スカウトは突然に
『求む! 山を消した魔法使い! 報酬、応相談!』
『灰岩山の大魔法使い殿へ。我がパーティに加わっていただけるなら、金貨百枚をお支払いします』
『古代式魔法使いの情報、高く買います』
ギルドの依頼掲示板が、謎の魔法使いを探す貼り紙で、びっしりと埋め尽くされていた。
「……なにこれぇ?」
まなみは、お盆を持ったまま、掲示板の前で立ち尽くした。
調査官クラウスが来てから、十日。
アルメリアの街は、すっかり「山を消した謎の魔法使い」の噂で持ちきりになっていた。
「マナミさぁん……」
受付のカウンターから、リリィが、げっそりした顔で手を振った。
「朝から、貼り紙の申し込みが30件ですぅ……どこのパーティも、貴族の人も、みんな『謎の魔法使い』を探してて……」
「た、大変だね……」
「しかも、ほとんどの人が、ついでに四つ葉亭でご飯食べていくんですよ。マナミさん目当てで」
「えっ」
「謎の魔法使いを探しに来たら、可愛い看板娘がいた、って。噂になってます」
(ついでに見に来られてるの、わたしなんだ……)
探されているのも、わたし。
見物されているのも、わたし。
まなみは、なんとも言えない気持ちで、掲示板から目をそらした。
◇ ◇ ◇
四つ葉亭は、連日、過去最高に満席だった。
よその街から来た冒険者パーティ。立派な身なりの、貴族の使いらしき男たち。情報屋。物見高い旅人。そして、その全員が、食事をしながら、ひそひそと「謎の魔法使い」の話をしている。
「なあ、古代式の魔法使いってのは、やっぱり白いひげの爺さんなのかね」
「いや、俺は、黒いローブの、得体の知れない男だって聞いたぞ」
「山の近くの洞窟に、何百年も住んでる、不老不死の魔女だって噂もある」
(白いひげでも、黒いローブでも、不老不死でもないんだよな〜!アンミラ着て唐揚げ運んでますよ〜!)
「お待たせいたしましたー! 唐揚げでございますー!」
まなみは、少し引きつった営業スマイルで皿を置いた。
レオンの三角巾は、ようやく取れていた。両手で鍋を振れるようになったレオンは、押し寄せる注文を、いつもの倍の速さでさばいている。
それでも、追いつかない。
「店長ぉ、香草焼き、あと六つ入ってますー!」
「わかってる」
「唐揚げ、あと八つですー!」
「…わかってる」
「シチュー、もう鍋の底見えてますー!」
「……わかってる」
レオンの額に、汗がにじんでいた。
売り上げは、たぶん、四つ葉亭始まって以来だった。
そんな中、ひときわ目立つ一団が、店の真ん中のテーブルを占拠していた。
全員が真紅のマントを羽織っている。腰には立派な剣や杖。
その胸元には、牙をかたどった銀の徽章が光っていた。
「A級パーティ『紅蓮の牙』だよ」
カウンターでエールを飲んでいたミアが、小声で教えてくれた。
「王都を拠点にしてる、名の知れたパーティ。リーダーのバルドってのが、とにかく目立ちたがりでさ。謎の魔法使いを見つけて、自分のパーティに入れたら、一気に名を上げられるって、わざわざアルメリアまで来たらしい」
「へぇ……」
「おーい、そこの給仕の姉ちゃん!」
そのバルドが、声を張り上げた。
金髪を派手に逆立てた、二十代後半くらいの男だった。日焼けした顔に、白い歯がやたらとまぶしい。
「酒だ! 店で一番いいやつを持ってきてくれ!」
「は、はいっ!」
「それと、お嬢ちゃん。この店に、怪しい魔法使いが出入りしてたりしないか?」
「……あ、怪しい魔法使い、ですか?」
「そう! 詠唱とかいう、古くさい魔法を使う奴だ!」
(はぁ!?古くさいって言ったぁ!? 今、詠唱のこと古くさいって言ったなぁッ!?)
まなみの笑顔が、ぴくりと引きつった。
「……さあ、存じ上げませんね〜♡」
「そうか! 見かけたら教えてくれ! 礼ははずむぞ!」
◇ ◇ ◇
事件が起きたのは、その日の夕方だった。
「――実は、俺なんです」
四つ葉亭のカウンター席から、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、ダンだった。
毎日のように通ってくる、あのD級冒険者のダンが、なぜか胸を張って、『紅蓮の牙』のテーブルの前に立っていた。
「山を消した魔法使いは……実は、この俺なんです!!」
食堂が、一瞬、静まり返った。
(ダンさん!? なに言ってるの!?)
バルドが、目を丸くした。
「……お前が?」
「はい! あの日、俺は灰岩山の近くで、ひとり修行をしてて……そこで、秘められた力が、覚醒しちまったんです……!」
ダンは、ちらりとまなみのほうを見た。
その目が、きらきらと輝いていた。
(あっ!アレは見栄張って、かっこいいところ見せようとしてるなぁ〜?)
