第十二作目③「SSSランクパーティの荷物持ちだった俺が、気付いたら強くなりすぎていた件について」
「それはどういう意味? 俺が強者だったらよかったって」
「今日、ニワベさんに挨拶をする前に魔王を倒してきたんですよ。難易度SSランクのクエストで、魔王城に行って拳を軽く振るっただけなのに魔王が消し飛んでしまったんです」
興味のないオモチャが壊れたような目で俺を見つめているゲイルから目が離せない。
「それはすごいじゃないか!」
「戻ってきたら皆が俺を尊敬と畏怖の眼差しで見つめていました」
「それはそうだろ。魔王を倒した英雄が帰ってきたんだからな」
顔は張り付けたような笑顔を保っているが、声色から怒りに満ち溢れているのが分かる。
「街の人たちが俺を見つめている目や声、ニワベさんにはどう映っていましたか?」
どうしてゲイルの目は笑っていないのだろうか、ゲイルは荷物持ちとして長年の苦労が報われたはずだ。
「そ、尊敬とか、親密を感じる態度で接しているように感じたよ」
「——笑わせないでください」
ゲイルの低く呟いた声が、酒場の余韻が漂う空気を一瞬で凍りつかせた。
「俺が魔王を討伐するまでの数年間、周りの人たちが俺のことをなんて呼んでいたと思います? 『万年Dランクの落ちこぼれ』ですよ。それが、たった一つのクエストをクリアしただけで手の平を返したように、"英雄扱い"されているんです」
「俺を笑っていた酒場の女将も、衣服商も、冒険者ギルドの受付の女も、今では媚びを売るような態度になっていました」
最初に出会った時に感じて、今まで隠されていた敵意や殺意が、隣にいるゲイルから剥き出しの状態になっていく。
「……あんなにちっぽけで、強者の顔色を窺うことしかできないクズどもが、ヘラヘラと生き延びているこの世界は何なんだ。俺があれほど苦しんでいた時、奴らは嘲笑っていたのに」
「殺しても何も感じない魔王を一発殴って倒しただけでこの有様ですよ。俺が今まで感じていた劣等感や、無力感はなんだったんでしょうね」
「げ、ゲイル。落ち着いてくれ」
「こんな気持ちを味合わせた"周り"がこんなにも矮小で、愚かだと気づくのにこんなにも時間がかかってしまいました」
街を歩く人々や、近くにいる衣服商を見るゲイルの目が、怖くて恐くてたまらない。
とてもじゃないが、『人』を見る目ではない。
「ニワベさん。あなたが本当の力を隠していて、俺を止めてくれるんじゃないかと少し期待してしまいました」
恐怖のせいだろうか、無意識に後ずさりし、ゲイルから体が距離を開けようとする。
「止めるって、何するつもりだよ」
「こうするんです」
ゲイルの足元にある舗装された石畳が、何かの力で"ささくれ"ていく。
滑らかに研磨され、道として機能しているはずだった地面が、悪意を持った刺々(とげとげ)しい形になっていく。
ゲイルがそのまま拳を衣服商の露店に向かって軽く突き出す。
衣服商とともに露店が粉々に砕け散り、その奥にあった建物に激しく打ち付けられ、綺麗な白レンガの建物が、赤や灰色をごちゃ混ぜにした色で塗りつぶされた。
風圧で買ってもらった服がひどく靡き、風圧で目が開けられない。
「ゲ、ゲイル! 何してんだよ!」
俺が大声で叫んでも、何も聞こえていないように拳を引き絞り、さっきまで食事をしていた酒場に向かって振り抜かれる。
酒場と隣接する建物が振り抜かれた方向の奥へと向かって飛んでいく。
振り抜かれた拳の衝撃波で俺の体も吹き飛ばされ、周りの建物にはめ込まれていたガラスもドアも全てが砕け散る。
目の前で瓦礫になっていく建物の中には多くの人たちが賑わっていた。
その賑わいの中で共に食事をしたばかりだ。
それを意に介さない圧倒的な悪意と殺意。それを実行できるまでに成長したゲイルの暴力。
緊張と恐怖で喉が閉まりきっており、音の成り損ないが口から吐き出され続ける。
「たった今、消し飛ばした奴らが俺を苦しませていたなんて、笑えますよね」
全然笑えない。そしてこの暴力の権化を止められる距離にいる俺は、止める術を一切持っていない。
ゲイルが構えを取り直し、拳を引き絞り始めると同時に、腕や脚、全身を覆う鋼の肉体が膨張を始める。
俺を一瞥すると、ゲイルの狙いは冒険者ギルドの看板が掲げられている建物へと向かう。
