迷えるエルフと水先案内人
明け方の廊下は冷え冷えとし、眠る住人の寝息が微かに聞こえる。
そっと歩く度に家鳴りの心配をする僕を他所に、意外な程静かに目当ての部屋の前に辿り着いた。
……ああ、良かった。ちゃんと眠れているみたいだ。
部屋の中から、スゥスゥと寝息がする。
流石に防音の式にガタが来たらしい。
父さんが生きていた頃にマジックストーンを買い直したきりだったからなぁ。
あれっていくらしたっけ、って違う違う!
別のことに気を取られそうになるのを辛うじて軌道修正すると、扉の隙間にカードを差し込む。
昨日のパン屋のデニッシュが保冷庫にある事を書いたそれが落ちていない事を再三見てから階下へ向かい足を向けた。
食べてくれると良いなぁ。
本当はいけない事だけど、あのデニッシュには鮮度が落ちないように式を書いた皿に置いておいた。
協会に知られないなら、していないと同じだしこの程度なら良いよね。
珍しく散歩から戻っていないらしいクィンさんのいない炊事場で湯を沸かす。
さて、如何したものかなぁ。
昨日の夕方になってようやく戻った彼女は何故か小龍君といた。
無事なことに安心したのも束の間、彼女は僕から逃げるように部屋に戻ってしまった。
今日も多分、話しはしてくれなそうだよね。
せめて、ラウルが来る前には話せるくらいになっておきたいけど、それも彼女次第だ。
「あれ〜? 珍しい。クィンさんかと思ったらフランクだ」
ひょこっと炊事場を覗いた双葉ちゃんの物言いに溜め息を吐く。
如何してこうも、僕が朝早く居るだけで意外そうな声を上げるのか。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら、言うに事欠いてそれかい? 双葉ちゃん」
「いやぁ、この前知り合ったおやっさんと馬が合っちゃってねぇ。おやっさんの家にご厄介になってたのよねぇ。あ、お土産あるよぉ」
語尾を伸ばす双葉ちゃんの話し方に彼女が戻ったのだと、実感が湧き和む。
おもむろに彼女が手を叩くと、作業台に見るからにお高そうなお酒やジュース、上質な肉が置かれた。
「うわ〜。今回もまあ、お高そうなものを」
「元は貴族の侍従長だったらしいのよぉ、そのおやっさん。ただ、この間の泡沫事件のせいで主人を失ったらしいよねぇ。それで思う事があったらしくて、今は本土の貴族区画の家で余生を過ごすことにしたらしいわ」
度々こうして町で知り合った人の家に行ってはお土産を貰う事がある双葉ちゃんは、僕に何本かジュースをくれた。
また、泡沫事件か。
「此処の所は鳴りを潜めていたのにねぇ。フランク、知り合いから何も聞いてないの? 保障委員と仕事したりしてるって言ってたよねぇ?」
……保障委員か。
今はこの泡沫事件を主体に未知の災害によって家や家族を失った人々の救済を謳い、解決の為に尽力するという団体。
各所の王侯貴族たちや有力者からの寄附金によって成り立っていて、僕はその解決の方の仕事を主に手伝う事がある。
父さんが生まれるよりもずっと昔、今は亡き聖サントの聖女によって発足された保障委員会は、今も世界の為に活動している表向きは素晴らしい団体。
だけど、きっと聖女の居た頃のその気高さはもう失われていると僕は思っている。
「レーモ君とは久しく話していないからなぁ。僕が付き合ったのも、クラウス君と出会ったあの頃だけだし。分かるのは、あの事件の発生後は必ず何も無くなること位だよ。草も生えないただの土地だけだっていう委員会の報告と変わらない」
沸いた湯をゆっくりドリッパーに注ぐ。
すると、炊事場にコーヒーの匂いが立ち込めてきた。
「やっぱり、詳しいことは分からないかぁ」
彼女は少し詰まらなそうな声で保冷庫へ向かった。
本当はもう少し知っているけど、それは口外しないように口酸っぱく言われているからなぁ。
泡沫事件の遭った場所は、発生して暫くは人が立ち寄れない高濃度な無味無臭の見えない毒が一帯を覆う。
仮にそこに一歩でも立ち入ろうと右足を踏み込むと、その人の右足は無くなるらしい。
