~卑劣! 素人がゆえに、見つからない~
それから数日は、特に動きがなかった。
ニセ神官が現れるわけでもなく、ルビーの撒いた餌に食いつきもなく。ただただ何事もない日々が続く。
まぁ、これはこれで平和な証ではあるので問題ないっちゃぁないんだが……今も頑張ってる勇者を思うと、少し良心が痛む気がしないでもない。
「観光してる気分ですわね。そろそろ飽きました」
そして一番早く音を上げる吸血鬼だった。
「長生きしてるのに、飽きっぽいな」
「昔はもうちょっと耐えられましたが、今はもう無理です。一日が三倍ほどに感じますわ。師匠さんと出会ってからは爆速でしたのに」
難儀な時間感覚で生きているようだ。
「ナーさまを見習ったらどうだ? 今日も穏やかに眠ってらっしゃるぞ」
「あれを『惰眠』というのですわ。人生がもったいない」
まぁ、言わんとしてることは分かる。
神さまの一生を『人生』と表現して良いのかどうかは疑問だが。
「冒険者ごっこでもしてくるか? そのほうが餌に食いつきやすいだろう」
もしかしたら、何もしていないのを相手が警戒しているのかもしれない。
「パル、いけます?」
「いけるよ~」
のんきな返事をしたパルといっしょにルビーは出て行った。
さて、残された俺とサチとナーさまだが。
サチは祈りを捧げるので忙しいらしい。
神官というのも大変だなぁ、なんて思うけど。目の前に本人がいるのなら、それもまた仕方がない、とも言える。
もっとも。
神殿の掃除等がないだけ、いつもよりはマシかもしれない。
「俺も少し出てくる。サチとナーさまはここに残りますか?」
サチに伝えると、こくん、とうなずいた。
ナーさまはしあわせそうに眠っているので、特に異論はないらしい。
果たして本当に惰眠なのかどうか。
他の神さまに怒られないといいんだけど。
「大した情報が集まらないんだよなぁ」
表の情報は盗賊ギルドに集めてもらい、裏情報はゲットしている。
と言っても、結局は大した情報ではないんだよなぁ。
加えて、本を買っている貴族側を突くのは、それはそれで問題ではある。なにせ、悪の片棒ではなく嗜好品を買っているだけに過ぎない。それでいて本の内容が内容なだけに、変に突っつくとこちらの立場が危うくなる可能性だってあるわけで。
ここまで順調に盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の評判を上げてきたのを、こんなつまらないところで落とさせたくもない。
そういった理由なので、できればニセ神官側を狙いたいが……
しかし、それ以上の話はあまり進んでおらず、ニセ神官の姿を見ることはなかった。
まぁ、なにせここ数日は取引がない。
恐らく、あの血まみれの木箱が最新の取引だっただけに、次の取引はそれなりに時間を要するのだろう。
それを考えれば、ニセ神官たちは血眼になって木箱を探しても良さそうなのだが。
「なかなか食いつかんな」
ニセ神官側が盗賊ギルドが利用していないだけに、どうにも情報戦が上手く機能していないというか、展開が遅い気がする。
つまり、かなり小規模な組織と考えるのが妥当か。
う~む?
暴利をむさぼろうと思うと、確かに盗賊ギルドは邪魔である。
なにせ、組織的な運用をされてしまうので利益は分散する。だがその分、安全性は跳ね上がり、確実性が上がる。
加えて――怖いお兄さんがやってくることもないし、模倣もされない。
まぁ、口を悪く言ってしまえば『悪の商売人』みたいなものだしな、盗賊ギルドって。
「小さ過ぎて目立たんのか」
同じく小さいのならば、それはカワイイ少女であればいいのに。
なんて思いつつ、王都を歩き、本屋を巡ってみる。
旅人が本を持ち歩くことなど有り得ないのだが、逆に目立っていいのではないか。
俺自身も餌になってみているわけだが。
「……」
しかし、本屋は数日でラインナップが変更されるわけではない。同じ本が並び、それが減ることはあるが増えることはなかった。
新刊は入荷されていないようだ。
「……むぅ」
ついでと言ってはなんだが、えっちな小説も新しく入荷している様子はなかった。それに監視て訪ねるのは、なんというかえっちな本を買いに来たおじさんだと思われそうで、なんかイヤだ。
こういうのはルビーがやって欲しい。
えっちな目で見られるのを喜んでいるド変態である。
「……」
それを愛人としている俺は、もっとド変態なのでは?
