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四つ葉亭でウェイトレス始めました

 ギルドの奥にある食堂は、思っていたよりこぢんまりとしていた。


 木のテーブルが六つ。カウンター席が五つ。壁には、色あせた四つ葉のクローバーの絵が描かれた看板がかかっている。


『四つ葉亭』


 昼どきだというのに、客は二組しかいなかった。


「店長ー、いるー?」


 ミアが厨房に向かって声をかける。


 奥から、のそりと男が出てきた。


 背が高い。肩幅が広い。袖をまくった腕には、古い傷跡がいくつも走っている。くすんだ金髪を無造作に後ろへ流し、エプロンの紐をぎゅっと締め直しながら、男は眠たげな灰色の目でこちらを見た。


「……なんだ、ミアか」


(え)


 まなみの脳内で、なにかのアラームが鳴った。


(え、待って!顔がいい…声が低い、気だるげ、エプロン、傷跡…え!?属性盛りすぎではぁ!?)


「この子、マナミ。給仕の仕事探してるんだってさ。店長、人手足りないって言ってたでしょ?」


 男は、まなみを上から下まで眺めた。


 値踏みするというより、ただ、確認するような目だった。


「……レオンだ。ここの店長をやってる」


「ま、マナミです! よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げる。長い黒髪が、ばさっと前に垂れた。


 レオンは少しだけ黙ってから、ぽつりと言った。


「皿、運んだことはあるか」


「あります!」


「何枚持てる」


「三枚です! 腕に乗せれば四枚いけます!」


 レオンの眉が、ほんのわずかに上がった。


「……やってみろ」



   ◇ ◇ ◇



 厨房のカウンターに、湯気の立つ皿が三つ並べられた。


 鶏肉と根菜をじっくり煮込んだシチュー。焼きたての黒パン。彩りのいい葉野菜のサラダ。


 まなみは、すうっと息を吸った。


 左手で一枚。その手首から肘にかけて二枚目。右手で三枚目。


 身体が覚えていた。駅前のファミレスで、ランチタイムの地獄を毎週くぐり抜けてきた、あの感覚。


 テーブルの間をすいすいと抜ける。客の前で、すっと膝を折る。


「お待たせいたしましたー! こちら、本日の煮込みシチューでございます! 熱いのでお気をつけてお召し上がりくださいませー!」


 皿を音もなく置く。にこっ、と営業スマイル。


 客の冒険者二人組が、ぽかんと口を開けた。


「……お、おう」


「なんか、すげえ丁寧だな……」


 カウンターの向こうで、ミアが口笛を吹いた。


「へえ、やるじゃん」


 振り返ると、レオンが腕を組んでこちらを見ていた。表情はほとんど変わっていない。


 でも、小さくうなずいた。


「明日から来い」


「っ、はい!」


(よっしゃああああっ!! バイト経験、ありがとう! 当時のクソ店長、ありがとう! いや、あいつは別にありがとうではないな!)



   ◇ ◇ ◇



「がっはっはっは! そうかそうか、レオンが雇ったか!」


 食堂の入り口から、雷みたいな笑い声が響いた。


 入ってきたのは、熊だった。


 いや、人間だった。人間のはずだった。身長は二メートル近く、胸板は樽のように厚く、顔の半分を灰色のひげが覆っている。


(熊…! 熊がしゃべってる!)


「ギルドマスターのガルドだ。よろしくな、嬢ちゃん」


 差し出された手は、まなみの顔くらいの大きさがあった。おそるおそる握り返すと、ぶんぶんと上下に振られて、肩が抜けるかと思った。


「話はリリィから聞いとる。宿なしなんだってな?」


「う……はい……」


「ギルドの二階に、空いとる部屋がひとつある。狭いが寝るには困らん。家賃は給金から少し引いとくが、いいか?」


 まなみは一瞬、言葉を失った。


 家。


 屋根と壁と、自分だけのベッドがある場所。


「……いいん、ですか?」


「おう。うちの食堂で働くなら、身内みたいなもんだ」


 ガルドはカウンターの奥にいるレオンのほうへ、ちらりと目をやった。


「それにこいつがひとりで店を回すのも、そろそろ限界だったしな」


「……余計なことは言わなくていい、ガルドさん」


 レオンが、ぼそりとつぶやいた。



 その日の夕方。


 まかないとして出されたシチューを、まなみはカウンターの端でひと口すくった。


 口に入れた瞬間、肩から、すとんと力が抜けた。


 やわらかく煮込まれた鶏肉。甘い根菜。ほんのり効いたハーブの香り。身体の芯まで、じんわりと温かさが染みていく。


(……あ、だめだ、これ)


