~卑劣! 義を見てせざるは勇無きなり~
この世の終わりとも思える場所――学園都市の地下牢獄にてセツナとナユタ、ふたりと合流する。
「シュユに頼まれたんだ。で、こんな所にいるのは事情が大有りのようだが?」
俺がそう訪ねると、うむ、とセツナは神妙にうなずいた。
「おおよそ分かっているとは思うが……どうにも監視の目がキツくなってな」
「ニンジャか」
「それだ」
セツナは嘆息する。
心底面倒そうな雰囲気であり、命の危機などを憂いている様子ではない。
それは余裕からなのか、それともニンジャの目的が単なる監視だから、なのか……
「手伝えることはあるか?」
ともかくとして、セツナは気心の知れた友人でもあり、同じ性癖――じゃなくて、同じ志を持つ同志でもある。
そんな友人を放っておけるほど、俺の精神は軟弱ではない。
「ある」
ハッキリとした返事。
それには、どこかプラスの感情を感じさせるものがあった。
待ちかねていたチャンスを掴もうとする感じだろうか。
なんにせよ、俺たちの存在を心強く思ってくれているのは嬉しいところだ。
しかし――
「セツナ殿の事情は聞かないほうが良さそうだな」
先ほどから説明を待っているのだが、一向に自分語りを始める様子はない。
そこを皮肉を込めて聞いてみたのだが、セツナには苦笑された。
「すまぬ、エラント殿。情けない話ではあるのだが、そなたの存在は拙者にとっては希望なのだ」
セツナの視線がわずかに俺の後方にいるルビーへと向けられた。
なんだ?
ルビーが何か関係しているのだろうか……?
「希望ではあるのだが、それゆえに恐ろしくもある」
ひどく曖昧で、ひどく感情が仄暗い。
そんな視線が仮面の奥から俺へと向けられる。
「俺がか?」
「おまえさんに嫌われるのが、だ」
まるで乙女が告白するのをためらうかのような理由に、俺は思わず笑ってしまった。
「俺がセツナを嫌う理由がどこにある――いや、パルに手を出されたら許さんな。死んで逃げることすら許さん」
「カカカ。パル殿に手は出さんよ。しかし、エラント殿が須臾に手を出すのなら話は別だ。申し訳ないが、パル殿には泣くことも許されぬ日々が待っているだろう」
「いや、パルに手を出すなよ」
「おまえさんが先に須臾に手を出さなければ問題ない話だ」
「じゃぁ有り得ない話だ」
「ならば安心だな」
ふへへへへ、とふたりで友情を確かめ合い、笑った。
「男同士の友情に見えますが、内容は最低極まりますわよ。なに堂々と11歳の少女を取り合っていますの」
「もうちょっとマシな真意の確かめ合いはないのかねぇ」
ルビーとナユタが呆れている中、パルだけはちょっと嬉しそうだった。
「あたし、モテモテだ。えへへ~」
「なにを嬉しがってますのよ。わたしだって実家に帰れば、みんなが愛してくださいますわ」
「なんで張り合ってくるのさ」
「わたしもふたりの男に取られ合ってみたいです」
「師匠、やってあげて」
あ、はい。
「ルビーは俺の物だ。セツナ殿は手を出さないでくれ」
「なんの。それはルビー殿が決めることであって拙者たちが決めることではない。無論、ルビー殿は拙者を選ぶと思うが」
「ナンダトコノヤロー」
「ヤンノカコラー」
「ちょっと! やるのなら最後まで真面目に演技してくださらないかしら!?」
いや、なんか途中で面倒くさくなったので……
というか、最後ってどこ?
ルビーを巡って殴り合ったりすればいいんですか?
