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第十一作目「100日で登録者100万人到達した超有名配信者が"妹"だった件について」

自分の部屋から壁と天井と屋根と家具が消え去る不思議体験をした俺は、

タバコを吸いながら、昨日の事を思い出していた。


太陽を覆い隠す邪神、世界を滅ぼす強大な力。それを討ち果たす二人の主人公。

鮮烈な記憶が頭の中で高速反復横跳びしていた。


コタツの横に並んでいる10冊の本を見下ろす。

彼らの『目的』を果たし、無事に書籍化された本たち。


何もなかった自分の生活に、彩りが添えられた感じがする。

一冊を手に取り、トイレで読もうと思い、立ち上がろうとした。

その時、パソコンが光を放ち、モニターから文字が飛び出し始める。


「100日で登録者100万人到達した超有名配信者が"妹"だった件について」


これは俺が書いた十一作目のタイトル、自称「ひゃくいも」だ。

真澄(ますみ) 圭太(けいた) 19歳は、大人気Vtuber「とぅるーぴゅあ」に夢中だった。

ある日の配信で、真澄の身近で起きた事を話すとぅるーぴゅあがいた。


モニターから強い光が放たれ、目の前が真っ白に染まる。

視界を染められながら、思っていた。


あ、タバコ消し忘れてるし、部屋掃除してねえや。


「うわ、臭っ!」

「ヴぉえっ!」


目の前には、圭太ともう一人、可愛い女の子がいる。

「とぅるーぴゅあ」こと、真澄(ますみ) 凛(りん)だ。


圭太は細身で背が高く、白いシャツと黒いズボンがよく似合っていた。

小柄で華奢な凛には、フリルの付いたワンピースがパーフェクトマッチング。


「ようこそ」

「だ、誰!?」

「あの、おじ……お兄さんは?」

「"おじ兄さん"は庭辺っていうんだよ。二人は?」

「ご、ごめんなさい。僕はこいつ、凛の兄です。真澄 圭太って言います」

「……凛です」

「俺の事は気軽に"おじさん"って呼んでくれ」


兄は俺を警戒しつつも、正体を探ろうと柔和な態度を取っている。

一方で妹の凛は、もうありえないほど睨んでいる。

俺がヤバい奴だったら、凛は一発ぶん殴られているであろう生意気な目つきだ。


「あの、それで庭辺さん。ここはいったい……?」

「俺の部屋だ」

「こんな場所、人間が住む場所じゃないわよ!臭いも湿気もヤバすぎなんだけど!」

「俺の部屋だというのを聞いていなかったか?普通に泣くぞ」

「庭辺さん!うちの妹がごめんなさい!」


小柄で華奢で可憐な見た目をした美少女から浴びせられる言葉の暴力。

悪くはない、だが普通にヘコむ。

それを普段からかばっている兄の苦労が、表情と仕草から感じられる。


「圭太、構わないよ。それで二人はどうしてここに?」

「部屋でスマホを触ってて、気付いたらここに……」

「……あたしはパソコン使ってた」


圭太は大人気Vtuber「とぅるーぴゅあ」の配信を見ていて、

凛は「とぅるーぴゅあ」として配信をしていたんだろう。


「そうか。それでとぅるーぴゅあちゃんは登録者100万人いったの?」

「ちょ、ちょっと!」

「庭辺さん、とぅるーぴゅあちゃん知ってるんですか!?」

「もちろん知っているとも、だってそこに」

「おじさん! ちょっとこっち来て!」


凛に腕を引っ張られ、部屋の中を右往左往する。


「このアパート狭すぎて他に行く場所ないじゃん!」

「ごめんなさい。キッチンに行くか」

「お兄ちゃんはここで、耳塞いで待ってて!」

「う、うん」


部屋からわずかに離れているキッチンの奥、玄関前まで連れていかれた。

小声で話しかけてくる凛に、少しだけ心がドキドキする。


「ちょっとおじさん……! お兄ちゃんには私が配信してるの内緒にしてるの!」

「そ、そうか。まだバレる前か」

「絶対バレないように頑張ってるのよ」

「とぅるーぴゅあはどうしてここに来たんだ?」

「分かんないわよ……もうちょっとで登録者100万人行きそうだったのに!」

「ご、ごめん。なんか悩みとかあったっけ?」