 ぽろっ、と涙がこぼれた。


 ぽろぽろと止まらなくなった。


「お、おい」


 レオンが、焦った声を出した。


「まずかったか?」


「ちが、ちがいます……おいしいです……」


 鼻をすすりながら、まなみはスプーンを動かし続けた。


 異世界に来てからまともに温かいものを食べたのは、初めてだった。いや…日本にいたころだって、コンビニ弁当とカップ麺ばかりだった。


 誰かが自分のために作ってくれたご飯なんて…いつぶりだろう。


「……そうか」


 レオンはそれ以上何も言わず、空になりかけた皿に、黙ってもうひとすくいシチューを足してくれた。



   ◇ ◇ ◇



 それから数日で、まなみはギルドの面々とすっかり顔見知りになった。


「マナミさーん! 今日のおすすめ、なんですかぁ?」


 昼休みになると、受付のリリィが駆け込んでくる。


「本日はですねぇ、店長特製の香草焼きでございます!」


「わーい! それにしますぅ!」


 リリィはギルドの職員なので少しだけ割引がきく。それでもここの料理は、街の大衆食堂より少し高い。だから常連は懐に余裕のある冒険者と、受付の職員たちくらいだった。


「あ、それとね、マナミさん。今度お休みが重なったら、一緒に市場に行きませんかぁ? かわいい雑貨屋さんがあるんですよぉ!」


「行きますっ!」


(うおおおおおっ! 友達! 異世界で友達ができた!)


 ミアは、依頼帰りにふらりと寄っては、エールを一杯だけ飲んでいく。


 ときどき、ミアの後ろをついてくる少年がいた。


「ピートです…魔法使い見習いです。よろしくお願いします」


 背筋をぴんと伸ばし、分厚い本を大事そうに抱えた、いかにも優等生といった男の子だった。年は十七だという。


「こいつ、ギルドの二階に下宿してるんだよ。マナミの隣の部屋」


 ミアが、ピートの頭をぽんぽんと叩いた。


「田舎から出てきたばっかりの駆け出しで、金がなくてさ。ガルドさん、そういう若いのには、二階の部屋を安く貸してやってんの」


「どうしてですか?」


「家賃を払うために無茶な依頼を受けて、死なれちゃたまらないんだってさ」


 ミアは、肩をすくめた。


「ああ見えてあの人、そういうとこだけは細かいんだよ」


「ぼ、僕は無茶なんてしません! ちゃんと、自分に合った依頼しか受けませんから!」


 ピートは、顔を赤くして抗議した。


 まなみは、なるほど、とうなずいた。自分が二階の部屋に住めることになったのも、きっと同じ理由なのだろう。


(ガルドさん熊みたいなのに、やさしい……)


「魔法使い……!」


 まなみの目がきらきら輝いた。


「ねえねえピートくん、魔法ってどうやって使うの? 詠唱とかするの?」


「詠唱、ですか?」


 ピートは、きょとんとした顔をした。


「詠唱なんて、子どものころに歴史の授業で習うくらいですよ。普通は、頭の中でイメージするだけで発動しますから」


「えっ」


「大昔の魔法使いは、長い詠唱をしてたらしいですけど。今そんなことしてたら、戦闘中に斬られちゃいます」


 まなみは、そっと胸を押さえた。


(こ、この世界も詠唱破棄が常識かぁ……!)


