~卑劣! 煌々亭~
ひとまずヤツルギの屋敷を『端っこ』まで見ておこうと思ったが……
「断崖絶壁というやつですわね」
カミノトの街から出るというか、そのまま島の端っこまで到達してしまった。
わざわざ崖まで壁が設置してあるというのが徹底して侵入を拒んでいる気がしないでもないが、こんな端っこに至るまでちゃんと壁に窓の穴を開けてあるのもまた徹底している。
「パルのお胸と同じですわね」
「ふふん。ルビーはあたしよりも大きいから、絶壁じゃないよね~」
ふたりの美少女が崖を覗き込むようにしながら、胸について語り合っている。
どうやら小さいほうが優位らしい。
普通、逆じゃね?
俺の好みに合わせて勝利者が決まるんだろうけど。
まぁ、実際のところデカいよりぺったんこな方が可愛いよなぁ。
普通に考えて。
胸の大きさなど、お腹まわりのぶよぶよと比べるようなもの。
ガリガリに痩せているのは魅力がないが、太り切ってだるんだるんになっているのもまた、魅力がないと言える。
だからこそ、小さいのが一番だ。
俺はそう思う。
勇者と戦士に言わせれば、まったくもって同意できない愚かな考え、と言われたけど。
まったくもって心外である。
「こっちの崖から侵入できないないかな?」
壁の端っこに身を乗り出す感じでパルは覗き込む。
ここから回り込むくらいだったら、壁を乗り越えたほうがよっぽど安全なのだが……
「あ、なんか柵みたいになってるから入れそう」
「柵?」
パルと交代して見てみる。
敷地内の端っこには壁ではなく柵のような物が設置されていた。
どちらかというと、侵入を拒むものではなく落下防止、という意味合いに思えるな。
飼っている犬のために設置したのかもしれない。
どっちにしろ、侵入するのであれば壁を越えたほうが手軽で安全だ。
「この崖を伝って、背後まで回り込むというのはどうでしょうか」
断崖絶壁に下りて、横移動していく――という案だろう。
「不可能ではなさそうだが」
それなりに突起があるので不可能ではないだろうが……肝心の屋敷の背後がどうなっているのか、こちらからではうかがうことができない。
「ここまで壁を設置するほど対策している屋敷が、後ろが無防備だとは思えないんだよなぁ」
「そっちはちゃんと見張りが置いてあるとか、ですか?」
「そこまでしなくても、たとえば崖に迫り出すように板なんか置いてあったら、どうしようもないだろ」
いわゆる『ネズミ返し』というやつだ。
崖から突き出た部分があれば、そこに手が届かない限り登ることは不可能。海から船で移動したとしても、同じことが言える。
「壁を設置するより、よっぽど楽に対応できる」
「ふむふむ。わたしの実家もそうしてみようかしら」
「ルビーんちは、ここより凄く尖ってるところにあるからいらないんじゃない?」
「崖から突き出したテラスで月光浴をするのも悪くないかと思いまして。背もたれがゆったりの椅子を用意して、師匠さんの血をそこで飲みたいです」
俺の血か……
グラス一杯だと考えると、それなりに出血するなぁ。
まぁ、それぐらいだと大丈夫か。
「とりあえず、端っこまで確認できた。なにか気付いたことはあるか?」
ふたりに意見を聞いてみる。
「七星護剣が隠してある雰囲気みたいなの、ぜんぜん無いですよね」
パルの言葉に、ふむ、とうなずいた。
「まぁ、外から分かるのであればセツナはとっくに発見しているだろうし。セツナ達を警戒しているような緊急事態のような雰囲気もなかったな」
特に警護が厚くなっている場所もなかった。
まぁ、早々と分からないからこそ、セツナが俺たちに依頼してきたわけでもあるので。想定内と言えば想定内だ。
「剣は二本あるんでしたわよね。バラバラに隠している可能性はありませんか?」
「ルビーは全部いっしょにしまってたよね」
