~流麗! おいらんどーちゅー~
バタバタとユーカク全体が慌ただしくなっていく中、その方は現れました。
豪奢な赤のキモノ。水でぐっしょりと重くなっていたそれは、わたしが水分を抜き取ったあとに丁寧にシワを伸ばされたようです。
赤のキモノをまとい、綺麗な髪飾りが一歩歩くごとにキラキラと揺れる。派手ではありますが、下品ではない。
年齢は……まだ十代でしょうか。しかし、子どものような幼さはなく、妖艶な大人の魅力がただよっています。
彼女こそオイランなのでしょう。
ゆっくりと歩いてわたしの前まで来てくださいました。
「主さんがるびぃ、でありんす?」
「えぇ。初めまして、ルゥブルム・イノセンティアと申します。気軽にルビーとお呼びくださいな」
「初めまして。わっちは松風でありんす。着物を助けていただき、ありがとうございんした」
「わっち?」
またしても聞き慣れない言葉ですわね。
ニュアンス的には『私』という意味っぽいですが……
マツカゼはくすくすと笑いながら自分を指差す。
合っていたようですわ。
「わっちは自分という意味ですのね。勉強になりますわ、マツカゼ」
「いいえぇ。主さんの一助になれば幸いでありんす」
声と話した印象では年齢は15くらいに思えましたが……もうすこし高いのかもしれませんわね。クルワ言葉のせいで、そのあたりも曖昧にしてしまうのでしょうか。
肌は白く、それこそ吸血鬼に似たような白さ。
夜の仕事だらかでしょうか。それともマツカゼが特別なのでしょうか。白い肌に赤い豪奢な着物が映えます。
その着物ですが、肩口までがっつりと着崩してますわね。わたしの着ている物とはまったくもって着方が別。
華奢な細い肩が見えています。
むしろ邪道なのでは、というのが一目で分かりましたが……これがオイランなのでしょうか。
全員がそうなのか、それともマツカゼだけがそうなのかは、判断できませんわね。
「松風、準備を急ぎな。遅れたら元も子もないよ。るびー、あんたもだ」
「わっちも?」
「まだ廓言葉を使うんじゃない!」
ぺちん、とお尻を叩かれました。
「あいたー!?」
とりあえず、痛いフリをしておきましょう。
急いでいらっしゃる様子ですし、ここで『もっと叩いてくだしゃんせ』とか言って場を盛り上げてもいいのですが、なんか普通に怒られそうなので。
そう。
わたしは吸血鬼スキル『空気を読む』と『自制』が使えますので!
魔王さまが怒ってる時に冗談を言ってはいけない、と学んだ結果です。
ちなみに、陰気のアビエクトゥスは使えないスキルですわ!
おっと。
いま、脳内パルがわたしをバカにしてきましたので退治しておきました。
ふふん。
「ごめんなんし、るびぃ。あんまり廓言葉を使うと、お客として取られてしまいますゆえ。気をつけないと大変なことになってしまうゆえ」
「誘拐されるのは問題ありませんが、お金を払われてしまうのは問題ですわね。あいたたた」
お尻をさすると松風はくすくすと笑った。
「さ、準備しますえ。るびぃも付いてくるんでありんしょう。これ以上お尻を叩かれては大変でありんす」
「分かりましたわ」
マツカゼの背中をうっとりと眺めつつ付いて行く。
いいですわね、この分厚く重厚なキモノが着崩れて背中が見えている様子。
めっちゃエロいですわ。
だからといって、がば~っと全部が見えているわけでありませんので。まったくもって、完璧な着崩し方とでも言いましょうか。
「勉強になります」
「ですよね」
わたしの隣を歩くニナが、うんうん、とうなずいた。
「あなたもアレを着ますの?」
「まだ着ませんよぉ。でも、いつかはあんな風に綺麗になって、着てみたいです」
……きらきらした瞳をするのはよろしいのですけど。
それって娼婦になるのに憧れている状態なのでしょうか。
う~ん?
