~卑劣! 八剱のお屋敷~
ヤツルギ家の屋敷はぐるりと壁に囲われている。
しかし、壁と言っても城壁や街のような高さではなく、俺の身長より少し高い程度。壁は真っ白で塗装されているようでもあり、壁の上は屋根のようになっている。
カワラだったか。
焼き固めたレンガの倭国バージョンのようなもので、四角い皿のような形をしており、それが重なるように綺麗に並べられている。これだけでも一種の芸術作品のように思えた。
壁の高さは素人の子どもでも普通に登ってしまえる程度なので、防衛というよりは仕切りとして使われている気がするな。
近づいてみると壁に丸く切り取られたような穴が等間隔に開いているのが分かった。腕程度ならば入るが、子どもでも通り抜けるのは無理な大きさだ。
窓というか装飾のようなものか。デザインの一部のような感じかなぁ。
中の様子を見るには充分過ぎる大きさではあるので、都合がいい。
「門だ」
中央通りからヤツルギの屋敷に行くには門を通らないといけないようで、セキで見たような立派な木の門が建てられていた。
その前にはサムライがふたり衛視のように立っている。
門番、というわけだろう。
「こんにちは」
というわけで、さっそくにこやかに近づいてみる。
「こんにちは旅人殿。屋敷の見物だろうか」
意外にもフレンドリーな対応だったので、少しだけ驚く。
文字通り、門前払いされるかと思ったが大丈夫なようだ。
「えぇ。ヤツルギのお屋敷は見ておいて損はない、と言われまして。せっかく倭国に来たのだから見ておこうと」
「そうでござるか。敷地内に入ることは許されないが、ここからや窓から見るのであれば問題ない。どうぞ、ごゆるりと見物していくといい」
なるほど。
こうやって見物できるから、一種の観光地になっているのだろうか。
普通に見せてくれるからこそ、興味をそそられるわけで。壁の窓からもちょこちょこと見れるので、なんというか、楽しいのかもしれない。
見られるヤツルギさまは、たまったものじゃないだろうけど。どういうわけか、甘んじて受け入れているらしい。
セツナが幽閉されていたのは、こういう衆目を浴びるせいなのだろうか? いったいどんな理由があれば、セツナ殿を隠すことになるのか……まぁ、今ここで考えることではないか。
注目を集めてしまうのは王族も貴族も同じだ。人々の税で生かせてもらっている立場でもある。
衆目ぐらいには晒されておけ。
そのくらいは受け入れろ。
という感じなのかもしれない。
耐えられず貴族の名を捨てる者もいるし、本人次第というものではあるけどね。
「ただし、窓から手を入れるのは止めておいたほうがいい」
「なんでですか?」
パルが首を傾げながら聞いた。
「犬を飼っておるのだが、噛みつかれるやもしれん」
サムライは後ろを振り返りながら言った。
どうやら敷地内に放し飼いをされているらしく、運が悪ければ噛みつかれるようだ。
「なるほど、気をつけます。ありがとうございます、ゆっくり見物させてもらいますね」
とりあえず門から見える範囲を見物してみる。
正面から石で舗装された道が続き、それが屋敷まで続いていた。
屋敷はかなり大きく、見応えのある造りをしている。二階建てではないようだが、天井はかなり高い。
基本的には木造だが、下部には石が使われていたり、エンゴの城で見た白い壁であったりと素材は一定ではないようだ。
門からは見渡すことができないくらいに左右に広く、屋敷周囲の庭も立派なようだ。
この分だと、奥にもかなりの大きさがありそうだな。
恐らく、背後の海まで続いているのだろう。
「あ、犬だ」
放し飼いにされている犬が通りがかった。
デカい。
黒くて細身の犬で、パルの身長と同じくらいはありそうな犬だった。
犬はこちらを見てくるが……どうにも敵意が込められている気がする。友好的な雰囲気がないので、きっちりと訓練されているようだ。
「噛みつかれそうですわね。おぉ、怖い怖い」
ルビーが口元に手をやりながら言う。
手の下では笑ってそうだけど。
訓練された犬は厄介なので殺すしか方法がなかったりするが、ルビーなら制圧することは可能なはず。
人間種が大好きだと公言してるけど、犬も好きであってくれればいいのだが。
「ワンコはあの子だけでしょうか?」
「いや、他にもいるでござるよ。お嬢さんは犬好きでござるか」
「可愛いワンコが好きなのです。コボルトも好きでしたので」
「こぼるとっていうと、あの顔が犬の魔物か」
それですわ、とルビーは嬉しそうに答えた。
そういえば、コボルトと普通に暮らしていたら犬も好きになるか。
どっちかというと、犬をコボルトとして捉えていそうな気がしないでもないが。
それはそれでコボルト種には失礼な気がしないでもない。
「残念だが、犬は大きいのばかりで小さいのはいないでござる。撫でようとして噛みつかれないよう、気をつけるでござるよ」
「あら残念。でも大きいワンコも嫌いではありませんわ」
ルビーはお屋敷より犬に興味があるみたいだ。
「では、そろそろ失礼します」
一通り、怪しくない程度には門前から見物しておき、屋敷や庭の様子を存分に観察できた。
あまり長居するわけにもいかないので、頃合いをみて切り上げておく。
