~卑劣! 義の倭の国の五つの地域~
セツナの装備している転移の腕輪は新型だった。
俺の持つ試作品とは違って、明らかに改良が施されているのが分かる。
それが関係しているのか、それとも距離があったからか――深淵世界を感知することもなく、視界はいきなり変化する。
薄暗く空気の濁った地下牢から、一瞬にして別物に変わった。暗く不明瞭な視界はいきなり開け、晴れ渡った海と空の青色となる。
やわらかい砂地に着地すると、抱き付いていたパルとルビーが離れた。
少しばかり名残惜しい気もするが、それを誤魔化すように聖骸布を口元から外す。
「ふぅ」
ようやく新鮮な空気が吸える。
何度か呼吸を繰り返し、体の中の空気を入れ替えた。
まぁ、海辺ということで少々ベタつくような独得の潮の空気ではあるが。腐臭と排泄物や吐しゃ物のにおいよりは、遥かに上質の空気と言えた。
「ふは~」
パルも仮面を外して深呼吸している。あんなところに長時間いたら病気になりそうだからな。何事もないようで一安心だ。
というか、セツナ殿もシュユちゃんを病気にしたくないから偵察として外に出していたのかもしれない。
さすがだな、と周囲を警戒するセツナを見て思った。
一息つくと俺は周囲を確認した。
転移してきた場所は『義の倭の国』ではあるんだろうけど、見渡す限り海と浜辺と奇妙に細く曲がったような木々がまばらに生えているものしか見えない。
街や村らしき物は見渡す限りは無かったが、海には漁をしているのか舟が何艘か浮かんでいた。
「ここはどこだ?」
倭国ではあるんだろうけど、現在地はまったく分からない。
セツナに聞いてみる。
「義の倭の国の最南端付近に位置する。少し北上すれば漁村が見えてくるはずだ」
ふむ、と過去の記憶に照らし合わせる。
勇者パーティにいた頃に義の倭の国にも来ているが、隅々まで歩き回ったわけではない。
残念ながら、最南端までは来なかったので、この風景は初見となる。
見渡すかぎり、ほぼぐるっと海だけっていうのは凄い光景ではあるので記憶に留まりやすいのは確かだな。
「では作戦会議といこう」
「こんな何も無いところでやりますの?」
吸血鬼にはもっとも似合わない場所とも言える浜辺。
日陰のひとつでも欲しいのか、ルビーは少しくちびるを尖らせた。
「すまぬ、ルビー殿。できれば拙者たちの姿を誰にも見られないうちに行動を開始しておきたいのだ」
「自意識過剰ではなくて、サムライ。それともあなた、領主や王様なのかしら」
まぁ、王様や領主がそのあたりを普通に歩いているわけがないので、もしも見かけたとしてもスルーされる可能性は多いにあるが――
「似たようなものだ」
どうやら、当たらずとも遠からず、だったらしい。
「ふーん。そのわりには高貴さが見受けられませんが」
ルビーは挑発するようにセツナをいぶかしげに見た。ルビー自身がいわゆる領主であり、王であるようなもの。
なにかしら思うところがあるのか、そんな態度を取るとシュユが感情をあらわにしながらルビーとセツナの間に立つ。
「ルビー」
「シュユ」
俺とセツナはそれぞれの名前を呼び、やめさせた。
「謝っておけルビー。質の悪い冗談はひとつも面白くないし、ひとつも良いことがない。それに、ここは義の倭の国だ。礼儀が重んじられる」
「おっと。そうですわね。失礼しました、セツナ。ついつい支配者として格の違いを見せつけたくなったことをお許しください」
「謝罪を受け入れよう、ルビー殿。見せつけなくとも、拙者はそのような立場の人間ではないので、負けは確定している。そなたの勝ちだ。シュユもそれでいいな?」
「イヤです。もっとちゃんと謝って欲しい」
シュユちゃんが珍しくわがままを言った。