痛み無く、失われるのだ。
だから、保障委員は発生したら直ぐに何人たりとも立ち入りしないように、規制する。
名目上は、現場保存として。
ただ気になるのは、泡沫事件には範囲に決まりが無いこと。
それこそ、クラウス君の故郷である帝国のような大規模から、レイちゃんの故郷のように町のような小規模だったりと、まとまりがない。
ああ、あと一つ知っていることがあったな。
その毒は、最近の研究から高濃度のマナらしいということ。
マナは空気より重いから、そう簡単には散らないという話だけど、実際には分からない。
それ故に、最近はマナを使うものの使用が制限され、マナを自在に扱える僕らのような存在も例外なく同じく制限を命じられた。
元々、協会の厳しい決まりもあって、更に制限される形になったからか、制定された頃は混乱に次ぐ混乱だった。
元々マナ使いは年々減っているのが現実で、協会の定めたマナ使いになる為の規定には協会派遣の師に入門し、最低6年は師事することや、師から修了書を貰う必要があったり、ランク相当かの協会からの査定があったり。
正直、面倒だからマナ使いの素質があってもならないという人が多くなっている。
ならなくてもマジックストーンがあって生活に困らないからという理由もあると思うけど、そのマジックストーンを作れるのはマナ使いだけという悪循環が協会側の昨今の問題らしい。
たまに潜りのマナ使いがマジックストーンを売ったりするけど、事故になり易いという割の合わなさから、悪い人たち側としても参入しないのだそうだ。
「フランク〜。アタシにもコーヒー頂戴」
保冷庫から出してきた乾き切った硬いパンとジャムを片手に彼女が戻ると、丁度そこにクィンさんがいつものスーツで現れた。
「おや、双葉嬢おかえりなさい。フランクはおはようございます」
彼は入り口付近にかけてある自分のエプロンを着けながら、僕たちの朝食の支度の品を見てからふむと顎に手を当てた。
「おはよう。おかえり、クィンさん」
「ただいまぁ。クィンさんもおかえり〜」
思い思いに支度をしながらクィンさんに声をかけると彼はにやりとしてから、また口を開いた。
「今なら先着2名分のサラダとスクランブルエッグ位は作って差し上げますよ? お代はいつもの500イェンで」
その言葉に待っていましたと言わんばかりに双葉ちゃんは真っ先に手を上げた。
「は〜い! は〜い!」
「はいはい。ああ、双葉嬢? そろそろ先々月分から今月分の家賃を渡さないとまた彼にどやされますよ」
僕が手を上げる前に、当たり前のようにクィンさんは自分のを含めて三人分の支度を始めた。
彼の言葉に双葉ちゃんは見る見るうちに血の気が引いていき、油を指していないネジのように僕の方を向く。
言われてみると、双葉ちゃんの分だけは貰ってなかったような?
「多分貰ってないね」
僕の返事に彼女は作業台に食材を置いて部屋へ走って行った。
「やれやれ。双葉嬢の奔放さは止まることを知らんな」
バターの香しい匂いがフライパンからして、腹の虫が鳴いた。
隠し扉に手をかける。
少しの湿気と苔生す石畳の臭いが鼻腔に広がる下へと向かう階段。
やっぱり、クリーンナップの式を覚えようかな。
苔の所為で先生の所に行くのは避けたい。
きっと、いや必ず雷とお小言だけで陽が暮れるに決まってる……。
近々必ず図書館に向かうことを決意して、仕事をするべく一段降りた。
カツ、カツ、と自分の足音が反響するなか、渦を巻いた先の階下の扉を開く。
一歩進むとそこは外で、開けた原っぱにいつもの僕の仕事の為の家が一軒あった。
「フランクだ」
「フランク〜」
家の中に入ると、淡い光を放つ僕の友人兼仕事仲間が出迎えてくれた。
ふよふよと舞う彼ら彼女らに微笑む。
「おはよう、皆。今日も手伝ってくれるかい?」
「勿論さ!」
青く淡い光を放つ彼が勝ち気にそう言ってスイスイ泳ぐように舞う。
「今日は失敗しないと良いね〜? 水」
にししと笑い声を上げる若草色の淡い光が彼に茶々を入れる。
「もう。空気ったら意地悪言って」
