~卑劣! 氷護の関所~
人目が付かない時はルビーの影馬で、人通りが多い時は歩きで。
そんな進み方で義の倭の国を北上し続け、ようやくヒョーゴの地が見えてきた。
「あ、村だ。師匠、次の村が見えてきましたよ」
「いや、ありゃセキだ」
セキ?
と、首を傾げるパルとルビー。
「村の名前じゃなくて?」
「セキってのは、エンゴとヒョーゴの境目にある門みたいなものだ。あそこを越えればヒョーゴに入る」
「街や村に入るのには門はなかったのに、ヒョーゴに入るのには門があるんだ。変なの」
「確かにな。文化の違いというか、大昔の名残が残っているような感じだろうか。昔は倭国にもいくつか国があったらしいぞ」
ほへ~、とパルは良く分かってない感じの返事をした。
「その中で勝ち残ったのが『義の倭の国』ということでしょうか。義を重んじる国が残るというのは良いことなのか、奇妙なのか……」
「どうして奇妙なの?」
ルビーの言葉にパルが質問する。
「義理難いというのは、悪い言い方をすれば『利用しやすい』のです。少し優遇すると、簡単にお願いを聞いてくださいますので、いろいろと搾取されたのではないかと勘ぐってしまいますわ。それが一番に残ったともなると、変だと思いまして」
「あぁ~……でもそれって、ルビーみたいな人ばっかりだったから、他の国が滅ぼされたのかも。助けてもらったのに裏切ったってことでしょ?」
「「確かに」」
俺とルビーは同時に納得した。
義の倭の国は、義理難い。
ただし、義を裏切る行為に関しては決して許さない国民性がある。
唯一残った国になった、ということは他の国が裏切った結果とも言える……のかもしれない。
もっとも。
国単位で裏切り行為をしたら、それはまぁ滅ぼされるほどの戦争になるだろうな、とは思うが。
なんにせよ、約束したら守ろうね。ありがとうって言おうね。
そう思った。
簡単にできる話なのだが――国という規模ともなると簡単にありがとうも言えないのかもしれない。
まぁ、政治のことは俺には分からんので。
そのあたりのことは支配者たるルビーのほうが詳しいのかもしれない。
セキに近づくと、そこが村になっていることが分かる。いくつか街や村に立ち寄ってきたが、それよりかは規模が小さい。
一応、宿や食堂などはあるみたいだが、あまり大勢で泊まることは想定されていないようで、こじんまりとした雰囲気はある。
それでも物々しい雰囲気があるのは、やはり門のせいだろうか。
大きく街道をふさぐようにして建ちそびえており、見上げるように大きい。ある意味で立派な建物と言えるほどには太い柱を使っており、巨人が開閉するのを想定しているような扉が備え付けてある。
「師匠さん。監視されてますわよ」
門の前ではひとりひとりに対してサムライが何やら話をしている。他にも数人のサムライがいて、門を越える者を見張っているようだ。
監視というよりもチェックを厳しくしている感じか。
荷物を調べたりしている様子はなく、どちらかというと『人』を確認しているように見える。
「ふむ。一旦離れよう」
旅人らしく見物しにきた感じを装い、来た道を戻る。
「どうしたんですか、師匠」
「恐らく、セツナたちのことが伝わってる。セキを通る者を監視しているようだ」
「なるほどー」
のんきに観光してる表情をしながらパルが答える。
表情に引っ張られて返事が間延びしたので笑ってしまった。
「笑わないでよぉ」
「いやいや、緊張感のある表情をしているよりよっぽどマシだ。さすが我が弟子」
「にへへ~」
「判定がゲロ甘ですわよ、師匠さん。たまには叱ってやらないと、調子に乗りますわよ」
ルビーが肩をすくめる。
「まぁ、危ないことをしたら注意するかな。それ以外で怒ったところで得るものはない」
「師匠好き。優しい~」
