↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/13

スカウトは突然に

『求む! 山を消した魔法使い! 報酬、応相談!』


『灰岩山の大魔法使い殿へ。我がパーティに加わっていただけるなら、金貨百枚をお支払いします』


『古代式魔法使いの情報、高く買います』


 ギルドの依頼掲示板が、謎の魔法使いを探す貼り紙で、びっしりと埋め尽くされていた。


「……なにこれぇ?」


 まなみは、お盆を持ったまま、掲示板の前で立ち尽くした。


 調査官クラウスが来てから、十日。


 アルメリアの街は、すっかり「山を消した謎の魔法使い」の噂で持ちきりになっていた。


「マナミさぁん……」


 受付のカウンターから、リリィが、げっそりした顔で手を振った。


「朝から、貼り紙の申し込みが30件ですぅ……どこのパーティも、貴族の人も、みんな『謎の魔法使い』を探してて……」


「た、大変だね……」


「しかも、ほとんどの人が、ついでに四つ葉亭でご飯食べていくんですよ。マナミさん目当てで」


「えっ」


「謎の魔法使いを探しに来たら、可愛い看板娘がいた、って。噂になってます」


(ついでに見に来られてるの、わたしなんだ……)


 探されているのも、わたし。


 見物されているのも、わたし。


 まなみは、なんとも言えない気持ちで、掲示板から目をそらした。



   ◇ ◇ ◇



 四つ葉亭は、連日、過去最高に満席だった。


 よその街から来た冒険者パーティ。立派な身なりの、貴族の使いらしき男たち。情報屋。物見高い旅人。そして、その全員が、食事をしながら、ひそひそと「謎の魔法使い」の話をしている。


「なあ、古代式の魔法使いってのは、やっぱり白いひげの爺さんなのかね」


「いや、俺は、黒いローブの、得体の知れない男だって聞いたぞ」


「山の近くの洞窟に、何百年も住んでる、不老不死の魔女だって噂もある」


(白いひげでも、黒いローブでも、不老不死でもないんだよな〜!アンミラ着て唐揚げ運んでますよ〜!)


「お待たせいたしましたー! 唐揚げでございますー!」


 まなみは、少し引きつった営業スマイルで皿を置いた。


 レオンの三角巾は、ようやく取れていた。両手で鍋を振れるようになったレオンは、押し寄せる注文を、いつもの倍の速さでさばいている。


 それでも、追いつかない。


「店長ぉ、香草焼き、あと六つ入ってますー!」


「わかってる」


「唐揚げ、あと八つですー!」


「…わかってる」


「シチュー、もう鍋の底見えてますー!」


「……わかってる」


 レオンの額に、汗がにじんでいた。


 売り上げは、たぶん、四つ葉亭始まって以来だった。



 そんな中、ひときわ目立つ一団が、店の真ん中のテーブルを占拠していた。


 全員が真紅のマントを羽織っている。腰には立派な剣や杖。

 その胸元には、牙をかたどった銀の徽章が光っていた。


「A級パーティ『紅蓮の牙』だよ」


 カウンターでエールを飲んでいたミアが、小声で教えてくれた。


「王都を拠点にしてる、名の知れたパーティ。リーダーのバルドってのが、とにかく目立ちたがりでさ。謎の魔法使いを見つけて、自分のパーティに入れたら、一気に名を上げられるって、わざわざアルメリアまで来たらしい」


「へぇ……」


「おーい、そこの給仕の姉ちゃん!」


 そのバルドが、声を張り上げた。


 金髪を派手に逆立てた、二十代後半くらいの男だった。日焼けした顔に、白い歯がやたらとまぶしい。


「酒だ! 店で一番いいやつを持ってきてくれ!」


「は、はいっ!」


「それと、お嬢ちゃん。この店に、怪しい魔法使いが出入りしてたりしないか?」


「……あ、怪しい魔法使い、ですか?」


「そう! 詠唱とかいう、古くさい魔法を使う奴だ!」


(はぁ!?古くさいって言ったぁ!? 今、詠唱のこと古くさいって言ったなぁッ!?)