「忠犬ですわね。噛みついてくるのは小型犬ですが、牙は痛そうです」
そう言いながらルビーは浜辺に膝を折り、頭を付けた。
土下座である。
「あわわ、そ、そこまでしてもらわなくともいいでござる! あ、頭をあげてください、ルビー殿!」
「許されました?」
「許すでござるよぉ」
う~む、さすがルビー。
謝っているのに、なぜか攻撃している側になっているというか優位に立っている。
不思議なものだ。
もっとも――
「砂まみれになってしまいました」
砂浜で土下座したら、そりゃそうだ、という状況になっている。
顔が砂まみれなのでパルといっしょに払ってあげた。
あ~あぁ~、髪も砂まみれになって。長くて綺麗な髪なんだから、気をつけて欲しいものだ。
「それで、七星護剣の隠し場所に覚えはあるか? 無いのなら、かなり苦労しそうだが」
この倭国にある、という条件だけで探し始めるとなると、それなりに時間を要しそうだが。
「申し訳ないが、確定しているとは言い難い。だが、ある程度は絞り込めるはず」
「ふむ。まぁ、取っ掛かりがあるのなら、助かると言えば助かる」
今までセツナに隠していたのだから分からなくて当たり前なのだが。それでも、ある程度の予想はできるようだ。
「氷護と呼ばれる地域がある。そこに八剱という家名の一族があるのだが、そやつらが隠し持っているはずだ」
その名は、以前に聞いたな。
セツナが『仁義を切る』際に名乗っていた名も、確かヤツルギだったはず。
先ほどセツナが貴族や領主と言っていたのと合わせて、ヤツルギとはそれなりの一族である可能性が高そうだな。
加えて、身内から盗むという話になりそうだが……
そのあたりはどう捉えているんだ?
かなりややこしい話を抱えていそうだなぁ。
オーガの仮面で素顔を隠しているのも、そのあたりの関係なんだろうか。
「ヒョーゴってなぁに?」
パルが首を傾げつつ質問した。
「街の名前みたいなものだ。領主や王の名前ではなく、倭国ではその土地に根ざした名前が付けられている」
パーロナ国であれば、王の名がパーロナである。ジックス領のジックス街であると、領主の名前が付けられる。
そんな分かりやすいルールがあるのだが、村などでは昔から言われてる名前で呼ばれていたりするので、まぁ、そこまで珍しい風習でもないだろう。
ただ規模が大きい。
「他にも炎護や樹護、地護、鋼護がある。倭国は5つの地域に分かれている」
「倭国の王がいるのは中央のエンゴだったか」
俺の言葉に、うむ、とセツナはうなずいた。
「氷護は北に位置する。申し訳ないが、エラント殿たちはそちらで移動してもらえるか」
「分かった。ということは別行動か?」
「あぁ。拙者たちは陽動と思ってくれていい。こちらでも動くつもりだが、おそらく、警護が厚くなる部分があるが出てくるはずだ」
「なるほど。逆にそこが狙い目となるのか」
セツナたちの目的が七星護剣であれば、どうしても警戒を強くしないといけない。だからこそ、逆にそこを狙えばいい、というわけだ。
裏をかいて何もしない、という選択肢もあるが。まぁ、それならそれで盗みやすくもなる。
どっちにしろ、相手は警備を厚くして損は無いわけで。陽動の効果は出るはずだ。
しかし、それにしても――
「聞いていいか、セツナ」
「……まぁ、答えねばなるまい」
俺の言葉に対して、セツナは居住まいを正すように正面を向いた。
自然体ではあるが、どこか憂いを帯びたような雰囲気だった。
それでいて顔の上半分を隠しているオーガのような仮面が、白く鈍く光っているのが矛盾しているような気もする。
「セツナが七星護剣を求める理由はなんだ?」
「自由を獲得するため」
「自由のため……か。その理由を聞いていいだろうか?」
