第十作目 「神速の剣 ~俺が早すぎて誰にも見られないまま世界中のモンスターを滅ぼした結果、知らない奴が英雄として扱われていた件について~」
普段であれば、現れた主人公をその日のうちに元の世界へと戻せていたのだが、
一夜明けてもラインハルトが帰る事はなく、
俺から奪った布団の上で、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。
「おい、ラインハルト起きろ。めちゃくちゃ昼過ぎだぞ」
「……」
「おーい」
「……」
「目覚めのキスしちゃうぞ~」
「……やめろ」
「起きてるじゃねえか」
布団で横になっているラインハルトの頭上に文字が浮かんでいる。
俺が吸っているタバコの煙のように、ふわふわと浮いているのだ。
「ラインハルト、目ぇ開けて見てみろ」
「なんだこれ……お前の魔法か?」
「俺のじゃないけど、まあ魔法みたいなもんだろうな」
その文字は、俺が書いた第十作目のタイトル「神速の剣 ~俺が早すぎて誰にも見られないまま世界中のモンスターを滅ぼした結果、知らない奴が英雄として扱われていた件について~」を形作っていた。
「神速の剣、俺が……長すぎて首動かさないと最後まで見えねえ……」
「こういうのが流行ってたんだよ……」
目の前にいる九作目の主人公が帰る前に、十作目の主人公が現れる。
俺の1K 6畳の部屋は、間もなく終焉を迎えるのだろう。
すでにラインハルトが砕き割った賃貸の窓が2枚。
服も一緒に消し飛ばされた押し入れ。
これ以上何をどう壊されるのか、考えるだけで胸が締め付けられる思いだ。
奇跡が起きて、何も起きない事を祈った。
無情にもモニターから光が放たれ、視界が真っ白に染まっていく。
「うおお……眩しい! カーテン閉めろ庭辺!」
「窓もカーテンも、お前が吹き飛ばしたからもうねえよ!」
光が収まり視界が元に戻ると、布団で寝ているラインハルトの上にもう一人の男が立っていた。
神早 雄介だ。
俺が作った第十作目「神速の剣 ~俺が早すぎて誰にも見られないまま世界中のモンスターを滅ぼした結果、知らない奴が英雄として扱われていた件について~」の主人公で、
幼少期から来る日も来る日も走り続け、特殊スキル「神速」を獲得した男だ。
年齢は20歳。爽やかな笑みを絶え間なく浮かべ、サラサラとした金髪が魅力的な好青年だ。
ラインハルトに比べて一回り小柄で細めの体型だが、この体が速度の秘訣なのだろう。
仕立ての良い軽やかで、シュっとしてる黒いスーツっぽい、いい感じの服が風で揺れていて、いい感じだ。
俺は底辺作家だ。
目にも留まらぬ剣技でモンスターを倒し続け、気付かないうちに魔王も倒した。
さらに、魔王を生みだしていた元凶である邪神を探して倒そうとしていた。
倒そうとしていたのだが、俺が更新を途中でやめてしまったから倒せてない。
ごめん。神早。
「風通しのいい部屋だね。僕は神早、君たちは?」
「俺は庭辺、こっちはラインハルト」
「早くどけよ……重てえよ……」
「ここを気に入ったんなら、神早が住んでもいいぞ」
「遠慮しておくよ」
「クソが」
まずは神早の目的を聞いて一刻も早く帰さないといけない。
このままでは部屋が男どもで埋め尽くされてしまう。
「こんな太陽もサンサンしてる昼時に、何の用で来たんだ?」
「魔王を倒しちゃってたみたいでさ」
「かっけえな」
「全ての元凶と言われている邪神を探してたら、ここに来たんだよね」
神早の目的は邪神を倒す事で確定した。
ああ、絶対邪神が俺の世界に来る。
俺にとっての邪神は、大酒食らいの最強アル中剣士ラインハルトと、
俺の世界に邪神を連れてくる神早が二大邪神だ。
そこに加えて本物の邪神が来る。トリプル邪神だ。
頼むから、全員まとめて帰ってくれ。
だが、このような事態を招いたのは、俺が作品を見捨てて更新を止めてしまったからだ。
そのツケが俺に回ってきて、ついに払う時が来たんだ。
「あ! あれかな?」
元々窓があった場所の向こうを指さす神早。
