~卑劣! 前略、塔の上より~
先にハシゴを登り切ったパルが感嘆の声をあげている。
と言っても、そこまで大きな声ではない。
なにせ、絶景なら雪山の頂上で見たばかりなので、感動の度合が薄れてしまうのは仕方がない。
これが冒険者や旅人の弊害かもしれないなぁ。
勇者といっしょに旅に出たころは、すべてが新鮮で感動できたものだが。
今となっては、『綺麗な景色』と感動する程度。
言葉で言い表せないほどの景色、とまでは思わなくなってしまったので……なんとも、大人になってしまったものだ。
――そんな『おじさんの苦味』みたいなものを噛みしめつつ、俺もハシゴを登り切る。
「おぉ」
景色よりも先に、この上階の造りが結構立派だったことに声が出てしまった。
「想像を裏切られると、感動するものなんだな」
もっともっと簡素だと思っていたが、それなりに歩き回れるようなスペースがあり、中央には天井からカゴのような物がぶらさがっている。
カゴには薪が組まれるようにして入れてあるので、日が落ちる前、暗くなる時間帯に火を灯してかがり火とするのだろう。
天井を見上げれば、煤で黒く汚れているのが分かる。カゴに設置してある薪の量は多く、これならば遠くからでも目立つはず。
深い森からでも、木に登るなどの工夫をこらせば見えなくもない。無いよりは、ぜんぜんマシと思えた。
「師匠、お屋敷が見えますよ」
「おぉ~。結構見えるな」
パルといっしょにヤツルギのある屋敷側を見る。
と、同時に俺はパルの肩を叩き、視線で訴えた。
こちらから見えるということは、あちらからも見える。
注意しろ。
と、視線に込めておく。
あとは――
「くちびる、動き、読まれる、ちゅうい」
口を動かさずにそう伝えてみる。
大道芸の腹話術だったか。
難しいな。もごもご、とあまり『言葉』にならない。
「もあーい」
モアイ?
なんだそれ?
「難しい……できないや」
どうやら、はーい、と腹話術で返事したかったらしい。
はっはっは、とパルの頭を撫でようとして止まっておく。
あんまりイチャイチャしてるのを見られたら、それはそれでよろしくない。
「……」
いや、逆にいいのではないだろうか・
まさか自分たちの宝を狙っている盗賊が探索中にイチャイチャするとか、普通は考えないもんな。
カモフラージュできるかもしれないが……やってみる価値は……どうだろうか?
本来、恋人同士で偽装する者といえば、年齢が比較的近い者でやる。わざわざロリコンを演じるヤツはいない。
だからこそ、俺という存在がめちゃくちゃ優位に働くのではないだろうか!
「……どうしたの、旅人さん?」
「いえ、なんでもないです」
あまりにも自分に都合の良すぎる策を考えてしまったので反省する。
こんな純粋で可愛い弟子を、自己満足以外の何物でもない策にまきこんでしまっては、それこそ最低を通り越して最悪だ。
俺はそこまで堕ちてはいない。
大丈夫だ。
まだ勇者には顔向けでき――ないかもしれないけど、頑張ってるよ俺!
賢者と神官には、物凄い軽蔑の眼差しを受けそうだけどな!
それはさておき――
「お屋敷を見物するか」
「はーい」
上から見ると、多少は情報は増える。
地上から見えていた部分は、やはり表層だけ。むしろ奥に広いぐらいで、見えている以上に、かなりの大きさがあるのが分かった。
何人か、サムライらしき人物がいる。
あれがヤツルギの者なのか、それとも警護に雇われたサムライなのかは分からない。
と、視線がこちらへ飛んできた。
サムライのひとりが、こちらの視線に気付いたらしい。
やはり、視られているようだ。
「うへ」
パルが声を漏らす。
暇を持て余した衛兵のような態度ではなく、きっちりと実力者が警護しているようだ。
それでなくともニンジャがいるだろうし。
忍び込むのは、ほぼ不可能じゃないかねぇ……
「こりゃ相当に厳しいな」
自然に口元を押さえつつ、屋敷の方角から視線をそらす。
そのまま西側へ移動し、パルといっしょに息を吐いた。
こちら側は街の外へと向いており、街道が伸びている。隣街のようなものは見えないので、それなりに離れているようだが、人通りはたくさんあるようで荷車を引いた商人の姿が多く見られた。
あとは深い森がある。
雪山のふもとに広がるように、鬱蒼と茂る森。
それが街道に沿うように遠くまで続いているので、かなりの深さがありそうだ。
続けて、南側や東側を見てまわる。