「別におじさんに言っても意味ないし……」

「言わないと、とぅるーぴゅあがお前だとバラす」

「は、はぁ!? 意味分かんない! 最低!」


この兄妹がどうしてここに来て、何が"目的"なのかを聞き出さないと、また部屋が人間で埋め尽くされかねない。

多少強引だが、急いで目的を聞き出す必要がある。

凛の視点から見れば、俺はいきなり目の前に現れたザ・変質者だろう。

その男に「悩みを話せ」と迫られている恐怖は、計り知れない。


「ですよね……俺は本当にクズで最低で、生きる価値のない呼吸する粗大ゴミだよね……」

「そこまでは言ってないわよ……」

「頼む。お前らが帰る為にも教えてくれ」

「……100万人目前で伸び悩んでるのが悩みかも……」


凛は登録者100万人を達成する前に、俺が更新をやめてしまったんだった。

毎日0PVが登録者99万人いるVtuber様に何が出来るんだ?

むしろ、俺に人気が出る秘訣を教えてほしい。


「分かった。ちょっとここで待ってろ」

「な、何よ」

「圭太と話してくる」


凛の目的は分かった。登録者100万人に到達する事だ。

次に圭太の目的を聞き出して、二人が居た元の世界に返してやるのが俺の責任だ。


「圭太。こんな所で一人にさせちゃって悪いな」

「い、いえ」

「こんな狭くて臭くて陰気で、湿気でキノコ生えそうな部屋でごめんな」

「だ、大丈夫ですよ」


否定はしてくれないんだな。


「圭太と凛が帰る為に必要な質問だから、答えてほしい」

「ここに来るまでに圭太が叶えたかった願いとか、夢とかあるか?」

「え、えっと、とぅるーぴゅあちゃんがもうすぐ登録者100万人なんです」

「そうだな」

「それを見届ける為に、毎日配信を見てるんですけど、99万人から伸び悩んでいて……」

「うんうん」

「自分に出来る事は投げ銭を投げて、コメントをするくらいで……」

「うんうん」


完全に理解した。

凛こと「とぅるーぴゅあ」が登録者数100万人に到達する瞬間を見届けたいのだろう。

俺が中途半端な所で更新をやめてしまったせいで、二人の夢が叶わないままになっている。

なんとかしてあげたい。だが、俺は23日間連続0PV記録保持者だ。


俺に何が出来るんだろうか。


「凛~!戻ってきてぇ~!」

声をかけた3秒後にキッチンから部屋へ戻ってくる凛、このアパートがどれだけ狭いかを物語っている。


「よし、二人とも揃ったな!」

「何するのよ」

「庭辺さん、僕たちが帰る方法って……?」

「圭太、とぅるーぴゅあに何かしらアイデアを与えられるように、頑張ろう!」

「はあ?あたし……じゃなくて、とぅるーぴゅあにアイデアって何よ?」

「僕が……ですか?」


俺に出来る事が全っ然分からない。分からないが、解決出来ないままだと二人が居た世界「100日で登録者100万人到達した超有名配信者が"妹"だった件について」が消滅してしまうかもしれない。


「そうだ。なんか、本からアイデアを得るとか……」

「本からですか……」

「なんか全然ダメそうね……」

「庭辺さん。そこに置いてある本は?」


圭太が書籍化された俺の本を見つめていた。


「こ、これは俺が書いた小説だよ」

「少し見てみてもいいですか?」

「いいけど、全然人気なかった作品だからな」


本を手に取って、圭太に渡そうとした。


「庭辺さん、このタイトル……ですかね?なんて読むんですか?」

「これは悪役令嬢に転生した私が冷血王(クールブラッドキング)と呼ばれている人に溺愛されている件についてだよ」

「うわ、タイトル長ッ……え?」

「あれ?」

「は?」


本が光を放ち、俺の手から離れ、俺たちの目の前で浮かび出した。

ページが勝手にめくられていく。


「ちょ、ちょっとおじさん! これ何!? キモいんだけど!」

「庭辺さん! やめてください!」

「俺じゃないよ! 誰か止めてェ!」


とあるページを開いた途端、本が動きを止めた。恐る恐るページの中身を読んでみる。



──この世界を犠牲にし、能力を得ますか?



