~卑劣! 地獄の端にて君を待つ~
学園都市はどの国にも所属していない。
つまり、完全に自治方法が独自の物となっており、周囲にモンスター発生も少ないところから衛兵すら置いていない街である。
たとえどこかの王様が訪れたとしても、その状況は変わらず。自己防衛に務めさせるだろう。
もっとも。
王様がこんな危険な街にやってくるとは思えないが。
なにせ、日常的に爆発や謎の光があふれており、昼夜問わず人が想像しくも活動している場所だ。
尊き血においては、危険極まりないだろう。
せいぜい物好きな貴族がやってくる程度だ。その頻度は、逆に多そうではあるので、人間の好奇心というものは、少なからずとも学園都市を巨大にさせてきただけはある。
「こちらです」
そんな学園都市における犯罪者の扱いは、また独自の物となっていた。
特に凶悪な犯行に及んだ者は内外からここに運ばれてくることもある。
およそ人間らしい最期を迎えられないかもしれない。
学園校舎の片隅にあるオンボロの小屋。ぽっかりと切り取られたかのように死角になっている小屋の扉を開ければ、白衣の上に武装したチグハグな姿の男がいた。
明らかに異常と思える雰囲気の男に学園長から渡された紙を見せると、すんなりと通される。
ルビーが運んでいる抜け忍を見て、最高の笑顔を浮かべたのは言うまでもない。
「パル。見たくなかったら俺の服を掴んで目を閉じててもいいから」
「だ、だいじょうぶです……と、言えないかも」
「ウチの人間牧場と、どちらがマシかしら」
「……」
ルビーのつぶやきに、なんとも答えることができず無視する形になってしまった。
ごめんね。
薄暗い小屋の中に入り、階段を降りた
鼻を突くようなイヤなにおいが濃くなっていく。
不快なにおいを全て混ぜたかのようなものに、胃液が上がってきそうになった。
「うぐ」
かなり厳しいが、引き返すわけにもいくまい。
というわけで、チートに頼る。
ぐい、と首に巻いている聖骸布を引き上げて顔の下半分を覆った。赤い布が黒に染まる。意識を切り替えるように聖骸布の起動させた。
能力を最大限にまで向上させておき、においに対しての耐性をあげる。
物理的に鼻を覆っているし、ある程度はこれで防げるだろう。
「ししょうズルい」
鼻をつまみながらパルが言う。
「では、こちらを。今だけサティスでいなさいな」
ルビーが影で作り出したオーガの仮面をパルに手渡した。口元だけを覆うので、においを遮断してくれるのかもしれない。
「あいがと、ルビーすき」
いそいそと仮面を付けてパルは深呼吸をした。
「ルビーは大丈夫なのか?」
「鼻の機能を破壊しました」
あ、はい。
俺たちとは別方向に物理的な解決方法ですね、さすが吸血鬼。
におい耐性を得たところで、再び階段を下りていく。
ランタンに照らされた石階段。そこを下りていくと牢のように鉄格子がハメられており、白衣の上に武装している男がいた。
そこで再び紙を見せると、牢が開けられる。
やはり、嬉しそうに抜け忍を見ているのがなんとも特徴的だ。
そのまま階段を下りていくと、左右に伸びる長い廊下に到着した。
石の壁に石の床。冷たい雰囲気と共に悲鳴らしき声が小さく聞こえてくる。
幻聴なのか、本物なのか、それすら曖昧な感じがして判断が鈍った。
右側を見ると奥に扉が見える。
左側を見ると、奥には壁があるだけ。行き止まりのようだ。
さて、どちらに進むべきかは……通路に椅子を置いて座っている者に聞けばいいか。
「すまん」
「はいよ。新しいお客さんだね」
老婆のようなしわがれた声の女性だった。
まだまだ雰囲気は若いのに、なぜか声だけ老婆のように思える。
血で汚れた白衣を洗おうともしていない。だが、不衛生にも思えない綺麗な髪をしていて、どうにも混乱しそうになる。
「ん? 死んでるじゃないか。死体はいらないよ」
「もしもこれが『仮死状態』ならば、どうだ?」
そう答えると、ほう! と嬉しそうに瞳を輝かせた。
「仮定かい? それとも確実かい? いやさ、どうしてそう判断したのか教えて欲しい」
「こいつはニンジャでな。そう簡単に死を選ぶような状況ではなかった。そういった術がありそうな気がしているんだよ」
なるほどぉ、と女性が瞳を輝かせて抜け忍の不気味な顔を覗き込んだ。
「仙術だね。死者を操る術もあると聞いている。ふふ、これは研究者が喜ぶよ。たとえ本物の死であっても貴重な肉体だ。仙骨の研究にも使えるだろう。ありがとう、ありがとう。あなた達のおかげで、またひとつ人間種は先へと進める。おぉ! おお!」
そっちは進んではいけない方向なのでは?
