~流麗! お婆ちゃまの武勇伝は聞けなかった~
お婆ちゃまに連れられて入ったのは普通の部屋でした。
特にえっちな雰囲気があるわけではなく、一般的な倭国の部屋という感じでしょうか。タタミの上にテーブルと椅子があるっていうのはミスマッチのように思えましたが、意外と雰囲気を壊さないものですね。
他にも横に倒したようなクローゼットのようなものと鏡が台座に取り付けられたものがあります。
えっちさとは程遠い、どこか落ち着いた雰囲気を感じますわね。
「ほら、座んな。るびー、だったっけ?」
「お嬢と呼んでくださってもオッケーですわ。ルビー嬢です」
「名前に『嬢』を付けるのは娼婦にだけ、じゃなかったかい?」
「はい」
「けったいな子だねぇ」
けったい。
聞かない言葉ですわね、何語でしょう?
しかしなるほど。
クルワ言葉っていうのが必要な意味が分かりますわね。
まぁ文脈から考えて褒められている感じではなさそうなので、あえて受け入れておきましょう。
「ふふん」
「仁奈、この子は本物だね」
「え、えっと……大物になるって意味でしょうか」
「本物の阿呆だよ」
「あはは」
ちょっとちょっとぉ。
「これでも客人ですので、嘘でも褒めてくださいましんす」
「変な言葉を使うんじゃないよ、るびー。これでも褒めてるのさ。つまらない冗談を言う子は叩き出してるところだ」
うんうんうん、とニナが何度もうなずいている。
どうやら叩き出される様子がないので、お婆ちゃまは相当に機嫌が良いみたいですわね。
オイランのキモノが無事だった、ということがご機嫌の原因でしょうか。
「そこまでオイランっていうのは重要なのでしょうか?」
「仁奈、お茶を準備しておいで。あんた、本当に余所者なんだね」
とてとてと急いで部屋を出ていくニナを見送りつつ、わたしはニヤリと笑う。
「それは、着物が似合ってるという意味でしょうか?」
「確かに似合ってるね。というか高価な着物だよ、それ。ホイホイと観光客が買うもんじゃないさ」
「わたし、お金持ちですの」
「……」
ギロリ、と睨みつけられました。
なんとなく雰囲気がアンドロちゃんに似ています。いえ、アンドロちゃんは美人ですし、下半身はサソリなので、お婆ちゃまでは全然無いんですけど。
こう、わたしの冗談を値踏みする感じが似ていますわ。
「この国では、その冗談は下品になるよ。やめときな」
「心配いりませんわ、お婆ちゃま。わたしの国でも下品です」
そう答えると、くくく、と笑いました。
「あんた、頭がいいね」
「あら。珍しい褒められ方をしましたわ。いつも顔だけは褒められるんですけど、頭の形を褒められたのは初めてかもしれません」
わたしは前髪をあげておでこを見せた。
「ふっ。そういうことにしておこうかね。これ以上話してると、本当に勧誘したくなっちまう」
「向いてますか、わたし」
「これ以上ないってくらいに」
はぁ~、とお婆ちゃまは盛大に息を吐いてから、頭を下げた。
「松風の着物を何とかしてもらって助かった。この御礼は必ず果たすよ」
おっと。
これが本題ですのね。
前置きが長いというか助走に時間のかかるお婆ちゃまですわね。
「いいえ。この程度のこと、どうということもありません。わたし、人間種が大好きですの。困っている人間種を見ると、どうしても助けたくなってしまいます」
「変わり者だねぇ。人間なんて、どこをどうみたら好きになるんだい?」
「ん~? どうしてなんでしょうね。可愛らしいから? それとも、助けると気分がいいからかしら。気が付いたら好きになってました」
生まれも育ちも吸血鬼なので、誰かに教育されたわけではありませんが。
それとも吸血鬼だからこそ人間種が好きなのでしょうか。
パルもお肉が大好きですから、牛とか鳥とか豚とか好きだと思いますし。
そんな感じ?
なんかちょっと違うかも?