あぁ、とセツナはうなずいた。
少しだけナユタが後ろで反応したような気もする。逆にシュユは無反応だった。これは、努めてシュユが反応しなかったように思える。
「拙者は――忌み子でな。生まれてから随分と長い間、蔵に閉じ込められていた」
想像していたよりもキツい話が出てきたので、思わず喉が詰まる。
「イミゴってなに?」
「望まれていない子どものことですわ」
こっそりとパルはルビーに教えてもらっている。
その意味が分かった瞬間、パルもまた言葉に詰まったようだ。
果たして孤児とどちらが辛いものか。
比べる物ではないが……そう考えてしまうのは孤児ゆえなのだろうか。
「外に出られたのは当主が交代したからなのだが、それでも忌み子は忌み子。すぐさま自由とはならなかった」
いや、とセツナは頭を振る。
「むしろ、もっと酷かったと言えるか。八剱家に伝わる失われた家宝を取り戻して来い。さすれば勘当してやる、と言われたのだ」
その意味するところは、なんというか、非常に複雑そうな感じがある。
忌み子だったのなら、さっさと縁を切れば良いものの、そうしない理由が何かあるのだろうか。
それとも、義の倭の国だからこその理由なのかもしれない。
縁があるのならば、助けるのが当たり前。
そんな国民たちの中で、助けられることを不可能としているような……なんとも気持ちの悪い複雑さを感じさせた。
「無論、今まで誰も探し当てることができなかったものだ。ほぼ見殺しにしたようなもの。無一文で放り出された時には、嬉しさと絶望さに笑いが止まらなかったものよ」
「……」
それは、俺たちと同じく捨てられた者でいいのではないだろうか。
セツナも孤児だった。
そう言える。
「幸いなことに生き延びることができてな。倭国を旅するうちに須臾と出会い、那由多と出会った。拙者は幸福なる旅路を歩むことができたのだ」
はい、と返事をするシュユは嬉しそうでも悲しそうでもない表情だった。
逆にナユタは満足そうな表情を浮かべている。
俺たちが思っている以上に、ふたりは長く仕えているのかもしれない。
「無理だと分かっていた家宝集め。それを達成させまいとする我が一族のやり方と騙し方には腹に据えかねる思いがある。すまぬがエラント殿、パル殿、ルビー殿。我が八剱家に鉄槌を振り下ろして頂きたい」
改めて、というニュアンスでセツナは頭を下げた。
「承知した」
それを受けて、俺は答える。
断る理由はない。
目の前の男が俺たちと同じ親に捨てられた存在であり、一族から追放された者でもある。
そして立派に使命を果たそうとした男が理不尽な邪魔を受けているのだ。
これに憤れない男など、赤子にも劣る。
ましてや、七星護剣の先には勇者の支援にもつながること。
打算的にも感情的にも、なにひとつ断る理由がなかった。
「かたじけない。重ねて礼を言う」
「成功してからでいい。失敗する可能性もあるからな」
「謙遜を。そなたに盗めない物など、この世にはあるまい」
そんなことないぞ、と俺は苦笑する。
「たとえば、おまえさんの仮面を盗むのは難しそうだ」
俺の言葉に、セツナはコツンと仮面を拳で叩いた。
「ふふ、そうだな。機会があれば、素顔で酒を酌み交わしたいものよ」
どうやら。
まだ素顔は見せてくれないらしい。
何かしら、まだ真実を話していないことがあるのか、それとも閉じ込められていた蔵で酷い傷でも負わせられたのか、はたまた罪人の記が刻まれているのか。
まぁ、どんな素顔であれ今更の話だ。
「その時は〝素面〟ではない、ということか」
「カカカ! 巧い。さすが我が同志だ」
気に入ってくれて、なによりだ我が同志。
「楽しみにしているよ」
それだけを答えて、俺はニヤリと笑ってみせるのだった。