なんとも複雑な感情です。
それとも倭国では、ユーカクやユージョへの意識というか扱いのようなものが、大陸とはまた違うのでしょうか。
「それに……」
ニナが少し言い眉根を寄せました。
「あれは松風姐さまの編み出した着物の着方なんです。それをマネするのは、なんだか違う気がして」
ふむふむ、なるほど。
「オイランがみんな、あの着方ではありませんのね」
「はい。姐さまが独自に始めたものです」
「天才ですわね」
わたしがつぶやくと、うんうんうん、と嬉しそうにニナは何度もうなずきました。
どちらかというと、仕事に憧れているというよりはマツカゼに憧れているという感じですわね。
廊下を歩き、玄関口までやってきた。
マツカゼはそのまま両手を持ってもらって、なにやら厚みがすごい靴を履いている。
厚底にも程がありますわね、ってくらいの厚底な履物でした。
「なんですの、あれ?」
「花魁は着物が豪華で裾が長い人が多かったので、高い草履を履くようになったんです。その名残で、今でも草履が高いんですよ」
なるほど、ロングスカートを引きずらないように配慮した、というイメージですわね。
「あなた物知りですわね、ニナ」
「えへへ。勉強がんばりました」
「……ほんとにユージョになりたいんですの?」
「両親に売られたので」
あぁ。
あぁ~……そういうパターンもありますわね……う、う~ん……
「でも、皆さんに良くしてもらったので。その恩返しをしたくて、がんばってます!」
「身体を売る覚悟はありますの?」
「もちろんです。やってみたい……!」
あ、興味津々ですのね。
無理やり、とか自分にそう言い聞かせている、という雰囲気ではなく、どちらかというと物凄く前のめり。
逸材ですわね。
ですが気持ちは分かります。
経験してみたい!
もっとも。
わたしの場合は相手を選びに選び過ぎて、なんかこうチャンスを失い続けて、もったいなさがオーバーしてしまって、経験するに経験できないような精神状況におちいってしまったので。
思いっ切りの良さが大切です。
まぁ、わたしの肉体が12歳程度の見た目、というのが最大の問題な気がしないでもないですが。
しかしご安心を。
我が愛すべき師匠さんが心の中でガッツポーズしておいでです。
「早く一人前になれるように頑張ります。私なんかを買ってくださるお客さんがいるかどうか、ちょっと不安ですけど」
「買います。わたし処女ですけど、いけますわよね?」
ぺしん、と話を聞いていたお婆ちゃまに頭を叩かれました。
お尻といい頭といい、簡単に叩いてくださいますわね。
わたし、これでも魔王直属の四天王のひとりなんですけど?
泣く子も笑わせちゃうサピエンチェであるぞ?
ぞ?
「禿に手を出すのは御法度だよ」
「5ハット。帽子でしょうか」
「禁止って意味さ。城に入れてやろうかと思ったが、やめとこうかね」
「あ、あ、あ、大人しくしてます。大丈夫です。迷惑はかけませんわ」
「ならいいけど。さ、これを持ちな」
布で包まれた四角い物を渡されました。綺麗でさらさらな布で、なんだか貴重な物、という感じです。
「なんですの、これ?」
「着物が汚れて着ていけない、別の着物になった、と詫びを入れるつもりだったんだ。それで用意した茶菓子だが、無駄にするのももったいないんで差し入れにすることにした。あんたはそれを運ぶ仕事の新人禿。いいね?」
「なるほど、理解しました」
「頭のいい子は嫌いじゃないよ。だが、悪ふざけをする子は嫌いだからね」
「わきまえていますわ。これでも王族に知り合いがいますので」
もっとも。
どすけべ姫は喜んで悪ふざけをする側なんですけどね。
あの娘、末っ子なのをいいことに自由に育ち過ぎなんですのよ。ニナのほうがよっぽどお姫様らしくあるんじゃないでしょうか。
「売られるのがユーカクではなく、大陸の王城だったら良かったですのに」
「え、えぇ?」
ニナも準備をいそいそとしていて、荷物持ちみたいです。
オイランともなると、いろいろ要りようなのでしょう。お化粧とか治したりしないといけませんし。
「ほら、出るよ」
遣手のお婆ちゃまが声を発した頃には、玄関口には他のユージョたちが並んでおられました。
皆、娼婦ということもあって壮観と言いますか、非常に華やか。
「全員買いたいです。いくらでしょう?」
「お殿様でも無理だよ。あんたには特に売りたくないね」
「なんでですのよ、お婆ちゃま」
「悪影響だ。これだから大陸の人間はイヤだ。余所者文化がうつっちまう。気をつけな仁奈」
「はい」
ニナが真面目に返事をするので、ちょっとショックです。
いえ、まぁ、本気でオイランを目指している娘には、わたしが毒になるのは承知しますけど。
ちょっとさみしいです。
パルは付き合いがいい事が分かりますわね。
あの子、わたしが師匠さんを奪ってしまう可能性だってあるのに、仲良くしてくださるんですのよねぇ~。
好き。
「準備はいいかい?」
「わっちは問題ありんせん」
「準備できました」
「オッケーですわ」
ドタバタと忙しく動き回る男たちは玄関を開けて、道を開くように並んだ。
そこをゆっくりとマツカゼは歩き出す。
