~卑劣! 見上げれば絶景~
煌々亭から出発して、パルといっしょに再びヤツルギの屋敷にやってきた。
先ほどは屋敷の東側を観察したので、今度は西側を観るためだ。
「こっちも同じですね」
「そう変わらんみたいだな」
壁の窓から観察しつつ西側へ向かって歩いて行く。
こちら側も屋敷の他は庭園のようになっており、綺麗に整えられていた。犬が一匹のんきに眠っていた程度で、特に気になるような物は無い。
「これだけ覗かれたら、ヤツルギの人もイヤじゃないのかな」
「そう考えると、見えている範囲はまったくもって生活範囲じゃないのかもしれないな」
言ってしまえば、屋敷の一面しか見えてない状態だ。
奥で暮らしていれば、なにひとつ気にならないのだろう。
屋敷の表側を壁として扱っているのかもしれない。ここからでは見えない部分に、本当の居住区があると思えた。
「どうして壁に穴を開けたのかなぁ。見られるのが好き? それとも自慢したいから?」
「人間ってのは、隠されていたらどうしても見たくなってくるもんだからな。もしも完全に壁に隠されていたら、壁をよじ登って見てくるヤツも現れるだろう。それを最初から防いでいると考えられる」
ほへ~、とパルは納得してくれた。
「本物の旅人さんみたいなものですね。気になる所を見に行っちゃう」
「本能なのかねぇ。冒険者にも似たようなところがある。遺跡探索とかな」
純を司る神・アルマイネさまの遺跡を探索する冒険者たちは楽しそうだったしな。
お宝を探す一攫千金に目がくらんだ訳ではなく、純粋な好奇心だったはず。
もっとも。
黄金城地下ダンジョンでは、目がくらんだ者たちだらけだったが。
「ここで終わりみたいだな」
端っこまでやってくると、こちら側も同じように断崖絶壁になっており、海に面していた。
少しだけ崖を覗き込んでみると、波は荒く岩に打ち付けている。
「落ちると死んじゃう?」
「死ぬなぁ、これ。水面に落ちて生き残れたとしても、波で岩に叩きつけられるだろうし、濡れた岩を波が迫る中で登るのは、登攀スキルがマスタークラスでも至難の業だ」
それこそ忍術や仙術でも使わない限り、登るのは不可能に思える。
まぁ、忍術とか仙術には詳しくないので、予想に過ぎないけど。もしかしたらニンジャでも登るのは不可能かもしれない。
「ルビーくらいじゃないか、大丈夫なの」
「ズルっ子だ」
パルがケラケラと笑う。
魔王直属の四天王をズルっ子だと言ってのけるのは、なかなかだと思いますよパルさん。
「おーい、おまえさんら」
崖を覗いていると後ろから声をかけられた。
「あんまり覗いてると落ちるぞ。何人かは落ちてんだ、気を付けな」
おじさんがそう注意してくれる。
「え、落ちた人いるの!?」
パルが驚いて聞き返した。
「落ちてる落ちてる。おまえさんらみたいな旅人とか子どもがな。お殿様に柵を作ってくれって言ってるんだけど、このままでいい、って言われてなぁ。他の話は聞いてくれるんだが、これだけは聞いてくれん」
「そうなんだ。どんな話を聞いてくれたんですか?」
「あぁ、今年は魚の質が悪くて税が厳しいって言ったら安くてしてくれたりな」
「おぉ~、優しい。いいんだ、それ」
「そのかわり、次の年は多めに取られたぞ。量じゃなくて質って言って誤魔化せたと思ったんだが、上手くいかんもんだな」
「騙そうとしたんだ」
あっはっはっは、とパルとおじさんは笑った。
笑いごとで済んで良かったですね……処刑物ですよ、それ……何人か、事故ということで、ここから落ちてないですか? おぉ、こわいこわい。
「他には、あの櫓を立ててもらったな」
「やぐら?」
あれだあれ、とおじさんが示すのは街の西側にひょっこりと見える木の塔だった。言われれば、ひょっこりと突出するように塔のような建物があった。
