~卑劣! 魔王とはナニモノなのか~
カミノトにある宿、煌々亭。
その部屋へ案内してくれる少女は、なんと宿の店主であった。
「女将の舞花です」
「マイカちゃん、オカミって何?」
「え~っと、宿の代表ですから店主という意味でしょうか。先代の母が早くに引退してしまったので……」
ちょっぴり悲しそうな、困ったような笑顔を浮かべるマイカ。
「引退というのは、お空に帰られた……とかでしょうか?」
マイカは、いえいえ、とルビーの言葉を慌てて否定した。
「母も幼いころから女将だったので、私が成人したのを機に引退しただけみたいです。あ、あそこで庭掃除をしているのが母ですよ。大女将です」
二階へ階段を上がった先、窓から見えた庭にマイカと似た女性がホウキで掃除をしていた。
なるほど、代表を退いているだけで裏方の仕事にまわったような感じか。
「大オカミ……なんかオオカミみたい」
「ふふ、オオカミみたいに怖いことはなかったですね。優しい母ですよ」
そんな紹介をしていると、大オカミもこちらに気付いたようで、丁寧に頭を下げた。
やはり親子というだけあって、マイカに似ているな。
マイカは成人していると言っていたが、未成年にも見える。そんなマイカの母も、かなり若々しく見えた。
美人姉妹、と言っても通じそうだ。
大オカミの旦那は、さぞかし鼻が高いだろう。
「こちらの部屋です」
マイカが案内してくれたのは、二階の中ほどにある部屋。鍵を開けると扉を開けて、中へ入ることを薦めてくれる。
パルを先頭に中へ入ると、靴を脱いで上がるタイプの部屋だった。
タタミの香りだろうか。
独得の、なんというか落ち着く感じの草の香りがする。
奥には窓があり、庭に面している。先ほどの大オカミが掃除をしている姿が見えた。
それなりに見通しが良いのは、周囲に高い建物が無いおかげか。
逆に、周囲の屋根から部屋の中を見られてしまう可能性もあるということ。
今のところ、こちらに向かっている視線は――無し。
見張られたり、尾行されている可能性は無さそうだ。
「お布団はこちらにありますので、寝るときに使ってください。他にも何かあれば、なんでも言ってくださいね」
「いま、なんでもと仰いました?」
「え、はい。なんでも頑張ります!」
マイカは気合いを入れるように笑顔を見せた。
純粋だった。
不純なルビーの考えが漏れ出すようにこちらに伝わってきて、なんというか、こっちが申し訳ない気分になる。
「……いっしょにお茶の時間を楽しんでくださる?」
ルビーが敗北している珍しいシーンだ。
ありがたく見ておこう。
「はい、ぜひぜひ! ふふ、外国の方にお茶に誘われたのは初めてなので嬉しいです」
「あら。わたしが大陸から来たというのは、分かるものなのでしょうか?」
「そうですね。やっぱり紅い瞳をされているので、そうなのだな、と。立派なお着物ですから、どこかのお貴族様でしょうか……?」
「いいえ、ただの道楽娘です。実家ではいつも叱られているんですの。ちゃんと仕事しろ、と。マイカはお仕事をちゃんとしてて偉いですわ」
仕事をサボるどころか、魔王差サマを裏切っている恐ろしい仕事の放棄っぷりではある。
恐らく、誰もマネできまい。
「あ、私もあんまり話してると私も怒られちゃいますので。お茶の時間を楽しみにしてますね。それでは、ごゆっくりお過ごしください。こちら鍵です」
マイカは鍵を手渡すと、丁寧に頭を下げて部屋から出て行った。
宿の店主などをしていると、友人と遊ぶ暇もないのだろう。久しぶりに同年代の少女と話せて嬉しかったのかもしれない。
「う~む……」
「もう好きになっちゃったんですか、師匠? マイカちゃん可愛いもんね」
「なんでそうなる」
「べつに~」
「俺はそこまで節操の無いロリコンではない。常識のあるロリコンだ」
え~、とふたりの美少女は俺を半眼で見てきた。
なんだよぅ。
「常識のある方はロリコンにはなりませんわ」
「いいや、なるね。世の中には良いロリコンと悪いロリコンがいる。悪いロリコンは実際に手を出してしまうヤツであり、良いロリコンは黙って何もせず、ただただ少女を静かに穏やかに愛している者だ。俺は後者であり、良いロリコンです」
「急に早口になった」
「言い訳に聞こえますわ。あやしい」
くすくす、と美少女たちが俺を見て笑う。
とても心地良いので、それ以上はやめてください。
悪いロリコンになってしまいそうです。
「それで、なにを悩んでいたのですか師匠?」
「いや、悩んでいたんじゃなくてな。マイカが良い子だったので、迷惑をかけられないなぁ、と思っていただけだ」
「やっぱり惚れてるじゃん」
「惚れてません」
「じゃぁ、マイカちゃんがおじさんだったら迷惑をかけていいってこと?」
「……いいえ」