「気張っておいで!」
後ろで、お婆ちゃまがパンパンと手を鳴らす。
見れば何か祈るようなポーズと似ていました。もしかしたらオイランを司る神とか、そういうのに祈っているのかもしれませんわね。
ユーカクから外に出ると、見物人がいました。
遊びに来ている男たちが一斉にマツカゼの姿に鼻の下を伸ばすのが分かる。
なるほど。
こうして城まで行く、この行為そのものが宣伝となり、マツカゼ自身が看板となるわけですわね。
興味があれば、ユージョと遊びたければ、ユーカクに来い。
そんな感じでしょうか。
こんなにも目立つようにして歩く理由が分かります。
加えて、マツカゼの発明した着崩し方。
エロい。
とってもエロいですので、そりゃもう男の目を惹くに決まっています。
前から見れば胸の谷間にキモノの重なりが合わさって、そりゃもうあの隙間に指を突っ込みたくなりますもの。
素晴らしい作戦です。
天才はこんなところにもいるんだなぁ、と思い知らされる気分ですわ。
「後ろでゆっくりと付いて行くだけでいいから。あとは全部、お城の人が教えてくれるよ」
「そうなんですのね。軽口は叩いてよろしいの?」
「大声でおしゃべりはダメだと思う……ですよね、松風姐さま」
「そうでありんすな。あくまでお上品に。助けてくださったるびぃ様にお願いするのは心苦しいんすが、よろしゅうお願いしんす」
前を向いたままマツカゼが答えてくださる。
周囲はガヤガヤしていますので、この程度の会話はバレないようですわね。
「分かりましたわ。どうぞ、営業に集中してくださいまし」
「ふふ」
とりあえず、そのまま大人しく付いていきます。
しかし、この茶菓子とやら、そこそこ重いですわよ? ぶら下げて片手で持つわけにはいきませんし、普通の女の子に運ばせるのは、なかなか酷な仕事だったと思います。
ちょっとした罰も兼ねていたのかもしれませんわね。
……いや、なんでわたしが罰を受けてますの?
「えぇ……」
「どうしましたか、るびーさま?」
「いえ、なんでもありません。荷物運びで気持ちよくなるほど、わたしはレベルが高くありませんので」
「はぁ……?」
ニナちゃんに理解されなくて良かったです。
はい。
色街の出口に差し掛かるとチェックされるみたいで、多少は立ち止まるマツカゼ。しかし、一目見ただけでオッケーみたいで、そのまま通されます。
ニナも大丈夫ですが、わたしだけ怪訝な目で見張りの男に見られました。
「嬢ちゃんは何だ?」
「お手伝いです。荷物持ちに任命されました。ちょっとした罰ですわ」
「そうか。まぁ客人でもそういうことはあるわな」
あるんですのね……
まぁ、普通に通されたので良しとしましょう。
色街から出ると、さすがに堂々と娼婦が歩くのははばかられる……と、思っていたわたしの予想は外れました。
大通りを堂々とマツカゼは歩いて行きます。
見ちゃダメ、なんて言われるかと思いきや、子ども達もマツカゼを見ていますし、それを英雄の凱旋のように見ていますわね。
「いつもこうなんですの?」
「はい。花魁は倭国の花、なんて言葉もあります。みんながこうして応援してくれる感じですよ」
「はぁ~。随分とおおらかな国と言いますか……オイランの地位って凄いんですのね」
「はい。お殿様とか若様と直接会えるんです。偉い人っていう感じでしょうか」
なるほど。
言われてみれば確かにそうですわよね。
王様に直接会える一般民など、早々といません。いえ、理由があれば謁見することは可能ですけれど、それでもあくまで謁見は謁見。顔を見ることすら許されないパターンもあるでしょう。
私的に会話ができるような仲になるには、それこそ貴族という地位が必要です。
豪商でも無理かと思います。
そんな立場を軽く超えられるのがオイランということですわね。
英雄というか勇者的といいますか。
たとえそれがえっちなことでも、憧れをもって民衆に受け入れられるということでしょうか。
「倭国民は全員がどすけべ。じゃなくて良かったです」
「ち、違いますよぉ……たぶん……?」
「義と倭とえっちの国、に改名しましょう」
「怒られますよ!?」
「ちょっとるびぃ、笑わせないでおくんなし……!」
マツカゼにも聞こえていたみたいで、怒られました。
あとでお婆ちゃまに頭だけでなく全身を叩かれそうです。
さてさて、自重しながら歩いていると、そろそろお城が近づいてきました。
それと共に人々の見物客も多くなる。
「うわぁ、ルビーがいる!?」
と、聞き馴染みのある声が聞こえました。
パルです。
もちろん隣に師匠さんがいますが、オイランのえっちな姿には目もくれずわたしを見てくださっているので、もう大満足しました。
さすがです!
それでこそロリコ――おほん。
それでこそわたしが愛する師匠さんですわ!
まぁ、アレですけどね。
「おまえ何やってんだ」
という感じの視線がビシビシと当たってきますが。
まぁ、とりあえず。
お城に入る方法のひとつを確かめているだけです。
加えて――重要な確かめる事項がひとつ。
まぁまぁまぁまぁまぁまぁ。
これぞ趣味と実益!
ですわー!




