~卑劣! 頂上からの景色~
ほう、と喉が痛くなる息を吐く。
空気を吸い込むと、胸の奥まで冷たさが染みわたり、魔力を凍らせるようにして身体の中から出ていった。
まるで白い煙だな、なんて思ってしまう。
それらはしばらく空へ昇っていくと、霧散して濃い青の空へと消えていった。
吸い込まれそうな黒い青。
空高くまでやってきたが、残念ながら神さまや精霊女王が住む太陽や月はまだまだ遠いようだ。
「ふへぇ~、ついたー!」
頂上に辿り着き、パルがバンザイをする。
真っ白な雪山の上には、真っ白な頂上の世界と共に、真っ青な空が広がっていた。
さえぎる物は何もない絶景だ。雲よりも上に自分たちが立っているのが分かり、振り返れば登ってきた山道が軌跡のように見下ろせた。
何度も何度も折り返して登ってきたので、高さ以上の距離を登ってきたように感じる。
「頂上と聞きますと尖っているところを想像してたのですが。意外と平坦なんですのね」
ルビーは周囲を見渡しながら言った。
どうやらこの雪山は、三角形ではなく台形だったようで。
山の頂上はそれなりに平坦なスペースがあった。まぁ、厳密に言うと『頂上』ではないのかもしれない。
左右を見渡せば、この場所より高い尖ったような場所もあるので、そちらが頂上と言えるだろうか。
もっとも。
あんな針の先端のような頂上に挑んだところで、名誉以外に得られる物がない。リスクを背負ってまで、あちらに挑戦する意味はないなぁ。
「ちょっと休憩だな」
さすがに山小屋は見当たらないものの、ここでなら少し休憩していけそうだ。さすがに太ももや足に疲れが溜まっている。まだまだ動けることは動けるが、休憩しておいて損はしまい。
防寒のマグが無ければ、ここまでのんびりと絶景を楽しむ余裕はないのかもしれないが。
「にひひ~」
そんな凍える頂上で、パルがランドセルを下ろす。
中から取り出したのは……湯気が出ているホカホカの白いおまんじゅうだった。
確かアンコが入っている、あんまん、だったか。ヒメノミチの街で買っていたっけ。
さすが『保存のランドセル』。
たぶん、こういう使い方が正解なんだと思う。
決してエクス・ポーションを作るために生まれてきたものではない。
「できたてを入れといた! 師匠と頂上で食べようと思って」
「ははは、ありがとう」
可愛らしい弟子の希望を断る師匠がどこにいようか。
というわけで、あんまんを受け取る。
あちち、と思わず言ってしまう程度にはホカホカだった。
すげぇな、保存のランドセル。
この技術があれば、不老不死も夢ではないんじゃないだろうか……?
「はい、ルビーにもあげる」
「ありがとうございます。代わりに血を吸ってあげますわね」
「なんでよぅ」
冗談を言いつつ、みんなであんまんを食べた。
ふかふかの生地を蒸していて、中にアンコがぎっしりと詰まっている。それでいて甘すぎることはなく、食べやすくて美味しい。
「体力を回復するには丁度いいな」
「師匠お疲れ?」
「この程度なら大丈夫。だが、疲労がないわけではない。パルもそうだろ?」
「そうかも。太ももが疲れてる」
「あとで――ちゃんとマッサージしておくように」
危ない。
俺がマッサージしてやろう、と発言するところだった。
危ない。
「何ですの、今の『間』」
「スタミナ・ポーションを使っておけ、と思ったんだが、倭国では手に入りにくいなと思ってな。自力回復が望ましいと思って」
ふ~ん、と一応は納得してくれたルビー。
嘘には本当のことを混ぜればいい。
うん。
「そういえば、倭国って神殿が少ないですよね」
「一応、有るには有るんだが。神官がいなかったりするんだよな。あと、山の頂上にもあったりする……え~っと、あったあった、あれだ」
頂上を見渡すと、小さな家みたいな形をした箱があった。雪で周囲は埋もれているが、そこだけ雪が退けられている。
あんまんを食べつつそちらに向かった。
「これが倭国の神殿だ」
「え!?」
「これが神殿ですの!?」
驚くパルとルビー。
神殿と言えば立派な建物であり、神官が常駐していて、立派な神の像が立てられている、というのが大陸の常だ。
対して、山の頂上にある倭国の神殿は、普通の木で作られた単なる箱っぽいもの。
どう見ても神殿には見えないだろう。
「倭国では、こんな感じの神殿が多い。もちろん、ちゃんとした神殿もあるけど、大陸と違って形がぜんぜん違うから気付かないことも多いな」
「ほへ~。どの神さまの神殿なのかな?」
パルは神殿のまわりをぐるっと回ってみる。
しかし、それ以上の情報は何もなく、ただただ箱があるだけ。
「祈ってみれば声が届くんじゃないでしょうか。運が良ければ加護を頂けるかもしれませんわよ」
