第五作目 「Fly フライ ~空高く舞い上がれ~ あの雲の上にある黄金郷を目指して僕らは飛ぶ」
ここ数日、終わらない夢みたいな出来事。
目的を達成した彼らは満足そうに帰って行ったし、
俺も念願の書籍化が叶って嬉しいはず。
手元にある4冊の本を眺める。
「異世界に転移した俺がスキル「拒絶リジェクト」で魔王を瞬殺してしまった結果、神と呼ばれる事になった件について」 第一巻
「悪役令嬢に転生した私が冷血王クールブラッドキングと呼ばれている人に溺愛されている件について」 第一巻
「最弱の俺、ガチャから出た最強の仲間に囲まれて俺を追い出した仲間に復讐を誓った件について」 第一巻
「もう遅い。女神の加護を受けた俺を連れ戻そうとした奴らにざまぁしてみた件について」第一巻
著者 庭辺 隆司
昨日、俺の元に現れた自称「もそ加護」、女神の加護のヒロヤと女神レイ。
あれは俺の怒りをぶつける矛先として書いた作品だった。
特別じゃない自分を特別だと信じたくて、怒りにも似た感情を込めて作った作品。
俺は今の状況が自分のせいだと分かっていながら、世界を憎んでいる。ヒロヤはそれを具現化したような存在だ。
ただ、俺とは違って行動で示しているヒロヤは、俺なんかとは違って特別だった。
全身からキノコが生えそうな気持ちだな、全身キノコ人間の話でも書くか。
と思った瞬間、パソコンが光を放ち、モニターから文字が飛び出してきた。
「Fly フライ ~空高く舞い上がれ~ あの雲の上にある黄金郷を目指して僕らは飛ぶ」
これは俺が書いた五作目のタイトル、自称「そらたか」。
異世界で飛行機を作り上げた主人公が、
雲のさらに上に存在すると言われている黄金郷を目指す話だ。
そう、飛行機を"作り上げた"主人公が、
飛行機と共に冒険する話だ。
この6畳に飛行機が、来る。
モニターが光を放ち、視界が真っ白になった瞬間、
体に衝撃が、部屋には轟音が鳴り響く。
「いてて……また失敗かぁ……」
「いでえ……いでえよぉ……」
いつもとは違い、光で目を潰された後、
何かに突き飛ばされて体を思いっきりコタツにぶつけた。
飛行機だ。
部屋の中に飛行機がある。
当然、6畳では収まりきらないワガママボディの飛行機は、
窓を砕き、押し入れごと壁を貫き、
砕け散った壁の奥に見えている浴室まで羽を伸ばしていた
次に作品を書くとするなら、賃貸の尊さについて語る作品にしよう。
「あれ、珍しく嗚咽しないじゃん」
「ん? なに~?」
「いや、そうか。壁という概念が無いから換気されたのか」
「……? あ、お家こわしちゃってごめん!」
「謝れて偉いぞ、空上」
「えへへ、あれ、おじさんなんであたしの名前知ってるの?」
「あーなんでだろうな? ちなみにおじさんの名前は庭辺だよ」
空上 高子、俺が書いた「Fly フライ ~空高く舞い上がれ~ あの雲の上にある黄金郷を目指して僕らは飛ぶ」の主人公だ。
弱冠18歳にして航空力学を独学で学び、
幼少期からエンジニアだった父親の影響を受け、
空島に存在すると言われている黄金郷を目指す話だ。
「名前知られてるのきもい……」
18歳の女の子が、見知らぬ32歳のおじさんに名前を呼ばれて引いていた。
通報されたら家主の俺が逮捕されそうだな。
「すみません」
「うん……あ、飛行機片付けるからちょっと待ってて!」
「圧縮!」
空上が魔石に保存されていた魔法を解放すると、
飛行機がみるみる小さくなっていく。
それに伴い、家の崩落が加速する。
「すごい、1Kのアパートが広々ワンルームに早変わりしたぞ」
「えっへん!」
「屋根じゃなくて、ドアが吹き飛んだオープンカーみたいだ」
「どういたしまして!」
「家壊してんだろうが、謝れよ」
「ごめんなさい……」
今回こそは、窓を守り抜きたかった。
夢と同じで目覚めればどうという事はないが、
嫌なことが起きた瞬間っていうのは冷や汗が止まらないもんだ。
窓ガラスが割れたら、どれだけ大変かこいつらは分かっていない。
だが今回は、もう窓とかいうレベルじゃないからもういい。
「はぁ……それで空上、何しに来たんだ?」
「えっとね、雲の上に行こうとしたんだけど、力が足りなくて……」
「雲の上の黄金郷を目指してる。で合ってるか?」
「うん! よく知ってるね~! あたしのファンだったり?」
