~流麗! ルビーちゃんが大好きな場所『遊郭』~
見物ということで遊郭に連れて行ってもらうことになりました。
さすがは義の国ですわ。
人間種を助けると、そのお礼をしっかりとしてくださいます。
もっとも。
それは当たり前と言えることでもありますが……アンドロちゃんに、ちゃんとお礼が出来ていないわたしが言ってはいけない言葉でもあります。
他人からのお礼だけ甘んじて受け入れる支配者。
なんてものは、たとえ魔王さまであっても品位に欠けます。
今度実家に帰ったら、たっぷりとアンドロちゃんにお礼をしなくてはいけませんね。
たぶん、めちゃくちゃ嫌がりますけど。
さてさて、キモノを丁寧に抱えた大男さんに付いていきます。
エンゴの城下街は区画で整理されているわけではなく、いろいろとごちゃ混ぜになっている様子ではありますが、さすがに色街だけは分けられているようでした。
「ここから先が色街だ」
「想像以上に分けられてますわね」
城下街の内外すら門や壁が無かったというのに、色街の入口には門と壁がありました。
見張っているのはサムライではなく普通の男のようです。武器も何も持っていませんので、あくまで見張りだけのようで……
「むしろ、外からではなく中から出るのを見張ってる感じでしょうか?」
「あぁ。その昔、嫁不足ってんで周囲の村が遊郭に嫁をさらいに来ることがあったらしくてな。それを防止するために見張りを置いた、ってのが始まりらしい」
「嫁不足とは恐ろしいですわね。悪い領主さまでもいたのでしょうか」
そのあたりは知らねぇなぁ、と頭をカキカキする大男さん。
「その名残で、今でも出ていく女をチェックするのが色街の規則になってる。あんたも出ていく時は調べられると思うんで、我慢してくれ」
「やはり大陸とはぜんぜん違いますのね~」
なんて言いつつ色街へと入る。
城下街の華やかさとはまた違った華やかさ、とでも言いましょうか。やはり娼婦の街は独得の雰囲気があります。
端的に言えば――えっち!
雰囲気がえっち!
素晴らしい街です。
もしもわたしが世界を支配したならば、色街オンリーの国をひとつ作ってみたいもの。
名前はそうですわね……サキュバース。とかどうでしょう?
もしくは、ストレートに『どすけべ国』。
王様は師匠さん。
王妃はベル姫。
わたしは愛人がいいですわね。
おっと、そうなるとパルのポジションが行方不明になるので……パルは王の娘としておきましょう。
ぐふふ、親子の禁断の関係です。大丈夫だいじょうぶ、血が繋がっていない養子なので、えぇ、ほんと、マジでだいじょうぶですので、遠慮なく子どもを生みましょう。
「どうした嬢ちゃん。やっぱりやめておくか?」
「むしろウェルカムです」
「は? すまん、最新の大陸語には疎くてな。なんて意味だ?」
「気にしないでくださいまし。ところでわたしの名前はルゥブルム・イノセンティア。人呼んで清廉潔白のルビーと申します。遠慮なくルビー嬢ちゃんと呼んでくださいな」
「……もしかしておまえさん、だいぶアレか」
「アレってなんですのよ」
「おもしれー女」
「はい」
「否定してくれよ……」
大男のくせに縮こまるように背中を丸めて、呆れるようにつぶやく。
「あなたの名前を教えてくださいな。いつまでも頭の中で大男と呼ぶのも疲れますわ」
「そいつは悪かった。南郷だ」
「ナンゴーさま。ですのね」
「嬢ちゃんに『さま』を付けられると妙な感じがするなぁ」
「気にしないでくださいまし、ナンゴーちゃん」
「それはイヤだ」
「あら。ハッキリした殿方は嫌いではありませんわ。わたしがオイランでしたら抱かれてあげているところです」
「軽い女は花魁に成れないぜ。こっちも商売だからホイホイと抱かれちゃぁ、価値が下がっちまう。いくら美人でもな」
あらら。
「難しいんですのね、娼婦って。顔だけで何とかなると思ってましたわ」
「頭の良さも必要だ」
ナンゴーはこめかみ辺りをトントンと叩く。
「なるほど。絶望的にわたしに向いてないことが分かりました」
「いや、おまえさん……自分で何を言ってるのか分かってるのか?」
「親友によくアホと言われておりますので」
「そうか……いや、るびぃ嬢ちゃんがそれでいいのなら、まぁ、何も、あぁ……いいか」
「ふふ、お優しい。ナンゴーさん、モテますでしょ」
「花魁に手をだしたら、オレの首が飛んじまう」
おそらく、物理的な意味でしょう。
そんな話をしている間にも、いよいよ遊郭が並ぶ街並みらしくなってきました。特徴的なのは、まるで牢屋にでも入れられたかのような木枠で覆われた窓でしょうか。
大きな物で、外から中にいる娼婦の姿が見えるようになっています。
皆さま、おしとやかにキモノ姿で座りながらこちらを見ている様子は華がありますわね。
より取り見取り。
なるほど、外から娼婦を選んで中に入るわけですね。
しかし――
「驚くほど憐れみのこもった視線が皆さまから飛んでくるんですけど……わたし、なにか変なことをしてます?」
キモノの着方が変なのでしょうか?