「そうかも。神さま神さま、どうぞ加護をください~。神官魔法使ってみたいです!」
下心満載のお祈りだった。
「……返事がない」
「まぁ、神の声が聞けるのならナーさまやアルマさまの声が聞こえてるはずだからなぁ。あのふたりの声が聞こえないのだから、俺たちには神官の才能がない」
神官の才能っていうのも、変な言葉だけど。
たぶん、魔力の少なさだけが原因ではなく、信仰心とかそういうやつ。
「盗賊は神官になれないか~」
悪いこといっぱいしてきたもんなぁ。
と、俺とパルは肩をすくめた。
「当然、わたしは無理ですし、祈るつもりもありませんので」
ルビーがなぜか自慢気に胸を張った。
神に祈らないスタイルがカッコイイと思っているのかもしれない。
「神さま神さま。むしろルビーに加護を付けると嫌がらせになりますよ!」
「なんてこと言うんですの、この小娘!?」
むしろ、神さまに加護をもらうのがイヤっぽい。
まぁ、魔物種だしな。
なにより吸血鬼なので、太陽に住む神さまとは相性が最悪かもしれない。
加護を受けた途端に燃え上がって消滅する可能性もあるんじゃないか。
「……とりあえず、神の声は聞こえませんわ。安心です」
「許されて良かったね」
「わたし、何も悪いことしてませんわよ。ただちょっと魔王領で人間種を支配していただけです」
言葉だけ聞くと最悪なことをしているように聞こえるんだが……
実際のところ、人間種と魔物種が仲良く暮らしていた理想の街を作ってたので、どの王族よりも偉いんだよなぁ、ルビー。
普段の言動を見てると、まったくもって信じられないが。
「よし、そろそろ休憩を終わりにしよう」
頂上の景色は楽しめたしな。
「ルビー、どうだ?」
「ニンジャ等の気配はありません。魔力の流れも通常の物です。問題はありませんわ」
もっとも、とルビーは付け足す。
「左右にも頂上が広がっておりますので、どこからか『視力』で監視されていた場合は保障できませんわ」
「恐らく見られてるんだろうなぁ」
壁のように連なる山なので、いくつも頂上がある。いま俺たちが立っているのは、比較的なだらかな場所であり、左右には切り立った崖のようになった場所や、尖った一枚岩が刺さっているような場所まである。
遠く離れたそこから監視されているのであれば、もうどうしようもない。
「旅人として偽装できているかな」
「大丈夫ですわ。のんきに観光してる旅人に見えてます。使命を受けたものが、こんなところでノンキにあんまんなんて食べるはずがありませんもの」
確かに、と笑ってしまう。
「あたしが食べたかっただけだもんね。丁度良かった?」
「良いカモフラージュかもしれんな。ノンキってのも大事か」
「えへへ~」
さて、頂上を移動し反対側の下り道へと向かう。
そちらも同じような雪道であり、下界の姿が見えた。曲がりくねった山道の先には大きな街が見える。
ヒメノミチと同じく、山裾にできた街。しかし、すぐ先には海が見えた。
山と海に囲まれてはいるが、港町らしい船はまったく見当たらない。
どうやら街のある場所が高い崖の上になっているらしく、直接海には下りられないような高さにあるようだ。
「あれがカミノトか」
「ここからでも大きな屋敷があるのが見える。あれがヤツルギのお屋敷かな」
街の中央ではなく、海側に面するように大きな屋敷があるのがかろうじて分かった。
恐らくあれがヤツルギなのだろう。
「思った以上に巨大だな」
ふむ。
あそこまで大きいと、出入りする人間は多いはず。
忍び込むのは簡単そうに思えが――無論、相手するのはニンジャなので注意は必要だ。
加えて、大きいからこそ七星護剣を探し当てるのは苦労しそうだ。
「何度も侵入するくらいの覚悟が要りそうだな」
「やはりオイラン。オイランになるしかなさそうですわね」
「それもひとつの手か。頼むぞ、ルビー」
「否定してください。わたしが他の客に手籠めにされてもよろしいんですの?」
「イヤだ」
「だから師匠さんが好きなのです。キスしていいですか?」
「イヤだ」
「そこは許可を出すところなのでは!?」
パルがケラケラと笑った。
ニンジャに見張られてる可能性が高いんだ。そんなところでルビーとちゅっちゅしたくない。
なんかロリコン野郎が山を越えてきたぜ、とか報告されるんでしょ?
最悪じゃーん。
「さて、そろそろ向かうぞ。上がってくる人たちが見えてきたしな」
カミノト側から登ってくる人の姿が見えた。
朝一番に向こう側の山小屋から出発したんだろう。
そんな彼らに紛れるのが一番だ。
旅人を装い、柔和な笑顔を浮かべて下山を開始する。
さぁ、いよいよカミノトだ。
気合いを入れて、盗みを働こうじゃないか。