外が皆既日食のような暗さになっていく。
昼なのに、夜に近い暗さ。
その暗さの原因は、太陽を覆い隠すほどデカい顔。
そこから左右に伸びる太く、黒い手。
後頭部から伸びる黒く巨大なマントが、無風なのにバサバサと音を立てていた。
「デカすぎんだろ……巨大イシ〇ブテだ……」
「イ〇ツブテ?」
「ラインハルト! マジで起きろ!」
「カーテン閉めてくれたんだな……後5分だけ……」
「5分後には多分世界滅んでるから、今すぐ起きろアル中野郎」
俺は笑顔で潰れた目を邪神に向けている神早から、
徐々に威圧感が増しているのを隣で感じていた。
「神早、あいつやべえの?」
「うん、すごくやばいね」
「か、勝てるの?」
「どうだろうね」
「絶対勝って?」
「やってみようか」
神早の綺麗な金髪で少し隠れた横顔を見ていたはずなのに、1回瞬きをしただけで消えた。
それと同時に散らかっていた部屋から、ゴミが外に向かって吸い込まれていく。
神早が動いただけで、これほどまでに強い風が巻き起こるのか。
ふとラインハルトを見下ろすと、布団を剥ぎ取られて不機嫌そうなラインハルトが天井を見ていた。
「布団だけじゃなくて、お前も一緒に飛んで行けばよかったのに」
「何が起きたんだ」
「ずっとなんか起きてんだよ。窓の外、いや、普通に見えちゃってる外を見ろ」
「なんだあれ」
「邪神らしい」
「……邪神、強いのか?」
「魔王を瞬殺した奴が苦戦しそうな雰囲気出してた」
「……」
俺の書いた第九作目「無双の剣士 ~最強の剣を手に入れたら誰も俺に手出し出来なくなってつまらないんだが?楽しむ為に神へ挑んでみた件について~」の主人公、ラインハルトの目的は、『対等以上の敵と戦いたい』だった。
「ラインハルト。お前の夢、太陽隠してるアイツが叶えるかも」
「ああ……」
二人で外を眺めていると、邪神の顔に閃光が走っていた。
黄色く小さな火花が邪神の顔、左腕、右腕を絶え間なく行き来している。
終わらない地鳴りのような声が邪神の方向から聞こえてくる。
声が部屋まで届くと、パソコンも、モニターも、何もかもが揺れはじめる。
「邪神の声って、めちゃくちゃデカいんだな……」
「ああ……」
邪神を纏う火花が、少しずつ勢いを失っていくのが見えた。
その火花に向かって、邪神の頭上に浮いている魔法陣から小さな玉が飛んでいく。
小さな玉が駆け回る火花に触れた瞬間、巨大で、威圧的な円形の爆炎が俺たちの視界を埋めた。
夜の様に真っ暗だった外が、昼よりも明るい白一色に染まった。
爆炎が収縮していくと、円形の爆炎に巻き込まれた建物たちは、削り取られたように消えていた。
「ラインハルト、俺まだ夢見てんのかな?」
「夢じゃねえ。邪神って奴、本物だ」
呆気に取られている俺と対照的に、ラインハルトの目は輝いていた。
「庭辺、俺はずっと待ってたんだよ」
「俺がここに連れてこられた理由、今やっとわかった」
「あいつに出会う為だ」
ラインハルトが竜剣 ドラゴンスレイヴを手に握り、笑みを浮かべている。
頭おかしいんじゃないか。全然死にそうだぞ。
「神早が心配だ! 行け! ラインハルト!」
「言われるまでもねえ!」
ラインハルトが少し身を屈めて、思いっきり跳躍した。
その衝撃と風圧で、キッチンから冷蔵庫とレンジが外に向かって飛んでいった。
ついでに引きちぎられた天井と屋根も、ラインハルトと同じ方向へ飛んでいく。
俺の部屋は、完全にオープンとなった。
風が収まり、視界を外に向けると、赤い光線が邪神に向かっているのが見えた。
邪神に到達すると、赤い炎と黄色い稲妻が邪神の体、至る所で光を放っていた。
邪神の左手には黄色い閃光と火花が走り続け、
邪神の右手には赤い閃光と稲妻が暴れ回っていた。
禍々しい光で辺りを照らす魔法陣が、邪神の頭上に浮かび上がった。邪神の地響きにも似た声が世界を覆う。
魔法陣から巨大な黒い太陽が出現し、空中から地表に向かって落ちていく。
「ああ、もうダメなんだな」