それとも歩き方?
キモノだと、もう少し小股で歩いているようなイメージですわよね。でもナンゴーが急いでますので、ちょっと小走りになってしまいます。
戦闘にはまったく向いていない衣装ですわ。
「いや、嬢ちゃんは悪くない。むしろオレの後ろに付いて歩いているのが悪いんで、オレのせいだな」
「どういう意味です?」
「遊郭に入ってくる立派な着物を着た少女、ってのは、売られた娘と思われてんだ。おまえさん、顔と着物がいいものだから、どっかの豪商の娘さんと思われてるのかもしれん」
「あぁ~」
そういう解釈になるわけですね。
「同情してくださってるわけですわね。単なる見物客ですのに。申し訳ない気分です」
「こればっかりはしょうがない。説明してまわる時間も無いしな」
というわけで、一応は愛想を振りまくように笑顔を見せてみましたが――どうにも誤解が深まっていくばかりのように感じます。
もしかして、まったく何も知らない無知なお嬢様が売られて連れて来られてる、みたいな感じに見えるのでしょうか。
……そのシチュエーション、ぞくぞくしますわね。
美しい花が今まさにに手折られる瞬間を目にしているような気分。
うへへへへへへ。
無知なお嬢様が初めての経験を。
うひひひひひひひ。
「ここがウチの遊郭だ」
「おっと」
妄想に身もだえしている間に到着しました。
立派な建物で、二階建てのようです。門構えがあり、遊郭の名前が記されている看板があるのですが……読めませんでした。相変わらず倭国の看板はむずかしい。
艶やかな色と言いますか赤い柱などが目立つように建てられており、格式の高いお屋敷にも見えます。
さっきまでの遊郭とは違って、こちらには牢屋のような木枠の窓はありません。
形式が違うのでしょうか。
「すまん、オレは松風に着物を届けてくる。ルビー嬢ちゃんの相手は禿に任せるんで、ちょっと待っててくれ」
「分かりました」
ナンゴーはギリギリ走らない程度の速度で建物へと入っていく。
わたしもそれに続いて中に入りました。
土足でも大丈夫なようで、中へ入っていくとすぐに広い空間になっており、椅子がいくつか置いてありました。
調度品なども飾られておりますが、やはり大陸の物とは違いますわね。
ツボはツボなんですけど、どうにも質が違うと言いますか。大陸はツルンとしたツルツルの質感のツボの印象ですが、こちらのツボはザラザラとした土の質感が残っているような感じ。
まぁ、わたしにはどちらの価値も分かんないんですけどね。
ツボでしょ?
単なる水とか花とか、そういうのを入れるツボでしょ?
大きいほうが水がいっぱい入りますわね。
違いなんてあるんですの?
