~卑劣! ハイキング気分で楽しい登山~
ヒメノミチの北側から街を出れば、すぐに山道となる。
と言っても、始めはなだらかな坂道程度な物で、まだまだ登山といった状況でもない。気温も春のぽかぽか日和なので毛皮のマントは脱いでおかないと汗だくになってしまいそうだ。
「登る人が、ぜんぜんいないね」
周囲に人影は無し。
カミノトという領主がいる主要な街に続いているというのに、人通りは少ない。
その理由はこの山がそれなりに険しいことに加えて、時間帯というのもあるだろう。
だが、山から降りてくる人影はちらほらと見える。
「普通なら一泊して、明日の朝に出発するものだからな」
モンスターが少ないと言っても、やっぱり暗くなる夕方から夜にかけて移動するのは危険でしかない。山道なら尚更だ。
すでにお昼も過ぎた頃であり、どう考えても山越えなど不可能な時間帯だ。
「途中で暗くなる?」
「そう」
悪目立ちはしたくないが、夜闇に紛れるのは悪くないはず。
あと、中腹あたりには山小屋とかあるだろう。
そこで夜を明かすのも悪くない。
「普通ならやらないが、こちらには夜にひたすら強いヤツがいるからな」
「わたしですわね。人呼んで夜の女王、ルゥブルム・イノセンティアです。今夜はあなたを寝かせませんわよ」
楽しそうにルビーがウィンクした。
ちなみに豪奢な赤の着物を着ているので、遠目には倭国人に見えるだろう。
俺とパルもルビーによって獣耳種の耳を付けてもらっている。まぁ、そのうちフードをかぶるので、あまり意味がないかもしれないが。
「赤ちゃんは眠らせてあげてね、ルビー」
「それはもちろんですわよぅ。赤ちゃんは寝るのと食べるのとわたしに愛されるのが仕事です。眠らせないのは師匠さんだけですわ。うっふん」
「爆笑の渦に放り込んで笑わせ続けるんだよね。さすが大道芸の女王さま」
「違いますわよ!?」
そんな感じで、楽しい登山が始まった。
まぁ、俺もパルも体力はあるし、毎日鍛えているので特に問題なくずんずんと進んでいける。
それでも一応はアドバイスしておこう。
「山道の歩き方は歩幅を狭くすると楽になる。覚えておいて損は無いぞ」
「はーい」
少し登りがキツくなってきたところで実践してみるパル。
「太ももの負担が減る感じ?」
「そうだな。階段の段差が高いのか低いのか考えると分かりやすいか」
「師匠は歩き方を変えても足音を消せるんですね」
良いブーツのおかげ、でもあるんだが、弟子に褒められて悪い気はしない。
「パルの成長するブーツもかなり成長しているじゃないか。レベルに見合った能力、と考えるとパルも出来ると思うぞ」
「う~ん、できるかなぁ。ブーツちゃん、能力解除して」
話しかけて制御できるんだろうか。
それはそれで意思を持ってそうで怖い気がする。いや、パルのブーツを不気味とか思ってしまうと申し訳ないか。
「む、よっ、ほっ」
「おぉ、できてるじゃないか」
ホントに能力解除できてるのかどうか、分かんないけど。
褒めておいて損はないだろう。
「えへへ~」
「わたしもわたしも。師匠さん見てください、足音消して歩けますわよ」
ルビーが影の中に沈み、首だけがスイ~と山道を登っていく。
こっわ!?
