~卑劣! いつものように無駄な雑談~
床に這うようにして中央樹の根が剥き出しになり、ところ狭しと本と紙束が埋め尽くされた空間。
薄暗く、紙とインクのにおいばかりが漂い、静謐の空気がまとわりついてくる。
そして――
そこには、いつものように真っ白な存在がいた。
純粋にして純潔にして純血。
そう呼ばれることすら忘れられているかもしれない、最古にして唯一のハイ・エルフが中央樹に背中を預けるようにして眠っていた。
穏やかな寝姿は、それこそ子どものように見えるのだが――
「死んでません、あれ?」
ニンジャを片手で持ち上げながら不吉なことを言うルビーに、滅多なことを言うんじゃありません、と注意した。
もっとも、魔物であり吸血鬼でもあり、常に真っ黒な衣服で身を包んでいるルビーなので、不吉なことが似合うと言えば似合うのかもしれない。
「いえいえ、不吉であっていますわ。人間種であろうと魔物種であろうと、死は厭われる概念であることは間違いないです」
「じゃぁなぜ言ったんだ」
「吸血鬼ジョーク」
「あ、はい」
ルビーにモラルとかそういうのを期待するのは今更か。
「めっちゃ気持ちよさそうに眠ってるね、学園長。いいことあったのかな」
「そうかもしれませんわね。邪魔したくなります」
やめてあげてよ、とは思うが。
こちらも用事があるので、起こさないといけないので仕方がない。
「パル、起こしてやってくれ」
「師匠がやんないの?」
「男はあまり女性に触れるべきではない」
「ダウト」
「いや、本当ですけど?」
「パル。騙されてはいけません。師匠さんは『女性』と言いました。『少女』には触れていいことになっています」
「なるほど! ふ~ん、そっかぁ~。じぃぃぃぃぃ~」
わざとらしく口に出してこちらを見てくる弟子の視線を華麗に避けて、天井のすみっこを見つめた。
蜘蛛の巣ひとつ無いのは、どういった仕組みなんだろうか。
不思議だなぁ~。
「お兄ちゃんのえっち」
「ぐぅ……!」
弟子の不意打ちがクリティカルヒットした。
ちくしょう、天井を見ていたせいでガードが間に合わなかったのか……!
「師匠って、ときどき簡単に倒せそうで怖い」
「盗賊なんてそんなもんだ。一撃くらっただけで終わる」
弟子に見本を見せられて満足です。
「ほら、イチャイチャしてないで起こしてきなさいパル。じゃないとこのニンジャをハイ・エルフにぶつけますわよ」
「やめてあげて!?」
というわけで、いそいそとパルが学園長を起こしに近づいた。
「学園長~、学園長~。起きて起きて~。あさー、あさだよ~。朝ごはん食べて、学園校舎に行くよ~」
「ん~……私はもう卒業したので……あ、ちがう。先生だった……今日の授業はなんだったか。授業の準備をしないと……」
「性教育ですわ。男女の体の違いを子ども達に教える授業です」
「えぇ……あぁ、そうだったか。じゃぁ資料を集めないと……女性の体は私でいいとして……男の体はどうしよう……生徒から集めるか。いや、はずかしめる可能性がある。ダメだ。ここはちゃんと大人の体で見せないと意味がない。では、私の体もダメではないだろうか。女性らしい体付きとは言えない。いっそハーフ・リングに依頼をして……いや、あまりに生々しいのは見せるべきではないかもしれないな。むずかしい。性教育とはこれほどまでに難しい授業だったのか……!」
学園長は寝言まで長いのか。
結婚した者は大変だな。
あぁ、だから未だに未婚であり処女なのかもしれない。
ピロートークがピローで収まらないとダメだもんな。
「男性の見本はエラントがいいですわ。女性の見本はルゥブルム・イノセンティアをおすすめします」
「ふむぅ、なるほど……ルゥブルムくんなら喜んで恥ずかしい思いをしてくれるだろうし、盗賊クンの裸は私も見てみたい。きっとバランスの取れた筋肉で理想的な体付きをしているに違いない。素晴らしいアイデアだ……ん?」
寝ぼけているんだろうけど、徐々に覚醒してしまったせいで自分の発言に対して疑問に思ってしまった学園長は、むくりと起き上がった。
「いま、何の話をしていた?」
