第十二作目②「SSSランクパーティの荷物持ちだった俺が、気付いたら強くなりすぎていた件について」
モニターから文字が飛び出し、ぷかぷかと浮かんでいる。
「SSSランクパーティの荷物持ちだった俺が、気付いたら強くなりすぎていた件について」
これは俺が十二作目に書いた自称「もちおれ」だ。
光に包まれ、視界が真っ白に染まる。
目を開けても誰もいないし、何も変わらない。いつもと同じ部屋が視界に映る。
普段なら作品の主人公が目の前に現れて、窓が割れたり家が壊れたりするはずだった。
周りを見渡す。コタツがあって、その上にはパソコンとモニターが置いてある。
近くにはヤニ臭い灰皿と、タバコと、ライター。
押し入れは開けっ放しで、その中にはハンガーに掛けられたTシャツたち。
都会の中に建てられたアパートの窓の先には、木々が生い茂っていて、
森には鳥のさえずりと太陽の木漏れ日が差し込んでいる。
今日も暖かい日差しが部屋に差し込んで、最高の森林浴日和だ。
土と木の香りを放つ素敵空間が正面に広がっており、爽やかな風が鼻腔を通り抜けていく。
めちゃくちゃ森だ。
後ろを振り返れば6畳の部屋が佇んでおり、世界の境界線が足元に敷かれているような奇妙な感覚。
そこの丁度真ん中に立っている気がする。
めちゃくちゃ気持ち悪い。
森の奥から大きな袋を抱えた男の人が歩いているのが少し遠くに見える。
状況の確認をする為にも、彼に色々聞いてみなくてはいけない。
彼を見失う前に引き留めよう。
「あの~! ここって、何処ですか~?」
「あ、あなたは? ここは私の家の近くですけど……」
「庭辺っていう者ですけどぉ! ちょっと色々と聞きたい事があってぇ~!」
「分かりました……後ほどそちらへ行くので、少し待っててください!」
話が分かりそうな人が通りかかってくれてよかった。
ここが「もちおれ」の世界なのだとしたら、誰の目的を達成すればいいのか。
どうして俺の世界がこっちに転移されたのか、色々と気になる事が多い。
俺が元の世界に戻る為には、盾張の時と同じように目的を達成すればいいはずだ。
そんな事を考えていると、また森の奥から先ほどの彼が歩いてくるのが見えた。
「こっちこっち~!」
「今、行きます……」
枝の折れる音、枯れ葉が踏まれる音が少しずつ大きくなっていく。
かなり険しい顔をしている男性が、こちらを睨みながら歩いてきている。
口調は丁寧だったが、さっき挨拶した時に何かまずいことを言ってしまったのだろうか?
窓から10mほど離れた場所で止まった。
「ニワベさん、俺はゲイルと言います! 何をしにここへ来られたんですか!?」
ゲイルといえば「もちおれ」の万年Dランク男で、後にSSSランクパーティにスカウトされた主人公だ。
そして俺は万年Zランク男。ここで何をすればいいのか、何をしに来たのかすら分からない超不審者だ。
「よろしくゲイル! 俺は……何をしに来たんだろう?」
「……」
ゲイルの鋭い目つきが、更に鋭くなった。
完全に怪しまれているのが刺してくる様な敵意で伝わってくる。
これはマズい。
「ちなみに怪しい者じゃないですよ!」
「……」
数秒後には飛び掛かってきそうなくらいの殺意が、ゲイルの体から溢れ出ている。
本当にマズい。
「お、俺は32歳で、部屋でダラダラしてたらいきなりここに飛ばされてぇ! 俺もなんでここにいるかよくわかってないんです! 困ってるし被害者なんですぅ~!」
正直に言ってダメなら土下座して靴を舐める覚悟をしていた。
だが、ゲイルの警戒心が少しだけ解けている気がした。
「まあいいでしょう……こちらまで来ていただけますか?」
「はひぃ……」
タバコとライターだけを手に持ち、急いでサンダルを履いた。
邪気と臭気と湿気に包まれた部屋から一歩出ると、美味しい空気に肺が喜んでいる気がした。
「いい森ですね~。ゲイルさんはどうしてここに?」
殺されないように、丁寧に会話を重ねていくことにした。
「俺もここの近くに住んでいるんです」
敵意と殺意を剥き出しにしてきたゴリゴリマッチョがご近所さんらしい。
一刻も早く元の世界に戻りたいという気持ちで胸がいっぱいだ。
「ところで、手に持たれている"それ"は……?」
タバコとライターを持ってきたのはマズかったかもしれない。
警戒心が2段階くらい上がった感じがする。これは私の命なんです。
「これは”タバコ"っていう娯楽品で、それに火をつける為の"ライター"っていう道具です」
「火をつける……ですか……」