う~ん、上手く言語化できませんわね~。
ともかく、人間種は好きです。良い所も悪い所も含めて。
「いいとこ育ちのようだね。そんな娘がどうして遊郭になんて興味を持つんだか」
「えっちだからですわ」
「それはどっちが」
「両方です」
はぁ~、と盛大にため息を吐かれてしまいました。
「好き者かい。男をとっかえひっかえってヤツかね。おススメはしないよ」
「いえいえ、これでも処女ですわよ。神ではなく魔王さまに誓って、嘘ではありませんわ」
「なんで魔王に誓うんだい。神に誓われても、神さまも困るだろうさ」
「ふふ。神に仕える神官は処女が望ましいらしいのですが、えっちな話題ですし、魔王さまにしておきました」
「そこまで言い訳しておいて、好き者とは矛盾してないかい?」
いえいえ、とわたしは首を振る。
「これも修行です。えっちの修行」
そう答えるとカカカとお婆ちゃまは笑いました。
「そんなに鍛えてどうするつもりだい?」
「将来の旦那さまは決定しておりますの。その片に夢中になって欲しいのですわ。今のところ、生涯その方ひとすじです」
師匠さんはいずれ亡くなります。パルも同じです。
その時、わたしもいっしょに死んでもいいと思いますが……もしかしたら孫の心配とか、ベル姫の後継者争いとかあるかもしれませんし。
生きていた方が都合が良くなる場合もあるかと思いますので。
生き続けるという選択も有りかな~、と思っております。
そんな感じで長生きしていると、また別の殿方と恋に落ちる可能性もゼロではありません。
なんなら、師匠さんとパルの子どもとか、かなり見た目がわたし好みの美少年になりそうな気がするので、じゅるり。
もしくは自分の孫の孫の孫ぐらいに手を出しても大丈夫なんじゃないでしょうか。もう、わたしの血も薄れてるはずですし、じゅるり。
「顔がいかがわしいよ、あんた」
「おっと。えっちなことを考えてました」
「はぁ~~~」
またしても盛大にため息。
そして、お婆ちゃまはわたしを見ました。
「ホントに遊女にならないかい、るびー。綺麗な目だね。紅玉姫とでも名乗りゃ天下取れるよ。あたしが保障する」
「是非とも。と、答えたいところですが……ふむ」
わたしは少し考えました。
一応、さっき頭がいいと褒められましたので、必死に考えてみます。
「どうしたんだい?」
「え~っと、その、ほれ、アレですわ、アレ」
「急にバカになるのはやめておくれ。物の名前が出ない老人かい、あんた」
「ババァと罵ってくる親友がいますわ。よくアホと言われます」
「愛されてるねぇ」
「でしょう」
えへへ、と笑いますが、そうではなくて。
「確かオイランは城に招かれるのでしたか。わたし、城に入りたいんですの」
「なんだい、それ。お城に入れるっちゃぁ入れるが」
何が目的だ、という感じでお婆ちゃまの視線が引き絞られました。
「単なる見物です。ユーカクを見たかったように、お城の中も見物してみたいんですの」
「道楽だねぇ。あまり面白い物じゃないよ、城の中なんて」
「お婆ちゃまは入ったことありますの?」
「あたしも昔は花魁だったのさ。今は引退して、遣手をやってるよ」
ヤリテは娼婦の管理者のようですわね。店主とはまた違うのでしょうか。娼館と違っていろいろとルールがややこしそうですわ。
それはともかくとして――
「お婆ちゃまがオイラン……おトノさまの初体験!」
「今の殿様じゃなくて先代だったけど、その相手はあたしさ!」
「ひゅー!」
わたしはバンザイしました。
お婆ちゃまも、まるで歴戦の戦士のようにニヒルな表情になります。まるで冒険者ギルドで冒険譚を語る戦士のように、その武勇伝を誇っているようです。
素晴らしい!
「その話、詳しく!」
「あぁ、いいさね。あれはそう、お城に三度目の登城した時の話だが――」
「準備が整いました!」
お茶の準備をしているニナが部屋の中に駆けこんできた。お茶を持ってきたのかと思いきや、手ぶらです。
準備が整ったのはお茶ではなくオイランのほうでしょうか。
「おっと、こうしちゃいられないね。るびー、あんたも来な」
「英雄譚……武勇伝……」
「なにをブツブツ言ってんだい。ほらほら、立ちな。城の中に入れてやるよ」
「はい?」
なんだかよく分かりませんが。
ちょっとお城に入れるみたいです?