「性教育です。今日の授業で使う資料を模索する話でした」
「……夢か」
俺たちは全員でうなずいた。
「夢だったかぁ……」
学園長は残念そうに顔をおおって、大きく息を吐いた。
「そんなに性教育したかったの?」
「いいや、違うよパルヴァスくん。私がしたかったのは授業だ。子ども達の前でいろいろなことを教える風景があまりにも楽しそうなので、それに文字通り夢を見てしまった。夢の中で夢見るとは、なかなかに笑える。理想すらも夢の中で叶えようとしないとは、なかなか理性が働いていて皮肉なものだよ。もうすこし自分の気持ちに正直になれるようなら、苦労はないのかもしれないが、そうではないからこそ今の私がいる。いや、だからこそ明晰夢を自由にする権利を手に入れられるのかもしれないが、未だその境地に至っていない。それこそ、研究のやり甲斐があると言えるだろうか。もしも魔法で何とかなるとするなら、マグで自由な夢を見ることもできそうだが……どこかにそんなユニーク魔法はないだろうか?」
話が長い。
話が長い上にこちらに質問をしてきたので、これに答えると更に話が伸びてしまう。
「そんな魔法は知らん。それよりも聞きたいことがある」
というわけで、思いっ切り会話を分断してこちらにペースに引き込んだ。
それでも悪い顔もせず、素直にこちらの話に長い耳を傾けてくれるのは学園長の素晴らしいところかもしれない。
「セツナと合流する必要があるのだが、どこにいるのか知っているか?」
「旅人よ、ハイ・エルフに質問があるのなら見返りが必要だ。あなたは私に何をもたらすのだろうか」
形骸化したようなセリフを学園長は言った。
「勇者サマが世界を救ったあと、勇者サマとの子作りの優先権をさしあげます。3人まで保障しますわ」
「そなたらに無限の知識を与えよう」
吸血鬼が勝手に言って、ハイ・エルフが勝手に喜んだ。
最低を通り越して最悪だな、こいつら。
これだから12歳以上の女は困る。
「勇者さまと学園長の子どもって、種族は何になるの? ハーフ・エルフ?」
「いやいや、パルヴァスくん。君も良く知っているし見たことがあるはずだ。そうエルフだ。純血のハイ・エルフとニンゲンの混血が今のエルフ族だ。今のエルフ族とニンゲンとの間に生まれたのがハーフ・エルフだよ」
本来ならハーフ・ハイ・エルフと呼称されるはずだったが、いつの間にやらエルフとだけ呼ばれるようになってしまったらしい。
それはハイ・エルフがこの世で学園長ひとりだけになってしまったからか、それとも長い呼称がめんどくさかっただけなのか。
今となっては、真実を誰も覚えてなさそうだ。
「そういえば、まったく見かけませんわねハーフ・エルフって」
ルビーの言葉に、確かに、と思う。
エルフのほうがよっぽど見かける。
「いいや、もしかしたら近くにもいるかもしれないよ。ハーフ・エルフでも種族特徴が出ない者もいるからね。耳が尖ってなかったりすると、もう普通のニンゲンと変わらない。見分ける方法は、本人に語ってもらう以外に方法はないよ」
「ほへ~。じゃ、あたしもハーフ・エルフだったりする?」
「君は孤児だったか、パルヴァスくん。そうだね、その可能性はゼロではない」
「ふふ。そうだったらいいのにね。そしたら師匠に死ぬまで愛してもらえる」
「俺はおばあちゃんになってもパルを愛する自信があるが?」
「にひひ~。あたしもお爺ちゃんになった師匠とラブラブな老後を送りたいです」
「ではわたしは孫役で」
「では、私は君たちの子どもの教育者となろう。世界一の研究者に育てあげてやるとも」
「「「やめてください」」」
「なんでだよぅ!?」
いや、自分の子どもが望んで学園都市の生徒になりたいと言ったのならまだしも、強制的にここに連れてこられて長い永い学園長の授業を受けることになるのは、ちょっとどころではないくらいに可哀想なので。
「仕方がない。性教育だけにしておくよ」
「その時は是非わたしも呼んでください。実践形式でお教えします。教材はわたし」
「ルゥブルムくんなら解剖しても大丈夫だから、教材としてはピッタリだ。その時はお願いするよ」