薔薇色の淡い光を放つ彼女が僕の肩に乗って呆れたように彼らを見やる。
「仕方ないよ、火。この間は同じことをオーにされていたもの」
その近くを舞う琥珀色の淡い光が彼女に話しかけて僕と同じ早さで付いてくる。
広くもない部屋の真ん中の作業台に着くと、いつものように肩から降りて僕の近くを舞い出番を待つ。
「オー、エール、フー、テール。さあ、今日もやるよ」
彼らの名前を順に呼び、作業台にある白い袋から光沢のある黒い石を出す。
今日の発注分は、火のマジックストーンが一番多いな。
フーは、ちょっと気分が乗ると危ないから気をつけないと。
「さて、フー。手始めに君の力を貸しておくれ
「勿論よ」
凛とした美しい声のフーが自分の薔薇色の光をより一層輝かせ、その光を石へコーヒーを注ぐように指を動かす。
暫くして、黒かった石は薔薇色の光沢のある石に変わった。
そっと手を近付けると、仄かに熱を帯びていることが分かる。
「うん。今回も良い出来だね」
「当たり前よ」
お高くとまったフーに頷き微笑みを向けた。
今日の彼女は気分が良いらしい。
「次はテールの力を貸してくれ」
次に琥珀色の光に話しかけると、彼女がクルクル宙を舞い石に降り立った。
昼前には半分くらいは作れていると良いなぁ。
思いの外、今日は彼らの気分が良かったのか昼を過ぎた頃にはマジックストーンの受注分が出来上がった。
「ふぅ」
やっと一息吐けた。
「今日はもうないの?」
「ええ? もう無いの?」
ヴァンとフーが物足りないらしく、僕の近くをふよふよと舞う。
「無いねぇ。外で遊ぶかい?」
僕の問いかけに彼らの声は弾み、一目散に扉へ向かって行った。
「フランク〜! 早く〜!」
彼らの急かす声に、笑いながら僕は扉を開けるとそこには白いローブの男がノックしようとした寸前だった。
「きゃー!」
「うわー!」
一目散に見知らぬ男に驚いた友人たちは部屋のあちこちへ隠れてしまった。
あらら、これは暫く出て来ないな。
人見知りの友人たちを目で追ってから、何も話さないローブの彼の方を見やる。
「レーモ君。此処には如何やって?」
保障委員の印があるローブの知人に声をかけて、僕は家から出た。
「見たことない少女が開けてくれたぞ。それよりもお前、エレメントをああも好きにさせるなんて正気か?」
見たことがないってことはレイちゃんかな。
ああそれにしても、久しぶりでもレーモ君は変わらないなぁ。
風に戦いだローブのフードが脱げ、青碧の髪が現れる。
目元の青黒い隈が目立つ彼の背をくるりと反転させ来た道へ引き返させるように背を押した。
「はいはい。帰るよー」
「あっ、こら!」
受注分の袋を片手にフラットへ戻る為、あの苔生す石畳の階段を上がる。
「その姿って事は、委員からの仕事でしょう? はい。ミルクもどうぞ」
リビングに案内した彼に、コーヒーがたっぷりのカップを置いて、ミルクピッチャーも添える。
「ありがとう。ああ、お前を指名した上層部からの仕事だ。だが、今回のお前の仕事は、何かあったらの保険程度のもの。帝国の件より危険はない、と上層部は思っているらしい」
ミルクを全て注いだレーモ君はそう話すと、コーヒーを一息に呷った。
「よく火傷しないよね、君」
入れ立ての筈のそれを空にした彼に呆れながら、彼の含みのある物言いに、座り直す。
「にゃ〜」
ふと、猫の声がした先を見るとダイニングの方に向かうレイちゃんの腕に猫がいた。
ああ、お昼か。
「この程度ぬるま湯だ」
「さいですか。というか、保険に100万人しかいないプラチナランクの僕を指名するって、ビスマルクと似たような危険度じゃないの?」
差も平然と言ってのける彼にお代わりを注いであげようか迷いながら、問うと彼は渋い顔をした。
「お前も知るように俺たち委員もここ20年あの事件を追っている。そうなると、此方の開発力も上がるというものだ。これはまだ未発表だが、次の発生場所の予知がようやく叶ってな。今のところ、まだ実用化には至らんが……」
つまり、次の発生するかも知れないのが、このウイミイ島?