「100回生まれ変わったとしても、森に火を放つような愚行は絶対にしません」
まずはゲイルの警戒心を解くことから始めないと、先に進めない気がする。
俺がいかに無力かつ、雑魚で警戒に値しないゴミカスである事を知ってもらわなければならない。
「ゲイルさん。私は雑魚です」
「は、はあ」
「それを証明するためにも、街へ案内していただけませんか?」
「いいですけど……ニワベさんが怪しい動きをしたら、拘束するかもしれません」
「是非お願いします!」
「えぇ……」
俺は人の警戒心を解くのがこの世で一番下手な人間かもしれない。
ゲイルの住む町、『ヒルドブランデ』には、人々の能力を映し出す"水晶"が存在する。
冒険者ギルドに登録する際、ランクを選定するために使用される魔道具の一種だ。
そこまで辿り着くことさえ出来れば、俺の能力を見たゲイルの警戒心を解く事が出来るはずだ。
ゲイル様お願いだから、それまでに始末するという決断を下さないでください。
「ここがヒルドブランデですか……! 夢にまで見た景色ですよ」
ヒルドブランデに到着すると、綺麗に舗装された石畳の床と、白塗りされたレンガで作られた住宅が美しい。荷車を引っ張る馬の蹄鉄から奏でられる音が心地よく、人々の会話する声で街が活気に溢れていることが伝わってくる。
「ニワベさんはヒルドブランデの近くにある森に住んでらっしゃるのに、来たことがないんですか……?」
「いやぁ、不思議なもんですね」
ゲイルの拳が強く握られる音が隣から聞こえてくる。もう少し、もう少しだけ見逃してください。
道を歩いていると、正面に冒険者ギルドの看板が見えてきた。今すぐにでも駆けだして水晶にタッチダウンしたい気持ちが溢れている。
だが、駆けだした瞬間に上半身と下半身が離れ離れになるだろう。焦る気持ちを抑え、さりげなく冒険者ギルドにゲイルを誘う。
「ゲ、ゲイルさん。冒険者ギルドにちょっと寄ってみたいな~なんて思ってみたりして」
「……ニワベさんは冒険者なのですか?」
「ちょっと興味があって、登録だけしちゃおうかな?」
「まあ、行ってみますか」
「はい……」
死とデートしている時の気分って、こんな感じなんだろうな。
冒険者ギルドのドアを開けると、中には木製で作られた丸テーブルを囲むように冒険者たちが会話している。次に行くクエストの相談や、打ち合わせを行っており、街よりも人々の活気をダイレクトに感じられる。
そして隣からダイレクトに感じる殺気を一刻も早く沈める為に、受付カウンターへと向かった。
「すみません。冒険者登録を一刻も早くさせてください。お願いします」
受付カウンターの前に立っている女性に声をかける。
「ご新規にご登録される冒険者の方ですね! では、こちらの書類にお名前と……」
震える手で筆を持ち、急いで個人情報をぶちまけていく。
「……はい! 次にこちらの水晶に手をかざしてください!」
これでようやくゲイルの警戒心を解くことが出来るだろう。
いかに俺が脆弱で矮小な存在であるか、この水晶が証明してくれるはず。
「ゲイルさん。よく見ていてください! これが私のステータスです!」
「……!」
【力2】【知力2】【敏捷性1】【運23】
【特性:ニコチン中毒】
「スキルも魔法も何も……ない!?」
「そうです! 見てくださいよこの弱そうなステータスを!」
「このニコチン中毒というのは?」
「一時的な快楽を与えてくれる不思議な棒にハマっているだけのモブキャラという意味です」
「そ、そうですか。よかった」
ゲイルが俺を見る目が、不審者を見る目から、憐みの目に変わった。
これで身体が爆散する未来は避けられそうだ。
「いやぁ、ゲイルが俺のことをいつ消し飛ばしてくるか、ドキドキしてたよぉ」
「旅から戻ってきたら急に家が建っていたので、警戒してしまいましたよ」
「警戒も緊張も解けてお腹すいちゃったし、ご飯でも食べにいこう!」
「実は最近大きなクエストに成功しまして、お財布には余裕があるんですよ」
「じゃあゲイルの奢りで飯でも食いにいこう!」
「いいですよ!」
賑わいのある冒険者ギルドから街に出ると、晴れ渡った空に視線を送る余裕すらある現状に幸せを噛みしめた。この街は交易も盛んで、肉も穀物も酒も充実している。
ゲイルと何を食べるか楽しみだ。
「ニワベさん。このお店はよく通っているところなので、ここにしましょう」
「いいね!」
酒場のドアを開けると、カランコロンという音と人々の楽しそうな声が響き渡っている。