 まなみの笑顔が、ぴくりと引きつった。


「……さあ、存じ上げませんね〜♡」


「そうか! 見かけたら教えてくれ! 礼ははずむぞ!」



   ◇ ◇ ◇



 事件が起きたのは、その日の夕方だった。


「――実は、俺なんです」


 四つ葉亭のカウンター席から、聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、ダンだった。


 毎日のように通ってくる、あのD級冒険者のダンが、なぜか胸を張って、『紅蓮の牙』のテーブルの前に立っていた。


「山を消した魔法使いは……実は、この俺なんです!!」


 食堂が、一瞬、静まり返った。


(ダンさん!? なに言ってるの!?)


 バルドが、目を丸くした。


「……お前が?」


「はい! あの日、俺は灰岩山の近くで、ひとり修行をしてて……そこで、秘められた力が、覚醒しちまったんです……!」


 ダンは、ちらりとまなみのほうを見た。


 その目が、きらきらと輝いていた。


(あっ!アレは見栄張って、かっこいいところ見せようとしてるなぁ〜?)


 報われない恋の、暴走であった。


 バルドは、しばらくダンを眺めたあと、にやりと笑った。


「面白い! なら、見せてもらおうか! その、秘められた力ってやつを!」


「えっ」


「ほら、ここで一発、やってみせろよ」


「え、あ、いや、その……ここ、店の中ですしぃ……」


「軽いのでいい。ほら、指先に火を灯すくらい、できるだろ?」


 ダンは、だらだらと汗を流しながら、右手の人差し指を立てた。


 ぎゅっと目をつぶって、全身に力を込める。


「ふ、ふぬぬぬぬぬぬぬ……っ!!」


 ぽっ。


 指先に、マッチの火くらいの、小さな小さな炎が灯った。


 そして、すぐに消えた。



 食堂が、どっと笑いに包まれた。


「がっはっはっは! お前、それで山を消したってのか!」


「おい坊主、その火で唐揚げは揚がるのか?」


「かわいいねえ、マナミちゃんに見せたかったんだろ?」


 ダンは、真っ赤になって、その場にうずくまった。


 バルドの仲間の魔法使いが、念のため、と小さな測定石をダンに握らせた。


『45』


「街の人と同じくらいだな」


「よっ、平均男!」


 ダンは、その日、唐揚げを三皿も注文した。


 まなみは、こっそり四皿目をおまけしてあげた。


(ダンさん……気持ちだけ、受け取っておくね……)



   ◇ ◇ ◇



 だが、ダンの騒ぎは、思わぬ方向に飛び火した。


「――そういえば」


 笑いが収まったあと、バルドが、ふと思い出したように言った。


「灰岩山の近くに、このギルドの連中が三人、居合わせたって話だったよな」


 食堂の空気が、すっと変わった。


「調査官の話じゃ、ひとりは元冒険者の店長。ひとりは、そこの給仕の姉ちゃん。で、もうひとりは――」


 バルドの視線が、店の隅のテーブルへ向いた。


 そこでは、ピートが、分厚い魔法書を開いて、勉強をしていた。魔導院の試験に向けて、最近は毎晩、閉店まで四つ葉亭で勉強しているのだ。


「――魔法使い見習いの坊や、だ」


 ピートが、びくっと顔を上げた。


「え……ぼ、僕、ですか?」


「十七で魔力310だって? 調査官のお墨付きの、将来有望な魔法使いだそうじゃないか」


 バルドは、にやりと笑って、ピートのテーブルに歩み寄った。


「なあ、坊や。本当は、お前なんじゃないのか? 山を消したのは」


「ち、違いますっ! 僕は、なにもしてません!」


「調査官は、魔力が足りないって言ったらしいな。だが、古代式の魔法ってのは、俺たちの常識じゃ測れないんだろ? なら、魔力310の天才少年が、とんでもない力を隠してたって、おかしくはない」


「そ、そんな……!」


 ピートの顔が、真っ青になっていく。


 まなみは、お盆を握りしめた。


(ちがう……! ピートくんじゃない……! わたしなのに……!)