「優しいのはいいですが、パルはちゃんと受けた恩義を返しなさいよ。じゃないと、優しさを利用していることになります。都合のいいことばっかりしてると、いつか裏切られますからね」
滅んだ国にちなんだルビーの注意。
さすが支配者さまだ。
ひとつの地域を支配しているだけに、言葉の重みが違う……気がする。
実質、サピエンチェ領を運営しているのはアンドロを始めとする部下の方々なので、ルビーは遊んでるだけな気がしないでもない。というか、ひとりでこんな所にいるので支配者の欠片も存在しない。
言葉の重みは気のせいかもしれないな。
「なんですの、師匠さん。そんなに見られてしまっては、穴が開きますわ。主にお股の――」
「言わせねーよ!?」
やっぱりダメです、この吸血鬼。
隣でパルがケラケラと笑っているので、ルビーはめっちゃ満足そうだった。
なんか悔しい。
「はぁ~。とりあえず、そこの店に入ろう」
「なんのお店でしょうか。相変わらず読めませんわね。師匠さんは読めます?」
「俺も読めん。どうにも達筆だよな、倭国の看板は」
同じ共通語を使っているはずなのだが、独得の癖がある文字というか、崩してあるのかアレンジしてあるのかも判別できない。
言葉だけでなく文字も独自の文化で変化していったのかもしれない。
このあたり、ハイ・エルフの学園長に聞いてみると面白い話が聞けそうではあるのだが、長い長い授業の始まりの鐘を鳴らしてしまいそうで怖い。
「いらっしゃいませ! あ、旅人さんですね。どうぞ、お好きな席に座ってください」
ハツラツとした娘さんがキモノを腕まくりするような形で出迎えてくれた。
かわいらしい。
もう2歳か3歳若ければ完璧だったな。
なんて思いつつ、奥の席へ座る。
「お品書きです。どうぞ」
持ってきてくれたお品書き……メニューを見ると、普通に読める文字で書かれている。やはり看板だけが独自の文字で書かれる文化のようだ。
「あんみつ? どんなだろう? あたし、これにする~」
知らないメニューに果敢に挑戦するパル。
素晴らしい好奇心だが、単なる食いしん坊でもある。
「俺はだんごにするか。ルビーはどうする?」
「わたしはこのいちごダイフクなるものにしますわ」
いちご、と付いてる限りはいちごの何かなのだろう。無難ではある。
それらを注文して、ふぅ、と一息ついた。
「さて、こっそりとセキを越えるにはどうしたものか」
「迂回したらダメなんですか? 山の中から越えるとか」
街道以外からこっそりと抜ける方法。
有りといえば有りなのだが……
「逆に見張られてないか」
「ほえ。この広い山とかをですか?」
「考えてみろ、相手はニンジャだ」
「あ……」
ニンジャと言えば忍術――つまり、仙術を使う。
シュユと共に戦ったのなら分かると思うが、仙術は魔法よりも幅が広い。透明になれるし、分身もできるし、自在に自然を操る。できないことはひとつも無いんじゃないか、とも思えるが、意外と空を飛んでなかったりするので、それくらいだろうか。
ルビーが使う吸血鬼のスキルも盗賊向けだと思っているが。
ニンジャの使う忍術は、それ以上に盗賊向けに特化している場合が多い。
それを考えると、安易に山や谷、その他セキ以外の場所からヒョーゴに入るほうが危ないのではないか、なんて思ってしまう。
「そろそろセツナたちの情報が伝わってるはずだ。学園長に会いに行くときに倒したニンジャもいたし、警戒されていると考えて損はない」
無駄骨を折ってもいい、と考えるべき状況のはずだ。
なにより、ここから先は敵地。
油断しない程度には警戒しておいて損はないだろう。
「じゃぁ、どうするんですか?」
「それなんだが……」
俺はルビーを見る。
「またわたしに穴を開けるつもりですか。いいですけど、鼻の穴は下品なので、一番最後にしてくださいまし」
意味不明なことを言われた。
「師匠、ルビーの鼻の穴に指を入れて曲げてください」