「見張り台?」
「似たようなもんだな。あれのおかげで、暗くなった森から街の場所が分かる。迷わずに帰って来れるようになったってわけよ」
「ほへ~。ずっと明かりを付けてるってことですか?」
「消えるのは、年末年始だけだ」
ふむふむ。
街のシンボルタワー的な物を兼ねているんだろうか。
加えて、西側には相当深い森があるのか。雪山から見下ろした限りには、そんな印象を受けなかったが、実際に入ってみると違うのかもしれない。
「あのヤグラは見物してもいいのでしょうか」
「おサムライさんが立ってるけど、いいんじゃねぇかな」
「じゃ、ちょっと行ってみます」
「おう。崖から落ちるよりよっぽどマシだ」
そう言われると苦笑するしかない。
おじさんに見送られつつ、パルといっしょにヤグラを目指して移動する。
それほど高くはないと思っていたが、近づいていくとそれなりの高さであることが分かった。
恐らく屋敷が高い位置にあるせいでヤグラの大きさを感じなかったせいか。どうにも錯覚を起こしている感じがあるな。ヤグラ自体も、大きいのに目立つ印象がない。
「おぉ~、立派だ。おっきぃ」
「遠くから見るともっと簡素な感じだと思っていたが、しっかりとした造りなんだなぁ」
木の柱を組み合わせただけ、ではなく、普通の家のように木板で壁を作ったりしていて、ちゃんとした建物になっている。
入口には見張りのサムライが立っており、結構ヒマそうにしていた。
まぁ、見張り台を見張る、というのは矛盾しているような仕事だからなぁ。
ヒマになっていても仕方がない。
「こんにちは」
「こんにちは、旅人殿。どうかなされたか」
さすがに声をかければ姿勢を正す。
このあたり、サムライも大陸の衛兵も同じか。
内心で苦笑しつつ、俺はヤグラの見物をしてもいいか聞いてみる。
「問題ないでござるよ。上にあがっても良いが、落ちないように気をつけられよ」
「あがってもいいんだ!」
「旅人殿の護衛でござるか。お若いのに立派でござる」
「えへへ~。あがってきますね」
うむ、とサムライはうなずいて入口に案内してくれる。
中にはそれなりの資材というか、薪とかが置いてある程度で倉庫代わりに使われているようだ。
その真ん中にどーんと立派なハシゴがあり、それが上まで続いている。途中で板が張ってあるみたいで、上までは見通せなかった。
改めて見ると、結構な高さがある。
「先にのぼりまーす」
パルがご機嫌にハシゴを登っていった。
下から見上げるパルのお尻は素晴らしいので、俺はすぐさま追いかけることにした。
「おぉ~」
「ん? どうした?」
見上げた先に見えていた板を越えたところでパルが声をあげた。
「部屋になってますよ」
中間地点というべきか、途中で床板のようになっている部分があり、そこには色々と雑多な物が置かれていた。
それなりに生活感みたいなのを感じるので、見張りはここで一晩過ごすのかもしれないな。
さすがに食事はしていないみたいなので、食料などは置いてないが。
クッション程度は置いてあるので、夜通しここで待機する程度は簡単に出来るだろう。
冬は恐ろしく寒そうなので、季節によっては辛そうではある。
「もうちょっとで上か」
「あたし、先に登るね~」
率先して登ってくれる護衛らしい働き。
どちらかというと、自分が早く景色を楽しみたいと思っている感じだろうか。
かわいい。
「ふむ」
そして、ハシゴを登るパルを下から見上げるのは、やはり良い物だ。
たとえスカートじゃなくても、良い物は良い。
「絶景だな」
「ほえ? まだ見えてませんよ?」
「言い間違えた。絶景だろうなぁ、だ」
「師匠ってば、あわてんぼうだ」
ぷぷぷ、と笑われてしまう。
嘘には真実をほんの少し混ぜればいい。
そう。
絶景には違いないのだから。