意味が分からない事が起きた本に、意味が分からない事が書かれている。

まるで意味が分からない。


「庭辺さん、これって?」

「何、犠牲って……」

「全ッ然分からない。こんな事初めてだよ」


世界を犠牲にして、能力を得る?

どういう意味なんだ?


「とりあえず、ノー! 犠牲は絶対にNOだ!」


本に向かって声を荒げると、本から光が消えていく。

それと同時に、本が地面に落ちた。


「ここ、何もかもがキモいんですけど……」

「どうなってんだこれ……」

「ちょっと中身見てもいいですか?」

「あ、ああ。頼む」

「……普通に小説本ですね」


圭太に見せようと手に取った本が、突然光を放って浮いた。

光を放って、浮く。

作品が現実に現れる時と同じような動作だ。

作品が現れる事と、共通している何かの現象だろうか。


「ちょっとおじさん!早く帰りたいんだけど!」

「庭辺さん、僕からもお願いします。なんだか怖くて……」

「俺も怖いよぉ……」


この二人をこれ以上巻き込むワケにはいかない。一刻も早く二人を元の場所へ戻さなくては。

なんとしてでも。


「圭太。俺の部屋は電波が悪いんだ」

「は、はい?」

「とぅるーぴゅあが配信を始める気がする」

「本当ですか!? 見たいけど電波が……」

「今すぐキッチンを通り過ぎて玄関から外に出ろ!」

「は、はい!」

「15分間は絶対に戻ってくるなよ!」

「はい!」


今、ここで凛に配信をさせて、100万人に到達させるしかない。


「おじさん、いったい何を……」

「まさか、二人っきりになってあたしの事を……!?」

「ぐふふ、そんな悠長な事を言ってる場合じゃないから急げ」


パソコンの前に凛を座らせ、配信の準備を進めていく。


「お前の配信者ページURLを打ち込んで、配信ツールを起動してくれ」

「い、いきなり何をさせようっていうのよ」

「ここで配信して100万人に到達するぞ」

「はぁ!? 大体、どんな配信するっていうのよ!」

「”耳舐め”だ」


もうやるしかない。二人を一刻も早く元の世界に返す為なら、手段を選んでいられない。

凛、不甲斐ない俺を許してくれ。そして世界中の耳を舐めてくれ。


「キモすぎ!」

「本当ごめん!お願い!耳舐めてぇ!」

「いやああああああ!」


耳の形に作られた3万円のマイクを、押し入れから引っ張り出した。

俺も耳を舐めようとした経験があるのだ。

だが、一度も使う事なく箱の中に入ったままなのは、耳が描かれている箱を、嬉しそうに眺めている自分を客観的に見たからだ。

32歳のボクサーパンツ野郎が耳(・)を(・)舐(・)め(・)よ(・)う(・)と(・)し(・)て(・)い(・)る(・)姿(・)を。


「どの配信者も、ASMRだけ再生数が多い傾向があるんだよ!」

「"こんな"所にまだ居たいのか!? 大好きなお兄ちゃんも待ってるぞ!」

「一発サクっと耳を舐めて、新規層を取り込むんだ……とぅるーぴゅあ!」

「ひいい……」


17歳の美少女が、二人っきりの部屋で32歳の男に迫られ、恐れ慄いている。


「これ一回も使ってない新品!箱のテープも開いてないだろ?」

「ちょっと待って。なんでそんなもの持ってるのよ……!」

「お願い、先っぽだけでいいから! 少し舐めてくれたら多分終わるから!」

「キモすぎいいいい!」


ドン引きしている凛を横目に、華麗な手さばきで耳マイクのUSBをパソコンへ接続していく。


「配信タイトルは俺にまかせろ! タイトルを考えるのだけは得意なんだ!」

「やめて!  勝手に配信ページいじらないで!」

「カメラは無いから、サムネと配信画面は一枚絵にして……」

「タイトルは……よし、これだ!」


【初ASMR♡】ぴゅあな気持ちで見てね!あなたの耳を癒すペロペロ配信♪


「いやあああああああ!」

「ごめえええええん! 配信開始押しまァす! 後はいつも通り頼む!」

「私はとぅるーぴゅあ。私はとぅるーぴゅあ」


凛が壊れてブツブツと自分を洗脳し始めた。現実逃避には色々な形があるんだな。

