~卑劣! 剣術道場~
アシヤ道場。
相変わらず看板の文字は読めなかったが、それがこの場所であるというのはハッキリと分かった。
なにせ、建物の周囲を木製のカタナを差した少年少女が裸足で走っているのだから。
「裸足での走り込みか。なるほど、良く鍛えてある」
トップを走る少年の足は軽い。
ハカマと呼ばれるロングスカートのようなズボンは、なかなかに足の動きを隠すものではある。その代わり走りにくいものではあるが……まとわりつくそれを苦ともせず、また腰に差したカタナを気にもせず走る様子は、かなりの慣れが見て取れた。
年齢はパルとそう変わらないと思うが、すでに立派な大人の風合いがある。ガッチリとした身体付きというわけではなさそうだが、軟弱さなど欠片も感じない。
恐らく、しなやかでいて、それでいて瞬発力を持った身体作りをしているに違いない。戦士とはまた違って鍛え方だ。サムライ特有の力と技の均衡が取れた身体づくりと言えるかもしれない。
「ふむ」
あのトップを走る少年が最高実力者だろうか。
そう考えると、最後尾の少女が最低ラインとなるが……
「6歳ほどか?」
どっちかというと、訓練しているというより兄弟に付いてきて遊んでる、みたいな雰囲気がある。
ごっこ遊びの延長というか、真面目に走り込みをしているわけではなく、マネっこをしている感じ。
つまり――
「とても可愛らしい」
俺がそうつぶやくと、近くで見ていた別の旅人がうなずいた。
理解る、という核心めいた視線を向けられたので、俺もうなずいて視線を返しておいた。
うん。
最後尾の子が6歳ほどで良かった。
これが10歳ほどの女の子だったら、別の意味で意気投合するところだった。
ふぅ。
危ない危ない。
最後尾の幼女が腰に差しているのは、短い木製のカタナだ。
しっかりと年齢と身体の大きさに合わせて用意してあるところを見るに、6歳ほどで訓練に参加する者はほどほどにいる、ということだろう。
トップの少年は成人くらいか。
つまり、6年ほどはここに通っていることになる。
6年も訓練させてもらえるのは、ありがたい話だよな。
俺なんか、勇者といっしょに旅立って、いきなりの実戦だったわけで。ナイフの扱い方も知らないような素人が、よくもまぁ生き残ったものだ。
運がいいのか、それとも勇者が隣にいたからか。
もしくは、光の精霊女王ラビアンの加護があったから、かもしれない。
なんにせよ、6年の『安全な訓練』というのはアドバンテージが大きい。
「中も見物できるそうですよ」
隣で見ていた旅人が指をさす。
「おぉ、それはありがたい」
というわけで、いっしょに建物へ向かってみた。
どうやらひとりで中へ入る勇気が無かったらしい。
気持ちは分かる。
旅を続けていると、店や宿なんかには普通に入れるが、他者の領域となると何となく躊躇してしまう感覚がある。
地元の人間ではないからか、それとも旅人特有のものか。
道場の中にも訓練生と思われる少年少女……いや、すでに成人済みと思われる青年や女性たちがいた。
どうやら走り込みをしていたのは一部の少年少女だけだったらしい。
建物内にいたのは、更に年齢を重ねた者ばかりで……およそ18歳くらいか、もう少し低いくらいか。
「――んぉ」
外の雰囲気とはガラリと変わって、中は空気が冷たく張り詰めている。キン、と冷たい氷を顔に当てられたかのような錯覚を一瞬だけ感じた。
ニンジャが中に潜んでいるのかとも思ったが、違うようだ。
どうやら道場の前方でひとり静かに正座をしている老人からの視線を受けたらしい。
まったくもって、今までの殺気や視線とは違う感覚。
点ではなく面で人を見ているような感じか。
しかもそれだけで見透かされたか、見破られたか。逃げるなよ、という視線を向けられて、思わず後ろを振り向いてダッシュで逃げたくなった。
逃げるな、と訴えるなら、そんな視線を向けないで欲しい。
知らぬふりをするのが、強者なのではないだろうか。
そう思うのだが?