「良い旅を」
サムライたちに見送られて、正面の門から少し離れた。
中央通りの道はここから左右に分かれており、どちらも見える限りはヤツルギ屋敷の壁がずっと続いている。
「紹介された宿は右側だったか」
つまり街の東側にあるはず。
「では左側から調査する感じでしょうか。それとも先に宿を確保しておきます?」
ふむ。
「しばらく滞在しないといけないし、拠点はしっかりとしておきたいな」
旅人として怪しまれない程度の行動はしておきたい。
「移住するフリをしてみるとか?」
「それもひとつの手だな。働く場所もついでに探してみるか」
一番都合がいいのはヤツルギの屋敷で働けることだが……セツナが行動してるこのタイミングで旅人を雇うなど、愚の骨頂だ。
普通に考えて有り得ないので、まぁ適当に探すフリをするだけで移住者の擬態はできるだろう。
「ひとまず宿に行くか。名前は――」
「コーコーテー」
なんか発音が違う気がするが、パルの記憶に間違いは無いはず。
「あと色街も見ておきたいですわ。この静かな街にあるのかどうか疑問ですけれど」
「まぁ、人間種とは切っても切れないから有るはずだ」
娼婦は世界最古の職業、とも言われているし。
ここまでの規模がある街で、娼婦がいないとは思えない。
寝床があり、食べる物が満たされれば、次に必要になってくるのは性欲の解消だ。
それを統治者が放置してしまえば、必ず治安の悪化につながる。
手綱を握るのが一番の平和にも繋がるので、娼館は必ずあるはずだ。
娼館ではなくユーカクだったか。
エンゴの時のようにオイランを利用する手だが……まぁ、上手く同行できたとして、屋敷の内部を少しだけ調査するという名目では悪くない。
何度も使える手ではないのが残念だが。
「なんにせよ、宿を確保してからだな」
「はーい」
「了解しました」
というわけで、俺たちは壁に沿って右側へ――街の東へと移動する。
ひとまず端っこまでは見ておこうか、と思って移動していくのだが……
「師匠、どこまでも続いてますよ?」
「すげぇな……エンゴの城よりもデカいんじゃないか、これ……」
行けども行けども壁は終わらなかった。
壁の窓から敷地内を見ると、さすがに屋敷は終わっているのだが、その代わり庭園のような感じになっており、綺麗に整えられている木々の様子が分かる。
しかも池まであったり、そこに橋がかけられていたりするので、まったくもって贅沢な庭と言えた。
落ち葉ひとつ落ちてないところを見るに、きっちり管理されているようだ。
「しかも見ろ。砂利に線が入れてある」
綺麗に敷き詰められた砂利には波打つようにラインが入れられている。
あれでは足を踏み入れたことがバレバレになってしまう。
「師匠でも、あれを崩さずに歩くのは無理ですか」
「無理だなぁ。むしろ成長するブーツのほうが見込めるんじゃないか……?」
「無理ですよぉ。あたし重いし」
そこはマグを切りなさいな、とルビーといっしょにツッコミを入れてしまった。
「マグを切っても無理。なんであんな石がいっぱいあるんでしょうか」
「防犯だな」
俺は落ちていた石をいくつか拾って、両手に持つ。
そのまま手のひらで覆って、こすりあわせるようにして音を出した。
「こんな感じで上から踏むと石同士がぶつかって音が出る。忍び込むと考えたら、音は出したくないだろ?」
「じゃ、この石の部分を避けて侵入しないとですか?」
「そう考えるのが普通だが、そう考えさせられていると考えられる。つまり、石ではなく舗装された道には罠があるということだ」
「なるほどぉ……どうします?」
「どうしようか」
相当念入りにやらないと、強行突破となってしまうなぁ。
なんて思いつつ、俺とパルはルビーを見た。
「手っ取り早い方法、あたし知ってます」
「俺も」
「え~」
俺たちの視線を受けたルビーが不満の声を漏らした。
「いきなり頼られるのは不本意ですわ。それでは単なる道具みたいな扱いになってしまうではありませんか。わたしだってひとりの吸血鬼。人間種扱いしてください」
「ややこしい訴え方をしないでくれ」
吸血鬼として扱って欲しいのか人間として扱って欲しいのか、どっちだよ。
「難攻不落の屋敷に創意工夫でもって忍び込むのが面白いというのに。いきなり住民もワンコも皆殺しではつまらないでしょう?」
「誰もそこまでやれとは言っていないのだが……」
「目的は七星護剣だが七味胡麻剣だとかいうものでしょ。まずは屋敷の外に無いかを調べてみるところからではないでしょうか」
なんだよ七味胡麻剣って。
「まぁ、それは確かにそうだな。本当に行き詰まったら頼む」
「そのときはお任せください。ただし、相応の報酬はいただきますわよ」
「どんな報酬がいいの?」
パルの言葉に、そうですわね、とルビーは悩んでから答えた。
「フルーツ盛り合わせを食べたいですわ」
「安い報酬だなぁ」
「ふふ。パルなら何をもらいます?」
「え~っとね。師匠に頭を撫でてもらいながら肉を食べる」
「あら贅沢。では、わたしも報酬を追加しましょうか」
「頭?」
「胸」
「俺のご褒美になるじゃねーか……あ、いや、なんでもない」
失言でした。
忘れてください。