「恐ろしく痛そうなので、イヤだなぁそれ……」
「やめてください、顔がオークのようになってしまいます。悲しいのでオークに嫁入りしてきますわね」
と、そんな冗談を言っていると店員さんが頼んだスイーツを持ってきてくれた。
俺の前には甘じょっぱいソースのかかっただんご。串に刺さっており、4個並んでいる。それがふたつあるので、ひとつはパルにあげてもいいかもしれない。
パルの前にはカップに入れられた色とりどりのゼリーっぽいものと、あんこと呼ばれる豆のお菓子だったかな。それに加えて、小さな丸い豆っぽいのも入っている。これがあんみつか。
ルビーの前には白くて少し大きめなだんごっぽい物が置かれた。ダイフクと呼ばれる物らしいが、一見して謎である。たぶん中にイチゴが入っているんだろう。なんとなく味が想像できるので、まぁいいのかもしれない。
「うひひ、美味しそう」
さっそく食べ始めるパルに習って、俺もだんごを食べる。やはり甘じょっぱい。串に刺さっていて食べやすいのがいいな。
「あら。わたしのにもあんこが入ってますわ。酸味と甘味のバランスがいいですわね」
かぷり、と一口食べたルビーが中を見せてくれる。
あまり食べかけの物を人に見せるものではないのだが、今回は紹介してくれる意味もあってかそこまで不快ではない。
「よろしければ、食べます?」
「俺ではなくパルに言ってやってくれ」
「わたしは師匠さんに食べて欲しいんです。間接キッス」
「パルに言ってやってくれ」
「もう。パル、キスしましょう」
「はーい」
ルビーはパルに差し出すと、パルは少しだけ食べる。美味しそうな表情を浮かべると、パルはルビーにお返しのスプーンを差し出した。
うんうん。
とても素晴らしい光景だ。
やっぱり美少女たちが仲良しなのは、とても癒される。いや、美少女でなくていい。女の子が仲良しなのが嬉しい。
それに比べて勇者パーティの賢者と神官の浅ましさよ。
表面上は仲の良さを装っておきながら、水面下ではゲシゲシと蹴り合っているかのような醜さ。
パーティから少し離れて護衛状態で旅をしていたからこそ分かる。
まったくもって、美しくない。
なぜ勇者を信じられないのか。
あいつなら、ふたり同時に愛することを諦めるようなヤツじゃない。いや、もう、最低な感じに聞こえるけど、パーティメンバーだぞ。世界を救おうとしている男だぞ。勇者だぞ。
そんな人間が共に戦う女性をふたり同時に愛したところで、世間からは祝福されるだけだ。
それを第一だの第二だのと争うほうがどうかしている。
ルビーを見ろ。
愛人を名乗ってくれるんだぞ!
「……いや、それもどうかと思うな」
「なにがですの?」
「いや、なんでもない。ところでルビー。以前に別の種族に変装していたよな」
耳を生やして獣耳種になったり、翼を生やして有翼種になったり。
「変装ですか。その程度でセキを越えられるでしょうか」
「いやいや、種族をいつわれる強みは物凄いぞ。どんな変装スキルを用いたとしても、エルフ族やドワーフ族には成れても獣耳種や有翼種には絶対に成れないからな」
エルフの耳は作り物でギリギリ偽装できたとしても、獣耳種の頭から生えている耳や、有翼種の背中に生えている翼を偽装するのは不可能に近い。
そのような種族に変装できるスキルは、スキルマスターの領域を越えている。
それこそ、忍術以上の効果を発揮するはずだ。
「分かりました。希望はあります?」
「あたし猫がいいな」
「俺は犬でいい」
「分かりました。パルがたぬきで師匠さんがウサギですわね」
なにを分かったんだ、おい。
「ルビーはどうするの? ドブネズミ?」
「ぶっ飛ばしますわよ小娘。そうですわね、優雅に白鳥の翼でも生やしますか」
「恐怖! コウモリ女あらわる」
「白鳥って言ってるじゃないですか!」
「あたしも猫って言った!」