こちらは街の様子が分かる程度であり、残念ながら新しい情報は無かった。
やはり、どこか静かな印象を受ける。
落ち着いた良い雰囲気なだけに、これが通常なのだろうか。
まったくもって、『お上品』な街だ。
「ふむ」
もう一度だけ屋敷を見ておく。
今度は、視られる、という大前提で観ておいた。
セツナが幽閉されていたと思われる建物……クラらしき物は見えなかった。まぁ、そんな曰く付きというか、人に見せられないようなものは隠されたように見えないところにあるのが、世の常というもの。
ましてや宝である七星護剣も同じだろう。
だからこそ逆に。
見えないところにある、と考えられる。
つまり、いま見えている建物には置いてない、ということだ。
死角にこそ、隠されているはず。
加えて、幽閉されていたセツナも知らない場所、という条件がある。
クラを特定できれば、その周辺を除外できる。
この方法で、それなりに場所を絞り込めるだろうが――いかんせん、忍び込む方法が激ムズなんだよなぁ……
う~ん。
どうしたものか。
「そろそろ下りるか」
長居するのも危険だ。
頃合いを見てパルに声をかけた。
「はーい」
ひとまずの観察はできたので良しとしよう。。
できれば、夜や早朝にも登りたいところだが……それには『日常』とする必要がある。何度も通って『当たり前の光景』にまで出来ればいいが。
とりあえず、ハシゴを下りる。
今度は俺が先に下りたので、やっぱり見上げれば素晴らしい景色が見えた。
次はスカートをはいたルビーといっしょに来たい。
そんな妄想で、邪悪に頭の中を染めて『意思』を掻き消しておく。煩悩にまみれた思考で覆ってしまえば、高尚な頭では読み取れまい。
卑怯卑劣という無かれ。
これで七星護剣を探っているとは思えないだろう。
くっくっく。
「ふぅ。いいですね、この塔。気に入りました。また来てもいいでしょうか」
見張りのサムライにそう言っておく。
「気に入られたのならなによりでござる。旅人には人気があるので、何度か登られる人もいるでござるよ」
それは好都合。
「では、また来させていただきます。あ、ここの名前ってあるのでしょうか?」
「銀の塔、と呼ばれているな。誰が呼び始めたのか、いつの間にやらそう呼ばれ始めて、すっかりと定着しているでござるよ」
銀の塔、か。
何かしら銀色に見えることがあったのか、それとも対になっているような金の塔があったのか。
ま、呼称が分かると他人に伝えるのが便利なので、知っておいて損はない。
「それではまた」
「良い旅を」
サムライに見送られて、俺たちは銀の塔を後にした。
「師匠、分かりました?」
しばらく離れてから、パルが聞いてくる。
「厳しいってことが分かった。パルは?」
「あたしも無理そう。あんな距離から視られるなんて思いませんでした」
「かなりの実力がある者が警備しているようだ。忍び込むには無理だろう」
「どうするんです?」
「こっそりが無理なら、正攻法しかない」
「正攻法……?」
パルは首を傾げる。
「どうやるんです?」
「嘘が無理なら、正しい方法を使うってことだ」
「えっと……入れてもらうってこと?」
「そう、それ」
「どうやって?」
「……さぁ?」
えぇ~、とパルに半眼でにらまれた。
「それを調べてる最中だろ」
「だって~、なんか自信満々に言うから」
「師匠としての尊厳があるから。弟子にカッコイイところを見せたいって思うのが、師匠という生き物だろう」
「そうなんですか?」
「さぁ?」
「もう!」
ポカポカと弟子に叩かれる。
痛気持ちいい。
たぶんマッサージ師としても世界一になれるぞ、パル!
「とりあえず宿に戻るか」
「はーい。ごはんはどうします?」
「ルビーが戻ってきたらいっしょに食べに行くか。なんか食べたいものがあれば、候補にあげてくれ」
「お肉!」
「はいはい。確か『すき焼き』ってのが美味しいお肉だったか」
「好きに焼くのかな?」
「鍋らしいぞ」
「ほへ~? 鍋で焼くの? え? 煮ないの? なんで?」
「うん? 言われてみれば変だな。覚え間違いか……」
「あはは、師匠も間違えるんですね」
「間違える間違える。俺の人生、ほとんど間違ってるぞ」
「あたしと出会ったのも?」
「そこは唯一の正解だろ」
パルと視線を合わせる。
「「ふへへへへへ」」
ふたりで笑い合った。
とりあえず、夕飯はすき焼きに決定だ。
焼肉とは違うのだろうか。
楽しみ楽しみ。