報われない恋の、暴走であった。
バルドは、しばらくダンを眺めたあと、にやりと笑った。
「面白い! なら、見せてもらおうか! その、秘められた力ってやつを!」
「えっ」
「ほら、ここで一発、やってみせろよ」
「え、あ、いや、その……ここ、店の中ですしぃ……」
「軽いのでいい。ほら、指先に火を灯すくらい、できるだろ?」
ダンは、だらだらと汗を流しながら、右手の人差し指を立てた。
ぎゅっと目をつぶって、全身に力を込める。
「ふ、ふぬぬぬぬぬぬぬ……っ!!」
ぽっ。
指先に、マッチの火くらいの、小さな小さな炎が灯った。
そして、すぐに消えた。
食堂が、どっと笑いに包まれた。
「がっはっはっは! お前、それで山を消したってのか!」
「おい坊主、その火で唐揚げは揚がるのか?」
「かわいいねえ、マナミちゃんに見せたかったんだろ?」
ダンは、真っ赤になって、その場にうずくまった。
バルドの仲間の魔法使いが、念のため、と小さな測定石をダンに握らせた。
『45』
「街の人と同じくらいだな」
「よっ、平均男!」
ダンは、その日、唐揚げを三皿も注文した。
まなみは、こっそり四皿目をおまけしてあげた。
(ダンさん……気持ちだけ、受け取っておくね……)
◇ ◇ ◇
だが、ダンの騒ぎは、思わぬ方向に飛び火した。
「――そういえば」
笑いが収まったあと、バルドが、ふと思い出したように言った。
「灰岩山の近くに、このギルドの連中が三人、居合わせたって話だったよな」
食堂の空気が、すっと変わった。
「調査官の話じゃ、ひとりは元冒険者の店長。ひとりは、そこの給仕の姉ちゃん。で、もうひとりは――」
バルドの視線が、店の隅のテーブルへ向いた。
そこでは、ピートが、分厚い魔法書を開いて、勉強をしていた。魔導院の試験に向けて、最近は毎晩、閉店まで四つ葉亭で勉強しているのだ。
「――魔法使い見習いの坊や、だ」
ピートが、びくっと顔を上げた。
「え……ぼ、僕、ですか?」
「十七で魔力310だって? 調査官のお墨付きの、将来有望な魔法使いだそうじゃないか」
バルドは、にやりと笑って、ピートのテーブルに歩み寄った。
「なあ、坊や。本当は、お前なんじゃないのか? 山を消したのは」
「ち、違いますっ! 僕は、なにもしてません!」
「調査官は、魔力が足りないって言ったらしいな。だが、古代式の魔法ってのは、俺たちの常識じゃ測れないんだろ? なら、魔力310の天才少年が、とんでもない力を隠してたって、おかしくはない」
「そ、そんな……!」
ピートの顔が、真っ青になっていく。
まなみは、お盆を握りしめた。
(ちがう……! ピートくんじゃない……! わたしなのに……!)
ピートくんは、ただ、ついてきてくれただけだ。震えながら、障壁で、わたしを守ってくれただけだ。
それなのに、わたしのせいで、疑われてる。
(わたしが、あんな魔法を使ったから……! わたしが、黙ってるから……!)
(どうにかしなきゃ。わたしが、なんとかしなきゃ……!)
でも、喉の奥に、ガルドさんの言葉が引っかかる。
――詠唱のことは、一言も言うな。
(でも……でも、このままじゃ、ピートくんが……!)
まなみは、お盆を胸に抱えたまま、一歩、前に踏み出しかけた。
「――店で騒ぐな」
低い声がした。
厨房から出てきたレオンが、ピートとバルドの間に、すっと割って入った。
バルドが、レオンを見上げた。背は、レオンのほうが頭ひとつ高い。
「なんだ、店長。お前も、居合わせたひとりだったよな」
「ああ。だから言える。こいつは、なにもしてねえ」
「へえ。じゃあ、誰がやったんだ?」
「知らねえ。俺たちは、トカゲに襲われて、逃げるので精一杯だった」
レオンは、表情ひとつ変えなかった。
「飯を食いに来たなら、食え。魔法使い探しなら、よそでやれ」
しばらく、にらみ合いが続いた。
やがて、バルドが、ふっと肩をすくめた。
「……わかったよ。店の中で揉めるつもりはない」
バルドは、ピートのほうを振り返って、白い歯を見せて笑った。
「坊や。気が変わったら、いつでも声をかけてくれ。『紅蓮の牙』は、才能のある奴を歓迎する」
それだけ言って、バルドは仲間たちを連れて、店を出ていった。
ピートは、魔法書を胸に抱きしめたまま、震えていた。
「ピートくん、大丈夫……?」
「だ、大丈夫です……ちょっと、びっくりしただけで……」
ピートは、無理やり笑ってみせた。
「僕、魔力310しかないのに。山なんて、消せるわけないのに……」
「……ごめんね」
まなみは、思わず、そう言っていた。
「え? どうして、マナミさんが謝るんですか?」
「……ううん。なんでもない」
本当は、自分が疑われるべきだった。