セツナ殿と殴り合いたくないなぁ~。
「ま、なんにせよ嫌う理由はこちらには無い。セツナ殿が話したくなったらでいいよ。その程度には信頼している。同好の士でもあるしな」
「うむ。消して裏切れぬよな。むしろ、拙者を置いてひとりでいかないでほしい」
「分かる」
俺を置いてひとりで大人になっていく勇者がちょっぴりまぶしかった――あ、いや、あいつは昔から巨乳好きだったか。
相容れぬ幼馴染だったものよ。
「で、俺たちは何をすればいいんだ?」
「七星護剣の話だ」
まぁ、予想はできていたが。
やはり七星護剣に関連しているようだ。
「現状、手に入れたのは剣は木・火・金・水・月の五振りだ」
セツナが後ろを振り返る。
さっきまでは何も無かったはずの壁に七星護剣が見えた。仙術か何かで隠されていたようだが、認識すれば見えるようになるのだろうか。
それにしても……剣の扱いはひどく適当に思える。
あれほど重要そうに世界中を旅しているくせに、手に入れた物の扱いは悪い。
どうにもチグハグな印象だ。
そこにも何らかの事情があるんだろうな。
「水の剣、無事に手に入れたのか」
それらの考えを押し込め、新しく増えた短剣に視線を向けた。
確か地図の外側……海の水が流れ落ちる先、世界の外まで拾いに行ったのだったか。
「よくもまぁ、そんな情報まで手に入れたものだ」
許可を得て七星護剣・水を持ち上げる。
火と同じく短剣タイプのようで、重さはそれほどでもない。不思議と手に馴染むのは、黄金城地下ダンジョンで七星護剣・火を使い続けたからだろうか。
水属性が付与されているからだろうか、どことなく湿気をまとっているような雰囲気がある。刃部分に雫が付着しそうで、手入れは大変そうだが……まぁ、この程度で錆びるのなら、とっくに錆びついているだろうから大丈夫なんだろう。
「それだ。その問題なんだ」
「それ?」
俺は思わず水の短剣に視線を落としたが、どうやらこれのことではないらしい。
つまり――
「情報か?」
「あぁ。これ以上の情報がまったく集まらなくなった。世界の外に関する情報すら手に入ったというのに」
ふむ。
無事に手に入れられたのは運が良かった、と言える以上に水短剣は過酷な環境に置かれていたはず。
「確か、幽霊船だったか」
「船といっしょに外の世界へ落ちた、という話でな。その船に乗っていた海賊が七星護剣・水を所持していた、という『昔話』だ。逆に言うと、未発見の剣は『昔話』にすら残っていないことになる」
ふむ、と俺はうなずいた。
「情報がない、みつからない、と。まぁ分からんでもないが、その考えは危険ではないか?」
存在しないことを証明するのは不可能、だったか。
情報がゼロ、存在しない、という証明は不可能に近い。
いくら探しても出てこない、ということはあるかもしれないが、それでは情報がゼロになったわけではない。
逆だ。
情報がゼロになった証拠を発見して、初めてゼロになったと証明できる。
「無論、それは分かっている。だが、この大陸に来る前に他の島国で呆れるほど探したのだ」
「義の倭の国に、日出ずる国、それから列島タイワか」
「それらの島国では情報は欠片も見つからなかった。まずは狭く小さい地域で見つけたかったからな。もっとも、見つからなかったのだが」
嘆息するセツナ。
後ろでナユタも同じような表情を見せた。
それなりに時間をかけて探したのは事実だろうし、見つからなかった気苦労もあるのだろう。
「逆にだ。この大陸に来て、それこそ情報を探してみれば安易なほどに見つかる。まるで仕組まれていたのではないか、と思うほどにな」
「致死征剛剣だったか。そう呼ばれもいるんだったか」
「もちろん、そちらの名でも探しているし、名のある剣を求めてもみた。七星護剣に繋がる情報ではないのがほとんどだ。その精査をハイ・エルフ殿がやってくれるのもありがたい縁ではある」
どちらかというと『情報』を扱うのが趣味みたいなところがあるからなぁ。
むしろ感謝しているのは学園長かもしれない。
「なんにせよ、情報が一気に途絶えてしまった。その事実がひとつ」
セツナは人差し指を立てる。
次いで、中指を立てた。
「そしてもうひとつの事実」
「ニンジャか」
「そのとおり。今まで目立つような監視が付かなかった拙者の周囲が、少々キナ臭くなってきた」
「身に覚えは?」
「ある」
ハッキリとセツナはうなずいた。
「端的に話そう。奴らの目的は七星護剣だ」
なるほど。