「ファンもファン、大ファンだぞ! マジでずっと応援してたんだぞ」
「お"え"っ……」
汚ねえ部屋に住む見知らぬおじさんに陰ながら応援されていた事実。
空上は恐怖のあまり、嗚咽していた。
「よし! じゃあ早速、雲の上に行ってこい!」
「う、うん。じゃあ外で飛行機戻してくる」
「おう!」
グラグラと取れかかっている窓枠を蹴り飛ばし、
空上は外に出ていく。
「減圧!」
空上が広々とした道路に魔石をかざし、減圧魔法を解放すると、
小さく圧縮されていた飛行機が元の姿を取り戻す。
「うおお!ちゃんと飛行機作れてるじゃねえか!」
「さっきは飛行機の顔面で視界の9割が埋まっててわかんなかったけど」
「めっちゃカッコいい飛行機じゃん!」
流れるような流線形を組み合わせて作られた飛行機。
風の抵抗を受けないように、極限まで滑らかにされた機首と翼。
舵の役割を果たす後部の翼は鋭利で、なんかこう、シュっとしてる。
「すごいカッコいい!」
「でしょでしょ!」
「よし! 行け! 飛べ空上!」
「だから、力が足りないってさっき言ったでしょ!」
「家ぶち壊されてて話が入ってこなかったんだよ!」
「力が足りないっていうのは、具体的にどうしたらいいんだ?」
「魔石は問題ないんだけど、ペダルを漕ぐ力が足りなくて……」
空上の飛行機は動力として"魔石"を使用している。
空上の生きている世界に存在する"燃料”みたいなものだ。
乾電池2本分の大きさでも、飛行機を飛ばせるほどのエネルギーがある。
「それに、さっき失敗して墜落しちゃったから……」
「墜落しちゃったから?」
「魔石の充魔がきれそうなの!」
「ヤバくね?」
「やばい……」
空上は魔力を持っていない。
魔石は魔力による充電が必要で、それを怠るとただの石ころと同じになってしまう。
《彼らの目標を果たすまで、世界は取り込まれ続けます》
「飛べても後1回が限度……」
《目的を達成出来なかった場合、作品は消滅します》
ヤバい。ヤバい以上の表現があるなら今すぐに教えてほしい。
これは本当にヤバい。
俺の世界が第五作目 の「Fly フライ ~空高く舞い上がれ~ あの雲の上にある黄金郷を目指して僕らは飛ぶ」の世界になってしまう。
コンビニのホットスナックも、タバコも存在しない世界に。
それに、作品が消滅する。
つまり空上が……死ぬって事だろ。
待てよ、俺が世界に取り込まれたまま作品が消滅したら……
俺はどうなるんだ?
「空上、俺、ちょっとお前の飛行機について詳しいんだ」
「お"え"っ……」
「いや、違う。これはマジで、違うんだよ」
「何が違うの……変態ストーカーじじい……」
「ごめんなさい。お前の飛行機って二人乗りだよな?」
「うん!お父さんと一緒に飛びたかったんだけど、腰が痛いって」
「腰痛ってのはな、本当に痛いんだぞ」
「そうなんだ……」
空上の飛行機を飛ばす原理は、
自転車のようにペダルを漕いで魔石を刺激する。
刺激された魔石から噴き出す"魔力"が推進力になっている。
ペダルを漕ぐ力でその噴き出す勢いが変わる。
だが、空上だけの力では雲の上にある黄金郷にはたどりつけないのだ。
だから、"作品の中"では空上を助けてくれる仲間たちがいた。
空上と軽快で小粋なトークをしていても、仲間が現れる気配が一切ない。
「マジか……俺か……空上、俺と飛ぼう」
「ええ……」
「いいから、それしかないだろ」
「うん」
「後部座席はお父さんに合わせて大きめのペダルだったな?」
「うん!」
「よっしゃ、俺が後部座席に座る」
「わかった」
32歳、運動はタバコを買う為にコンビニまで歩くくらい。
だが、若い頃はアルバイトに自転車で通勤していた。
腐りかけていても、家が壊れて住所不定になった32歳 男性でも、
空上を黄金郷にくらいなら連れていってやれる。
「いつもほんの少し届かなくて失敗したろ?」
「うん……あたしが男の子だったらな……」
「それは違う。お前に力が足りないなら、それを支えてくれる仲間がいる」
「……今日はちょっと見当たらないけど、俺がいる」
「絶対、成功させるぞ」
「……うん!」
「「点火」」
飛行機の内部に埋め込まれた魔石から轟音が発生しだした。
周囲の空気と、自分の視界が振動している。