はいはい、こんなところでケンカしない。
と、パルの口におだんごを突っ込んであげた。
「師匠さん、逆にえっちですわ、それ」
「逆ってなんだ。なんの逆だ」
さぁ、と肩をすくめるルビーに対して、俺は肩をすくめた。
スイーツを食べ終わると、店を出る。周囲の視線をうかがいつつも、俺たちは人目を避けるようにして路地へと入った。
宿の裏手になっているのか、井戸がある。さいわいにも誰もいないので、ここで『変装』することにしよう。
「では、少々我慢してくださいな」
ルビーがぱちんと指を鳴らすと、足元の影がせり上がってくる。
本能的な恐怖を感じるが逃げるわけにもいかない。影の中に飲まれるように覆いつくされると、まるで水の中に落ちたかのような感覚があった。
なるほど、ルビーがマニピュレート・アクアムを容易に使いこなしてる理由が分かる。
影と水は似ている存在なのかもしれない。
なんて思いつつ視界が明るくなると、俺の頭の上になにやら違和感がある。手で触ってみると、もふもふの毛並みが付いた垂れ下がるような耳があった。
「うさぎじゃなかったのか……というか、これはなんの耳だ?」
「ロップイヤータイプのウサ耳ですわ。かわいらしいですよ、師匠さん」
うさぎ耳の獣耳種にも二種類いるからな。ピンと伸びた耳よりかは隠密性が高いとも言えるが、やはり頭の上に余計な物がある気がして、盗賊職には向いてない種族だと分かる。
「あれ、たぬきじゃない。三角だ」
「おパルは金髪でしょ。たぬきの耳だと違和感があるかと思いまして」
「ふ~ん。ありがとルビー」
「いえいえ。ちなみにわたしは普通の白い羽にしておきました。キモノを脱いでしまったのは残念ですが、有翼種では怪しいでしょうし。あぁ、残念ですわ」
お気に入りだったようだが、まぁ仕方がない。
「ここを抜ければまた着ればいい。それこそ偽装に役立つ」
ニンジャ側も、まさかキモノを着て楽しんでいるとは思うまい。それはそれでごまかしになるので、混乱させる意味でも不可解な状況はむしろ役立つ。
「では行くぞ。まぁ、普通に抜けられるだろうから、特に注意することもない」
「はーい」
「了解ですわ」
旅人とその護衛として、そのまま門に近づく。
「すまぬ、ここでは荷物を検査させてもらっている。よろしいか、旅人殿」
「えぇ、どうぞ」
バックパックを下ろして、中を見せる。パルもランドセルを下ろして、中を見せていた。
もちろん怪しい物などひとつも入っていない。
しかし、その間に別のサムライが俺たちをジッと観察するように視線を向けてきた。
頭の上に耳が勝手にばふばふと揺れる。
本物っぽく見えているだろうか。頼むぞ、ルビー。
「ふむ、問題ないな」
なんとか誤魔化せたようだ。
「良かったです。ところでヒョーゴの地の中心はどこになるでしょうか?」
「それならこのまま街道を北上していくと到着する。なにか御用事か?」
「いえ。立派な屋敷があると聞いたものですから。一目見ておこうと思いまして」
「あぁ、八剱家の屋敷は確かに立派だ。一見の価値はある。残念ながら、拙者も中に入ったことはないが」
「中の見物は難しそうですか」
「さすがにな」
サムライといっしょに苦笑する。
「ありがとうございました。せめて外観だけでも見ておきます」
「よい旅を」
頭を下げて、無事に門を突破する。
「普通に通れた」
「まぁ、想定通りとも言えるな。今ので獣耳種の旅人、という印象が付いたはずだ。ニンゲンには見えてないから、しばらくは安全だろう」
なるほど、とパルはうなずく。
「では北上しよう。ルビー、すまんがしばらくこのままにしておいてくれるか」
「了解ですわ。可愛らしく動かしてさしあげます」
頭の横でバフバフとロップイヤーの耳が動く。
うむ。
「ものすごく邪魔」
獣耳種って大変だなぁ。
と、思うのだった。