 ネット小説で何度も見た光景が、ここでも当たり前のように存在していた。


 異世界にまで来て、それでも詠唱は、かっこいいけど実用的じゃない扱いなのだった。



   ◇ ◇ ◇



 閉店後。


 まなみは、テーブルを拭きながら、壁の看板を見上げた。


 色あせた、四つ葉のクローバー。


「店長、このお店の名前って、どうして『四つ葉亭』なんですか?」


 厨房で鍋を洗っていたレオンの手が、一瞬だけ止まった。


「……さぁな」


 それだけ言って、レオンはまた鍋を洗い始めた。


(……あ、これ、聞いちゃいけないやつだ)


 オタクの勘が告げていた。これは、たぶん、もっとずっと後で明かされるタイプの過去だ。


 まなみは、それ以上は聞かずに、テーブル拭きに戻った。



 その夜。


 ギルド二階の小さな部屋で、まなみはベッドに寝転がって天井を見上げていた。


 木の天井。染みはない。窓の外から、夜の街のざわめきがかすかに聞こえてくる。


(なんか……)


 毎朝、厨房のいいにおいで目が覚める。昼はリリィとおしゃべりして、夕方はミアとピートが顔を出して、ガルドの笑い声がギルド中に響いて。そして、無口な店長が、毎日おいしいまかないを作ってくれる。


(異世界っていうより……田舎でバイト暮らししてる感じだなぁ)


 S級冒険者にはなれなかった。伝説のモフモフも従えていない。王子様にも出会っていない。


 でも、前の会社よりずっと、ここは息がしやすかった。


 ふと、実家の両親の顔が浮かんだ。


 地方の、のんびりした町。のんびりした父と、のんびりした母。まなみが就職で上京するときも、「まあ、好きにやんなさい」と笑って送り出してくれた人たちだ。


 最後に届いた母からのメッセージは、たしか「ちゃんと食べてる? たまには帰ってきなさいよ」だった。まなみは、猫が親指を立てているスタンプをひとつだけ返して、それっきりだった。


(……お盆には帰るつもりだったんだけどなぁ)


 胸の奥が、ちくりとする。


 でも、実家にはしっかり者の弟がいる。まなみよりずっと要領がよくて、地元で就職して、両親の面倒もよく見ている。「姉ちゃんはオタク活動だけしてればいいよ」と、半分呆れながら言ってくれた弟だ。


(あの子がいれば、お父さんとお母さんは大丈夫)


 それに、トラックに轢かれたのだ。向こうの世界の自分がどうなっているのかは、あんまり考えないことにした。帰る方法なんて、そもそも見当もつかない。


 仮に帰れたとしても、待っているのは、終電とクソ上司とキモい同僚の日々である。


(……うん。それは…ちょっと…いやかなりイヤだな?)


 まなみは、天井に向かって、小さく笑った。


(お母さん。わたし今、ちゃんと食べてるよ。毎日、すっごくおいしいまかない食べてる)


 届くはずのない返事を、心の中で送っておいた。今度はスタンプじゃなくて、ちゃんとした言葉で。


「……よし。明日も、がんばろ」


 つぶやいて、寝返りを打つ。


 部屋の隅には、日本から持ってきたバッグが置いてあった。


 その中には、あの日血迷って買った分厚いネタ本がまだ一度も開かれないまま、静かに眠っていた。



   ◇ ◇ ◇



 四つ葉亭で働き始めて、半月が過ぎた。


 仕事は順調だった。


 三皿持ちは今や五皿持ちに進化し、常連の注文はだいたい覚えた。リリィは香草焼き、ミアはエール一杯と豆の煮込み、ピートは一番安いスープとパン。ガルドは、とにかく肉。


 問題は…その常連以外がほとんど来ないことだった。


「……今日も、昼は七人か」


 閉店後の厨房で、レオンが帳面を眺めながらぼそりとつぶやいた。


「もっと客が来りゃな」


 まなみは、皿を拭く手を止めた。


 四つ葉亭の料理は、街の大衆食堂より少し高い。ギルドの中にあるから家賃もかかるし、レオンは食材にも手を抜かない。だから、懐に余裕のある冒険者くらいしか寄りつかないのだ。


 味は絶品なのに。


(……これは)


 まなみの中で、なにかがむくりと起き上がった。


(これは、現代知識無双のチャンスでは!?)


 異世界の食堂。客が来ない。そこへ現れる、現代日本の料理知識を持った転移者。


 読んだことがある。何回も、何十回も読んだことがある。


 そして、その手の話でほぼ必ず最初に登場する調味料がある。


(マヨネーズ……!)