「セツナに集めさせておいて、横取りしよう、という魂胆か。ふむ……そう考えると」
情報が途絶えた。
そして、横取りしようと動き出したニンジャがいる。
つまりそれは――
「残りはすでに見つかっている、と考えられるわけか」
「話が早くて助かる」
セツナが苦笑しつつうなずいた。
「どういうことですか、師匠?」
パルが小首を傾げたので説明してやる。
「最初からセツナは上手く利用されていたんだ。七本すべて失われている、と嘘をつかれていた。そして、急に監視されるようになった。今まで手に入れた剣を奪われそうな状況になっているとも言えるだろうか。つまり、セツナは用無しになった、と相手に思われたわけだ」
「途中で欲しくなった、とかじゃないんですか?」
「それだと、残りは自分で見つけなくてはならなくなる。せっかくセツナが集めてくれているのに、邪魔をする理由はない。なにせ、放っておいても勝手に見つけてくれるのだから。なにより、外の世界へ行っても逃げ出したとか、そういう疑いすらなかった状態だ。完全に放置されていた、と考えてもおかしくはない」
うむ、とセツナもうなずいている。
「それにも関わらず、急にニンジャが動き出したというわけだ。理由は、それこそセツナが用済みになったから。これ以上集めなくてもいい、という状態になったことを裏付ける」
「じゃぁ、残りの剣はすぐに手に入るってこと?」
パルの質問にセツナは腕を組む。
「いや、恐らくすでに所蔵しているんだろう。拙者に渡されたのは七星護剣・木だけ。だが、実際には『土』と『日』を最初から隠し持っていたと思われる。して、エラント殿やパル殿、ルビー殿に頼みたいのは、それだ」
セツナは居住まいを正すように両手の拳をつくり、腕を広げるようにして床に付けた。
「七星護剣・土、ならびに七星護剣・日を盗み出してもらいたい」
そう言ってセツナは頭を下げる。
後ろに控えていたナユタも目を伏せるようにして頭を下げた。
「――約束は覚えているか?」
答える代わりに、俺はそれを問う。
「無論だ。勇者の手伝いであろう?」
「あぁ」
一本でも強力な力を持つ七星護剣だ。
その正体は合体した時に発揮されるようであり、木剣に火を加えただけでも強力な大剣となった。
だからこそ、この剣は勇者が必要としている。
魔王を倒すのに、必要不可欠な要素だ。
「七星護剣が集まるのは、俺の願いでもある。勇者を助けてくれるのならば、俺は協力を惜しまないよ」
「ありがたい……!」
セツナは頭をさげて、噛みしめるようにつぶやいた。
「パル殿とルビー殿もよろしく頼む」
「はいっ」
「わたしは面白く楽しければ何でもいいですわ」
ふたりの了承も取れたところで、セツナはホッと顔をあげた。
もちろん仮面を付けたままなので、本当のところの表情は分からないものの。その視線からは信頼を感じる。
「それで、どこから盗めばいいんだ?」
「うむ。それは――いや、須臾が来たようだ。転移してから話そう」
そう答えセツナが立ち上がった時には、隣にシュユが立っていた。
「無事に撒けたでござる」
「よろしい。すぐに転移するので捕まってくれ」
セツナは転移の腕輪を見せる。
俺のとは違って改良型だ。手首に装備されたひとつのみで発動できるらしく、技術躍進の速度が早い。
とりあえず深淵世界に放り出されたくないので、しっかりとセツナのキモノを掴んだ。
「あたし、ここ」
「では、わたしは前で」
後ろにパルが飛び乗ってきて、ルビーが前から抱き付いてくる。
「……いつもそんな転移をしているのか、エラント殿」
「ま、まぁ……」
ちらり、とふたりでシュユちゃんを見る。
「しゅ、シュユはご主人様の着物を掴むだけで満足です」
「そうか」
ちょっと残念そうなセツナ殿だった。
「七星護剣が全部そろったら、いいんじゃないんですの?」
「な、なにがでござるかルビー殿」
「抱いてもらいなさい。大人になってしまいなさいな、シュユっち」
「シュユは、ま、まだ子どもでござりますので……! あの、その、でも……」
「満更でもなさそうですわよ、サムライ。はりきって事に挑みましょう」
「そのようだ」
ルビーの冗談を真に受けたのか、それとも緊張のためか。
セツナは動じることなく、うなずいた。
「あくてぃヴぁーて」
そして、少しばかりつたない発音で発動キーを唱える。
うむ。
なんだかんだいって、めちゃくちゃ動揺しているセツナであるのが分かって。
俺はどこか安心したような気がしないでもない。




