第八作目 「防御力カンスト盾騎士の俺がパーティから追放され、最強の門番として街を守ってたら世界中から引っ張りだこになった件について」
手元にある《書籍化》された俺の作品。
「終わりたい僕と終わらない君」 第一巻
著者 庭辺 隆司
これが目に入るたびに、昨日の事を思い出してしまう。
俺を憎む目で見つめる俺の作品の主人公、健太。
あんな目をさせてしまったのは、他でもない俺のせいだ。
自分の欲求を適当に満たす為、作り上げた作品。
その中で生きている人間達の都合なんて、お構いなしだった。
それが当然の世界で生きてきたんだから、仕方ないとも思う。
だけど、その末路が目の前で呼吸し、動いて、表情を変えて、触れられた。
誰も見なくなった作品たちが書籍化されていく喜びと、自分の無責任さを突き付けられる苦みが交互に襲ってくる。
そんな状況の中、タバコが旨いと思える自分が好きではない。ああ、俺は「妖怪タバコ人間」なんだろうな。
そんな事を思って天井を眺めていると、パソコンが光を放ち、唸り声をあげる。
モニターから文字が飛び出し始めていた。
「防御力カンスト盾騎士の俺がパーティから追放され、最強の門番として世界中から引っ張りだこになった件について」
これは俺の八作目、自称「パチだこ」。
異世界に生きる主人公「盾張 守」が「最強の門番」として活躍する物語だ。
盾張は超重装備の超重騎士として、街を防衛している。
そう、超重い装備。
俺の家はただのアパート、街に敷かれている石畳などではない。
ただのヤニまみれ木造アパートだ。
モニターから光が放たれ、視界が真っ白に染まる。
次の瞬間、メキメキっという不穏な音が聞こえた。
視界が元に戻っていく。そこには、下半身が埋まっている騎士が立っていた。
「う"っ……なんだこの臭い……俺ですら防げない毒ガス……ッ!?」
「危険性のないガスは防げないようだな」
「なんだお前は?」
「俺は庭辺、毒ガスを撒いている張本人だよ」
「クソッ……トラップハウスか!」
毒ガスと床に埋められるトラップに引っかかったこの男は、ありとあらゆる攻撃を防ぎ、どんな敵も止めてきた名実ともに最強の門番。
《目標を達成出来た作品は、全て《書籍化》されます》
盾張が達成したい目的って、いったいなんなんだ?
「人の家をトラップハウス呼ばわりするのはやめてくれ」
「盾張、ここには何をしに来たんだ?」
「守衛と話していたら、突然ここに……」
「!……お前、何故俺の名前を知っている?」
「最強の門番っていう盾張の噂は聞いてたからな」
「そうか」
全然分からない。こいつはいったい何をしに来たんだ。
人の家に上がり込んで、めりこんで、咳き込んだだけじゃないか。
だが、とてつもなくカッコいい。
微かな明かりも反射し、雄々しい体を覆う巨大な銀色の甲冑。
その手には、なんていうか、車の初心者マークみたいな形をした超デカい盾。
男のロマンを全身に纏っている。
「庭辺、ここはハイディールの何処なんだ?」
ハイディールは盾張が防衛している街の名前、
レンガ造りの家が並び、石畳の道が綺麗な街だ。
「何処……になるんだろうな?」
「埋まったままでは外の様子も見れんな」
「軽量化」
盾張は自身にのみ使える重量魔法を持っている。
軽量化、重量化、この魔法を駆使して戦うのが、盾張の魅力なのだが、その戦う相手ってのが見当たらない。
「よいしょ……なるほど。庭辺、お前も守衛だったのか?」
「自宅を警備しているから、まあ警備員か?」
「そうか、南門の担当なんだな」
「ん? どういう事だ?」
「窓の外を見てみろ、ここはハイディールの南門だろう?」
窓から外を見ると、正面には巨大な格子状の鉄柵が下ろされていた。
「待て待て待て、どうなってんの!?」
窓を開け、顔を出し、左右を見渡す。
視界に入るのは見事に積み上げられ、
強固な防御を誇る石壁の"内側”。
「マジで思い描いていたハイディールだ……」
外に出て、レンガ造りの通路に足を降ろす。
冷たい感触が、現実世界である事を認識させてくる。
右には守衛室、左には石壁の2階へと続く石階段。
見上げると、凄まじく分厚い石のアーチが俺を見下ろしていた。
「すげえ……」
「庭辺、ちょっと俺も外に出……狭いな……」
「盾張、まずは鎧を脱いでから」
盾張が賃貸の窓枠を引きちぎり、
賃貸の窓を砕き割りながら歩いてくる。
さすがは超重騎士、窓の1枚や2枚じゃ止まる気配がない。
窓枠が鎧に引っかかり、ぶら下がったままの盾張がハイディールに降り立った。
「盾張、その窓枠はお前にとって守るべき対象じゃないんだな」
「ん?ああ、これか」
窓枠を認識すると、遠くに見える山の頂上に向かってそれを投げた。
数秒で見えなくなっていく窓枠。さようなら、俺の窓枠。
「盾張隊長!見張り台からの伝令です!」
「どうした?」
「現在、この南門に向けて魔物が進行中とのこと!」
