~卑劣! ひとり足りない~
日が落ちた頃にたどりついた山小屋。雪が積もった山道の手前にあり、寝泊りするには充分に頑丈さがあるのが見て取れた。
ぼんやりと窓から明かりが見え、中には数人の人影がある。
通りすがりにちらりと中を見れば――4人か。
はっきりと確認しなかったが、4人の人影があった。
「オロチが出た」
そんな言葉を山小屋の入口から警戒するように周囲を見渡す男に言われて、俺たちは中へ招き入れてもらう。
山小屋の中はこじんまりとしていて、大部分を占める部屋と、狭いながらも薪などが置いてあるスペースに区分けされているような感じだった。
部屋の中央には炭火が熾してある。
確かイロリと呼ばれるものだったか。暖房でもあるし、料理に使われたりする家具のような扱いだったはず。
天井から鎖で鍋を吊るすような仕組みがあった。大陸で言うところの暖炉や薪ストーブの床バージョンとでも言おうか。
床に直接座る文化であると、こういう発展の違いが出て面白く感じる。
その他には特に仕切りや家具といった物はない。すべて木材で作られており、窓だけが質の悪いガラスで作られていた。
「……」
窓から外は歪んで見える。
太陽は沈んでしまい、真っ暗になった外の景色だが、月明かりでかろうじて見える。
しかし、ガラスの質が悪く、たわむように景色も歪んで見えた。
よく明かりも持たずに登ってくる俺たちが分かったものだ、とも思うが……俺たちを招き入れた男の雰囲気を見て納得した。
恐らく狩人だ。
盗賊スキルとほぼ似通ったところがある狩人は、夜目が利く上に気配察知や状況把握に優れている。これだけの月明かりがあれば、充分だろう。
歪んだ窓ガラスであろうとも関係なく発見できたはずだ。
「ふへ~」
パルは大きく息を吐きながら疲れたフリをしてイロリのそばに座り込んだ。
ふむ、上手い。
旅慣れしていない素人としての偽装を選んだみたいだな。
対して、ルビーはいつもどおりな感じで部屋の中を見渡している。
まぁ、変に演技をするより、いつもどおりのルビーでいてもらったほうが安心できるっちゃぁ安心できる。
と言っても。
普段から『お嬢様の演技』をしている感じはあるんだけど。
支配者の演技をしているのなら分かるんだが、なぜお嬢様なんだろうかは、未だ聞けていない。
「大丈夫か、お嬢ちゃん」
「暗くてちょっとあせりました」
狩人に言われて、へへへ、と苦笑してみせるパル。
「普段なら暗くなる前に夜営しろ、と怒るところだが……」
「山小屋があると思ったから。でも思ったより高い場所だったので、失敗したな~って」
ですよね、とパルが俺に視線を向けてくる。
判断を間違えてしまった、と俺は肩をすくめて苦笑しておく。
「そうかい。だがあんたら、今日ばかりは運がいい。夜営しなくて正解だ」
「オロチ、というモノのせいでしょうか」
ルビーの質問に狩人は、あぁ、と答える。
「オロチってのは何なのですか? モンスターか、それとも野生動物?」
「もんすたー? ってのは、なんでござるか」
聞き馴染みの無い言葉に、イロリのそばに座っている男……サムライ風の男が聞いてきた。
「魔物のことです。大陸では最近、魔物ではなくモンスターと呼んだりしていますので」
「外来語でござるか。勉強になる」
サムライは膝を折って床に座っている――正座のまま腕を組むようにしてキモノの中に手を入れた。
そばにはカタナが置かれていて、まったくもって隙だらけのはずなのだが……どうにも攻撃の起点が見えなく感じる。
たとえ武器を手放していても隙は見せない感じか。
なんて思っていたら、ぎょろり、とこちらを見られた。
「――旅人殿は腕に覚えがおありか」
「申し訳ない。刃物を見ると、つい警戒してしまうので」
「さもありなん。それが正常でござるよ」
サムライは腰のカタナに手を添え、指先で撫でる。それから、すぐさま元のポーズに戻った。
「それでオロチってなんですの?」
元の質問に戻せ、とばかりにルビーが再び質問する。
そちらのほうが興味深いのだろう。
「ヘビの魔物よ。しかも巨大で首がいくつもある」
ルビーに教えてくれたのはキモノを着た女性だった。旅装束でもあるのだろうか、簡素な感じではある。