なんて思ってしまいます。
そんな調度品や飾りなどを見つつ、奥へと視線を向けると木枠の窓がありました。
なるほど、こちらでは外に向いているのではなく、店内から娼婦を見て選ぶんですのね。
「……」
と、中で待機していた娼婦の方々にまたしても同情の視線を向けられました。
「違います違います。見物に来ただけですの。決して売られたわけではありませんので、そんな目で見ないでくださいまし」
とてとてと近づいて否定しておきました。
「そうでありんしたか。安心したでありんす」
「ありん?」
不思議な言葉ですわね。
「主さん、大陸の人でありんす?」
「そうでんす。これって倭国語でありんすのん?」
ぶふっ、と娼婦たちに笑われました。
「これは廓言葉でありんす。遊女の証明みたいなものでありんすよ」
「そうでありんすか」
「そうそう、そんな感じ。主さんは面白い人でありんすね。是非、主さんに買うて欲しいわぁ」
「買うのは問題ありませんが、遊ぶ時間があるかどうか。オイランというのも見物しておきたいのですわ」
「松風姐さん?」
「マツカゼというのがオイランの名前ですの?」
えぇ、と中にいる娼婦たちがうなずく。
「姐さん、今日はお城へ行く日でありんす。着物を汚したとなって大慌てだったみたいで」
「ハレの日だってのに、大変でありんす」
「禿が泣いていたので心配だったありんすが……」
ありんすだらけですわね。
どこから出てきた言葉なんでしょうね、ありんす。
「大昔は地方出身の遊女を隠す意味でありんした。地方だと言葉が訛っていたので、バレると安くみられたりするのを防ぐ意味で生まれた言葉でありんす。あと、遊女を明確にするために店に出る前の禿に手を出させないという意味もありんす」
「なるほどんす。まさに『記号』というわけでありんすね」
「はい。ですので、あまり使われないほうがいいでありんす。主さんも買われてしまうかもしれなんし」
意味があるからこそ残ってる言葉なのでしょうね。
あと、独得の色気を感じます。
そういうふうに生まれた言葉だからこそ、そんな色香が香るのかもしれません。
「あの、ルビーさま」
と、娼婦の方々とクルワ言葉について話しているとやってきた少女がひとり。パルと同じくらいの年齢でしょうか。簡素ながら可愛らしいキモノを着てらっしゃいます。
「松風姐さまの着物を助けていただき、ありがとうございます。あと回復薬も頂けたようで、風邪をひいた子も助かります。ちょっと元気になりました」
「そうですか。あなたがカムロちゃん?」
「はい。禿の仁奈です」
「ニナちゃんですのね。わたしのことはルビーちゃんと呼んでください」
「いえいえ、恩人ですのでそんな気安くは呼べません!」
全力で否定されてしまった。
人助けをしても、望みが叶わないことってありますのね~。
「どうぞこちらへ」
ニナが案内して奥へと勧めてくれる。
「はい。皆さま、失礼します」
娼婦の方々に挨拶をしてからニナに続いて中に入りました。
「こちらで履物を預かります」
「分かりました」
ひとつ奥へ入りますと、一段高くなってました。その手前で靴を脱ぐみたいで、ニナが預かってくださる。
靴は棚にそれぞれしまうみたいで、他にもチラホラとありますわね。
今まさにお客さんがこの建物内で『遊んで』いらっしゃるのでしょうか。
ドキドキしますわね!
「あ、あのぉ……案内をしてさしあげろと言われたのですが……その、ルビーさまは本当に?」
「えぇ。わたし大陸から来まして。興味深い文化ですので、是非とも見物したいのです。案内してくださいます?」
「そのぉ……お、お嬢様には刺激が強かったり……」
「あ、大丈夫です。わたし、どすけべですので」
「え?」
「え?」
「あ、ごめんなさい。どすけべって言ったかと思いまして。聞き間違いでした。えへへへ」
「いえ、どすけべです」
「えぇ!?」
なんでそんな驚くんですのよ。
どすけべじゃないとユーカクなんて来ないでしょうに。
「これでも冒険者なんですの。そういった文化は日常茶飯事。冒険者など、日々いのちの危険性がありますからね。そりゃもう冒険中であろうとなかろうと日常的にやりまくってますわ」
「わ、わぁ、そうなんだぁ……大陸ってすごい……」
「嘘です」
「えぇ!?」
「冒険中にやりまくってたらモンスターに殺されますわよ」
「もんすたー?」
「魔物のことです。最近は魔物のことをモンスターと言うのが流行のキザし、らしいですわ」
これは嘘ではない、ということにしておきたいですわね。
「そうなんですか~」
「ちなみにわたしは処女です」
「あ、はい。わたしもです」
「ふ~ん、あなたの価値は高そうですわね。買ってもよろしい?」
「だ、ダメですダメです。まだ振袖になっていない禿に手を出すと重罪ですので、ルビーさまをそんな目に合わせるのは許されません!」
あら残念。
「恩人の頼みでもダメでありんす?」
「ダメだね、恩人殿」
おっと?
横から否定されたと思ったらお婆ちゃまが顔を覗かせました。
「こっち入んな」
「あなたは?」
「ここを切り盛りする主さ。遣手だよ。ほら、入んな入んな。他の客に見つかってみろ。あんたを買わせろって大騒ぎになっちまう」
「それは美人だと褒めてくださっておりますわね」
「そう言ってんだよ。まったく、遊郭を見物したいなんて変わった客人だね」
ニヤリと笑って、お婆ちゃまはわたしを部屋の中へ引き入れたのでした。