話し辛そうに口を開いたレーモ君の話に目を見開く。
「実用化にはまだあと10年は最低でも要るらしいから、今回は保険という話だ。俺もあれが当たるとは思っていない。しかし、予兆が発覚した際、お前は生存を第一にせよ、との仰せだ。……これは協会も同意している」
首に手を当て、忌々しそうに話す彼は居住まいを正した。
真っ直ぐに僕を見据え口を開く。
「本日付で期限なしの命令だ。お前の回答は承諾以外許されない。以上だ。……エレメントを使役できる人材を今、寿命以外で失うわけにはいかない、というのが上の決定だ」
これはまた、随分と厄介な命令だこと。
「少なくとも、実用化していないものを信じる程青くは無いよ。レーモ君と同い年のおじさんだからね」
僕の返答に彼は少しほっしたような、ばつが悪そうなそんな顔をした。
「お前の40と俺の40を並べるな。エルフの寿命の方が遥かにあるだろうが。この阿呆め、お前なんてまだ尻の青い小僧だよ」
お代わりを注いだコーヒーも一息に呷って、レーモ君は鼻で笑う。
また小僧って言われたや。
先生と同じようなことを言うレーモ君を改めて見る。
睡眠を削って上層部の無茶に従わざるを得ない彼の目元には青黒い隈があり、出会った頃には無かった白髪があった。
それに比べて僕は、亜麻色の長い髪は艶を保っていて黄色を含む淡い水色の目元も肌も張りがあるまま。
「確かに僕の方が若々しいね」
「お前は俺たちに近い所為で勘違いしているだけさ。同じ流れにいるってな。フランシスよりも余程ヨハンナ女医の方がその辺りは弁えてるね。爪の垢でも煎じて貰ったら如何だ?」
にやにやと意地の悪い笑みを向ける彼に、僕は何も言えずに黙る。
いつもなら言い返す位の気軽な会話すら、刺さるものがあったという事なのだろうなと、他人事のように思う。
その返答が無いことに珍しく思ったのだろうレーモ君は、にやけ面を止めずに口を開いた。
「ははぁん? ようやっとお前にも多少は刺さるようになったのか。小僧から若造にクラスアップする寸前ってなわけだ。めでたいねー。まっ、残念ながら俺はお前のそれを理解してはやれんよ。俺は人間だからな」
きっぱりと、洗ってアイロンをしたシャツのように彼は、はっきり僕に境界を示した。
20年位前はもう少し隙というか、青さがあったように思うのに置き去りにされたような気分だ。
「落ち着いたら酒でも飲もうや。暫くは本土の支部に居るからよ」
ローブを手に取り、帰り支度をするレーモ君が僕の心を読んだかのような歩み寄りに少しだけ何故だか泣きそうになった。
「えっと、生活に役立つマナ使いの為の入門書は、っと」
レーモ君と会った日から一週間。
やっと立ち寄れたよ。
買い物をして満足して忘れたり、そもそも休館日だったり、行こうと思うと何故か気軽に行けないものだなぁ。
僕の免許を見せた司書さんに案内されて、マナ使いのみ入れる書架の部屋に入れて貰う。
「ああ、此方ですね。お帰りの際は彼方のベルをお鳴らし下さい。ごゆっくり」
僕に本を手渡すと、ドワーフの彼はゆっくりと両扉を閉めた。
天井に窓が嵌められた陽当たりの良い室内には先客がちらほら居て思い思いに寛いで本を読み進めている。
彼から受け取った本を片手に二階の椅子に座った。
「久々だなぁ」
僕は呟いてからそっと本を開く。
この手の本より、冒険者ギルドで役立つものしか師匠は見せてくれなかったからなぁ。
現役バリバリの冒険者だったし、仕方が無いことだけど。
開かれた本は宙に舞い、文字が浮き上がる。
青白く光る文字たちが円舞曲に合わせるように僕を覆った。
それを指でなぞると、次第に知らないマナの使い方が流れ込み如何すると良いのかはっきりと分かっていく。
その川のせせらぎのようなそれに身を委ねると、役目を果たした本は最後のページの字から逆再生に文字は戻っていき自ら閉じた。
「お目当てのクリーンナップは覚えられた?」
気付かないうちにクロエさんが隣に座っていたらしい。
彼女は手にしていた本を閉じる。
宝石加工についての本だ。
中央にエメラルドらしき宝石が嵌った装丁の大きな本を彼女は撫でる。
そう言えば彼女は元々そういう生業の人だったっけ。