「わたしのアレは面倒くさか――こほん。宝の価値など、領地で暮らす皆さまとわたしを支えてくださる部下たちに勝るものですか」
「今めんどくさいって言った」
「だってマジで面倒くさいんですもの」
地下室に放り込んでおくだけになっていたルビーの城。あまり興味がないのか、アンドロさんでさえ手を付けていないところを見るに、本当にめんどくさいのかもしれない。
宝物がいっぱいあるのも困りものだ。
もっとも。
黄金城の地下ダンジョンではきっちりと管理されるように保管されていたので。
持ち主の性格が保管方法に多大な影響を与えるのは間違いない。
それを考えると――
「壁をここまできっちりと作り、設置するような性格がヤツルギの主ということだ。七星護剣もきっちりと保管されていると考えるほうが自然だな」
「ということは宝物庫みたいなのが有る、と考えるのが自然ですわね」
敷地内は広大だが、建物はそこまで広大ではない。
この中に宝物庫があるのだろうか……
「う~む。やはり外からでは調査のしようがないな」
「どうするんですか?」
「決め打ちで忍び込むにもリスクが高いよなぁ」
パルが、決め打ち? と首を傾げる。
「この屋敷にあるに決まっている、と突入してから探すパターンだ」
「難しそう……」
「だよな。とりあえず、いつまでもここにいたら怪しまれる。宿に向かおう」
「はーい」
「了解ですわ」
ひとまず見物は終えた、という感じで来た道を戻る。
壁の窓から犬が走ってくるのが見えた。
「……警戒されたかもしれんな」
「こっちに行くように、犬が命令されたってことですか?」
「あぁ。まぁ、観光客全員にやってることかもしれんし、そこまで身構える必要もないだろ」
「はーい」
「こちらもワンコを飼うのはどうです? あぁ、ウチのワンちゃんが壁を飛び越えてしまいましたわー。連れ戻してきますので、入りますね。みたいな」
ハハハと笑っておく。
どんだけ巨大な犬を飼うつもりだろうか。
まぁ、ルビーが作り出した影犬だと可能かもしれないが。
でもそれは犬ではなく、オオカミなのでは?
と、思わなくもない。
そんな話をしつつ頃合いを見てヤツルギ家から離れて街中へと入る。
ごちゃごちゃと入り交じるかのような路地が多いが、だからといって街中が汚いわけではなく、綺麗なのが不思議だ。
きゃっきゃ、と遊ぶ子どもの声がやけに響いている気がする。
やはり、なんというか全体的に静かな街なんだよなぁ。
それでいて活気が無いわけじゃなく、ちゃんと商売もしているし、人通りもあるんだが。
なんとも奇妙な感覚がする。
「すまない、こーこー亭はどっちだろうか?」
走ってきた少年に聞いてみる。
「煌々亭ならあっちだよ。連れてってあげるよ、旅人さん」
少年の遊びを中断させてしまった。
どうやら追いかけっこをしていたようだが、全員で案内してくれる。
「お姉ちゃん、冒険者? 外国から来たの? すごーい、かっこいい!」
パルが褒められて嬉しそうにしている。
チョロくて可愛い。
「お姉さんの着物も凄いよね。お姫様?」
別の少女がルビーのキモノを褒めた。
幼いと言えども、キモノの価値が分かるのか。すごいな。単なる遊びまわっている子どもではないのかもしれない。
「ここだよ」
連れてきてもらったこーこー亭。
それなりに立派な建物であり、二階建てのようだ。窓には格子の木枠があり、外から中はうかがいずらい。
入口には木で作られた看板があったのだが、やはり文字は読めなかった。独得というか、崩してあるというか。
しっかりと刻まれているところと風化具合からみて、かなりの年代物のようではあるので、神代文字の系統が混じっていたりするのかもしれない。
「これで煌々亭って読むんだよ、お姉ちゃん」
「こーこー?」
パルが子ども達に教えてもらっている。
「そうそう。明るいって意味」
「なるほど、『煌々と輝く』の煌々か」