 異世界人がひと口なめて「な、なんだこの白いソースは!?」と目をむく、あれだ。パンにつけても、野菜にかけても、肉に添えても合う、万能の調味料。あれさえあれば、四つ葉亭は行列のできる店になる。


 まなみは拳を握りしめた。


「店長!」


「……なんだ」


「わたしに、ちょっとだけ厨房を貸してください!」



   ◇ ◇ ◇



 翌朝、開店前。


 調理台の上に、卵と、油と、酢と、塩が並べられた。


 腕を組んだレオンが、少し離れたところから見ている。なぜか、まかないを食べに来たミアとピートも見ている。開店前の掃除に来たはずのリリィまで、ほうきを持ったまま見ている。


「マナミさん、なに作るんですかぁ?」


「ふっふっふ。この世界にまだない、伝説のソースだよ」


「伝説の……!」


 ピートの目が輝いた。


 期待が重い。


(だ、大丈夫…たしか、卵と油を混ぜればできる。うん。そうだった。……そうだったよね?)


 まなみは、ボウルに卵を割り入れた。


 殻が入った。


「あっ」


 指でつまみ出す。黄身が崩れた。まあいい。混ぜるのだから。


 そこで手が止まった。


(黄身だけだっけ? 全卵だっけ?)


 記憶をたどる。ネット小説では、主人公が「卵と油と酢で作るんだよ」とさらっと言っていた。何個使うかは書いていなかった。料理動画も見たことがある気がする。見たことはある。サムネイルは覚えている。中身は、覚えていない。


(まあ、全部入れちゃえ!)


 卵を泡立て器でかき混ぜる。そこに油を、どばっと注いだ。


「……あれ?」


 混ぜる。混ぜる。必死に混ぜる。


 ボウルの中身は、黄色い液体と透明な油に、くっきりと分かれたままだった。


「あれ? あれれ?」


 さらに混ぜる。腕がつりそうになる。


 分離していた。


 これ以上ないくらい、きれいに分離していた。


(そういえば、なんか分離したら失敗…みたいな話を聞いたような……油を少しずつ入れるんだっけ!?)


 それから、もうひとつ、ぼんやりした記憶がよみがえる。


 動画のコメント欄。「油の量やばぁ!」という、あの衝撃。


(そうだ、マヨネーズってほとんど油なんだよね……え、じゃあもっと入れるの? もう、だいぶ入れたけど?)


 どばっ。


 ボウルの中は、もはや卵が泳いでいる油だった。


「……マナミ」


 背後から、レオンの低い声がした。


「それは、なんだ」


「で、伝説のソースの……途中経過です……」



 ピートが、おそるおそるスプーンでひとすくいして、なめた。


「…………油ですね」


「うん……油だね……」


 ミアは、においをかいだだけで顔をしかめた。


「酢、まだ入れてないのに、なんか酸っぱいにおいしない?」


「それはわたしの汗です」


「嘘でしょ」


 リリィは、ほうきを握りしめたまま、気まずそうに笑っていた。いい子だった。



 レオンは、ボウルをじっとのぞき込んだあと、静かに言った。


「生の卵を、火を通さずに食うのか」


「あ、はい。そういうソースで……」


「やめとけ」


 短く、きっぱりと。


「生の卵は腹を壊すことがある。冒険者が依頼の前に腹を壊したら、死ぬぞ」


(あーっ! そうだ! 消毒! 異世界モノで見た! 卵を洗うとか、なんかそういう、えっと……!)


