第七作目 「終わりたい僕と終わらない君」
ダンジョンボスの巨大白骨野郎との戦いが、
頭の中で繰り返し再生され続ける。
薄暗く冷たい風が漂う大きな石造りの広間、太い石の円柱、濡れた状態だと滑ってこけてしまいそうな石の床。
そこに転移させられた瞬間、振り下ろされていた巨大な拳。
たまたま当たらなかったからよかったものの、一撃でも食らっていたら、俺はひとたまりもなかっただろう。
思い返すたびに心臓がドクッ……と大きく脈を打ち、短時間だが、強烈な恐怖が全身を覆う。
あの出来事を思い返すたびに、恐怖と興奮が心と体を包んでいく。
あれが、モンスターと戦うという事だったんだ。
モニターから文字が飛び出し始めた。
「終わりたい僕と終わらない君」
これは俺が書いた第七作目のタイトル、自称「終わ終わ」。
自分と世界に絶望している主人公 獅童 健太 が、
もう一人の主人公、不老不死の吸血鬼美少女「アイラ」と過ごす物語だ。
いや、待てよ。
作品の内容と、あの日に見た利用規約を思い返す。
《目標を果たすまで、世界は取り込まれ続けます》
《目標を達成出来た作品は、全て《書籍化》されます》
《目的を達成出来なかった場合、作品は消滅します》
健太の目的は「終わる事」だ。
つまり、今から目の前に現れるであろう主人公を、
終わらせてしまうのが今回の目的なのか……?
思考がまとまりきる前に、モニターから強い光が放たれ、
視界が真っ白に染まる。
「僕、死んだのかな……地獄ってこんなに臭いんだ……」
「地獄のように臭い部屋なだけで、地獄ではないぞ」
「あなたは……?」
「俺は庭辺、お前は獅童だろ」
「どうして僕の事を?」
「前にアイラから聞いたんだよ」
目の前に現れた彼は獅童 健太 16歳。
彼の親がどのような期待を込めて名付けたのか、
一目で分かるほどに「健やかに育ってほしい」感が伝わる名前。
だが、彼の体つきは細く、薄く、ペラッペラのペラペラだ。
肌も日を浴びた事がないんじゃないか、というくらい白い。
これでは薄細 ペラ太だ。
「アイラから……はぁ……」
目が合う事はなく、床を眺めながら溜息を吐きまくる健太。
「ど、どしたん?話聞こか?イン〇タやってる?」
「話す事のほどじゃないんです。イ〇スタはやってません」
「俺もやってない。何しにここに来たんだ?」
「じゃあなんで聞いたんですか……マンションの屋上に行こうとしたら、ここに……」
健太は間違いなく終わろうとしていた。
俺とは違い、終わる為の行動を起こしていた最中だったんだ。
ふと、利用規約の一つが頭をよぎった。
《目的を達成出来なかった場合、作品は消滅します》
健太を終わらせれば、目的が達成される。
健太を終わらせなければ、作品が消える。
健太の結末は一つの結論に収束するようになっている。
俺が安易な気持ちで作ろうとしたラブストーリーもどきが、
目の前の「人間」を死に追いやろうとしている。
止めないと、俺の責任なんだから絶対になんとかしないと。
「健太、俺はお前に終わってほしくない」
「なんで初対面のあなたが……」
「お前が産まれる前から、お前を知っているんだ」
「アイラから聞いたんでしたっけ……」
「いや、まあ正確には違うんだが、お前の事は誰よりも知っている」
健太は、若い頃に両親を亡くしており、
親戚に引き取られた後も可愛がられる事なく、
辛い日々を過ごしていた。
ある日、親戚の倉庫から不思議な書物を見つける。
そこには「何か」の封印を解く手順が記されていた。
興味本位で封印を解いた健太の前に、不老不死の美少女「アイラ」が現れ、
健太を救おうとする物語だ。
「アイラの事はどうするんだよ」
「変な情を僕に抱いてほしくないんです……」
「それでも、アイラはお前と一緒にだな」