という言葉を飲み込んだ。
紙一重で踏みとどまっているというよりも、紙一重分だけ道を踏み外している感じ。
まだ人間と話を合わせることができる程度には正気を保ってくれているようで、助かる。
「特殊な牢に入れてあげようね。大丈夫だからね。すぐに連絡して実験してあげるから、大人しく待ってるんだよ。えらいねぇ、えらいねぇ」
なぜか幼児に語りかけるような態度で抜け忍に話しかける女性。
素直に言おう。
怖い。
パルは大丈夫だろうか、と振り返ればスンとしたすまし顔のまま目を閉じて俺の服を掴もうとしていた。
怖かったらしい。
俺たちの想定していた恐怖とはまったく別方向だったので、なんというか、身構えていた方向とはぜんぜん別のところから殴られた、みたいな。
グロいのを想定してたんだけどなぁ。
違った。
というわけで、パルの手をぎゅっと握る。パルもギュッと握り返してくれた。
心強い。
「こっちだよ」
女性は通路を進んでいくので、それに従って進む。
通路の両サイドは牢屋になっており、そこには犯罪者たちが座っていた。女性の姿が見えるたびに悲鳴をあげる者やら怒声を浴びせる者がいたが、ルビーの運んでいるのが新たな犠牲者だと分かると、同情的な視線が飛んできて大人しくなる。
どれだけ恐ろしい人物なんだろうか、この女性。
「ここだよ、この特別室にいれて。で、その椅子に座らせてあげて」
牢の扉を開けると、その部屋は金属質の床や壁だった。まるで削り出したかのように、床から無機質な椅子が生えている。
そこにロープでぐるぐる巻きにした抜け忍を座らせると、女性は椅子の背もたれの後ろから拘束具のような半円の物を起こした。
半円には太い針というか杭みたいなものが付いている。
どうやって使うのか、予想ができた。
「はい、逃げられないようにするからね~。チクっとしますよ~」
チクっとではなく、ぐじゅぅ、という音を立てて抜け忍の肩口に拘束具をハメ込む。そのままベルトをしめるようにして椅子にハリツケにした。
「あ、ごめんごめん。ロープの上からやっちゃった。汚しちゃったけど、だいじょうぶ?」
人間よりもロープのほうが価値が高いようだ。
「問題ない。切ってもらってもかまわない」
「そう? じゃぁ切ってもらえる? ニンジャは厳重に保管しないとね」
動く様子がないことを確認してから、ロープをナイフで切断する。念のため、そのまま首筋にナイフを当てておいた。
やはり死んでいるのか、動く様子はない。
仮死状態という見立ては間違いだったんだろうか。
「よしよし、いい子だねぇいい子いい子。うひひひ」
あやしている中で、本音が漏れたのか女性が不気味に笑う。
だから怖いって。マジで。
奇妙に笑いながら女性は抜け忍の手を肘置きに置く。そのまま指の一本一本をしっかりと器具に通し、固定していった。
それを両側まで終えると、満足そうに息を吐く。
「仙術は指の動きと口が大事って聞いてたからね。でも、口は縫われているんだね。これは君たちがやったの? 素晴らしい対策だ」
「いや、元から縫われていた。抜け忍じゃないかと疑っている」
「ほほう。ほーほーほー!」
女性は更に嬉しそうな表情を浮かべた。
なにがそんなに嬉しいのか、さっぱり分からないのが尚の事おそろしい。
「しばらくしたらみんな何も教えてくれなくなるんだけど、この子は精神力が強そう! いい子を連れてきてくれて、ホントに嬉しいよ! お礼がしたい! なにが欲しい?」
なんにもいらないです。