「新種のモンスターだ。殺さないと」
「失礼ですわね、おパル。人をモンスターだのと」
「頭だけで喋ってる魔物が頭のおかしいこと言ってますよ、師匠。頭だけしかないくせに」
「身体が無い弊害かもしれんな……いや、すまんルビー。俺も怖い」
えぇ~、と不満そうにルビーは影の中から出てきてくれた。
良かった。
新種のモンスターを報告しなくて済む。
「そういえば面白い靴を見かけましたわよ。こんなの」
影から出てきたついで、という感じでルビーが木製の奇妙な形をした物を取り出した。どうやらヒメノミチで買っていた物らしい。
「一本足ゲタと呼ばれる物らしいですわ」
「ほへ~。これ、靴?」
パルが受け取って怪訝な顔をする。
俺も同じ表情だ。
靴というわりには、まったくもって足を覆っていない。単なる板に紐が通してあるだけの物で、しかも板の下には一本の別の板が取り付けられている。
不安定極まりない物であり、到底これで戦闘できるとは思えない物だ。
「パル、履いてみます?」
「あたしが一番でいいの?」
「いいですわよ。あなたが無様に転ぶところを見たいので」
「性格悪いなぁ~、夜の女王さま」
「おーほっほっほっほ。夜のお嬢様でも良くってよ」
なにがいいのかまったく分からないが、ルビーが楽しそうでなによりです。
というわけで、ちょっと休憩がてらパルがゲタに履き替えた。ちょっと面白そうなので、あとで俺も履かせて欲しい。
まぁ、それはさておき。
パルが履き替えている最中にルビーに聞いておく。
「ルビー。周囲にニンジャの気配はあるか?」
「いいえ。今のところ何もいませんわ。動物すらも道の近辺にはいないようです。探索範囲を広げましょうか?」
「どう思う? 忍術で監視している場合は、それに探知される可能性はないだろうか」
「微妙なところですわね。モンスターとしてオトリを出してみましょうか」
ルビーの影がせり上がるようにして地上に顕現する。ぱちん、と泡が弾けるように消えると、その場には鹿のような形が残った。
「鹿のような生物、となれば意識を反らせるか。野生の動物でもなくモンスターでもない、ということで混乱を引き起こせそうではあるが……だが、無駄に感知されるのもどうなんだ?」
「そこは師匠さんにお任せします。要望があれば大神ナーの影も作り出せますわよ」
「たぶん恐ろしい天罰がくだると思うので、それはやめておこう」
ちぇ~、とルビーはパチンと鳴らそうとした指の形を開放した。
「履けました~。よっ」
ゲタを履けたパルが立ち上がる。
なかなか身長が高くなるようで、目線が近づいたパルが少し新鮮だ。
いつかこれくらいに大きくなるんだろうなぁ、と思うとちょっと寂しい。
「いきまーす」
転ばないように気をつけながらパルは一歩一歩を踏み出した。
「おぉ、歩けるものなんだなぁ」
「で、でもこれ、ぜったい戦えませんよ……? おっとっと」
さすがに無理だろうなぁ。
こんなのを履いて戦えるのは、それこそニンジャか仙人くらいなものだろう。
「どえらい地面にめりこんでますわね、おパルの足跡」
パルが歩いた跡には、ゲタのくっきりとした横線のようなものが付いていた。
「あ、マグのせいか。忘れてた」
すっかりと日常と化した加重状態。パルはそれを解除したようで、途端に軽快に歩き出す。ちょっとした戦闘ならこなせそうな勢いだ。
「おぉ、すごいじゃないかパル」
「軽業の大道芸ですわね。それで食べていってはどうかしら」
「ふっふっふ。あたし、これで魔王サマを倒します」
「いいですわね、それ。魔王さまの驚く顔が怒りに変わっていく様子を観察したいです。まぁ、そのあとにはパルの身体はチリひとつ残ってないと思いますが」
「おう。俺も応援してる。がんばれー」
「あーん、冗談ですよぅ」
とてとてと足踏みしながらパルが俺の服を掴んでくる。
どうやら足踏みをしないと転んでしまうようで、まったくもって盗賊向きではないことが分かった。
「ほれ、進むぞパル」
「はーい。あ、でも登るのはちょっと楽かも」
「そうなのか?」
「何にもしなくても前に倒れる感じだから、自然に足が出ちゃう」
なるほど。
そういう狙いの靴なのかもしれないな。
比較的安全な場所ということで、ニンジャの監視も無さそうだし、パルはそのまま進む。
次の休憩ではルビーが履いてみることになったのだが――
「あ、わたしこれ無理ですわ」
早々に諦めたようだ。
「バランスは取れているようだが?」