「ニワベさん。本気の力を冒険者ギルドに向かって放ちます。止めるなら今ですよ」
冒険者ギルドに入った時、多くの冒険者や受付の女性、小さな食堂で働く人々が居た。
もしゲイルがこのまま力を振るったら、中にいる人たちや近くの建物に住んでいる人たちが死んでしまう。
ここが俺の作った小説の作品だとしても、そこに住む人々は生活しているんだ。
商売をして、お金を稼いで、家族や友人と食事をともにする。
現に、目の間にいるゲイルも呼吸をしており、笑ったり、怒ったりしている。
なのに、描いた本人である俺は、ゲイルが街を壊す姿を眺める事しか出来ない。
「ゲイル! 今すぐやめてください!」
伝説級と謡われているSSSランクパーティ【神殺しの放浪者】のアインザックたちが、冒険者ギルドを守る為に立ちはだかってくれた。
巨躯の男、ジャックスが人間一人を隠せるほどの大剣を中段に構え、
大きな帽子を被ったアマンダが魔法の杖を輝かせ、魔法の準備を整えている。
「ニワベさん、紹介します。彼らは俺の"元"パーティメンバーたちです」
言葉を終えると同時に、殺意を剥き出しにした肉体から放たれる拳が、
アインザックたちと冒険者ギルドごと、遥か遠くに見える城壁まで到達する一撃を放ち、街の2割を一瞬で消し飛ばした。
「圧倒的な力を手に入れていたことを知った時、人間がどんな感情に襲われるか知っていますか?」
目の前にいる男から発せられる言葉は耳に届いているはずなのに、脳が処理を行ってくれない。
意味を理解しようとしても、目の前に広がる瓦礫と、街の中なのに見通しが良い。という矛盾の処理で精一杯だ。
「”無”だったんですよ。俺の苦しみや悲しみ、怒りも何もかもが茶番だったんです」
ゲイルは、最強の力を得て世界を冒険し、多くの人々を救うはずだった。
救うはずだったが、そこに至るまでの話を描くことを諦めたのは俺だった。
数話だけ投稿し、PVが伸びない作品だと思い込み、更新する意味も、意義も見出せなかった。
狂った寸法の体に見合わない顔には笑顔が張り付けられているが、全身から憎悪が溢れ出していた。
彼によって消えた建物の中には、人々が生きていた。
この街は活気が溢れており、交易が盛んで荷馬車が行き交う石畳の通路が美しい街だった。
白塗りのレンガで作られた建物が整然と並び、一目見れば豊かな街だとすぐに分かった。
それが今では、まるで見つけられたばかりの広大な大地のように、遠くまで見通せる瓦礫の大地と化していた。
「ニワベさん。あなたはこの街とは無関係です。帰っていいですよ」
全身の筋肉が言う事を聞いてくれない。今すぐにでも逃げ出したいのに、立ち上がることも、這いつくばることも出来ない。
「俺はこのまま世界を冒険して回ります。まだ街も村もたくさん残っているでしょうから」
面倒くさそうに拳を振り払うと、衝撃波で"街一つ"が目の前で消えた。
ゲイルは、近くに居た俺がかろうじて聞き取れる声で呟いた。
「気付いたら、強くなりすぎていたみたいです」
その言葉を最後に、俺の視界が明るい光に包まれ、白に染まっていく。
瓦礫の山も、ゲイルの姿も無くなっていた。
普段と同じ6畳の部屋、コタツに置かれたモニター。
アスファルトで舗装された道路と、ビルの森が窓の外には映っていた。
《目的達成、書籍化決定!》
街を歩く人々、噴水の周りで楽し気に会話していた親子、市場で何を買うか悩んでいた青年。
冒険者ギルドで登録してくれた受付の女性も、酒場の女将さんも、服を売ってくれた露天商も、
全てが目の前で"死んでいった”。
俺の作りかけた作品の中では、見棄てられても生き続け、悲しみや苦しみ、喜びや幸せを感じる人々が居た。
そんな世界を、俺が考えた主人公が一瞬で"終わらせた"
これから何万、何十万、何千万という人たちがゲイルに殺されていく。
動くことのないサイトを何度もクリックし、パソコンの電源ボタンを押した。
だが、何も変わらない。
いつも通りの日常が、今日も始まった。
モニターの前に置いているキーボードの上には、見覚えのない本が乗っていた。
その本には大きくこう書かれていた。
著者 庭辺 隆司
「SSSランクパーティの荷物持ちだった俺が、気付いたら強くなりすぎていた件について」