なのに、魔力1のアリバイに守られて、代わりに、ピートが疑われている。
胸の奥が、ずきりと痛んだ。
◇ ◇ ◇
その夜。
閉店後の四つ葉亭で、まなみはひとり、テーブルを拭いていた。
厨房では、レオンが明日の仕込みをしている。
とんとん、と包丁の音が響く。
「……店長」
「なんだ」
「ピートくん、大丈夫でしょうか」
包丁の音が、少しだけ止まった。
「……ガルドさんにも話しておいた。しばらく、夜はひとりで出歩かせないようにする」
「……はい」
「お前が気に病むことじゃねえ」
レオンは、そう言って、また包丁を動かし始めた。
でも、まなみには、わかっていた。
レオンも、気にしている。
翌朝。
ピートは、珍しく、朝いちばんにギルドの受付に立っていた。
「ガルドさん。僕になにか依頼をください」
カウンターの奥で書類を眺めていたガルドが、太い眉を上げた。
「……依頼?」
「はい。薬草採りでも、なんでもいいです……。日帰りで行ける、簡単なやつを」
ピートは、ちらりと食堂のほうを見た。
朝早いというのに、四つ葉亭のテーブルには、もう、よその街から来た冒険者たちが座っていた。その何人かが、ひそひそと話しながら、ピートのほうを盗み見ている。
「……ここにいると、みんなに、じろじろ見られるんです。勉強も、手につかなくて」
ピートは、うつむいて、魔法書を抱きしめた。
「一日だけでいいので。外の空気を吸いたいんです」
ガルドは、しばらくピートの顔を見下ろしていた。
それから、一枚の依頼書をカウンターに置いた。
「東の黒樫の森の、入り口あたりだ。月雫草をひと籠。森の奥には入るな。日が暮れる前に、必ず帰ってこい」
「はいっ! ありがとうございます!」
カウンターの陰で、まなみは、お盆を握りしめていた。
(……じろじろ見られるのも、勉強が手につかないのも、ぜんぶ、わたしのせいだ)
山を消したのは、わたし。疑われるべきなのも、わたし。それなのに、矢面に立たされているのは、ピートくんだった。
(本当のことは、言えない。……だったら、せめて!)
まなみは、厨房に駆けこんだ。
「ピートくん、待って!」
まなみは、包みを抱えて四つ葉亭の入り口を飛び出した。ちょうど、ピートが出かけるところだった。
「これ!お昼に持っていって! 店長の唐揚げ、パンに挟んでおいたから! 唐揚げのおにぎり……じゃなくて、唐揚げのパン挟み!」
「わあ〜!ありがとうございます、マナミさん!」
ピートは、包みを大事そうに鞄にしまった。
「気をつけてね!」
まなみが手を振ると、ピートは何度も振り返りながら、笑顔で手を振り返した。
昨日の夜よりずっと、明るい顔だった。
(……よかった)
まなみは、ほっと胸をなで下ろした。
それでも、胸の奥のちくりとした痛みは、消えなかった。
(帰ってきたら、今度こそ、ちゃんと謝ろう。「なんでもない」じゃなくて、わたしのせいで、ごめんねって)
◇ ◇ ◇
夕方になっても、ピートは帰ってこなかった。
西の空が、赤く染まっていく。
四つ葉亭の窓から、まなみは、何度も通りをのぞいた。
「……ピートくん、遅いですね」
「…………」
厨房のレオンは、なにも言わなかった。
でも、さっきから、同じ鍋をずっとかき混ぜていた。
ばんっ、と。
ギルドの扉が、乱暴に開いた。
「ガ、ガルドさんっ! ガルドさぁんっ!」
転がり込んできたのは、ダンだった。後ろから、相棒のトムも、息を切らしてついてくる。二人とも、泥だらけだった。
「ど、どうした、ダン」
「く、黒樫の森で……っ、狼が……! 真っ黒い狼が、すっげえ数で……!!」
ダンは、ぜえぜえと肩で息をしながら、なにかを差し出した。
見覚えのある、革の鞄だった。
ピートの鞄だ。
「森の入り口の道に、落ちてたんです……! 中に、これが……!」
鞄の中には、半分ほど月雫草の入った籠と、分厚い魔法書。
それから、手つかずのままの、唐揚げのパン挟みの包み。
「……え」
まなみの手から、お盆が滑り落ちた。
「影狼だな」
ガルドが、低い声で言った。
「灰岩山の裏側の谷に、昔から棲みついてた群れだ。山があんなことになって……住処を追われて、森まで下りてきやがったか」
灰岩山。
山が、あんなことになって。
(……わたしの、せいだ)
まなみの膝が、がくがくと震え出した。
あの夜、わたしが山を消した。そのせいで、狼たちが住処を失って、森へ下りてきた。そして、その森に、わたしが「よかった」と笑って見送ったピートくんが――
「――ガルドさん」
背後から低い声がした。
振り返ると、レオンが立っていた。
エプロンはしていなかった。
その腰にはあの日と同じ、四つ葉のお守りのついた長剣が下げられていた。
「黒樫の森の、どのあたりだ」