「彼女は不老不死で、僕なんかすぐ寿命迎えてお別れですよ」
「いやまあ、確かに」
「だったら情が湧いて別れが辛くなる前に、別れるんです」
「まあ、いや、確かに」
16歳の少年に、32歳のおっさんが普通に論破された。
そして何よりの問題が、俺は恋愛相談なんて乗った事がない。
しかも相手は激重事情付きの思春期真っ只中。
どうすればいいんだ。
「それにほら、窓の外は美しいでしょう?」
「僕はそこに行きたいんです」
窓の外を見ると、ビルの屋上が見えていた。
ビルの屋上を見下すように、窓の外にあるビルの屋上全てが見えていた。
今この部屋は、"超高層ビルの屋上より高い位置"に在る。
「えっとだな……そうだな……健太、俺は何歳に見える?」
「48歳くらいですかね……」
「32歳だよ」
「健太、決心を固めているお前に俺の言葉は届かないかもしれない」
「それでも聞いてほしい」
産んでもらって、育ててもらって。
だけど、何も為せなかった俺が何を言えるのだろうか。
「俺は、自分の人生には価値がないとずっと思っていた」
「いや、今でも思っている」
「それでも生きていたから味わえた感動があるんだよ」
「そこには、お前も含まれてるんだよ」
困惑の表情を浮かべる健太。
「意味わかんないです……」
「俺はお前が産まれる前からお前を知っていて、お前の成長を見守っていた」
「だけど、お前の苦痛も、苦労も、悲しみも全部、俺のせいなんだ」
どうすればいいかは分からない、何かしても上手くいく保証もない。
だけど絶対に終わらせない。
その為に、俺が出来る事は……"目的"を変えさせる事?
「どういう事ですか……?」
「えっとだな……お前の両親を殺し、お前を孤独にしたのは俺なんだよ」
「言っただろ?産まれる前から知ってるって」
「アイラを封印し、苦しめたのも俺だよ」
嘘は言っていない、むしろ真実だ。
俺が考え、俺が作り上げた作品の主人公の一人である健太、
俺が健太をこんな風にしてしまったんだ。
だから、俺を憎んでくれ。
「お前の親が俺に殺される時、みっともなく叫んでたよ」
もっと、俺を恨んでくれ。
「"この子だけは見逃してくれ~!"ってな」
「傑作だったよ! ハハハ!」
「お前……お前ェ!!!」
怒りと憎しみに染まった表情を浮かべる健太が、目の前にいる。
その顔には、さっきまで浮かんでいた悲壮感は見当たらない。
健太が俺の胸倉を掴んでドス黒い瞳で俺を見つめている。
掴まれた勢いのまま、窓の背負うように後ずさる。
今、俺の後ろにはガラス1枚を隔てて、
遥か先の地上まで一直線の「終わり」がある。
「バサバサと気色悪い羽を羽ばたかせてたアイラもよォ!」
「何が吸血鬼だよ! にんにくぶん投げて叩き落してやったよ!」
後ろの窓を閉じていた鍵を開け、全開にした。
吹き荒ぶ風に髪と服が大きく乱れ、
体が引きずり込まれそうになる。
「許さない……お前も同じ目に合わせてやる!」
お前と同じ目に合って、俺が代わりに落ちてやる。
元凶の俺が消えたら、お前はアイラに支えられて前を向いてくれ。
お前だけでも生き続けてくれ。
今までごめんな、健太。
「この高さから突き飛ばされたら、俺は確実に絶対死ぬだろうなァ!」
「健太ァ! お前にそんな勇気ねェだろうけどなァ!」
「うあああああ!」
健太の左手に掴まれたままの胸倉が更に締め付けられる。
健太が拳を振り上げ、細く弱々しい腕から繰り出されたパンチが、
俺の顔面を真っすぐに捕らえた。
「いって……おいバカ! 手ぇ離せ!」
「う、うあああああ!」
「健太! 手ェ離せって!」
落ちる寸前、慌てて健太の手を振り解こうとした。
人に暴力を振るおうとした経験の無い健太は、
力の抜き方を知らなかったのだろう。
