~卑劣! カミノトの街~
雪山を下り、ちょっとした木々が生えた下り坂を通り抜けると――
「お~、見えてきましたよ師匠」
ようやく氷護のカミノト街がハッキリと見えてきた。
それと共にヤツルギの屋敷が思った以上に巨大であることが分かる。高い建物というわけではなく、敷地が広大というべきか。
奥に海が見えており、どうやら切り立った崖を背にしたかのような場所に街を作ったらしい。突き出したかのような場所がすべてヤツルギの敷地になっているようだ。
無論、山の中腹までも充分に見えていたので、今さらという感じもするが。ハッキリと見えるようになってきたことで色々と分かることもある。
特徴的なのはヤツルギの敷地内にあるいくつかの建物。ひとつの大きな屋敷があるだけなく、いくつか並んでいるようでもある。
あの建物の内のひとつにセツナが幽閉されていたのだろうか。
そう思うと、なんとも言えない気持ちにはなる。
「大きな街ですね、師匠」
「そうだな。流通の中心地という感じでもあるか」
カミノトから東西に向かって街道が伸びているのが分かる。また、大きな荷物を背負った商人と何人もすれ違ったので、倭国の北部における流通の要になっているのかもしれない。
「監視は無いか、ルビー」
「少し探索範囲を広げてみたのですが……逆にあちこちに人間種の気配がしていますので」
「あぁ~、近くなればそりゃ人も増えるか……」
山のふもとには森が広がっている。特に西側あたりは深い森になっているみたいで、絶好の狩場とも言えるだろう。
つまり、ニンジャだけでなく、本物の狩人もいる。
片っ端から全員を拘束していくわけにもいかないようだ。
「仕方ない。しばらく獣耳種として生きていくか。すまんな、ルビー」
「いえいえ気にしないでくださいまし。むしろ師匠さんにぴっとりぺったりと寄り添い続けられる喜びがあります」
「あたしにもくっ付いているのを忘れないでよ」
パルが俺とルビーの間に割り込むように身体を入れてきた。
「そんな嫉妬しないでくださいな、パル。あなたのことも大切に思ってますわ」
「ほんとに~?」
「えぇ。おパルがいませんと楽しくありませんので。生涯に渡る友を簡単に失うわけにはいきませんわ」
「永遠の親友だ」
「あらステキ。良い表現ですわね」
長命種にとっては、『永遠』は恐ろしいほど重い言葉ではあるのだが。
それをシレっと言えてしまうパルは凄いのかもしれない。
「俺も親友のひとりに入れてくれ」
「やだ」
「お断りしますわ」
なんでだよぅ。
「師匠は友達じゃなくて夫だもん」
「旦那さまですので、親友よりランクが上ですわ」
それはそれで嬉しいけれど、なんとなく寂しい。
今度勇者に会ったとき、永遠の親友になってもらおう。
戦士は――あ~、なんとなく親友になると無理難題を頼まれそうなので別にいいや。王国を作るのが夢だと言っているので、家臣とか重役を押し付けられそうな気がしないでもない。
そういうのは勇者に任せて、俺は適当に戦士の国でわりとノンキに生きていたい。
「ふむ」
「どうしたんですか、師匠?」
「将来の夢の方向性が決まった」
「子沢山の夢ですわね」
「違いま――いや、それも悪くないか」
お金なら黄金城の地下にいくらでも置いてあるので、全員問題なく養える。子どもには好きな仕事に就いてもらうことも可能だし、本人が望むのなら芸術分野に進んでも文句はない。
だが、ララ・スペークラに弟子入りしたいと子ども達が望んだ場合……俺はどうするべきだろうか?
男の子でも女の子でも、心配だ……!
――と、結婚すらしてないのに考えるのは何となくダメ人間な気がするのはどうしてだろうか。童貞の妄想ほど悲しいものはないし、それが黄金城で無限に湧き出る金でまかなおうとしているのが、余計に情けなさに拍車をかけているのだろうか。
やっぱり自分で稼いでこそ『家族の絆』を育てるのかもしれない。
いや、どうなんだ?
孤児だからこそ、そういうのに憧れてしまっているとか?