今すぐあなたとの縁を無かったことにしたいです。
とか言ったら、俺も牢屋に入れられそうな気がしたので、我慢した。
その変わり――
「情報が欲しい。ここに仮面の男かハーフ・ドラゴンの女性がいると聞いたんだが……」
「お客さんだね! 一番奥にいるよ」
女性は行き止まりの方向を示した。
「分かった。ありがとう」
「こちらこそ! またよろしくね。できればニンジャがいいけど、純粋な仙人でもいいからね。ね、ね、ね、おねがいね」
無理です。
というか、二度とごめんです。
挨拶もそこそこにして女性と別れる。
できれば抜け忍は本当に死んでいたほうが楽になれたんじゃないのか。
そう思ってしまう程度には、ここは肉体と魂の距離が遠い場所のようだ。いや、むしろ両者の距離が近いからこそ、悲惨なのかもしれない。
なんて思いつつ牢屋の並ぶ通路を歩いて行くとガシャンと音がした。
囚人が牢屋にぶち当たった音らしく、こちらに手を伸ばしてくる。
「人だ、人が歩いている! 人だぁ」
「残念。吸血鬼ですわよ」
久しぶりに『人間』を見れて喜んだ罪人に対して、ルビーがトドメを刺すが如く、影を操ってオーガの角を作り出してみせた。
やめてあげなさいよ。というか、さっきに女性に見つかったら何をされるか分かったものではない。
「……ま、魔物か! おまえもか!」
「おまえも? わたしの他にもいらっしゃいますの?」
「奥にいるぞ。自分から牢屋に入った変わり者だ。へ、へへへ」
あぁ、セツナとナユタのことか。
オーガみたいな角のある仮面にハーフ・ドラゴンという種族特性のあるしっぽ。
モンスターに見えてもおかしくはない。
「な、なぁ! 頼む、殺してくれ! 俺を喰ってくれ!」
「お断りです。人間種ってあんまり美味しくないんですもの。それにあなた、痩せていて食べられる部分が少ないですわ。もっと太ってから頼むことね」
「わ、分かった。太るから太るから。頼む、喰ってくれ!」
「そ。期待せずに待ってますわ」
くすくすと笑うルビー。
「あんまり会話しないほうがいいぞ、ルビー」
「そのようですわね。冗談が通じない相手って、つまんないですわ」
ルビーは肩をすくめる。
面白いか面白くないか、という基準で会話をしているとなると。
普段の俺の会話は面白いのか。
それはそれで光栄だな、なんて思いつつ進む。
さっさとしないと、パルの教育にも悪そうだしなぁ。
幸いなことに、パルに声をかける囚人がいない。
それほどまでに精神的に追い詰められているのかと思うと、なんというか、道徳を忘れてはいけないな、という気持ちになる。
安易な快楽に身を任せないこと。
我が性癖が性癖なだけに、一歩間違えれば鉄格子の内外が入れ替わっていそうだ。もちろん、俺は向こう側でパルはこちら側。
しっかりと肝に銘じたいものだ。
というわけで、最奥の牢屋に到着する。
「よう、セツナ殿。ついに少女に手を出してしまって投獄されたか」
「む? 誰かと思えば我が同志エラント殿ではないか。お主もまた我と同じ咎を刻まれたか。仕方がないこと仕方がないこと。カカカカカカ!」
牢屋の中、膝を折った座り姿……正座の状態で目を閉じたセツナ殿がいた。
冗談を言ったら冗談で返し、顔をあげる。
「ホントに投獄されたほうがいいんじゃないかい、おまえさん達」
そんなセツナの後ろで、盛大にため息をつくナユタだった。
どうやら無事に合流できそうだ。
悪臭の漂う中。
俺は、ほぅ、と息をついたのだった。