 ピートくんは、ただ、ついてきてくれただけだ。震えながら、障壁で、わたしを守ってくれただけだ。


 それなのに、わたしのせいで、疑われてる。


(わたしが、あんな魔法を使ったから……! わたしが、黙ってるから……!)


(どうにかしなきゃ。わたしが、なんとかしなきゃ……!)


 でも、喉の奥に、ガルドさんの言葉が引っかかる。


 ――詠唱のことは、一言も言うな。


(でも……でも、このままじゃ、ピートくんが……!)


 まなみは、お盆を胸に抱えたまま、一歩、前に踏み出しかけた。




「――店で騒ぐな」


 低い声がした。


 厨房から出てきたレオンが、ピートとバルドの間に、すっと割って入った。


 バルドが、レオンを見上げた。背は、レオンのほうが頭ひとつ高い。


「なんだ、店長。お前も、居合わせたひとりだったよな」


「ああ。だから言える。こいつは、なにもしてねえ」


「へえ。じゃあ、誰がやったんだ?」


「知らねえ。俺たちは、トカゲに襲われて、逃げるので精一杯だった」


 レオンは、表情ひとつ変えなかった。


「飯を食いに来たなら、食え。魔法使い探しなら、よそでやれ」



 しばらく、にらみ合いが続いた。


 やがて、バルドが、ふっと肩をすくめた。


「……わかったよ。店の中で揉めるつもりはない」


 バルドは、ピートのほうを振り返って、白い歯を見せて笑った。


「坊や。気が変わったら、いつでも声をかけてくれ。『紅蓮の牙』は、才能のある奴を歓迎する」


 それだけ言って、バルドは仲間たちを連れて、店を出ていった。



 ピートは、魔法書を胸に抱きしめたまま、震えていた。


「ピートくん、大丈夫……?」


「だ、大丈夫です……ちょっと、びっくりしただけで……」


 ピートは、無理やり笑ってみせた。


「僕、魔力310しかないのに。山なんて、消せるわけないのに……」


「……ごめんね」


 まなみは、思わず、そう言っていた。


「え? どうして、マナミさんが謝るんですか?」


「……ううん。なんでもない」


 本当は、自分が疑われるべきだった。


 なのに、魔力1のアリバイに守られて、代わりに、ピートが疑われている。


 胸の奥が、ずきりと痛んだ。



   ◇ ◇ ◇



 その夜。


 閉店後の四つ葉亭で、まなみはひとり、テーブルを拭いていた。


 厨房では、レオンが明日の仕込みをしている。


 とんとん、と包丁の音が響く。


「……店長」


「なんだ」


「ピートくん、大丈夫でしょうか」


 包丁の音が、少しだけ止まった。


「……ガルドさんにも話しておいた。しばらく、夜はひとりで出歩かせないようにする」


「……はい」


「お前が気に病むことじゃねえ」


 レオンは、そう言って、また包丁を動かし始めた。


 でも、まなみには、わかっていた。


 レオンも、気にしている。



 翌朝。


 ピートは、珍しく、朝いちばんにギルドの受付に立っていた。


「ガルドさん。僕になにか依頼をください」


 カウンターの奥で書類を眺めていたガルドが、太い眉を上げた。


「……依頼?」


「はい。薬草採りでも、なんでもいいです……。日帰りで行ける、簡単なやつを」


 ピートは、ちらりと食堂のほうを見た。


 朝早いというのに、四つ葉亭のテーブルには、もう、よその街から来た冒険者たちが座っていた。その何人かが、ひそひそと話しながら、ピートのほうを盗み見ている。


「……ここにいると、みんなに、じろじろ見られるんです。勉強も、手につかなくて」


 ピートは、うつむいて、魔法書を抱きしめた。


「一日だけでいいので。外の空気を吸いたいんです」