タバコに火をつけようとするが、手の震えでタバコにうまく火をつけられない。
死ぬ。小さな玉が触れただけで、あの規模の爆炎が起きた。
それに巻き込まれたビルは、空間ごと削り取られた。
あの黒い太陽の大きさは、全然余裕で地球が滅ぶレベルだろう。
せめて死ぬ前に一服、愛するタバコを吸ってから終わりを迎えよう。
黒い太陽が地面に向かって落ちている。後10秒も無いかもしれない、急げ。
タバコを口に咥えたまま、激しく震える手でライターに火をつけ、大きく息を吸い込む。
タバコに火がついた。もう一度息を吸い込む。
タバコからチリチリと燃える音が聞こえる。
タバコから視線を外し、外を見る。
黒い太陽を十字に断ち切るように、赤と黄色の閃光が交差した。
その数秒後、遅れて届いた衝撃波が雲を一気に吹き飛ばした。
四分割になった太陽が、徐々に霧散していく。
消えていく黒い太陽の向こう側に、顔が四分割にされた邪神が浮いていた。
マジか。
邪神が黒い太陽の後を追うように、輝く砂粒になって、光の尾を引きながら空に昇っていく。
暗い昼が一瞬だけ満天の星空みたいに見えて、不謹慎ながら「綺麗だな」と思った。
邪神に隠されていた本当の太陽が見え始め、いつも通りの昼が帰ってくる。
あいつらがやってくれたんだ。
「お、お~~~い!! ラインハルト~! 神早~!」
部屋から大声で叫んでも、余裕で届かない距離に二人はいる。
お礼とか、お別れの挨拶くらいはしたかった。
二人の物語は、これで完結出来ただろうか。
遠くに大きな光が差し込んでいるのが見える。
ああ、二人が帰ってしまうんだな。
と思っていた俺は、風圧に突き飛ばされ、唯一残っていた部屋の柱に体を強打していた。
「いでえ……いでえよぉ……」
「庭辺さん! 時間ない! ラインハルトに言いたいある!?」
神早がラインハルトへの伝言を伝えるため、光よりも速く戻ってきてくれた。
「あ、飲みすぎるなよ! あと、お前との時間は結構面白かった! 守ってくれてありがとう!」
「分かった!」
「神早! お前も来てくれてありがとう! お前のおかげで、ラインハルトも俺も救われた!」
「う、うん? どういたしまして! じゃあね!」
神早が消えると、唯一残っていた柱が空に向かって飛んでいった。
壁と窓と天井と屋根と、キッチンに置いてあった家電すべてが無くなった。
部屋が光に包まれ、眩しくて目を瞑る。
手には火のついたタバコが残されていた。大きく吸い込む。
ゆっくりと目を開けると、完全に滅んでいた部屋が元に戻っていた。
大きく煙を吐き出す。
いつも通りの香りと味がする。
神早、伝言届けてくれたかな。
ラインハルト、健康に気を付けてくれよな。
二人が一緒に来てくれたおかげで、完結を迎えられた気がする。
ありがとう。
モニターの前に置いているキーボードの上には、見覚えのない本たちが乗っていた。
その本たちには、二つのタイトルが大きく書かれていた。
著者 庭辺 隆司
「無双の剣士 ~最強の剣を手に入れたら誰も俺に手出し出来なくなってつまらないんだが?楽しむ為に神へ挑んでみた件について~」
「神速の剣 ~俺が早すぎて誰にも見られないまま世界中のモンスターを滅ぼした結果、知らない奴が英雄として扱われていた件について~」
主人公 神早 雄介 20歳
彼は走るのが好きだった。
知らない景色まで、自分の足が連れて行ってくれる。
美しい光景まで、自分の足が導いてくれる。
命を芽吹きが、通り過ぎていく景色から感じられた。
毎日、家の前を通る神早の姿を、多くの人が見守っていた。
「こけるなよ~!」
「馬に気を付けろ~!」
「熊が出たら逃げろよ!」
ある日を境に、神早を見かけるものが突然いなくなった。
だが彼は、毎日走っていた。
まだ見た事のない景色、
まだ見た事のない生命、
辿り着けない場所を追い求め、神早は走り出した。
「どこまでも、どこまでも速く、遠くへ!」
誰にも見られる事なく、世界を救う神早の物語が今始まる!