「なんだと……分かった」
「隊長、こいつは?」
「庭辺だ」
「盾張隊長に損害賠償を請求する予定の庭辺です」
盾張に守衛室から飛び出してきた兵士が、「魔物が来ている」という不穏な話をしていたのを聞いてしまった。もうおしまいだ。
「隊長! 間もなく見えます!」
城門の先に広がっている広大な大地の奥、
山の始まりが生い茂る森、そこから土煙が上がっている。
風は強くないのに木々が揺れ、地響きのような音が聞こえる。
「おいおいおい、嘘だろ」
森が見えなくなるほどの数でこちらに向かってくる黒いモノ、徐々に大きく、高く立ち上りはじめた土煙。
だんだんと聞こえてくる、盛ったゴリラとチンパンジーを混ぜたような声。
魔物だ。
「盾張! こんなところに居られるか! 俺は先に帰るぞ!」
「ああ、隠れていろ」
砕け散ったガラスで足を切らないように、
慎重に部屋へと戻る。
窓から超重騎士の頼もしい後ろ姿と、
巨大な石の城壁を眺めつつ、家がこれ以上壊されないように祈った。
迫り来る膨大な数の魔物を前に、俺は悟った。
別に出来る事ねえな。と。
魔物が鉄製の格子状の門に到達する寸前。盾張が門の一部を開け、門の外側に出て行った。
盾を掲げながら盾張が魔法を詠唱する。
「全域超挑発!」
「超重量化!」
「超反射!」
盾張の壮大な声は、大地を突き抜け、森を駆け、山の頂上まで響いただろう。
魔物が、盾張の元に到達した。
「貴様ら如きに、俺を動かせると思うな!」
盾張に触れた魔物たちが、まるでタンポポの綿毛みたいに飛んでいく。
城門や外壁に目をくれる事もなく、
魔物たちは盾張に向かって一直線だ。
全域超挑発、
自身が敵と認識した相手全員の敵視を自身に向ける魔法。
この魔法のせいだろうか、砕けた窓を見ると、俺も少しだけ盾張を殴りたい気持ちになっている。
超反射を掛けた盾張に攻撃した魔物たちが、次から次へと引き裂かれていく。
地平線を埋め尽くすほどに居た魔物は、盾張の横に積み上げられていった。
「盾張ぃ~! 頑張れ~!」
「隊長を邪魔するな!」
「ごめん!」
応援する俺に守衛がマジギレしている事などお構いなしに、盾張は次々と魔物を蹴散らしていく。
数分後、地響きのような足音は聞こえなくなり、高く、高く積み上げられた魔物の死体だけが残った。
その隣には、紫の血で全身が染められた盾張が立っていた。
超重騎士 盾張
ハイディールを守護する彼に畏怖と敬意を示し、
人々は盾張の事をこう呼ぶ。
「紫血の重騎士」
目の前で繰り広げられた戦いで、その理由がよくわかった。
街や人を守る男の背中はとても大きく見えた。
それは鎧のおかげじゃない、石の城壁に見劣りする事のないほどに。
仕事を終えた盾張が城門を通って戻ってきた。
「隊長! ありがとうございました!」
「仕事をしただけだ」
何かを守ろうとする男の目は、こんなにも凛々しく、力強く、美しいものなんだな。
「庭辺、突然邪魔して悪かったな」
「いやいや、本当ですよ盾張隊長。窓もねえ、床もねえ家になっちゃいましたよ」
「わ、悪かったな」
「いや、いい物見せてもらったから!」
「街を守る盾張の姿、本当にカッコよかった!」
「そうか、お前も俺みたいに守りたいものを守れるようになれよ」
俺が守りたいものって、いったい何だろうな。
「お前も守れてよかったよ、庭辺」
胸がキュッと締め付けられ、顔が熱くなる。
鎧も顔も紫の血だらけなのに、爽やかな笑顔が似合う男。
盾張になら抱かれてもいいな、と思った。
「抱いてくれ」
「すまない、無理だ」
窓の外一面が光り輝き、眩しくて目を伏せた。
目を開けると、モニターが光っていた。
《目的達成、書籍化決定!》
守るべきモノを、全身全霊で守り抜く姿の盾張が、心からカッコいいと思えた。
何も守りたいモノがない自分の姿が、窓に反射して映っていた。
モニターの前に置いているキーボードの上には、見覚えのない本が乗っていた。
その本には大きくこう書かれていた。
著者 庭辺 隆司
「防御力カンスト盾騎士の俺がパーティから追放され、最強の門番として街を守ってたら世界中から引っ張りだこになった件について」
主人公 盾張 守 36歳
幼少期から剣聖である父と稽古をしていた盾張。
体を木刀で叩かれ、放り投げられる毎日。
そんな日々を過ごしていたある日、
木刀が盾張の体に当たっても微動だにしなくなっていた。
「守、これを持ってみろ」
父から渡された木製の盾が、恐ろしく手に馴染んでいく。
「父さん、殺すつもりで来てくれ」
「言われるまでもない、行くぞ」
日が暮れ、星が輝く満天の夜空が、朝日に上書きされていく。
昼食の用意が出来た母が、声をかけようと家のドアを開けた。
「ご飯の用意が……あなた!?」
立っている守の前で剣聖が膝を着いていた。
「守、お前を倒せる奴はこの世にいないかもしれんな」
盾張 守の冒険者を目指す物語が、今、幕を開ける。




