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恋をしたのは、年下の男の子でした。  作者: 藤乃宮 雅之
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~対峙と葛藤と~



 約30分の休憩を取った章浩が戻って来た。

 キッチン側の『スタッフ用出入口』と貼られた、教室の後ろ側の扉を開けて入ると、その姿を見た六華が泡立て器とボウルを手にやって来た。

「いっくん、おかえり。村崎センセが帰ったら来てくれって。」

「分かった。何だろ?」

 パーテーションに作っている『通用口』の方へ顔を向けた。

「あ、あのさ、いっくん。」

 六華が周囲を気にしながら小声で話しかける。

「あ、あのっ。明日のお昼休憩なんだけど、一緒いいかな?」

「うん。休憩時間の調整は付いたんだろ? 大丈夫だよ。」

「うん。わがまま言ってごめんね。」

 少し顔を赤くした六華が上目遣いで章浩を見る。

「いまさら遠慮なんてしなくて良いよ。僕とりっちゃんの仲だろ?」

 微笑む章浩に六華が恥ずかしそうにはにかむ。

「それじゃ、先生のトコ行ってくるね。」

「うん。」

 章浩は『通用口』から顔を覗かせ、綾香の姿を探る。

 ちょうど柱時計の所に居た綾香と目が合って、ひょいと手を上げて挨拶する。

「一色くん。ちょっと廊下、良い?」

 近くに来た綾香は神妙な面持ちで章浩を見上げた。

「・・・冗談口で返しちゃマズいヤツだね?」


 綾香の後に続いて廊下に出た章浩は、そのままずんずんと進んで行く綾香を小走りで追う。

 渡り廊下に向かう少し広めの廊下に曲がって、綾香は足を止めた。

「・・・あのね。章浩くん。」

「ここは告白スポットその一なんだけど、そういう雰囲気じゃなさそうだね。」

 冗談めいたセリフだが、章浩も真顔で綾香を覗き込む。

「・・・章浩くんの休憩時間にね。来たの。」

 眉間に浅いシワを刻んだ綾香の表情に、章浩が口元をきゅっと引き締める。

「そうか・・・せいりが・・・」

「ちがうっ! 解ってて言ってるでしょっ。」

 目を剥いて綾香が叫ぶ。

 口元だけで笑った章浩が辛そうな顔をした。

「あいつが来たんだね。」

「教室前で待つなんて言ってたから、大岩先生と相談して進路指導室を開けて、そこに居てもらってるの。」

「つまり、僕が会わなきゃ収まりが付かない状況って事だね。」

「章浩くんがどうにもムリなら、このまま早退してもらって構わないわ。後は私がなんとかする。」

 綾香は、うつむいている章浩の手をそっと取った。

「・・・いや。行くよ。好きな人に、そこまで迷惑はかけられない。」

 真顔で言われたセリフに鼓動が跳ねた。

「ひとつお願い、良い?」

「う、うん。なあに?」

「綾香さんのハンカチ貸して。」

「え?」

 意外な提案にきょとんとする。

「お守りに綾香さんの何かを持っていたいんだ。綾香さんがここに居るって思えれば心強い。」

「うん。分かったよ。」

 綾香はポケットから和柄のガーゼハンカチを取り出して手渡した。

「ありがと。オシャレなの持ってるんだね。」

 章浩は夏スラックスのポケットから青地に白ストライプのハンカチを取り出した。

「それじゃ、しばらく交換ってことで。」

「うん。」

 綾香は温かいハンカチを手に取って章浩を見つめた。

「それじゃあ、行きましょうか?」


 進路指導室の前に立つと、章浩は数回深呼吸して、綾香に目配せする。

 頷いた綾香は扉に向かって声を掛けた。

「失礼します。」

 部屋の中では大岩教諭と例の男性が机を挟んで向き合って座っていた。

「やあ、今、学校生活の事をいろいろと教えてもらってたところだ。弓道部でも結構活躍しているそうじゃないか。一年生で地区大会六位だそうだね。」

(へぇ、やっぱり上手いんだ。すごいなぁ)

 この状況なのに、妙に感心して綾香は章浩をチラリと横目で見る。

 章浩は無表情でそこに立っていた。

「今日来たのは、ちょっと話がしたくてね。まあ、座ってくれないか。」

 章浩は無言で大岩教諭の左隣に座り、綾香もその隣に座った。

「話しは手短にお願いします。今学祭中で、クラスの仲間が店舗運営を頑張ってるんですから。」

 章浩はぶっきらぼうに言い放ち、その男性は弱ったような笑顔を向ける。

「そう、つっけんどんにしなくても良いだろ? あれから10年。僕も刑期を終えて充分に反省したよ。認めたく無かった自分自身の、若さゆえのあやまちにも真摯に向き合えるようになった。」