「うん、加減には気をつけないと削りそうだけどね。それはそうと、クロエさんも来てたんだ」
「ええ。司書の知人からいい本が入ったって聞いてね。面白い内容だったわ」
本をノックすると自ら元の書架へ戻っていく。
彼女も同じように本をノックすると、本に羽が生えて戻っていった。
僕と違い、彼女は空気のエレメントしか使えない。
協会の決めたランクのブロンズからシルバーまでの人は、一つか多くて二つのエレメントしか使えないから、それ自体は珍しくはない。
でも、彼女はより限定された使い方しか出来ないらしい。
それでもその使い方で、宝石加工を生業にして店を開く程のエレメントの使い手でもある。
多分、空気のエレメントだけで勝負するなら僕は負けるだろうなぁ。
「じゃあ、クロエさんも帰るかい?」
「ええ。あ、そうだわ。フランク。少しお茶をして行かない?」
席を立って、クロエさんのエスコートをしようとした矢先、彼女は思い出したように僕にそう誘った。
図書館の一区画にあるカフェ。
昼も過ぎ、閑散とした店内の日当たりのいい席に向かい合う。
「ケーキセットを二つ。二人ともコーヒーにします」
にこりと笑むクロエさんに、店員さんの人狼のお兄さんもにこやかに注文を受けると直ぐに戻って行った。
「さて、フランク。貴方、レイさんと何かあったでしょう」
店員さんが戻って行くのを目で見送り、彼女は真面目な顔をして向き直る。
その目には問い詰めるような気配はなく、ただ心配するようなそんな色があった。
「とやかく言いたくはないのよ? 貴方とあの子の事だもの。でもね、あの子はまだ子供なのよ。貴方がうっかり大人気ない事をして追い詰めてやしないか心配だわ」
「16は子供かい? あと二年もしたら大人の仲間入りなのに」
いつかにラウルも言っていたことが過ぎる。
「あらあら。16は子供よ。少なくとも、大人がそうやって扱ってあげなきゃ。まだ二年もあるのに、待ってあげないのは大人気ないというものよ。まあ、フランクもまだ小さな子のようなものかしらかね?」
クロエさんは僕を見上げて、茶目っ気たっぷりに微笑む。
彼女は、きちんと生きる流れの違いを分かっているのだろう。
「クロエさんまで僕をそうやって小僧呼ばわりするのかい?」
店員さんが二人分のケーキとコーヒーと注文書を置いて去る。
少しの間を置いてから、クロエさんは口を開いた。
「そうね。フランクのその問いがレイさんとの事に役立つなら話しましょうか。フランクは、はっきり言うと幼いわね。歪な幼さと言うのかしら」
はっきりと口にされた言葉に項垂れた。
僕のその姿に彼女はクスクス笑い、コーヒーにミルクを垂らしながら優しく言い聞かせるように言う。
「良いじゃない。小僧もいつかは青年になるものよ。エルフの貴方は、もしかすると人間ならレイさんと同じ位なのかもね。もうエルフもドワーフも、人狼も他の種族も随分と消えてしまったから、基準も分からなくなったけれどね」
彼女はスプーンで一回転二回転とミルクを混ぜた。
泡沫事件よりも前に長い、エルフの父から見ても長い争いがあったらしい。
その争いによって、僕の本来の里は燃えて其処に住まうエルフたちは散り散りになったという。
それにより多くの貴重なものがこの世から完全に失われた。
「私は長女だったから少しだけお姉さんでいる必要があったし、元々昔気質の家では無かったから人との付き合いは母から聞いていたのよ。主人もそうだったわ」
元々は別の町に工房があった彼女が僕のフラットに来た理由でもあるご主人の話になると、彼女は切なそうな色をその目に宿した。
「フランクが思うよりもずっとむつかしい事では無いわよ。きっとね」
「気軽に言ってくれるなぁ」
もったりした生クリームをフォークに乗せてスポンジと口に入れると、ココアの香りのスポンジと見た目よりも甘くない生クリームの味が口内に広がった。
「如何やったって貴方も私も、レイさんよりも遥かに長く生きるのだから、もう少しだけ歩み寄ったら良いと思うわよ? 何故だろうで立ち止まるままでは何も進まないのよ、フランク」
彼女からの言葉も相まって、口内は苦さで満たされる。
……ああ、苦いなぁ。




