エピローグという名の、Aの別れと旅立ちの話
「この先よ。私は神父さんに用があるから、またあとでね」
カムリに程近い、テューニさんたちの住まう町に着いてから二日目。
木々が戦ぐ木陰の下でテューニさんを見送り、反対の一本道を辿る。
「ふぅ……」
湿気がある所為か汗が止まらない。
昔作ったレースのハンカチーフを鞄から出そうとして、それが風で舞い上がった。
あっ!
それに手を伸ばそうとしたら、急に現れた真っ白な手套が先にハンカチーフを手にした。
ハンカチーフをそっと渡して下さった見知らぬ殿方を見上げると、彼はきつく閉じた口を開く。
「美しくなったな。オーレリア」
美しいテノールの声の老人の見下ろす目が、悲しそうなのに何処か嬉しそうに見えた。
見るからに貴族の方らしいその方に見覚えがあるような気がしたと思った刹那、リビングにあった写真を思い起こす。
……家にあった写真の方?
幼い頃、肩車された私が笑う写真のその肩車をしてくれた人にそっくりだった。
彼は暫く見詰めてから、背を向けて馬車の入り口へ向かわれ始めた。
「オーレリア。儂はこれからコーウィンへ向かう。そうそう今日はカムリの警備兵が居なくてな。……うっかり、少女が誤って入ったとしても、儂の耳には届かん。好きになさい」
ふと、立ち止まれたかと思うとそう呟かれてから、老人は馬車の中へ入った。
あの馬の記章は……領主一族の……。
なら、あの方はカーティフの……。
もう豆のように小さい馬車を見送り、ママよりも先に会わねばならない人のところへ向かう為に、私はテューニさんのいらっしゃる養育院への道を走り始めた。
あの方が仰ったように、カムリへの道には警備兵が居なかった。
思い切り走った所為で汗が止まらない。
町の中へは入れないものの、手前に泡沫事件で亡くなったと思しき方々の為の石文があった。
町民の方々の氏名が並ぶ中に、パパの名前を見つける。
「……パパ」
思い返してもあまりいい思い出は無いけれど、それでもお別れはこの一回きりしか無い。
言いたいことが沢山あったけれど、いざ目の前にするとそれは寧ろ思う壺のような気がして、それは心に留めることにした。
代わりに、パパが求めたオーレリアとして、最も美しいと思うカーテシーをする。
「今までありがとうございました。さようなら」
きっと、正しいかは分からない。
けれど、これが私なりのお別れの仕方。
一度息を吐いてから、町民の方々の為に祈ると、何処かにいらっしゃるのだろう警備兵の方に声をかける。
「お別れの時間を頂けましたこと、生涯忘れません。カーティフの末永い発展を祈っております、とお伝え下さいまし」
カサッと近くの木陰から音がして、其方にカーテシーをしてから真っ直ぐにテューニさんの待つ町への道を歩く。
さあ、次はママに会いに向かいましょうか。
「もう一泊してもいいのよ?」
テューニさんの引き留めたそうな声に申し訳なく思いつつも、その申し入れは聞こえないふりをした。
「二日間、ありがとうございました。今度はテューニさんもウイミイにいらして下さい」
にこりと笑みそう言うと、テューニさんは腰に手を当ててふうと息を吐き、ニヤッと口角を上げられた。
「下の子がもう少し大きくなったら、ラウルに家の事を任せて一人旅。……なんてのもよさそうね?」
「ロルフ君がプライマリーに入学してからが狙い目でしょうね。テューニさん、お花がお好きでしょう? 春頃はウイミイが見頃ですし。おすすめですよ」
私の言葉に彼女は瞬きをしたかと思うと、プッと噴き出して大笑いした。
「あっはっは! ウイミイは一度見てみたいと思っていたのよ。そうしたら、春にしようかしらね~。予定が決まったら、改めてマジカルフォンでもするわ」
乗り合い馬車の音が近づき、私は手を振る。
「はい。私も着いたらマジカルフォンをしますね」
「気をつけて」
背中からテューニさんの声がするのを聞きながら、乗り合い馬車の所へ急ぐ。
もしかしたら、もう此処には訪れる事は無いかも知れないし、またママには無くともテューニさんたちに報告をしに訪れる事になるかも知れない。
ともあれ、それはきっと暫く先の事でしょうね。
「待って下さい! 乗りまーす!」
大きく手を振って、乗り合い馬車の小父さんに私は元気よく声をかけた。
帰ったら、先ずは本土でついでに協会の支部に向かわなきゃ。
ふふっ! やりたい事だらけだわ!
ああ、体がなんて軽いのかしら。