邪魔しないように慌てて外に出ると、圭太が玄関前でスマホを眺めていた。


「庭辺さん! とぅるーぴゅあちゃんのASMR配信ですよ!」

「う、うおお! すげえ!」

「部屋に戻って電波が途切れたら、もうこの世の終わりだな!」

「間違いないです! 一秒たりとも聞き逃せないですよ!」

「よし、一歩も動かずにここで耳を済ませよう!」


《は、は~い……とぅるーぴゅあで~す……》

《今日は、初めてのASMRに挑戦してみま~す……》


コメントが凄まじい勢いで流れて、様々な額の投げ銭が飛び交う。

野郎どもの興奮がコメント欄から伝わってくる。


「庭辺さん! 来ますよ! とぅるーぴゅあちゃん初のASMRが!」

「く、来る!」


《えっと、ここでいいのかな……》

《チュパッ……》


「「うおおおおおおおおおおおお」」


「いきなり耳キスですよ庭辺さん!」

「すごい! 頭洗ったり、耳掃除とか全部すっ飛ばしてキスしやがった!」


コメント欄には赤い川が氾濫していた。


《はむっ……はむっ……》

《んっ……ちゅるっ……ちゅぱ……》


100万人到達どころか、チャンネルがBANされる寸前だろう。

頼む。間に合ってくれ。そして止まってくれ凛。


「庭辺さん!見てください!登録者数が100万……あ!もう101万人になってます!」


《んんっ……恥ずかしいよぉ……》

《……えっ!「登録者数100万人おめでとう」って……ほんとーだ!》

《みんなのおかげで、100万人達成できたよ!》

《ありがとう……うれしい~!》


「圭太!やったな!愛するとぅるーぴゅあちゃんが100万人突破したぞ!」

「庭辺さん。僕、本当に嬉しいです……涙が止まりません……配信初日からずっと追ってたんです。やっと100万に到達したんだ……」


嬉しそうな顔で涙を溢す圭太を見て、つられて涙腺が緩む。


「よ"か"っ"た"な"ァ! 圭太ァ"!」


圭太が光に包まれていく。


「圭太。これからもとぅるーぴゅあを支えてやってくれ」

「はい、もちろんです!」

「それから、凛に『本当に色々ごめん』と伝えてくれ」

「は、はい?」


圭太の目標である「とぅるーぴゅあ」100万人到達の目撃。

そして、「とぅるーぴゅあ」こと凛のチャンネル100万人到達。


目的を成し遂げた兄妹は、元の世界に戻ってこれからも生きていくのだろう。


《それから、この配信をするきっかけをくれたマネージャーさんに……》


凛の配信が流れていた圭太のスマホと一緒に、圭太は消えていった。


凛のチャンネルがBANされていない事を、心から祈りながら部屋に戻る。

一仕事を終えた後のタバコは、いつになく美味しい。


足元に落ちている本を拾い上げて、眺める。

この本が光を放って、ページには「世界を犠牲にするか」と書かれていた。

それに能力を得る……俺の現実に、俺の本に何が起きているんだ?




モニターの前に置いているキーボードの上には、見覚えのない本が乗っていた。

その本には大きくこう書かれていた。


著者 庭辺 隆司


「100日で登録者100万人到達した超有名配信者が"妹"だった件について」


主人公 真澄 圭太 19歳/ 真澄 凛 17歳


僕が推しているVtuber「とぅるーぴゅあ」ちゃん。

登録者数は1日1万人ずつ増えていく。


配信内容はゲーム、雑談がメインだが、多くの人を引き付ける最も魅力的な部分。

それは、「たまに一瞬だけカメラが生活感のある風景を映し出す」事だ。


多くの人々が、Vtuber「とぅるーぴゅあ」の真実の姿を見る為、チャンネル登録し、配信をかじりつくように見ていた。


とある日、圭太が配信を見ていると、妹に渡したぬいぐるみが一瞬だけ映る。

「これって……」


絶対にバレたくない妹と、全然気づかない鈍感兄のドキドキ♡日常生活が始まる!


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