「はい。5分で飽きる自信がありますので」
「あ、そっち」
意外にも大丈夫だった、という理由がダメのようだ。
まったくもって難しい生き方をしている。
「次は師匠さんの番ですわ」
「いや、俺は後でいいよ。そろそろ進まないとな」
未だ山の中腹にも出ていないので、進みとしては結構遅いんじゃないか。まぁ、ニンジャを警戒しつつの山登りに加えて、遊んでいるので仕方がないのだが。
「転んで無様に泣いている師匠さんを笑おうと思いましたのに」
「転ぶこと前程かよ……」
「師匠が泣いたら慰めてあげるね」
「ありがとうパル」
「それはえっちな意味での慰めるでしょうか」
「え、ちが――あ、うん。そっち」
「ですって、師匠さん。わたしは笑いますけど、パルは傷心に付け込む酷い女のようですわ」
「急に裏切ってくるじゃん、この吸血鬼」
そりゃ魔王を裏切るくらいだからなぁ。
なんて思いつつ、山道を登った。
そろそろ木々がまばらになってきて、植物の様子が変わってくる。高い山だと頂上に近づくほど木が生えていないもので、代わりに雪に覆われていることが多い。
魔法学院はそこまでの山ではなかったが、岩山だったので似たような雰囲気になっていたと言える。
森のようになっていた部分を抜けると、振り返ってみた。
そろそろ中腹とも言えるくらいの高さで、ヒメノミチの街が見下ろせるほどだった。
「おぉ~」
眼下に見えるヒメノミチの街が良く見える。
同時に、そろそろ夕方が近づいてきている頃合いだろうか。本来なら夜営の準備を始めるところだが、今回はこのまま登り続けることにする。
「山小屋が無ければどうしますの?」
「転移の腕輪で家に帰ってもいいんじゃないか、と思っている」
「……ふむ」
ルビーは腕を組んで考えた。
「なにか問題でもあるのか?」
「夜営ごっこが楽しめません」
「ごっこじゃなくて、夜営なんだけどな」
「それもありますが。火に寄ってくる虫などを調査できれば、と思いまして」
「罠を張るのか」
こんなところで夜営する人間なんているはずないもんな。
ニンジャならば、調査に来てもおかしくはないが。
「ま、そんなリスクを犯す場面ではないだろう。山小屋が無ければ目印を付けて帰る」
「分かりましたわ」
小休止をはさみ、再び山道を登っていく。ゴツゴツとした岩肌が増えてきて、蛇行していく山道の先が見えた。
まだまだ先だが、雪が溶けずに残っているような気温になるはず。夜になると、相当な寒さに違いない。
「ん? あそこに明かりがあるな」
雪の手前に火の揺らめきが見えた。
恐らく山小屋があるのだろう。火が点いているということは、誰かあそこにいるってことだ。
「お泊り確定ですわね」
そのようだ――と思った時、なにやら視線のようなものを感じた。
「警戒」
静かに告げる。
パルも気付いたようで、明らかに動きはしなかったが、少しばかり身構えた。
果たして監視の視線か……それとも――
「これは……モンスターですわね」
「感知できたのか」
だったら大丈夫か、と視線を感じたほうを見る。
上方の少しだけ山道から外れたあたりだろうか。そちらには何もなく岩肌だけだ。姿が見えないということは、すでに移動したか、それとも見えない敵か……
「大きな蛇のような姿を感知しました。ジャイアントスネークでしょうか」
「森に出るモンスターだな。俺たちを追ってきたのか、それとも山から降りてきたのか……なんにしても諦めたのか?」
「そのようですわね。退治しておきます?」
いや、と俺は首を横に振った。
「逃げたのなら問題ないだろ。わざわざニンジャに余計なアピールをする必要もないし、先へ進もう。警戒は怠らないように」
「はーい」
ふぅ、と息を吐いたパル。
ぽんぽん、と肩を叩いて鼓舞してやり、先へと進む。
そこから山小屋までは何事もなく登り続けたが、すっかりと日が暮れてしまった。
しかし、月明かりのおかげで足元は充分に見える。
「ラビアンさまのおかげかな」
パルが空を見上げた。
光の精霊女王が見守ってくださっているのなら、この月明かりも納得だ。
そのまま山小屋へ近づくと――
「あんたら、早く入れ!」
山小屋から男が顔を出して、こちらを手招きしてる。
「ほえ?」
「ぼさっとしとらんと早ぉ早ぉ!」
なにやら事情があるらしい。
俺たちは顔を見合わせてから、小走りで山小屋へと近づいた。
「何かあったのですか?」
「オロチが出たんだ」
神妙な顔で、男がそう言ったのだった。