「そこで引用したら赤い人に失礼ですよ。」

「なんで高校生が知ってるんだ?」

 むすっとして話す章浩に大岩教諭がツッコミを入れる。

「それじゃ、本題と行こうか。また3人で暮らさないか。」

 ぐっと体を乗り出して、この男性は章浩の目を見据える。

 章浩はポケットに手を入れて、その中のハンカチをぐっと掴んだ。

「大学進学や奨学金申請の際にも、片親だけの場合より心強いだろ? 社会的な書類にも気兼ねが無くなるしな。どうだ。」

 じっと睨みつけるような眼光で章浩を凝視する。

「失礼ですが、片山さん。そういう物言いは穏やかじゃありませんね。一色くんにも考えを整理する時間が必要とは思えませんか?」

 大岩教諭が、その男性に向かって口を開いた。

 ペースを乱されてちょっと嫌な顔をした彼だったが、すぐに笑顔を作った。

「ああ。済まない。ちょっと気が急いていたようだ。どうだ、章浩くんから博美にも話しをしてくれると嬉しいんだ。」

「・・・僕もほとんど母さんには会えてないんだ。弁護士さんに相談しなくちゃいけない。」

「なんだ。まだあいつが間に入ってるのか。もう章浩くんも選挙権のある18歳だろ。当人同士の話として手を引いてくれれば良い物を。」

 章浩の口元がギリっと歪んだ。

 章浩の(ひだり)(もも)に、そっと温かい手が添えられた。

 左側は視界の無い章浩だが綾香の温かさを感じて理性を取り戻した。

「ふう・・・まあ、間に人が入るのも悪い事じゃないですよ。客観的に物事が見られし、冷静な判断も出来る。匕首(あいくち)とか(やじり)とかは突き立てられたくないでしょ?」

「はっ。物騒だな。それじゃ、あいつに弁護士を交えて話がしたいと伝えてくれるかい? 僕からは連絡が付かないから。」

「ええ。話だけは通しましょう。弁護士さんが知ってる連絡先で良いですか?」

「おおっと。そうだ。新しい連絡先の名刺が有った。これを渡してくれ。」

 そう言うと胸ポケットから革の名刺入れを取り出し、机の上に置いた。

 置かれた名刺を、章浩が指で引き寄せて視線を落とす。

「・・・分かりました。他に要件は?」

「そうだな。まだまだ話し足りないが、今日はこの位にしておこう。学祭の邪魔をして悪かったな。今度は二人で話がしたい。良いよな。」

 半強制的な物言いに、口元を歪めた章浩が、再びポケットのハンカチを握りしめる。

「・・・そこは、あの人と話がついたら、ですよね。」

「・・・そうだな。」

 ピリピリとした空気が流れる。

「・・・それじゃあ、そろそろ模擬店に戻らないと。あき・・・一色くんは接客チームの主力ですから。」

 綾香が机に身を乗り出して、その場を閉じる。

「ああ、一色。ご苦労だった。行って良いぞ。」

「・・・はい。それでは失礼します。」

 軽く頷いた章浩は綾香と一緒に席を立って、一礼して部屋を出て行った。


 無言で並んで歩く。

 南館から中館に移り、学祭を楽しんでいる学生たちとすれ違う。


 自主映画を上映している第一視聴覚室の前を過ぎる頃、章浩が口を開いた。

「綾香さん。」

「はい。」

「ありがと。すごい心強かった。」

「ふふ。ハンカチひとつでそこまでお礼言われると、何だかくすぐったいわ。」

「あと、手、添えてくれたし。」

 ぽてぽて歩きながら章浩に笑顔が戻った。

「・・・うん。辛そうだったから。」

「左に居たから綾香さん見えなかったけど。綾香さんは感じれたから、嬉しかった。」

「力になれてよかったわ。」

「そうだ、綾香さん。『研修室』はまだ使えるの?」

 ちょうど第二視聴覚室、つまり教育実習生の『研修室』を通っている時に章浩は綾香の方に顔を向けた。

「うん? まだ私たちの荷物があるから入れるわよ。」

「店舗に戻る前に10分ぐらい休んで良い? 情けない話、すっごい疲れたから。」

「ええ。それくらいなら大丈夫でしょ。じゃあ、入って。」


 周囲に人が居ないのを確認すると、二人はそっと扉の中に体を滑り込ませた。

「ふい~。疲れた。何だか今日のエネルギー使いきった気分。」

 章浩はどっかりと腰を下ろして机に肘を置いた。

「おつかれさまね。気分はどう?」

「綾香さんが隣に居てくれるから、いい気分だよ。」

 にっこりと笑って章浩がポケットをごそごそと探った。

「くしゃくしゃにしちゃったから洗って返すね。」

 ハンカチを引っ張り出して苦笑いを浮かべる。

「ああ。気にしなくても良いのに。」

「そう? 持って帰って洗濯前に綾香さんの香りをオカズにしようかと。」

「返してっ!」

 顔を赤くした綾香はハンカチをむしり取った。

「ちぇっ。綾香さんもぼくのを使ってシても良いのに。」

「そんなことシませんっ。人を変態みたいに言わないのっ。」

 目を剥く綾香に、いつもの章浩の笑顔が戻っているのが分かった。

(良かった。元気になって。)

「綾香さん。」

 ぐいと章浩の顔が迫って、思わず綾香が仰け反る。

「な、なに?」

「お願い。良い?」

「うん?」

「元気が出るおまじない、して。」

 綾香の顔の数センチ前で章浩のキレイな顔が微笑む。

「え? ど、どんな?」

「そこはお任せ。」

「あ、試してるの?」

「どんな風に癒してくれるのかな~って。」

 いたずらっぽく笑うと、章浩は目を閉じた。

(こっ、これは・・・アレよ・・・ね?)

 ちょっと生唾を飲み込むと綾香は唇を湿らせた。


 ちゅっ。


 軽やかな水滴のような音がして、お互いの柔らかな感覚が溶ける。

 小鳥のようなキスの後、頬を赤くした二人は照れ笑いを浮かべてお互いの顔を見つめ合った。

「やっぱ、恥ずかしいね。」

「ひ、人にさせておいて、それを言う?」




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