「……」
見物をしている者は旅人だけではなく、地元の人間もいるようだ。何の目的なのやら、普通にキモノを着た女性も見物客として壁際に並んでいる。それでいてガヤガヤと私語を話してるわけでもなく、静かに見ていた。
目的がなんであれ、見物客が静かなのは、なんとも奇妙に思えた。
そういうもの、と考えるしかないだろうか。
まぁ、ヒマつぶしにサムライの訓練を見る、というのも悪くない娯楽なのかもしれない。
一般人では立ち入ることを許されないヤツルギの屋敷に入れる存在。つまり、貴族のようなポジションとなるべく頑張ってる少年少女を見守るのは、刺激の少ない日常においては良い刺激となるはずだ。
「はッ!」
道場の中にいた者たちの訓練は、木製のカタナによる実戦形式だった。
カツン、と当たる木の音は、軽くはなく重いもの。まともに当たれば怪我をするどころか、死んでしまう恐れもある。
それでも、防具もなく平気で打ち合っているのだから肝力が凄い。
死んでしまう恐怖と、殺してしまう恐怖は、似たようなものだ。
ましてや、モンスターの少ない倭国。
生き物の命を奪う、という経験を積んでいない可能性もある。
それでも尚、木製とはいえカタナを振り下ろせるのは、長年の訓練のおかげか。
いや……
むしろ、実戦経験が積めないからこそ、訓練に6年ほど費やさねばならないのかもしれない。
それはそれで難儀なものだ。
「それまで」
老サムライが声をあげる。
勝負あり。
カタナは首に当たる手前で、ぴたり、と止められていた。
そこでカタナを止められるのも実力のある証拠だ。
しっかりと鍛えていないと、武器を振るのを途中で止められない。重さで腕が流れてしまう。
かなりの実力があるとみて間違いないだろう。
「そこの旅人殿。一戦いかがか」
「は?」
老サムライがあからさまに俺を見て呼び込む。
全員の視線が俺に集中してしまった。
「い、いえ、カタナなど持ったこともないので……」
「ならば持ってみるのが良かろう」
有無を言わさぬ迫力。
逃げるタイミングを失ったというか、拒絶できる空気が一瞬にして無くなる。
というのも、周囲の訓練している少年少女の期待に満ちた目が俺に向いているのだ。
「なぜ……?」
ひとりの少女が近づいてきて、木製のカタナを手渡してくれた。
「師範は実力者と見抜くと、毎回こうなのです。外の者と手合わせするのを、皆楽しみにしているところもありますので。どうぞ」
「どうぞって……」
カタナを強制的に持たされる。
おおう……思った以上に重い。
加えて、ナイフばかりを扱ってきた俺にとっては、マジで違和感のある武器の長さ。
第一印象は『投げにくそう』だ。
まったくもって、自分がカタナ装備に向いてないのが分かる。
「どうじゃ、旅人殿。好きな者を使命するが良い。おぬしが勝てば、好きに申すが良い。ワシに叶えられる内容であれば、考えなくもない」
やる気を起こさせるための、ご褒美の提案だった。
まぁ、それにしては曖昧な言い方だ。叶えられない願いもそこそこにある、と暗に示しているので考えどころではある。
ふむ。
ここは最弱の者を指定しておき、勝ってヤツルギの情報をゲットするのが一番だが……
それをやってしまっては、あまりにも目立ち過ぎる。
ただでさえ実力があることを一目で看破されているのだ。他のニンジャもこれくらいはできると思っていた方がいい。
ヤツルギの情報を求めてみろ。
一撃で怪しい人物リスト入りだ。
せっかくの獣耳種偽装も無意味になってしまう。
なので――
「では……あなたと」
俺はこの道場で一番の実力者を使命した。