俺と健太が窓から落ちていく。
もし、「終わりたい僕と終わらない君」が現実になっているなら、
いや、確実にこれは 「終わりたい僕と終わらない君」だ。
高層ビルの屋上が見える程に高いなら、
地面までの数秒で、必ず見つけ出してくれる。
頼む、信じてるぞ。
「アイラァアアア! 健太はここだァ!!」
空を掻き分け、終わりを終わらせる羽の音がした。
「健太、何をしておるのじゃ!」
「アイラ! 健太は俺が絶対離さないから、俺の手を掴め!」
「なんじゃこいつ! 健太を離したら1000回殺す!」
「おっけー!」
細く弱い健太の腕では、
この速度で急に掴まれると腕が千切れる可能性すらある。
俺の腕なら、いくらでもくれてやる。
アイラの腕が、健太を抱き抱えていない方の俺の腕を掴む。
アイラも精一杯、速度を合わせてくれようとしていた。
だが、突然の状況に完璧な調整は出来なかったようだ。
アイラに掴まれた俺の腕、肘と肩から聞いたことのない、
裂けるような、千切れるような爆音が耳元で鳴り響く。
その音が聞こえると同時に落下は止まり、
この世の物とは思えない激痛が始まった。
「ぐあああ……い、いでえよぉ……」
「ふぅ……ふううう……ア、アイラ、健太は……無事か?」
「無事じゃ、今は気を失っておる」
「いつも通り、遠くから健太を見守ってるお前が来るって信じてたぞォ……」
「今回は高すぎ、落下も早すぎじゃ!」
「う"ッ……マジで痛え……アイラ、健太を救うのがお前の"目的”だったよなァ……」
「そうじゃが……」
話したい事は山のようにある、アイラの見た目は超俺好みなのだから。
だが、もう時間が無い。
「変なのも一緒に救ってしまったがの……」
「アイラ、健太が目を覚ましたら伝えてくれ」
「"全ての元凶だったアイツは死んだ"って」
「なんじゃそれは?」
「健太の気持ちを思い知った元凶のクズ野郎は地獄に落ちた。って言ってやれ」
「もっと意味が分からんようになっただけじゃ!」
「アイラ、健太を頼む」
「……? 言われんでも、そうするつもりじゃ」
光がアイラと健太を包み、二人は消えていく。
二人を見届けた俺の視界も、白に染まっていく。
気が付くと、超高層アパートの窓から落ちた俺は、
元の超低層1階1K6畳アパートに戻されていた。
健太の心の傷を癒すどころか、増やしてしまった気がする。
俺は自分が生み出した作品が、主人公たちが、
どうなるかなんて考えてなかった。
だってそれが普通で、考える必要なんてないはずだった。
過去に生み出し、無責任に棄ててしまった作品たち。
更新を止められ、終わりが来ない終わった世界たち。
俺が健太を幸せになる結末まで連れていかなかった。
俺が面倒くさがって、誰からも認められないからって、
健太の世界も、お前自身も、何もかも放棄してしまった。
窓から落ちた時の景色、あれが健太の見ていた風景。
ちゃんとお前の代わりになってやれなくて、ごめんな。
《目的達成、書籍化決定!》
モニターの前に置いているキーボードの上には、見覚えのない本が乗っていた。
その本には大きくこう書かれていた。
著者 庭辺 隆司
「終わりたい僕と終わらない君」
主人公 アイラ・ローズブラッド ???歳 / 獅童 健太 16歳
ワシを助けてくれたあの子が、また変な事をしようとしておる……
アイラが視線を送る先で、獅童はマンションの2階から地面を見下ろしていた。
「もうどうにでもなれ」
獅童が体を投げ出した瞬間、風を切り裂く羽の音が聞こえた。
「こら健太ァ!何しとるんじゃボケ!」
「次は3階からにしよう……」
徐々に高まっていく階層と気持ち。
終わりたい獅童と、終わらせないアイラ
二人の終わらない恋が今、始まる。




