ花(コノハナ)という所でしてね。どうかお気になさらないで下さいましね? 私の種族を知らない方やカエルがお嫌いな方が驚くのは仕方がない事ですもの」

そんな私の事を気にする事なく、寧ろ気遣うように声をかけて下さった。

「儂なんて、お前さんと出会って間もない頃はよく大きなカエルなんて言うてひっくり返っとったくらいじゃからのう。いや、別に美談にしたい訳じゃあないがね」

所長さんも話しに加わり、ほほっと真っ白なちょび髭を撫でてふと近くで書類を手に待つギルドの方が所長に目配せしたのが見えた。

「さて、彼奴が儂に用があるらしいからの。もう行くとするわい。またのう。アシュリー君ウヅキ君」

帽子を軽く上げて所長さんは、ギルドの方と何処かへ向かわれた。

「さて、アシュリーさんはお仕事が欲しいのでしたわね。此処で出会ったのも何か意味があるのでしょう。宜しかったら、私のバーで働きませんか?」

……バーという事は、お酒を嗜む方がいらっしゃるお店よね。

脳裏に過ったあの人を消し去るように瞬く。

ウヅキさんは誰に対しても気遣いをするお優しい方だというのは、このちょっとした会話だけでも十分に伝わった。

それにあの所長さんが顔を覚えていて且つ従業員の話もよく覚えているようなお店だということは悪いところでは無いように思える。

多分、大丈夫な気がするのよね。

この島に来てから妙に勘が働くようになった気がする。

今朝も彼が居なくなった気がしたと思ったら本当に居なかった。

今回も信じてみようかしら。


 「道順を書いて下されば、一人で向かいましたのに」

たまたま居合わせた小龍さんにお店への道順を書いて頂こうとしたら、彼自ら案内すると言って聞かなかった。

此処のところよく居合わせるような気がするのよね。

気のせいかしら?

「この間の事もありますし、此処の辺りは島の人も分かりづらい事で有名なので。それに、案内した方が早いですから」

この辺りはスモモを割った実の色のような壁の家ばかりなのね。

色取取の所に比べると大人しく思えるけれど、きっとそれは思い違いなのでしょう。

小龍さんの長い真っ黒な髪が今日はシニヨンヘッドになっていて真っ白なシニヨンカバーで覆われている。

サラサラで羨ましいわ。

自分の湿気によって思うようにならない夕暮れを迎えたばかりのような色の髪を弄り嘆息する。

「この先ですね」

「ところで、小龍さん。つかぬ事をお伺いするのですが、フェスタさんとご交際なさっているのですか?」

私の問いにカチコチとまるで油を差し忘れた人形のように、ゆっくりと振り返った。

「え?」

「いえ、今朝のお二人がとても仲が宜しいように見えたので」

裏返った声の彼に、ただ今朝の仲良さそうに話す二人の雰囲気にそう思っただけなのだけれど。

ああ、そうよね。

「ごめんなさい。立ち入った事をお聞きしてしまいましたよね」

「してませんよ! 双葉とはただの友人です!」

グッと此方に一歩詰め寄ってきた彼は、妙な必死さを伴ってそうはっきりと答えると、近過ぎる事に今更気恥ずかしくなったのか音も無く後退りした。

「こほん。こっちです」

気を取り直して彼が曲がり角を曲がりついて行くと、その小道だけは色を取り戻したようにカラフルな家々が並んでいた。

「五つ目ならあの家ですね」

彼が指差す家にはクローズとブラックボードが置かれている。

ノックしたら開けると言われていたけれど、いざしようとすると緊張するものだわ。

おずおずとノックをすると、直ぐにウヅキさんが開けて下さった。

「いらっしゃい。あら、貴方はよくギルドのお手伝いをしている方ね? さあさ、どうぞお入りなって。温かいものでもご用意しますわ」

スッと扉を代わりに押さえた彼に促される形で店内に入る。

小さなバーと聞いていたから、こじんまりとしているのかと思っていたけれど思っていたより広いのね。

「さあ、カウンターにどうぞ」

「失礼します」

私たちがカウンターに腰かけると暫くして彼女は温かなお茶とクッキーを添えて置いて下さった。

「思っていたより早くて助かりましたわ。早速、頂けますこと?」

本当に嬉しそうにそう仰る彼女に心の内でズキッと良心が悲鳴を上げる。

それに目を背けて、私は彼女に言われていた書類を手渡した。

受け取って直ぐにパラパラと流し読み、彼女は直ぐに「はい」と微笑む。

「それでは、改めてまた詳しい事は決めましょうね」

「はい」

気づかれていない事にホッとすると、隣の小龍さんが気遣うような声をかけて下さった。

「レイさん、もしかして具合悪いですか? 顔色が悪いような……」

「え? いえ、そんな事は」

後ろめたさ事あれ、具合は悪くない。

私が首を振ると、彼はまだ気にするような目を向ける。

「あらあら。ボーイフレンドさんはよく見ていらっしゃるのね。おほほ」

しかし、その彼女の発言によって彼は茹でたこのように真っ赤になって焦ったように何を言っているのか分からない、きっと故郷の言葉なのだろう発音で何かを捲し立てた。

「あらあらまあまあ」

その姿に彼女はクスッと可笑しそうに笑う。

その必死に伝えようとする彼の姿に思わず私もつられて笑ってしまったけれど、彼には気づかれていないようだった。

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