 ガルドは、しばらくピートの顔を見下ろしていた。


 それから、一枚の依頼書をカウンターに置いた。


「東の黒樫の森の、入り口あたりだ。月雫草をひと籠。森の奥には入るな。日が暮れる前に、必ず帰ってこい」


「はいっ! ありがとうございます!」


 カウンターの陰で、まなみは、お盆を握りしめていた。


(……じろじろ見られるのも、勉強が手につかないのも、ぜんぶ、わたしのせいだ)


 山を消したのは、わたし。疑われるべきなのも、わたし。それなのに、矢面に立たされているのは、ピートくんだった。


(本当のことは、言えない。……だったら、せめて!)


 まなみは、厨房に駆けこんだ。




「ピートくん、待って!」


 まなみは、包みを抱えて四つ葉亭の入り口を飛び出した。ちょうど、ピートが出かけるところだった。


「これ!お昼に持っていって! 店長の唐揚げ、パンに挟んでおいたから! 唐揚げのおにぎり……じゃなくて、唐揚げのパン挟み!」


「わあ〜!ありがとうございます、マナミさん!」


 ピートは、包みを大事そうに鞄にしまった。


「気をつけてね!」


 まなみが手を振ると、ピートは何度も振り返りながら、笑顔で手を振り返した。


 昨日の夜よりずっと、明るい顔だった。


(……よかった)


 まなみは、ほっと胸をなで下ろした。


 それでも、胸の奥のちくりとした痛みは、消えなかった。


(帰ってきたら、今度こそ、ちゃんと謝ろう。「なんでもない」じゃなくて、わたしのせいで、ごめんねって)



   ◇ ◇ ◇



 夕方になっても、ピートは帰ってこなかった。



 西の空が、赤く染まっていく。


 四つ葉亭の窓から、まなみは、何度も通りをのぞいた。


「……ピートくん、遅いですね」


「…………」


 厨房のレオンは、なにも言わなかった。


 でも、さっきから、同じ鍋をずっとかき混ぜていた。



 ばんっ、と。


 ギルドの扉が、乱暴に開いた。


「ガ、ガルドさんっ! ガルドさぁんっ!」


 転がり込んできたのは、ダンだった。後ろから、相棒のトムも、息を切らしてついてくる。二人とも、泥だらけだった。


「ど、どうした、ダン」


「く、黒樫の森で……っ、狼が……! 真っ黒い狼が、すっげえ数で……!!」


 ダンは、ぜえぜえと肩で息をしながら、なにかを差し出した。


 見覚えのある、革の鞄だった。


 ピートの鞄だ。


「森の入り口の道に、落ちてたんです……! 中に、これが……!」


 鞄の中には、半分ほど月雫草の入った籠と、分厚い魔法書。


 それから、手つかずのままの、唐揚げのパン挟みの包み。



「……え」


 まなみの手から、お盆が滑り落ちた。



「影狼だな」


 ガルドが、低い声で言った。


「灰岩山の裏側の谷に、昔から棲みついてた群れだ。山があんなことになって……住処を追われて、森まで下りてきやがったか」



 灰岩山。


 山が、あんなことになって。



(……わたしの、せいだ)



 まなみの膝が、がくがくと震え出した。


 あの夜、わたしが山を消した。そのせいで、狼たちが住処を失って、森へ下りてきた。そして、その森に、わたしが「よかった」と笑って見送ったピートくんが――


「――ガルドさん」


 背後から低い声がした。


 振り返ると、レオンが立っていた。


 エプロンはしていなかった。


 その腰にはあの日と同じ、四つ葉のお守りのついた長剣が下げられていた。


「黒樫の森の、どのあたりだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。