~卑劣! バーサス・剣術道場一の実力者~
俺が使命したのは――
「ワシか」
道場の主とも言える、この道場で一番の実力者たる老サムライだった。
俺の言葉に驚きもせず、老人は答える。
むしろ待っていたかのような雰囲気さえ感じ、俺は思わず苦虫を噛み潰したくなった。
老サムライは、この道場で剣を教えている『師匠役』だろう。
引退した身ではあるだろうが、その物腰や視線、足の運び方などは一流なのが見て取れる。
歩く際にまったく頭の位置が上下しない。水の流れのように、すぅ、と一定の速度で移動しているのだが、ハカマのせいでその足の動きがまったく読めなかった。
なにより、呼吸がまったく読めない。
胸の動きや肩などには現れておらず、深いのか浅いのかすらも分からない。
実力は未知数ではあるが……恐らくセツナ殿よりは下だとは思う。
しかしそれでも、だ。
本物のサムライと手合わせできる機会はチャンスでもある。
あとは、素直に負けられる試合でもあるので気分的に楽。率直に言って、盗賊っていう職業は非常に弱い。真正面から勝負開始、となる状況で勝つには、それなりに実力差が必要だ。
むしろ、こちらを侮っている相手であればあるほどに勝てる見込みが上がっていく、という変な職業でもある。
なので、老サムライには安心して負けられる、といった感じ。
丁度良い実力の少女を使命して、ギリギリで負けて悔しい思いをしてみたい、という最低な考えが頭を高速で駆け抜けていったが、なにせ高速だったので見逃しておいた。
あえて追う必要はない。
なにせ、いつかはパルに負ける予定なので。
「まいった、と言えば終わるぞい。遠慮なくかかってこられよ」
老サムライは、すっ、と静かに腰の木カタナを抜いた。
優雅とすら感じるほどに自然な動きだ。
思わず手渡された木カタナを逆手に持とうとするが、寸前でこらえて真っ直ぐ真正面にかまえる。
逆手は身体の横に攻撃範囲があると言える。
つまり、相手の身体とすれ違いざまに攻撃できるのだが――あからさまに攻撃方向が定まってしまうのがデメリットであり、身体の正面にも攻撃・防御の空白ができる。
あとは武器が長いとそれだけ攻撃範囲が広がるものだが、それは防御範囲とも言える。逆手に持つとその範囲の広さを活かしきれないことになるので、もったいない。
「ふぅ」
ひとつ息を吐き――木カタナを真正面に持ち、老人と同じ構えを取ってみる。
腕を腰のあたりまで下げ、切っ先をナナメ上に。どちらかというと防御に特化した構えだろうか。
攻撃する際に、振り上げ、振り下ろし、という二手を必要とする構えだ。
もしも攻撃に特化させるのなら、振り上げた状態で構えるのが良い。
しかし、身体の前がガラ空きになるので、防御が薄くなる。
様子見と牽制を合わせた構え、と言えるかもしれない。
「さて、どこからでも」
「では」
遠慮なく、と一歩を踏み込み突き気味に剣を振りあげた。二手必要となる攻撃を、一手にしてしまう攻撃だ。
しかし――!
微動だにせず、老サムライは剣の腹を少し当てる程度で反らせた。
こちらが本気で当てに来ていないことを見切っている。
「えぇ!?」
攻撃を仕掛けた俺のほうが驚いてしまった。
当てるつもりがない、ということをしっかりと見切られていて、それでいて実行してしまうのだから恐れ入る。
しかし、驚いている場合ではなく老サムライの剣が動く。
空を裂く音。
素早く真っ直ぐな切り込みに、俺は木カタナを横に構えて防御した。
カツン、と小気味良い音。初撃を防御できたが、すぐさま老兵は剣を引き、二撃目にうつる。
「くっ」
一手遅れる。
カタナの向きを変えた防御はダメか。次の攻撃に移れない。切り上げて弾くくらいでないと、老人の攻撃の早さに後手後手にまわってしまう。
ひゅ、と振り下ろされる一撃を半身になって避けた。踏み出し、老人の側面にまわろうとするが、老サムライはそれを許さない。
半歩引き、身体の軸をそのままにこちらへ向いただけで対処してくる。
ちくしょう、想像以上、想定以上に!
くっそ強い……!
「ふっ!」
ならば、と今度はしっかりと老サムライに当たるように剣を振り下ろす。しっかりと防御してくれたのはワザとだろう。ありがたく連続でカタナを振ってみる。
それぞれ完璧に合わせられ、しっかりと防御される。
「相手の肩、動き、足、呼吸。それらをしっかりと観察し防御すること」
しかも周囲の子ども達に指導し始めたぞ。
普段俺がパルにやってることじゃないか、悔しい!