 浄化魔法で殺菌する。そんな描写も、確かに読んだ。


 でも、まなみには浄化魔法は使えない。そもそも、どうすれば安全になるのか、具体的にはさっぱりわからない。


「わ、わかんないよぉ〜!」


 まなみは、調理台に突っ伏した。



   ◇ ◇ ◇



 それでも、まなみはあきらめなかった。


「じゃ、じゃあプリン! プリンなら火を通すし!」


「ぷりん?」


「卵と牛乳と砂糖を混ぜて、蒸すやつです!」


「分量は」


「…………」


「蒸す時間は」


「…………カラメルなら」


「カラメル、ってのはどう作る」


「……砂糖を……焦がす……?」


 レオンは、無言で鍋を取り出した。


「……一応、やってみるか」


 結果、鍋の底には甘い炒り卵と真っ黒に焦げた砂糖ができあがった。



「唐揚げ! 唐揚げはどうですか!」


「肉を揚げるのか。もうやってる」


「…………え?」


「下味をつけて、粉をはたいて揚げる。冒険者に人気だ」


 出てきたのは、黄金色に揚がった、ジューシーな鶏肉だった。


 ひと口かじる。衣はさくさく、中からじゅわっと肉汁があふれる。


「……おいしい」


 異世界には、とっくに唐揚げがあった。


 しかも、まなみが知っているどの唐揚げより、おいしかった。



   ◇ ◇ ◇



 その夜。


 ギルド二階の部屋で、まなみは膝を抱えて座っていた。


(わたし……料理しない人だった……)


 日本にいたころの食生活を思い出す。


 朝はコンビニのおにぎり。昼は会社の近くの定食屋か、コンビニのパスタ。夜はカップ麺か、半額のお惣菜。休日は、原稿を描きながらフードデリバリー。


 包丁を握ったのは、いつが最後だっただろう。中学校の調理実習かもしれない。


(そりゃ、マヨネーズも作れないわ……)


 ネット小説の主人公たちは、なぜか全員、料理が得意だった。一人暮らしで自炊していた設定だったり、実家が定食屋だったり、料理人だったり。


 まなみは、そのどれでもなかった。


 読んだ知識はある。でも、自分の手でやったことは、何ひとつない。


「……現代知識無双、ムリでしたぁ」


 ぽつりとつぶやいて、まなみは枕に顔をうずめた。



 翌日も、まなみは笑顔で働いた。


「いらっしゃいませー! 本日のおすすめは、店長特製の唐揚げでございます!」


 落ち込んでいても、お客さんの前では笑顔。それは、ファミレスで身体に叩き込まれたことだった。ついでに言えば、ブラック企業でも叩き込まれたことだった。


(悲しいスキルだなぁ……)


 昼のピークが過ぎて、客がいなくなった食堂。


 まなみは、窓ガラスに映った自分の姿をぼんやりと眺めた。


 厚手でブカブカの、くすんだ茶色の作業服。袖をまくっても、すぐにずり落ちてくる。腰回りはだぼだぼで、シルエットなんてあったものではない。


(……ダサっ)


 改めて見ると、本当にダサかった。


 店の内装は落ち着いていて、居心地がいい。料理はおいしい。店長は顔がいい。なのに、給仕がこれでは――


 そこで、まなみは、ぴたりと動きを止めた。


(あれ?)


 頭の中で、なにかがつながった。


 料理は作れない。現代知識もうろ覚え。剣も振れないし、薬草も見分けられない。


 でも…。


 売り子をするとき、自分で着る衣装は全部自分で作っていた。


 型紙を引いて、布を裁って、ミシンがなければ手縫いで、徹夜で仕上げて。アニメのキャラの複雑な衣装だって、何着も作ってきた。


 それは、ネット小説で読んだ知識じゃない。


 自分の手で、何度もやってきたことだった。


「……ある」


 まなみは、窓に映った自分に向かって、小さくつぶやいた。


「わたしにも、できること、あるじゃん……!」



「店長!」


 厨房に飛び込むと、仕込みをしていたレオンが顔を上げた。


「……今度はなんだ。卵ならもう貸さねえぞ」


「違います! あの、お願いがあるんですけど!」


 まなみは、自分の作業服の裾をつまんで、ずいっと前に出した。


「このお店の仕事服、もうちょっとかわいいものにしてもいいですか!?」


 レオンは、しばらく黙ってまなみを見つめた。


 それからほんの少しだけ、口の端を上げた。


「……好きにしろ。給金の範囲でな」


「はいっ!」



 次の休みの日。


 まなみはリリィを連れて、市場の布屋に向かった。


 頭の中にはすでに、完璧な設計図ができあがっていた。


 ファミレスのバイト時代、憧れていたあの伝説の制服。


(見てなさいよ…異世界……っ!!)


 まなみの目が久しぶりに、オタクの輝きを取り戻していた。


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