「……それは性教育ではなく生物学とかそういうのではないでしょうか? 痛いのはイヤですわ」
「似たようなものだよ。我慢してくれ、未来の子ども達のために」
ぜんぜん違うと思うのだが……学園長がそう言うのであれば、そうなんだろう。と、思うしかない。
反論するにも知識がないので無理だ。
がんばってくれ、ルビー。
「いかん、また話が反れた……セツナたちと合流したいんだ。時間がないのかもしれん」
「なんだいなんだい、私との会話はそんなにつまらないのかい?」
「面白いから言ってるんですよ」
「あ、うん。ありがとう盗賊クン。やっぱり子ども作らない?」
「みんなに言ってるでしょ、それ。だからイヤです。俺は一途な少女が好きだ」
「うぅ~。君の浮気は良くて私の浮気がダメなのは、自分本位過ぎないか。人は平等なものだよ、盗賊クン。私も君も、パルヴァスくんもルゥブルムくんも同等だ。種族差など、性別の違い程度のもの。だいじょうぶ。怖くない。ちょっと愛し合うだけさ」
そりゃハイ・エルフの生きてきた時間にしてみれば『ちょっと』なんだろうけど。
「気が向いたら勇者ではなく戦士に話をしてみますよ。あいつ、王様になるのが夢らしいので、ハーレムに入れてくれるんじゃないですか?」
「ほう、そいつはいい。頼んだら末席に加えてくれるだろうか」
「いけるでしょう」
ただし、普通の性癖である戦士は学園長の華奢で貧相で、触れただけで折れてしまいそうな体を受け付けない可能性は大いにある。
そこは俺の知ったことではないので、努力でなんとかして欲しい。
むしろロリコンを相手にすれば、すぐに子どもなんて生ませてもらえるだろうに。
……あぁ、だから俺なのか?
むぅ。
「で、セツナくん達だったか。彼らなら牢獄にいるよ」
「ん? え?」
牢獄?
「捕まっちゃったの、セツナさん?」
いやいや、と学園長は首を横に振りながら笑う。
綺麗な銀色の髪がさらさらと揺れるのは美しくもあるのだが、さっきまで下ネタ全開の話だっただけに、滑稽な美しさに見えた。
「この学園都市で一番安全な場所だ、というのがセツナくんの言い分でね。ナユタくんといっしょに投獄されているよ」
「……なるほど」
牢獄とは、逆に言えば常に監視されている場所でもある。加えて、入口は狭く一ヶ所しかない上に、そこも厳重に管理されているわけだ。
他者から一切の影響を受けない、という意味では一番安全と言い切るのは間違いない。
「面会に行きたいのだが」
「ふむ。では一筆書こう」
学園長は落ちていた紙の内容を確かめたあと、空白部分をちぎる。そこにペンとインクを取り出して、さらさらと文字を書いた。
「これで通してもらえるはずだ」
「適当ですわね。こんなのでいいんですの?」
「むしろ偽造されない。まさか正式な物が、こんな紙切れだとは誰も思うまい」
まぁ、確かに。
もっとも、どこの国にも所属していないからこそできる方法だろう。正式な国でこんなズサンな管理をしてみろ。腐敗の温床だぞ、これ。逆に偽造し放題になるのが目に見えている。
「心配いらないよ、盗賊クン。この都市で犯罪者として連れてこられた者の命運など、とうに尽きているというもの。捕まっている者が、いつまでも自我を保っているとは限らない」
「……これだからイヤなんですよ、学園生徒は」
清濁併せ呑む、というわけではないのだが。
それを純粋にやってしまっているどころか、清濁の判断すらしてない連中がいるのが恐ろしい。
「では、被害者から自我を奪ったのは誰かな? どちらが先か考えてもみたまえ。神のもとへ旅立った魂に聞いてみれば、もしかしたら私たちの肩を持ってくれるかもしれないよ」
「……幼馴染が勇者で助かりました」
「そういうことだ。気を付けたまえ、『盗賊』クン」
俺は肩をすくめる。
「とりあえず、情報ありがとうございます、学園長」
「お礼の話は勇者クンに伝えておいてくれよ」
「へいへい」
「またね~、学園長」
「ごきげんよう、ハイ・エルフ」
適当に返事をして、俺たちは中央樹の根本を後にした。