「――ふぅ」
「おや、引くのか」
「――熱くなってしまうところでした。攻撃が単調になってしまう」
「良くお分かりじゃな」
だが、それを許すかな。と老人は距離を詰めてくる。
ならば、とばかりに俺もまた距離を詰めた。
びっくり攻撃は盗賊の十八番。
切っ先ではなく、カタナの根本で叩くようにして老人に防御させると、そのまま力任せに押さえつける。
力を入れられれば押し返したくなるもの。
その反動の力を利用し――
「うわ!?」
するり、と木カタナが老兵の刀身の上を滑る。まるで力を反らされたかのように、俺のカタナは道場の床へと向かった。
力を入れて押さえつけようとした動きがバレており、逆にそれを利用されてしまった。
滑って床に向かってしまったカタナを老人は上から自分のカタナで押さえる。
普段なら、ここで木カタナから手を離し、ナイフに切り替えるのだが――いかんせん、サムライ道場でそんなことをするわけにもいかない。
「くっ」
ならば、と力任せに持ち上げようとするが、カタナは動かなかった。
なんちゅう膂力。
キモノとハカマに隠れていて分からないが、相当な筋肉をしているんじゃないのか、この老人。
「ほっ」
軽く声をあげ、老人はカタナの拘束を外す。
慌てて振り上げるが、その前に老サムライの剣が俺の首に当てられた。
ぞわ、という殺気が遅れたようにやってくる。
「あぁ……死んだわけか……」
首を落とされた、というのをイヤでも身体が理解したようだ。
「まいりました」
木カタナを落とし、両手をあげる。
「なかなかの腕前ですな、旅人殿。本来の獲物はこちらか」
コツコツ、とカタナで腰のナイフを叩かれる。
「短い方が性に有ってまして」
「ならば、不利な闘い方をさせてしまったのぅ」
「いえいえ、勉強になりました」
素直に頭を下げる。
サムライの実力はしっかりと理解できた。
なにより、老人であってもこの強さ。
半端に対応しようものなら、痛い目を見るのが明らかだ。
だからこそ治安が維持できるというものなのかもしれないが……下手をすると過剰な力でもある。
サムライが結託を組み、反旗を翻せば簡単に城など落ちる気がするのだが……そういう恐れは抱いていないようで。
なんとも部下思いの良い領主の国だ。と、思わなくもない。
「どうじゃ、旅人殿。しばらくここで剣の腕を磨いていっては」
「いや……俺はどうにもサムライ向きの性格ではないので」
「そうかのぅ。才覚はありそうじゃが?」
才覚。
そんな言葉で褒められるのは初めてなので、ちょっと嬉しい。
「いえいえ……あぁ、ひとつ聞いてもいいでしょうか?」
「もちろん」
老人の返事に甘えて、俺はカタナを片手で持ち上げた。
「どうしてサムライは盾を持たないのでしょうか。カタナという武器が重いから?」
木カタナであってもそこそこの重さ。
これが金属で作られた剣と考えると、片手で扱うには少々厳しい。
もちろん、それは俺に限った話であって、目の前の老人などは易々と振り回すであろうが。
「簡単じゃ。一流のサムライとなると、盾ごと斬る」
「……なるほど。単純明快な答えだ」
防御する盾が盾の意味を成さないのなら。
それこそ、カタナで防御するしかあるまい。
「まぁ、それは極論じゃがな。昔は武者鎧を着込んでおった。それ自身が――己の身体こそ盾の役割と見なし、攻撃に特化した、とも言われておる。防御を捨て、刀のみで戦う戦法に磨きをかけたそうじゃが……果たしてどうだったかのぅ。いつの間にやらワシら侍は盾を捨て、剣一本で生きる道を選んだようじゃ」
「そうか、鎧か」
サムライと言えば、盗賊にも似た防具の薄さを思い浮かべる。
元々は鎧を着込んでいたそうだが、その役割も変化していったというわけか。
その諸々の理由は、なにより『カタナ』という武器にありそうだな。
威力というか攻撃力というか、なにより『切断』に特化させた武器でもあるので、防具が役立たずになってしまった瞬間がある。
そこで防具を発展させるのではなく同じカタナによって防御をして凌いだ、という転換期がそのまま残ってしまったのではないだろうか。
無論、そのあとに防具が発展する可能性は多いにあったはずだが……どういうわけか倭国人は攻撃特化のサムライと化したわけだ。
それが義の国に合致してしまった理由は分からないが。
現在に残るほど、それが合致し続けているのだから、よほど気質に合っていると思われる。
もっとも。
外の人間である俺には、まったくもって合いそうにないんだけどね。
「では、ゆっくり見学していってくだされ」
見学か。
学べることはあるだろうか。
ま、せっかくの申し出だ。甘んじて受けることにしよう。
「ありがとうございます」
うむ、と老サムライはうなずくと周囲に視線を向けた。
「では先ほどの試合、感想戦を始めよう。誰かやれるものはおるか」
「はい!」
ひとりの青年が前に出た。
彼に木カタナを渡し、俺は壁まで下がる。そこにいた旅人殿に、凄いじゃないか、と褒められると苦笑しておく。
さて、感想戦とはなんぞや?
と振り向けば――先ほどの俺の動きがトレースされて一手一手が分析され始めた。
「ここで旅人殿の躊躇が見られます。迷ったのではないでしょうか。素直に動けば、後の先とまではいかずとも、有利な状況を作れたのでは?」
ダメ出しまでされてるー!?
「恥ずかしい……!」
俺は両手で顔を覆った。
教材にされてしまう恐ろしさを味わう。
というか、そんな明け透けに批評しないでください。
もうちょっと優しくお願いします。
「そもそも初手、当てる気が無かったのが悪いのでは?」
やめてー!