「「ダウト」」
あ、はい。
嘘を付きました。
ごめんなさい。
「まだまだ青いですわね、師匠さん。人間種すべてを愛すれば、本当に好きなものを隠せるというのに」
「ルビーはおじさんも愛せる?」
「愛せますわ。年齢に優劣はありません。見た目もです。たとえ頭頂部が少し寂しくて、お腹がぽっちゃりとしていようとも、愛すべき人間種であることには変わりありません」
「血が不味そうでも?」
「……はい」
「「ダウト」」
ルビーはがっくりと膝を付いた。
「だ、だって不味い血って、においもなんとなくキツいんですのよ? それがあなた達のような普通の人間種に分かってたまるものですか!」
「いや、そんな訴えられてもなぁ……」
「師匠さんは超美味しそうな血をしているから、不味そうな血のことなんて分かんないんですわ!」
マジで分かんないので、なにひとつルビーの肩を持ってやることができない。
ごめんね。
「パルこそどうなんですの? おじさんでも愛せますの?」
「あたし、師匠一筋だもん。他のおじさんなんて、好きじゃなーい」
「あ、はい。そうですわね。それが一番ですわよね」
「浮気はダメってことだなぁ……ルビーを愛人認定して甘んじている俺が悪いのか……」
「いけません師匠さん。正気になってはダメです。あなたはすべての少女らしき形をした女の子を愛する権利を有しております」
そんな嬉しい権利を俺は有していたのか。
ありがたい。
「そうやってルビーが甘やかすから師匠はダメなんじゃないの?」
「正論はやめなさい、おパル。師匠さんが正気に戻ってしまうと、わたしが愛人の立場でいられなくなりますので正妻戦争が始まりますわよ。しかも喜々としてベル姫が参戦してきます。それでもいいんですの?」
「あたし間違ってた。師匠はみんなの物だよね!」
「話し合いで解決する素晴らしい歴史がここに。世界はこうやって平和になっていくんですわ」
……安いのか高いのか、さっぱり分からない平和だった。
「魔王サマも、お嫁さんがいたらいいのにね」
「確かにそうですわね。いつもひとりでいらっしゃいますし、愛した者がいたという話も聞いたことありませんわね。魔王さまの好みは女性なのかしら、それとも男性でしょうか」
ん?
「そういえば、魔王の種族はなんだ?」
ルビーの城で遭遇したとき、魔王は全身に黒い鎧を着込んでいた。
人型であるのは確かだろうけど、実際のところ種族は分からない。
もしかしたらゴブリンの可能性もある。
まぁ、ゴブリンの身長より遥かに高いので、ほぼゼロに近い可能性だが。それでもホブゴブリンとか、そういう可能性もあるしなぁ。
「わたしも知りませんわね。ずっと鎧を身に付けられておられますので、素顔を見たことがありませんわ。長命種であるのは確実ですので、もしかしたらエルフかもしれませんわね」
「魔王の正体が人間種とは思いたくないなぁ……」
蛇蝎の如く人間種を嫌っている魔王。
その正体が同じ人間種となれば、なんとも言えない気持ちになる。
なにより、モンスターという存在をわざわざ生み出しており、魔物種の姿を模倣させたりしているのは……なかなか根が深そうな問題があるように思えた。
そもそも獣耳種や有翼種も、魔物種と変わらない気がするんだよな。
むしろ、人型であればそれはもう人間種に含まれるのではないか、とも思うが……そうなると、下半身がサソリになっているアンドロさんの存在が微妙になってしまう。
「難しいなぁ」
一筋縄で解決しない問題だろうか。
「魔王さまに直接聞くしかありませんわね。まぁ、不意打ちで殺してしまっては聞く機会もなくなるでしょうけど」
「勇者に不意打ちさせるのか」
「分かりませんわよ。勇者パーティにオトリになってもらって、後ろから師匠さんがバックスタブを取る。そんな卑怯で卑劣な英雄譚も、たまには悪くありませんわ」
「いやな英雄譚だな……というか、それでは主人公が俺になってしまうではないか。勇者物語ではなく、盗賊物語になってしまう」
あははは、とパルが笑う。
「きっと人気が出ますよ、師匠。あたし、後日談が知りたいです。盗賊さまが誰をお嫁さんにしたのか」
「むしろ魔王さまを倒してからが本番でしょう。盗賊さまはどうやって盗賊少女とお姫様と吸血鬼といっしょに幸せな家庭を築いたか。超難題ではございません?」
「確かに」
一筋縄ではいかない問題な気がするな。
果たして世界は平和になったとしても、俺の家庭に平和が訪れるのだろうか?
そんな疑問が思い浮かんでしまう。
「ま、それはそれで平和な悩みだ。魔王サマを倒すより、よっぽど考えるのが楽しい」
俺は肩をすくめる。
同じ無理難題でも、ぜんぜん種類の違う悩み。
できれば、こんな平和な悩みだけで過ごせる日々が来ることを願うばかりだった。