雪山を越えるにしては簡素過ぎる気がするが……山小屋の中なので毛皮マントなどの装備は外しているのかもしれない。荷物は部屋の端にいくつか置いてあるので、あれがそうなのかもしれない。
「怖い……お母さま……」
そんな女性にぎゅっとしがみつくように抱き付いたのは、彼女の娘だろうか。
年齢は5歳か6歳ほど。
少女を見た瞬間、ぎろり、とパルとルビーが俺を見た。
安心しろ。
俺は10歳からが本番だ。
6歳ほどの少女は、守備範囲外です。
「……」
ということを目で訴えると納得してくれた――と、思う。
いや、6歳の女の子も可愛いとは思いますが、それは愛らしいという意味であり、決してアレな目で視ている愛らしいとは全然別物です。
赤ちゃんを見ている視線と同じだ。
5年後が楽しみですね、という感じ。
……言い訳が最低だな。
やはり、俺は勇者パーティから追放されて正解だったのではないだろうか。そう思います。光の精霊女王ラビアンさま、ごめんなさい。
「オロチには首がいくつもあるのですか……? 頭はひとつ?」
ルビーが物凄く怪訝な顔をした。
頭と胴体がひとつで、首が何本もあるようなヘビを想像したのだろう。
その変な勘違いが面白かったのか、少女が違うよと笑った。
「首の先に頭があるんだよ」
「あぁ、そういう意味ですか。教えていただきありがとうございます」
少女の不安を解消するためにワザと勘違いしたフリをしたのなら素晴らしいが……
たぶん素だろうな。
しかし、頭がいくつもあるヘビのモンスターは聞いたことがない。
「パルはオロチという名前を聞いたことあるか?」
ふるふるふる、とパルは首を横に振った。
同じくルビーも頭を横に振る。
「固有種、か……?」
義の倭の国ではモンスターが少ない。
少ない、ということはゼロではない。
その中には、倭国にしか発生しないモンスターがいてもおかしくはないが……場合によっては、危険な野生動物の可能性もあるか。
「昔からこのあたりにはオロチの話があってな、大昔は生贄をささげたりしていたらしい」
狩人がそう説明してくれる。
「それは、本当ですの?」
ルビーが怪訝そうに質問した。
それでは、まさに邪神信仰ではないか、と俺も同じような表情を浮かべているに違いない。
「大昔からって、オロチはずっと長生きしているの?」
「そうとは限らぬ」
パルの質問にはサムライが答えた。
「伝説が残っているだけで、はたと姿を現わさぬ時期がある。かと思えば、こうして急に現れることもあるので、魔物と思うほうが自然でござるよ」
なるほど。
「ということは退治されたりするのでしょうか?」
「倒したって話はあるらしいですね。お話にも残っています。雷光の侍や蛇殺しの神の話が有名ですよ」
逸話として残っているということは……やはりモンスターか。
しかし、いま、『神』と言ったか?
大昔、神々は地上にいた、というのは神自身が語るくらいには有名な事実ではあるが……その時にはまだ魔王はいなかったはず。
それにも関わらずオロチの伝説があるということは、モンスターではなく、野生動物の可能性が高くなってしまう。
「むぅ」
分からん。
とにかく正体がどうあれ、オロチという頭がいくつもあるヘビのバケモノがいて危ない、ということは確実なのだろう。
どうであれ、こちらに襲いかかってくる存在として認識しておくのが一番だろう。
しかし、それはそれとして――
「山小屋にいるのはこれで全員ですか?」
俺の質問に、狩人はうなずいた。
「オレ達だけだ。オロチと関係なく、山越えするにも下りるにも、夜は危険だからな。まぁ、狭くもない小屋だが、遠慮なく泊まっていけばいい」
「そうですか」
山小屋に入る前に窓から見えた人影は4人だった。
入口の扉付近にいた狩人を入れれば、合計で5人の人物が山小屋の中にいるはず。
しかし――
実際に山小屋いるのは、俺たちを除いて4人だけ。
俺は窓を見る。
質の悪い歪んだ窓ガラスで、奇妙にたわんだような外の世界になっていた。
これのせいで見間違えた可能性もあるが……
「どうした旅人さん。なにか気になる物でも見えたか。オロチが見えたなら言ってくれ」
窓の外を見ていた俺を安心させるためか、狩人が装備している弓を示しながら言った。
「頼りにしてます」
そう言いつつ、俺は窓に反射して見える歪んだ4人の姿を見るのだった。