分からん。
「おっと。そろそろ旅人と護衛でいくぞ。人が増えてきた」
「はーい」
パルが前に出て先導するように歩く。俺とルビーは後ろに付いて行く形になり、旅人を装った。
山をくだり、森の中を抜け、平地となり、そろそろと街の入口が見えてくる。
相変わらず壁のようなものはなく、ただただ建物が見え始めるだけ。街道はそのまま街の中まで続き、舗装をしていない剥き出しの地面が続いている。
建物はやはり木だけで作られており、石やレンガといった素材は滅多に見かけない。全体的に薄い黒色のような街の印象は、倭国そのものと言えた。
「ごくろうさま、旅人殿、護衛殿」
街の入口あたりで街道を見張るサムライに声をかけられる。
「すまぬが、旅の目的を教えてもらえるでござるか」
「目的?」
今までにない質問に、パルが首を傾げる。
「ヤツルギのお屋敷が立派だと聞いたので、せっかくなので見ておこうと思いまして。いやはや、まさか雪山がここまで厳しい物だとは思いませんでした」
苦笑しつつ、そう答えておく。
「ふむ、無事に越えられたようでなによりでござる。時にオロチは大丈夫でござったか?」
「えぇ。山小屋では肝を冷やしましたが、無事に山を越えることができました。いやぁ、戦々恐々でした。なんとか討伐することはできないものでしょうか」
「申し訳ない旅人殿。此度のオロチは逃げると聞いておる。もしも安全を考慮するのであれば、山ではなく航路で帰られるのがよろしい」
「航路があったんですの?」
ルビーが、それなら早く言え、みたいな視線をサムライに向ける。
「ハハハ。ですがかなりの遠回りになるでござる。時間と路銀があれば、の話でござるので推奨しているわけではござらぬよ」
まぁ、山の上から見たところ港街のような物は一切見えなかったからな。
カミノトから左右……つまり、東西に道が伸びていた先に漁師街のような物があるんだろう。
そちらまで行けば船で移動できるようだ。
「分かりました。帰りは考えてみます。港街も見物しておいて損はないでしょうし」
「それならば東にある港町がよろしかろう。シロノサキという名で、宿が優れているでござる。もっとも、それなりにお高いが」
「高いんですか……」
「高いでござるなぁ……」
サムライも憧れているくらいの立派な宿があるらしい。
「少しカミノトで働いていくのも悪くないか。あぁ、そうだおサムライさん。頃合いの宿があるのなら教えて欲しいのですが」
「ふむ。それならば街の右手側にある『煌々亭』がおすすめでござる」
こうこうてい、か。
「分かりました。ありがとうございます」
「良い旅を」
そう挨拶してから、カミノトの中へと入る。
中央道りとも言える大きな道をそのまま歩いて行ったところで、ふぅ、とパルが息を漏らした。
「さっきの人、ニンジャかな」
「分からん。普通のサムライのようでもあったし、難しいところだ」
視線をルビーに向けてみると――ルビーは肩をすくめた。
さすがにルビーの能力でも職業までは分からんよなぁ。
「それにしても……静かな街だな」
俺は周囲を見渡す。
建物はそれなりにあり、商売もやっているようだが……なんというか、静かだ。決して活気がないわけではないのだが、なんというか『がなる声』で呼び込みをしていない。店員は客が店に入ってくるのを待っているような感じか。
旅人の姿もあるにはあるんだが、冒険者はひとりもいない。
だからといって寂れている雰囲気ではなく、まさに『静か』というニュアンスだ。
「落ち着いた感じ?」
「そうだな。ヒメノミチやエンゴはもっと活気がある感じだったのだが、まったく雰囲気が違うな」
食材を売る店の店員さんと目が合う。
にっこりと微笑むだけで、呼び込みはされなかった。
なんというか、余裕がある。商売っ気がないのではなく、そこまでして売りつけなくても早々に困っていない、という感じだろうか。
一応、ざわざわとした雑踏のような感じではあるんだが、全体的に大人しい雰囲気が漂っていた。
「独得な街ですわね。何かをすれば必然的に目立ちそうです」
「そのようだ」
街ではなく村として考えたほうが良いのかもしれない。
なんて考えつつ中央通りを歩いて行くと、遠くに壁が見えてきた。
「あれがヤツルギの屋敷か」
ようやく見えてきた敵地。
ヤツルギの屋敷は、どうやら周囲と隔絶するように壁に隔てられているようで。
中央通りからは大きな門があり、そこから先は入れそうにない。
「さて。まずはどう攻略したものか」
俺は少しだけ乾いた唇をぺろりと舐め。
見物を開始するのだった。