奥で世話しなく動き回っていた女将さんがカウンター越しに笑顔で出迎えてくれる。
「いらっしゃい! ゲイル、いつもの席でいいかい?」
「お願いします!」
少し奥にあるテーブル席に着くと、ゲイルが手早く注文を済ませてくれる。
エールにソーセージの盛り合わせと、山盛りフライドポテトによく分からん肉入りのスープ。
人の奢りで食べる飯が一番旨い。と聞いたことがあるが、俺に奢ってくれる人なんて周りには居なかった。
俺の奢られデビューはゲイルが飾ってくれることになりそうだ。
奥から大きな帽子を被った美しい女性がこちらに向かって歩いてきているのが目に入った。
視線は明らかにゲイルを捕らえており、ゲイルの友人であることが分かる。
「ゲイル、あんたも来てたんだね」
「アマンダさん! 今日はおつかれさまでした。ニワベさん、こちらはアマンダさんです。私のパーティメンバーの魔法使いを担当してくれている方です」
大きな胸に引き締まったくびれ、歩く姿はまさに美魔女そのものだった。
「お、お、俺はニワベです。アマンダさん、よろしくお願いしますです」
「ゲイル、変なの捕まえてきたわね……」
「一応ご近所さんです」
「さっき冒険者ギルドに寄ったんですけど、ニワベさんは全然大丈夫そうでした」
この世界において、俺のステータスは全然大丈夫ではないはずだ。
街の外に一歩出れば、そこらへんにいる小動物に食い殺される運命だろう。
「そういえばゲイルって、どんなスキル持ってるんだっけ?」
「俺は……どうなんでしょう? 最近スキルの検査を受けてませんでしたね」
「あたしでよかったら見てあげるよ」
「アマンダさんは人のスキルを見ることが出来るの?」
「一応ここらへんじゃ名の通った魔術師だからね。ゲイル、承認してくれるかい?」
「もちろんですよ!」
ゲイルの承認が済むと、アマンダがゲイルに手をかざして呪文を唱えた。
すると、テーブルの上に小さなウィンドウが開かれ、ゲイルの保有しているスキルが表示されていく。
【対象者:ゲイル】【真・剛力】【真・剛力Ⅱ】【真・剛力Ⅲ】【滅・金剛力】【覇王】【不屈】【毒無効化】【猛毒無効化】【低位魔法無効化】【高位魔法弱体化】【高位魔法弱体化Ⅱ】【瞬足】【高速】【破壊者】
脳筋すぎるスキルがウィンドウを埋め尽くしていく。
こんなのが隣に歩いていたのかと思うと、背筋が凍る思いだ。
「ゲイル、あんたすごいことになってるわね……通りで魔王も一瞬で片付けちまう訳だ」
「俺ってこんなにスキルを会得していたんですね……」
「ゲイルさんまじパネエっす!」
「あたしたちのパーティも安泰だね」
笑顔でゲイルを褒めるアマンダさんの顔と対照的に、ゲイルの顔が浮かない。
というよりも、興味がないように見えた。
「それじゃ、あたしはもう帰るところだったから、お先」
「はい、お疲れさまでした」
「アマンダ姉さん、お気をつけて!」
「姉さん……?」
怪訝そうな顔で去っていくアマンダの後ろ姿を二人で見送ると、テーブルには注文していた食事が続々と並んで行く。
「うおお! 超うまそう!」
「遠慮なさらず食べてくださいね」
回りのテーブルから聞こえてくる食器の音に混ざって、食事を進めていった。
十分に食べて飲んだ後、ゲイルと買い物に行くことになった。
「ニワベさんの恰好、ちょっと……ボロボロなので、洋服でも見繕いに行きましょうか」
「いいんすか! あざす!」
酒場を出て大通りを少し歩くと、衣服商の出店に案内してもらった。
そこで雑巾同然のTシャツの代わりに、上等な布で編まれたであろうシャツを買ってもらう。
持つべきものは筋肉モリモリマッチョマンのSSSランクパーティメンバーの友だ。ありがとうゲイル様。
「改めてになるんですが、ニワベさんはどうしてヒルドブランデの森に住まわれているのですか?」
「それが俺にも分からなくてさ、転移させられたって感じ?」
「転移ですか。それは大変でしたね……」
「誰かの手伝いをするために来たはずなんだけど、誰の何を手伝えばいいのかも分からなくて、かなり困ってる状況なんだよね」
「そうですか」
ゲイルと出会ってから今に至るまで、表情や態度に違和感がある気がする。
会話は出来ているし、笑顔も見せてくれるようになった。
「どしたんゲイル、話聞こか?」
「どうもしてませんよ。ただ、少し期待していたんです。ニワベさんが強者であることを」
それでも拭えない"違和感"の正体に、俺はもっと早く気付くべきだったんだ。