まぁ、意味は分かったけど文字と認識できるかと問われれば、否と答えるしかない。
「じゃあね、旅人さん。良い旅を!」
子ども達が走り去って行く。
「なんと言いますか、非常に賢い子ども達でしたわね。むしろ可愛げが無い、とも言えますが。師匠さんの好みではなかったでしょ」
「……言われてみれば、確かに」
無邪気さこそが少年少女の特権だとするならば――
その無邪気さに賢さのようなものが混ざっている気がする。
「パルは煌々って言葉を知ってるか?」
「言葉は聞いたことあります。でも普段から使わない言葉ですよね。倭国では普通に使うのかなぁ?」
「そうは思えんが。まぁ、なんとなく古風な言葉遣いではあるよな、サムライとか」
「ござるござる。シュユちゃんもそうだっけ」
サムライ言葉というかニンジャ言葉というか。
あぁいう言葉もまた、この看板と同じく独自に伝わって変化したものなのかもしれない。
「とりあえず宿を取るか」
煌々亭の玄関はスライドで開く扉だったようで、開けてみるとガラガラガラと音がする。
建付けが悪いのではなく、わざと音が成るシステムのようだ。
ドアベルを付けることなく客が来たことを示す造りになっているらしい。
「いらっしゃいませ。煌々亭へようこそお出でくださいました」
出迎えてくれたのはパルと同じほどの年齢の少女だった。
あどけなさが残るが、キモノを着こなしているところを見るに新人というわけではなさそう。
「宿をお探しですか、旅人さん」
「はい。しばらく滞在しようと思うのですが、部屋は空いてますか?」
「えぇ、空いておりますよ。二部屋、お取りしましょうか」
「いいえ、一部屋でいいですわ。わたし達、気の置けない仲ではありませんので」
「あら」
少女は口元をおさえて、頬を赤くしたが……俺の顔を見て怪訝な表情になった。
「だ、大丈夫でしょうか……そ、その、無理やりとかではなく……?」
うむ。
正しい判断ができている、正しい娘さんだ。
「安心してください。わたしが惚れていて無理やり付いてきただけですわ。旅の財布係を請け負っていますの」
どうぞこちらを、とルビーは少女に黄金城の金を持たせた。
お金よりよっぽどインパクトがある。
「これって本物でしょうか……? できればお金がいいのですが……」
おっと?
意外と冷静な少女だった。
「あら。ではそちらはオマケと思ってくださいな。お金……お金……お金ください、師匠さん」
「持ってないのかよ……」
「金頼りでした」
まぁ、大抵の相手は金でどうにかなるしな。
「申し訳ありません。あまり金の相場が分からなくて……換金する方法が少し特殊なので……」
「この街では金をあまり取り扱っていないのでしょうか。それならば仕方ありませんわね」
肩をすくめるルビー。
ふむ。
金や金貨は大量のお金を持ち歩くための代替品ではある。
それを換金できるところが無い……というのは、大きな街においては奇妙な話だ。
もしかしたら、この少女が知らないだけかもしれないが。
「とりあえず、これでどれくらい泊まれるだろうか」
上級銀貨を一枚、少女に手渡してみる。
「100アルジェンティですね。朝食と夕食付ですと10日滞在できますよ」
「食事抜きだと?」
「20日です」
「もう一声」
「ん~~~……では、25日でどうでしょうか」
「そこに朝食を付けてくれないか」
「え~!? それは横暴ですよ旅人さん」
「ダメか」
「そうですね……では、朝食付きで20日でどうでしょうか」
「ありがとう」
俺は少女と握手した。
「特別ですからね。旅人さんじゃなくて、ふたりの女の子のためです」
「えへへ~、ありがと」
「助かりますわ」
「いえいえ。どうぞ、部屋まで案内しますね」
とりあえず拠点は確保できた。
旅人らしく、ちょっとケチる感じで偽装できたので、なによりだ。