という恐ろしい考えが脳裏を走ってきたが、元よりロリコンの変態である、という迎撃態勢が整っているので、事なきを得た。得てしまった。
「はぁ~」
益体の無い考えを息を吐いて追い出しつつ店を出ると、チラリと商人らしき男と目があった。
するり、と足音もなく近づいてくる様子は盗賊そのもの。
つまり盗賊なんだろう。
すれ違い様に紙を渡されたので、俺は振り返ることなく歩き続けた。そのまま路地に入り、誰にも尾行されていないことを確かめてから渡された紙を開く。
「ふむ」
どうやらジックス街の盗賊ギルドによる調査結果のようだ。
聞きに行く前にわざわざ報告してくれたようなので、親切この上ない。まぁ、これが上納金を上乗せして払い続ける意味でもある。
黄金城を攻略して良かった良かった。
まぁ、あまり調子に乗って大盤振る舞いをしていると、余計な事件を引き寄せてしまうので注意は必要だが。
さて。
紙に記された内容はというと――
どうやら面妖本はすべて買い取られているらしく、本屋への流通量はゼロになっているらしい。
では、その買い取られた本はどこへ行っているのか、というと。別の場所に運び込まれているそうだ。
どうにもそこで加工されているらしく、また出荷されているみたいで。
今はその出荷先を追っている状態らしい。
「ほぼ答えじゃないか」
さすが盗賊ギルド、仕事が早いというか、話が早い。
この情報を寄越したということは、すでに加工している場所は抑えてあるんだろう。というか、その場所の名前が記されていないってことは、あとで利用する気マンマンなんじゃないだろうか。
下手に俺に情報を渡すと、壊滅させる恐れがあるからな。
あとで利用するために、中途な情報にしているわけだ。
「ふむ。あとは取引現場を押さえるだけで良さそうだが……」
裏と表の情報通りだとすると、相手は貴族となる。
変に事を荒立ててしまって貴族を怒らせるのは得策ではない。
「……ルーシュカ・ジックスを頼るのもなぁ」
ジックス街の領主の娘であるルーシュカ。
そこそこの地位である彼女に頼るのが手っ取り早くはあるのだが……ただでさえ、幽閉されていた身分でもあった彼女に、いわゆる『えっちな本』を購入してもらうのは、大変に心苦しい。
いや、まぁ、もともとショタコンだったおまえが悪い、という脅迫みたいなことをしても良いのだが、似たような同類趣向をしているので、できれば止めておきたい。
なにより、せっかくメイド教育というやりがいを見つけられたので、それを邪魔するわけにもいかないだろう。
というわけで、ルーシュカさまに頼るのは無し。
大人しく、貴族側ではなくニセ神官側を追うのが無難だろう。
「では……」
ここ数日で集めた貴族情報で、好事家と評される貴族を見張ることにした。
いわゆる収集癖があるようなタイプであり、コレクターと自称している者ならば、あの豪奢な面妖本を買っていてもおかしくはない。
変装スキルで商人になりすまし、血まみれの小箱にあった本を売るついでに情報を集めても良いのだが、やはり貴族側ではなくニセ神官側の情報でないといけないしなぁ。
なかなか結果が出ず、やきもきしてしまう。
ま、仕方がないと割り切って、屋敷を見張っていると――商人が何人か出入りするのが見えた。
コレクターだけあって、出入りは激しいらしい。
「ふぅむ」
しかし、どの商人にも怪しいところはない。
盗賊ギルドが噛んでないだけに、変装スキルはそこまで高くないはず。普通の商人に見えるのであれば、それは普通の商人のはずだ。
何人かの商人はすぐに追い返されるように出てきた。
恐らく初見か、それとも満足の行くような商品を持ち込めなかったか。
それなりの商品を持ち込んだ商人はしばらく出てこず、屋敷から出てきた際は大抵ホクホク顔で満足している。