《庭辺さん、聞こえる~?》
空上と俺の首には小型の通信機がある。
抑えながら喋る事で、どんな環境でも喉の振動を音に変え、
ダイレクトに相手の耳まで届ける。
《聞こえてるぞ~!》
《じゃあ、行くよ!》
《おう!》
空上がペダルを漕ぐのに合わせ、音が更に増していく。
ゴゴゴゴという音と振動に合わせ、鼓動が早くなっていく。
失敗出来ない緊張感、これから空を飛ぶという高揚感。
目の前に、空を見つめて笑みを溢しているであろう少女。
《行くぞ黄金郷!》
《いくぞ~!》
俺もペダルを強く漕ぐ、
漕ぎ始めて10秒くらいで太ももが焼ける感覚に襲われる。
《空上ぃ! あと何キロぉ!?》
《まだ飛んでないよ~!》
轟音が大きくなるにつれ、飛行機が道路上を加速していく。
景色が高速で流れていく。例えるなら、
車に乗ってる時にトンネルに入って窓の外見ると明かりがビュンビュンって通り過ぎていく感じだ。
俺は、底辺作家だ。
《飛ぶよ!》
内臓が浮く感覚と同時に、飛行機が地面から離れた。
飛んだ。
《すげえ! マジで飛んでるじゃん!》
《あたりまえでしょ! あたしの作った飛行機なんだから!》
見慣れたアパートは既に遥か後方。
雲に向けて斜め45度で上昇している。
右も、左も、後ろも、見慣れたはずのただのビルたちは、
美しい景色になっていた。
《ねえ、前のアレ、見える~?》
《見えてる! 空島でけえ!》
空島、古代の魔法使いが有事に備えて作った空飛ぶ要塞だ。
だが、天災によって全てが黄金に変わってしまった。
黄金の落雷。数千年に一度の大災害だ。
俺たちは、そこに行く。
《空上、疲れてきたぞ!》
《も、もうちょっと頑張って! あたしも頑張ってるんだから!》
《おっけー!》
《ここからはもっと頑張って! 重力が強くなる!》
《お、おっけー!》
全然おっけーではない、早くしないと堕ちる。
《すごい……ここまで来れたんだ》
《まだゴールじゃないだろ?》
《……うん!》
右を見れば一面の白い雲海と青い空、
そして正面には、あんなに小さく見えていた空島が、
視界全てを埋め尽くしていた。
凄まじくデカい"下側"
この上に、黄金郷が待っている。
《空上! 燃料大丈夫か~?》
《まだ行ける!》
《今まで本気出してなかったけど、今日から本気出す!》
《うん! 最初から真面目にやって!》
《ごめん!》
正面にあった空島が、ペダルを漕ぐ毎に視界の横へと映りだす。
空島の高さに並びかけている。
《もうすぐ……もうちょっと!》
《ぐああああああああ!》
《もうすぐ見えるよ庭辺さん!》
《うわあああああああ!》
《庭辺さん!!》
空上の声で、ペダルから目を離して、
横を見た。
太陽の光を反射し、俺の眼を焼き尽くさんとばかりに輝く黄金。
金色の大地にそびえ立つ、金色の城。
その周りにある湖は、黄金に染め上げられ、
生命が途絶えてなお、光り輝いていた。
《お、黄金郷だよ庭辺さん!》
《……すげえ》
《マジですげえ! 空上! 俺らやったぞ!》
《やったね!やったよ!》
《っしゃあああああ!》
ガッツポーズしながら腕を伸ばした。
空より高く伸ばした。
空上も、満面の笑みでこちらを見つめながら手を広げてた。
《空上!》
《なに~!?》
《待たせてごめん!これで、完結だ!》
《うん!……?……いいよ!》
黄金の眩しさで、目が眩む。
まるで、光に包まれていくようだった。
「目が……目が……空上ィ~?」
「……空上?」
目を開けると、そこは俺の部屋だった。
目の前にあった光り輝く黄金郷はなくなっていて、
いつも通りのモニターの光が目を照らす。
ぐちゃぐちゃに壊れていたはずの部屋も、
何もなかったかのように元に戻っている。
《目的達成、書籍化決定!》
でも、あの景色は、太ももの焼けるような痛みは、
あいつの笑顔は、
絶対に夢なんかじゃなかった。
モニターの前に置いているキーボードの上には、見覚えのない本が乗っていた。
その本には大きくこう書かれていた。
著者 庭辺 隆司
「Fly フライ ~空高く舞い上がれ~ あの雲の上にある黄金郷を目指して僕らは飛ぶ」
主人公 空上 高子 18歳
魔力もなく、力も弱い。
彼女に唯一与えられた加護は、
《困っている時、誰かが手を差し伸べてくれる》