良い商売ができた証だろう。
「む」
そんな商人の中で、どうにも『らしくない』商人がやってきた。
馬車や荷車ではなく、バックパックを背負って徒歩でやってくるのだが……歩き方が違う。
徒歩ならば、その商人は健脚でなければならない。重い商売道具を背負って、街や村を巡るのであれば自然と足は強くなる。
だが、この商人の足は細い。無論、綺麗な女性の足と同じほど細いわけではない。健脚と比べて細い、という意味である。
年齢も違和感がある。
荷車や馬車を持っていない、ということは新人の商人というわけである。つまり、若者である確率が高いのだが……年齢は俺とそう変わらない30前後と言ったところか。
この年齢から商人を始める者はいない、とは言い切れないが。それでも違和感のあるところだ。
よって、バックパックの大きさも不自然となる。
小さい。
むしろ冒険者用にも思える。
商人としては、商品を数多く仕入れたいものだ。売れるチャンスを逃したくない、と思うのが普通であり、できるだけ商品は多く持ち歩きたいもの。バックパックは大きく膨れ上がり、重くなるものであり、だからこそ健脚になる。
それにも関わらず、バックパックがあまり大きくないものを選ぶ、というのは不自然だ。むしろ、小さな商品しか扱わない、という表われか。
まさかあの見た目と年齢で『宝石』を扱っているとは思えない。
そんなことができるのは豪商であり。豪商ならば、身なりはもっと整っている。
あのような『普通っぽい』商人が扱うにしては違和感がありまくりだ。
よって――
「ダウト」
見つけた。
怪しい商人を特定することができた。
あとは商談を終えて出てきたニセ商人を尾行すれば良い。
しばらく様子を見続け――ニセ商人が貴族の屋敷から出てくるところを確認した。表情はホクホク顔。どうやら上手くいったらしい。
バックパックが軽くなったように足取りもまた軽い。
「油断しきっているようでありがたい話だ」
尾行されることを欠片も想定していないようで、撒かれる心配もなさそうだ。加えて、尾行者を監視するような存在もいない。
盗賊ギルドが噛んでいると、こういう場合には尾行者の尾行者なども現れるので要注意だ。
ニセ商人を尾行し、到着したのは一件の宿屋。
王都の中央通りから外れており、こじんまりとした宿だ。しかし、オンボロというわけでもなく、それなりに手入れは整っている。
ニセ商人が入っていくのを見届け、俺も中に入った。
「あ、ごめんなさい旅人さん。部屋、いっぱいなんです」
宿に入ると、従業員と思わしき女性にそう言われてしまった。
「おっと、そうなんですか」
そう答えながらニセ商人が廊下の奥へ移動するのをチラリと確認しておいた。
「小さい宿で、ごめんなさい」
「いえ。ちなみにですが、明日あたりに空いたりは……」
「しばらく埋まってるんです。長期滞在してもらってて」
女性は商売が上手くいっている、と喜んでいる表情を浮かべた。
「全部屋が?」
「団体さんなんです。と言っても5部屋しかないですけどね」
まぁ、冒険者が1パーティで全部屋を借りた、なんていうことも有り得るので、不思議ではないか。
それはともかく。
ニセ商人は、集団でこの宿を借り切っているらしい。
計らずとも情報はゲットできた。
「そうですか。では、違う宿を探します」
「またの機会によろしくお願いします」
女性に手をあげてから宿を出た。
弱ったな、という演技をしながら周囲を確認する。
「……」
やはり視線などはなく、監視はされていないようだ。
「マジで素人か」
どうにも、こんな相手に時間を取られてしまったのが、はなはだ情けなくなってしまうが。
素人でも侮りがたい部分はあるんだなぁ。
なんて。
そう思いつつも、俺は自分の宿へ戻るのだった。




